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13話 後々考えるのが面倒になること

 ところでサツキの普段着は、制服を除くと二種類しかない。一つは外に出るときに着ていく服で、もう一つは寝間着。


 俺が制服の次によく見るのは寝間着の方である。動きやすさを優先した短パンの灰色ががかったその色味も柔らかく、触れればそのまま眠気を誘われそうなほどにラフだ。何と言うか、安心感があるのだ。対して上の方はダボッとしたパーカーで、普段の快活できちっとしている身なりからは想像できない大人しくて抜けているところ、あと萌え袖が見られる。だがこれがまた、妙に似合っているのだ。

 ――というか、似合いすぎている。

 学校ではキラキラ光っているあの九条皐月が、風呂上がりにその格好でリビングをうろついているのだから、最初に見たときは軽く脳がバグった。人はあまりにもギャップが大きいものを見ると理解を放棄するらしい。


 そして外用の方だが、これは一言で表すなら機能性重視だ。白を基調としたシンプルなトップスに濃いめの服を羽織り、そして淡い色の長すぎず短すぎないスカート。装飾は少なく、主張が弱くて凹凸の少ない平坦な印象を受ける。けれど、だからこそ体型など誤魔化しが効かず着こなすのが難しい服でもある。加えてそれがサツキの好みだというのだから、選ぶときも苦労しただろうに。そして、それも似合ってしまうのが九条皐月という人間なのだ。

 体のラインに無理なく沿う布地と、余計な色を削ぎ落とした配色。どこを取っても派手さはないのに、視界に入れば自然と目を引く。サツキ自身が光り輝きすぎていて良いコントラストになっている、というのは言い過ぎではないのかもしれない。


 本人は特にこだわりがあるわけでもなさそうだが、今はこれで落ち着いているのだから俺からは何も言うまい。別に洗濯物に関して六華が泣く泣くやっているのを見ているから洗い替えを、とかはまあ、特には。


 とそんな感じでサツキのファッション事情についてダラダラと思い出した訳だが、見事なまでの外用コーデを身に纏った件のサツキが、目の前にいる。

 ――そして舞い降りる沈黙の中、サツキは口を開いた。


「実は長久手くんから相談を受けてまして。さっきあの人と二人で買い物をしたその後に、話があるって言われたんです。あ、ちょうどさっき私が弥生君にしたみたいに」


 やはりか。まあもともとそんなところだろうと思っていたし、今更驚くような告白でもなかったので黙って話の続きを促す。

 そう、大事なのはこの先に語られる内容だ。ある程度推測はつくが、それでも確信よりは不安が勝っている。


「長久手くんは――いえ、これはとあるクラスメイトの男子の話なんですけど」

「長久手だろ?変に勿体ぶらなくていいから」

「えっと長久手くん、は私を喫茶店に呼んだんです」

「それは買い物とか色々済ませた後か?」

「はい。フードコートに集まる少し前です」


 それから言い難そうに、サツキは口元をちょっと歪めた。


「長久手くんは言ったんです。僕と一緒にホームルーム委員をやらないかって」


 視線を逸らすサツキはいたって真剣で――


「もちろん私はお断りしようと思ったんです。でも長久手くんも頼み方がどこか必死でしたし」


 神妙な面持ちのサツキを見ていると何だか――


「その場ではどうしても断れずに思わず保留にしてしまって」


 焦りもあるのか視線が泳ぎまくっているのも相まって――


「それで弥生君に相談しようと思ったんですけど、どう――」


 そこで俺は耐えきれずに、客の視線を一手に引き受けることもお構いなしに豪快な爆笑をかました。これに赤面したのはむしろサツキの方であり、俺自身は店の中央部で笑い転げたことについては何も思わなかった。


「ちょっと!なんで笑うんですか!」

「ふふ、悪い悪い」


 赤面したサツキは、今度は唇を横にきゅっと結び両頬を膨らませる。


「なんか全部俺の想像通りで面白くてついな」

「え、知ってたんですか?」

「知ってたっていうか、長久手がホームルーム委員に立候補するから相方探してるって話はちょっと前から聞いてたから」


「それで?弥生君はどう思うんですか、その……長久手くんの提案について。私は正直、引き受けるべきなのか断るべきなのか、いまいち判断がつかなくて」


 ふぅ、と息を吐いて呼吸を整えたサツキは、真っ直ぐ俺の目を見て判断を委ねてきた。だから俺は彼女を諭してやるのだ。


「結論から言うが、それは俺の一存では決めれんことだ。とりわけクラス委員なんて大役、一年の半分はずっとその役回りを仰せつかるんだから自分の意思で決めなきゃならんな」

「やっぱりそうですよね……」

「だが、最初は断ろうと思ったんだろ?」

「え、ええ、まあ……」

「きっとそれが本心なんだ。だから、最初に感じた自分の気持ちをもっと大事にしろ。それを否定できるやつなんてどこにもいないんだから」


 ――ちょっとは良いことを言ってやれただろうか。説教じみた口調にならなかっただろうか。言い切ってやった余韻に浸りながら、ちょっと自分の言った言葉を思い返し少し反省した。


「……しかし」


 説教はもう終わり、残りはサツキの吐き出す悩みを聞いてあげる時間だ。


「長久手って、優しいオーラを出してるくせに案外断りにくい空気作るタイプだよな。あれは意図的か天然か分からんが厄介だと思う」


 するとサツキは小さくため息をついた。


「やっぱり、あの場で断れなかったのは甘かったでしょうか。あの時きちんと断っていればこんなふうに悩まずに済んだんでしょうに」

「まあ、いいんじゃないか?」


 英語でたまに出てくる仮定法を日本語で使い出したサツキに対し、俺はそんな言葉をこぼした。


「そういうところがサツキの良いところだし」

「……」

「盲目で常識外れなところもあるけど、その分一つのことにしっかりと向き合えるってのは俺からすると羨ましい」

「そう、なんですかね……」


 自信なさげに呟いたサツキはハンガーラックから取ったハンガーを手で遊ばせて、複雑そうな表情で俺の胸や腰ばかりに視線を落としていた。


 しかし改めて考えてみると、ホームルーム委員だの何だのというのも、中々に面倒な話である。高校生という生き物は、やれ誰が目立つだの誰が中心人物だの、そういうポジション争いを無意識のうちにやっている節がある。委員なんてその最たる例だ。

 権力争いのためにこんなことに誘われたりして、サツキも結構大変な立場なんだよな。日頃の様子からは苦労人のスタンスは感じられないが、裏で実は――って、それはないか。サツキはほぼ俺といるんだし。

 もちろんそれを理解できないものとして一括りにするつもりはない。お洒落なんか俺がしたところで、と思うのだが、確かに今日なんかはファッションの度合いがアイデンティティと自信になり得る。まあ、そこらへんを余り深く考えていないところが俺に恋の気配も無い所以なのだろうが。


「長久手がサツキを誘った理由は分からなくもない。お前の頼みなら皆言うことを聞いてくれそうだしな。――特に男子たちは」


 クラスの野郎共のサツキの懇願に対する反応を想像すると、最後の方になると幾分か声のボリュームが落ちた。


「そうでしょうか?私としては、どちらかと言えば頼られるよりも後ろから見ている方が好きなんですけど」

「その後ろって」

「もちろん弥生君――」

「見守るのは別にいいんだが俺を頼りたいわけではないんだな」


 日本語というものは言い方一つ変えるだけでニュアンスがひっくり返ることもあり、少し曖昧な表現になった途端その粗さにつけ込まれるのは討論ではよくあることだ。俺は意地悪っぽく指摘してやった。


「えっ……と、それは言葉の綾というやつです」

「俺の口癖伝染ってるぞ」

「あえてです」


 俺がはぐらかす時に使ってきた言葉が今度はその相手となっていたサツキに使われるとは、何ともふざけた話だ。棒立ちで食らう綺麗なカウンターパンチほど痛いものはない。頭を捻ってみたものの、俺はサツキに対する適切で美しい返しを口にすることができなかった。


 いくつかハンガーを手に取って服を物色し、それでもサツキは不服そうに全て元の場所に戻して、結局何も買わずにひとまず店の外に出た。


「ですが、ホームルーム委員って結構大変そうじゃないですか。朝も色々ありますし、何かあるたびに前に出なきゃいけませんし……」

「まあ、その辺はあるだろうな」


 俺もそれには同意する。


「だからこそ人に押しつけるもんだろうし」

「――辛辣ですね。いえ、ですからやっぱり私には向いていない気がして」

「なら素直に断ればいいだろ」


 俺がそう返すと、サツキは「うっ」と言葉に詰まる。


「それが出来たら苦労してないんですけどね……」

「知ってる。お前そういうところあるよな」


 正直自分が無いというか、人に合わせっぱなしというか。ひとまず流されておけ、という点に関しては強い意志を感じるのだ。……というのは多少の誇張はあるものの、その傾向があることは確かだ。


 サツキは何か言いかけて止め、それからまた口を開いた。


「ホームルーム委員、ですか……。弥生君、私と一緒になりませんか?」

「ムリ」


 別になりたいかなりたくないかなんて考えてもこなかったが、俺は即答した。というか考えなくても答えなんて分かりきっている。


「やっぱ目立つと色々と面倒だからな」


 理由はやはり、これにつきるしな。

 そう言いつつサツキの方に思わせぶりに視線を送る。サツキがいるから二人で教室の前に立つと何かと面倒な雰囲気になって困るんだ、とそうすることで暗に伝えようとしたが、サツキは俺が目線を送っているのに気付くとにっこり笑いかけてくれただけであった。鈍いのか可愛いのか、果たして。


「じゃあやめときます」

「おう、そうか」


 きっぱりとそう言い放つところは潔い。サツキの潔さと強かさに免じて、ここは大人しく諦めてやろう――ってそれこそサツキが今言うべきセリフじゃねぇか。



「……それにしても、お前も少しはクラスに馴染んできたよな」


 次の洋服店を探しに出発してしばらくの後、ふと俺は出会ってから今までのことを走馬灯のように思い返したのである。なんてことを口にして、思わず口走ったのは不躾だったろうかと後悔が先んじたものの、気にする様子もなさそうなサツキにほっと一息。


「そうでしょうか?」


 いやむしろ、馴染めているのかどうか自体に疑問を抱いていたらしい。彼女なりの謙遜か、あるいは。


「少なくとも、長久手みたいなやつから委員に誘われる程度には馴染んでるぞ。まあ、入学二日目で転校してきたのはインパクトが強かったが」

「ですよね」

「ああ、そこは認めるんだな」

「だって、今でも思い出しますもん。最初に教室に入った時の皆さんの目線」


 それは多分お前が美少女過ぎたからだ、と言いかけてギリギリのところで踏みとどまり、思考を一巡させてから喉元から腹の奥まで押し返した。


「果たして馴染めたと言っていいのでしょうか、うーん……」


 納得していない様子で首を傾げながら、サツキはストローをくるくると指先で弄ぶ。ちなみにさっき買ったフルーツジュースのことである。

 そして少し迷うような間を置いてから、ふと思い出したように口を開いた。


「ところで私、長久手くんにもう一つ聞かれたことがありまして」


 サツキがおもむろにそう切り出したので、さっき以上のレベルの告白は無いだろうしどうせ大したことないだろうと軽く見て、


「おう、なんだ」


 と俺は早く内容を言うよう先を促した。

 するとサツキは先程よりも言いづらそうに口ごもりつつも、それを見て当の俺は嫌な予感に襲われつつ、そしてサツキは口を開いた。


「長久手くんに、連絡先を聞かれまして」

「……そうか」

「携帯もありませんし丁重にお断りしましたけど」


 ――なるほど、長久手はそう来たか。


 水面下での駆け引きを楽しんでる感を噛み締めながら、俺は密かに冷や汗をかいていた。そもそも俺が知っている連絡先というのが少ない上に、高校に入ってから一度たりとも連絡先が増えていないのだ。この場を支配した感情、それは焦りと敗北感である。

 言い訳をすると、俺が人前でほぼスマホを使わないためスマホ持ちであるということを知られていないと思う。だから誰も連絡先を聞いてこないのだ。

 かと言って図々しく聞きに行くわけにもいかないし、今度さりげなく机の上にスマホを放置しアピールしてみよう。……そんなことをする自分を想像したら当たり前のことだが虚しくなってきた。つくづく俺の交友関係の狭さを痛感させられているのは、俺が自分を過小評価しているからだろうか。


 ちなみにそのことを中学時代に友達に相談したが、奥手過ぎるとバッサリ斬り捨てられた。ついでにお情けで連絡先を交換してもらったが今や連絡も全く取り合っておらず、友達と言えるのかどうかすら怪しい……というのはまた別の話。


「だが、サツキはそれで不便だとかは思わないのか?」

「ある世界が分からないので、不便とかはイマイチよく……ですが、見ていて羨ましくは思います」


 店の立ち並ぶ横に広い通路の遠くに携帯ショップが見えた。


「なら日を改めてまた今度買いに行こうか」


 そう提案すると、サツキはぱちぱちと瞬きを繰り返した。思ってもみなかった提案だったのか、瞬きは十秒ほど続いた。


「……いいんですか?」

「別にスマホくらい今どき必需品だろ。連絡取れないと普通に困るし。同じ家に住んでいるとはいえ、四六時中同じところにいるというわけではないんだから」

「でも、結構高いんじゃ」

「まあそこは何とかなる。親からの入金は滞りないし、バイトも足りなくなったらやるつもりだ。最悪六華に泣きつけば家族割とかやってくれるだろ」

「家族割……?」

「俺もよく知らんが、六華にスマホを買うときは使ってたような気がするな」

「六華ちゃん、本当に何でも知ってますね」

「だろ?どこでそんな情報集めてくんだって思うけどな」


 するとサツキは、ようやく少し肩の力が抜けたように笑った。その顔を見て俺は内心ほっとする。まるで満腹になったツバメの雛鳥のように口を閉じて遠くを眺めるのを見ると、平穏な時間が過ぎているんだと実感させられる。

 まあ、最近の物価のインフレ具合を見るとかなり痛い出費を確実にする約束であるのは間違いないが、家計簿を確認して胃が痛くなる思いをするのはまたの機会に先送りさせてもらおう。スカートをはためかせながら上品に歩くサツキを見ていると、難しいことを考えるのもどうでもいい気分になったのである。


 ……まあ、スマホを持たせた結果、長久手との距離が逆に縮まる可能性もあるわけだが。なんて思うとまた頭を悩ませる思考で堂々巡りになる。

 そこまで考えてしまった俺は、手持ち無沙汰となっている右手を首筋に当てて小さく唸る。


「どうしました?」

「いや、何でもない。ちょっと未来の俺が面倒事に巻き込まれそうだなって思っただけだ」

「ふふっ、なんですかそれ」


 サツキは楽しそうに笑う。とはいえそんな美少女を見ていても気は晴れず、心のどこかにモヤモヤの残る自分がいたのであった。頭を一度空っぽにするべく、


「すまん、ちょっとトイレに行ってくる」


 と言い残して、予感のした面倒事というのがこの直後に起こるということも露知らず、俺の足は曲がり角の奥へと向かっていった。

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