11話 合流
俺はこの小牧椿という女子と二人きりの時間を過ごした。二人きり、というのは甘美な響きの言葉で、言い換えればあるいはデートなのである。そして、それはサツキにもまた言えることだった。
「あ、弥生君」
「椿」
待ち合わせ場所となっていたフードコートで、俺たちの登場にサツキと長久手の声が重なった。その場所にいるのが彼ではなく俺であるなら美少女との二人きりの時間をさぞ楽しめただろうが、今机の向かいに座っているのは長久手であり、それがどことなく恨めしい。
第一どうしてくじという形式を取ったにも関わらず、そうも都合よくサツキと二人きりになる権利を獲得できるのだろうか。俺は実に不思議なんだ、長久手よ。
「おかえり、二人とも。どうだった?」
軽い調子でそう聞いてきたのは長久手だった。涼し気な表情で、まるでサツキと何もなかったかのように振る舞っているようだ。
「まあ、それなりに楽しめたな」
とはいえ小牧との時間が楽しくなかったなんてこともなく、長久手への僻みでも何でもなく俺は今の純粋な気持ちを口からこぼした。
「ねー、桜木君弱すぎて面白かったよ」
「あ、うるせ」
横から余計な一言を添える小牧は放置でも何も問題はないのだが、俺の体裁のことを考えて軽く肘で小突く。
「てか、それは言う必要あったのか?若干俺としても困るっていうか……」
「あるある、大事な情報共有でしょー?」
「なら一つ言わせてもらうけどな、こっちはほぼ未経験者みたいなもんなんだよ。負けても仕方ないしクレープ奢りなんて安いもんだからな」
我ながら負け惜しみのようだと思いながら席に着く。となれば自然と四人掛けのテーブルの対面に長久手と小牧、こちら側に俺とサツキという配置になった。
「弥生君、ゲームセンター行ったんですね。私クレーンゲームをちゃんとやったことがなくて、また後ほどでいいので付き合ってくれませんか?」
向こうの二人に聞こえないよう小声でサツキは俺に語りかけるも、俺はサツキがこんな行動を取ったことに当惑した。こんな前例は無かったし統計データの不足が悔やまれるので、諦めて勝手に真意を推測する作業に取り掛かる。
するとショートしたように固まった俺を再稼働させるひと言が、
「九条さんたちの方はどんな感じだったの?」
――小牧の口から飛び出した。
「楽しかったですよ」
まず初めに、サツキはそれだけを言った。平坦で低く落ち着いた口調で、それだけを聞けば本当に楽しめたのか疑わしく思える。目もいつもと比べても心なしか伏せ気味になっていて、
「何か、あったのか……?」
怖くて俺は思わずそう聞いてしまった。
対してサツキの表情は一転して明るくなり、何もありませんでしたよと俺の懸念を否定する。まあ本当にそうであったらいいのだが、様子が少しおかしいのは留意しておくべき点ではあるな。
「映画の予告を見たり、雑貨屋さんを回ったりしました。あとは……少しだけお話も」
「予告、か。映画は見ずにか?」
「最新の映画情報を知りたい、と長久手くんが言っていたので少し寄りました」
「なんか興味がある映画はあったのか?」
するとサツキは手持ちのバッグから紙の束を取り出した。
「そう言うと思って、チラシ貰ってきちゃいました!」
「これまた量がえげつねぇな。それに俺が聞いたのはサツキのことなんだが」
「私、ですか……?私は何も考えずに適当にチラシ取ってきちゃったので……。……今から読みます!」
サツキには領地や陣地という概念が無いのか、明らかに俺や長久手のスペースまでも侵食してチラシを広げ、ついに読み耽り始めた。
「一応僕も一緒にいたんだけどな……」
悲しそうに呟く長久手に小牧は困惑しつつも、明朗なトーンで彼に話を振る。
「じゃ、じゃあさ、その雑貨屋さんでは何してたの?」
「僕が欲しい置き物が一つあってね。どうしても欲しくて、無理言って探すのに付き合ってもらっていたんだ」
「置き物?骨董品コレクターか何かか?」
「そんなんじゃないよ。ただの部屋のインテリアにと思ったんだ」
そして長久手はどこからか紙袋を取り出した。その中に突っ込まれた手が握っていたのは、いわゆるボトルシップというやつだ。小瓶に船の模型が入っている、精巧な工芸品。とは言っても入っているのは大型の帆船なんかではなく小型のヨット。作る手間から相場は高いのだろうが、これは一介の高校生でも手が届くくらい控えめな値段なのだろうな。
「ちなみにそれ何円くらいなの?」
「二千円」
「うわぁ、結構すんじゃん。その小ささで?」
小牧は金銭感覚の違いを感じたからか軽めに引いていた。
「どう思う、サツキ。というかどう思ってた?」
今度は俺がサツキに小声で訊ねる番である。まあとはいえこれは純粋なる興味であり、あるいは無理に付き合わされたことへの冗談交じりの冷やかしでもあるかもしれない。
どちらにせよ、気になるものは気になる。
「そうですね……色々なところを巡りましたけど、買ったのは結局あれだけでしたし、どうしてそこまでって感じですけどね……」
サツキはぼんやりと長久手の方を見ながら言葉を続ける。
「でも、何か分かる気がします。誰かを自分の家に呼んで見栄を張りたいって思いがあって買ったのでしょうから。私もそういう時はあります」
「……そっか」
俺はそれ以上踏み込まなかった。踏み込まなかった、というよりは踏み込めなかったのかもしれない。彼女の長久手を見つめる目は何か言いたげで、初めて見る目だったのだ。
さっきのサツキの言葉では二人で話をしたとのことだったが、そんな彼女を見ているとどうにも聞くことができなかった。
「お、あいつらも来たことだし、ひとまず昼ご飯にしようか」
「行こ行こー!私クレープだけじゃ全然足りないし」
「だね。…………クレープ?」
自分で口を滑らせたことに驚き思わず口元を手で覆う小牧。いや別にやましいことでは無いだろう、と冷めた目で睨んでやると、小牧は舌をちょっと突き出して雑多な喧騒の中を駆けていった。
「はぁ……俺たちも行こうか。何にする?」
「私は弥生君と同じところで買います」
「おいおい、ここはフードコートだぞ?選べるんだから好きなの買えばいいじゃないか」
「嫌です」
「――まあいいけど。さ、時間もそこそこありそうだし、のんびり選ぶことにするか」
いわゆる様々なスポーツが楽しめるところ、つまりスポーツアミューズメントだとかいう場所に俺たちは移動した。
フロアに足を踏み入れるとゴムと樹脂が混ざったような匂い、弾むボールの乾いた音、誰かの歓声と笑い声が重なり合って、フードコートの雑多さとはまた別の騒がしさが広がっていた。
「モールの外れにあるのに結構人いるんだな」
「ですよね、私もびっくりしました」
思ったよりも閑散としていないというのが正直な感想である。箱は広いくせにわりかし人が入っているのがまた目を見張るところだ。住宅地が多いとはいえ、ここまで賑やかというのがこの地の娯楽の少なさを物語っているような気もして。
するとどうしてか小牧も会話に加わってくる。
「だよねだよね、人多くてびっくり!若い人やっぱ多いねー!」
「別にそんな無理しなくてもいいんだぞ」
「――え?む、無理してないし!」
「そうか。まあお前は長久手の隣に戻っとけよ。定位置なんだろ?」
俺の言葉に小牧はすっかりへこみ、再び集団の一部となるためにトボトボと戻っていった。
「言い過ぎたか……?」
「弥生君、あれはナシだと思います」
「だよな」
思い返すに、あの明るさはどこから捻り出していたのか分からない程のものであった。それはついさっきの彼女の姿と比較してのことであるが、だからこそ奇妙さはどうしても拭いきれずにいた。
サツキの言う通り、それを直球に指摘したのは不味かったかもしれない。あれが小牧の生き方なら、俺の言葉は正面から泥を塗りたくったようなものかもしれない。
「後で謝っとくか」
毎度思うが、感情の機微を感知できる地雷センサーを誰でもいいから作って欲しいものである。それで全女子の頭の頂上に貼り付けておくのだ。
「――メーターが振り切れたら爆発するのかな」
「急にどうしたんです?」
サツキの強かなツッコミが入ったが、当人はそのつもりはなくただ首を傾げただけである。
「心の声が漏れただけだ。気にするな」
このまま忘れてくれることを願い、俺自身もひとまずいらぬ妄想はフロア外に投げ捨てていくことにした。これで不法投棄で捕まったら俺はとんだ大恥晒しだな。
「うわー、めっちゃ楽しそうじゃん!」
先陣を切って走り出した小牧には笑顔が戻っていた。さっきのことを気にしている様子は微塵もなく、その切り替えの早さは見習いたいところだ。
「最初何やるー?バスケ?それともバド?」
「とりあえず空いてるとこからでいいんじゃない?」
長久手が周囲を見回しながら言う。どれも満遍なく人は入っているが、特に目立って空いているのはバスケットコート。一方で一見混んでいそうなのはテニスコート。混み具合はボールの大きさにでも反比例するのだろうか。ならバランスボールコートはガラ空きのはずだな。
各々が軽く意見を出し合い、結局最初はバスケットボールをすることになった。コートも広いので五対五でも問題ないという話になったが……。
「五人は流石にチームとして多すぎないか?」
「そうかな」
「横幅とか見てみろよ、五人で手を繋いで横並びになるだけで抜き去るのは至難の業だぞ?」
「誰もそんなことしねぇよ」
少し遠くからツッコミが飛んできたが、構わず続ける。
「四人くらいなら丁度良いだろうし、俺は抜けることにする」
「なら私も」
俺の言葉に間髪入れずサツキが続いた。ここまでくるともう、さすがの反射神経としか言いようがない。
「あ、ああ、何か悪いね」
何か言われるかと思ったが、長久手も少し嫌そうな顔をしただけで、あっさりとその提案を肯定した。ちなみに勝手なことをするな、とかそういう罵倒を期待していた訳では決してない。俺は決してエムではない。
「ひとまずチーム決めからやり直すことにしようか」
離脱したバスケしない組のことはそっちのけでまた長久手が場を仕切りだしたので、俺たちはその様子を見る側に回るべくコート外のベンチに移動する。
「……バスケは特に怪我がつきものだしさ。サツキが危険なことにならないようにと思ったんだが」
言い訳がましく聞こえているのかもしれないが、やらずにいるよりもいいかと思い、ひとまずサツキにどういう心境だったのかだけ説明する。
「いえ、私のことを思ってくれたんですよね。……ありがとうございます」
彼女のしおらしい態度に俺は、あれ?と疑問を抱く。
「どうしたんだ?やっぱり体動かしたかったか?」
別にあいつらと一緒にバスケがしたいと言うのなら構わないし俺に止める権利はない。たがそういう訳ではないようで、深くベンチに腰掛けたまま動こうとしない。キュッと固く手を握り膝の上に乗せて、俯いて黙ったままで、乗り気では無さそうだがその真意が読めない。思えば小牧と過ごした自由時間を経てからサツキはどこか大人しくなったように感じる。
「慣れない環境で疲れさせちゃったかもな……とはいえそれはそれで問題あるんだよな……」
おっと、この思わず漏れ出た本音はサツキには聞こえないようにしないと。考え事だろうか、うんともすんとも言わないのはこちらとしても結構不安になってしまうというものだ。
コートでは長久手がレイアップを決めてハイタッチを交わしていた。
「……先にどっか違うとこ行っとくか?」
俺も人並みの女子への気遣いができるようになったのだ、とても誇らしく思う。頷いてベンチから腰を上げる当の本人の心境はまだ一ミリも分からないが、二人きりの時間の到来に、外に感情が漏れ出ないようにしながらも内心とても張り切っていた。この心の内を擬人化するならおそらく、袖を肩まで捲って腕相撲大会三回戦敗退クラスのそれほど筋肉質でない腕を晒している俺の姿が描かれることだろう。
まあ要は、俺はこの状況をしっかり楽しもうとしていたのである。
PHP騒動のせいで強制ログアウトからの二段階認証で認証コードが全然届かなくて焦り散らかしてました。あぶねえ一生ログインできないかと思った。




