9話 ある週末の日曜日
トコシエモールというのは言うなれば果物の詰め合わせパックである。複合商業施設の名に恥じぬ無数のバリエーションの店舗が揃っていて、地域一体の娯楽をここ一つが全て担っているのではと思う程だ。特にショッピングセンターに併設された映画館やゲーセンやスポーツ施設、それと広大な屋上庭園は素晴らしいデートスポットだともっぱら評判らしい。
と、ネットに書いてあった。そして、実際来たのは初めてだ。
「にしてもデカいなぁ……」
「ですねぇ……」
自転車上とはいえ間近で見上げる形となって、圧巻の大きさに感嘆する俺たちであった。サドルに乗る俺を抱き締――に掴まる形となっているサツキは以前いた場所ではそれなりに好待遇のお嬢様的な扱いを受けていたと聞いているので、こんなものザラに見ていると思うのだが。比較的郊外であるがゆえに縦ではなく横にデカくなったのだ、都市部で暮らしていた彼女にはやはり見慣れぬものなのかもしれない。
まあそれは単に憶測でしかないのだが、それでも一見すると初めての体験に目を輝かせるサツキを、俺は沈黙によって受け入れることにした。
「桜木君こっちこっちーっ!」
なんて感嘆しつつも先に来ているであろう皆の姿が見当たらずにモールの入り口前のだだっ広い広場でグルグル自転車を周回させていると、幸いにも長久手の声がどこからか聞こえてきた。
「あれ、じゃないですかね」
サツキが向けた指の先を目で追うと、端の木陰で彼らは固まって座っていた。駐輪場に停めに行くのも後にすることとして、ひとまず集団の方へと愛車を走らせる。
「待たせたな、すまん」
「いやいいよ。まだ集合の五分前だし時間は守ってるからね」
なんて爽やかに言うもんだから長久手はやはり、と思うのだが、その言葉にはどこか含みがあってどこか棘があるような気がしてならない。まあ俺自身はどんな風に接されても別に構わないのだが、人当たりが良いと記憶している彼がそんなことをするのにはどこか違和感があった。
ここで長久手の連れてきた者たちの声も紹介しておこう。男四人、女三人で構成された長久手の連れだが、全員俺とあまり接点のない面々だ。普段の様子から抱く俺の勝手な印象だが、言うなれば長久手のよく一緒にいる連中っていう認識をしている。
そんな彼らが俺を見て言ったのは、要約するとこんな感じになる。
「本当に九条さんを連れてきてくれたんだ」
あるいは、
「学校ない日も二人は仲良いんだね」
前者は男性陣で後者は女性陣ってところに思考回路の違いが出ていてなかなか面白いのだが、あいにく心理学には興味が湧かないのでこれ以上深めるのは止めておく。
ざわめきの中、サツキは自転車の荷台から地に降り立った。
「おはようございます。皆さんも今日ここに遊びに来たんですか?」
開口一番にサツキが言い放った言葉の意味を解せずに静まり返る場の渦中で、俺はふと思った。そういえば、サツキに一緒に遊びに行くのはクラスメートだと話していなかったな、と。
「サツキ、期待させていたところ悪いが、今日は長久手たちと遊ぶんだ」
小声でそう耳打ちしてやると、案の定勘違いしていたらしく凄い勢いで首を回し、しばし至近距離で見つめ合うこととなった。
「おいそんな目で見るな。話してなかったのは悪かったと思ってるって」
「でも私てっきり――」
「おーっとストップストップ」
俺がサツキの発言を手で物理的に遮ったのには理由がある。サツキの向こう側に見える男性陣の冷めた目が痛かったからだ。入学からもうすぐ一ヶ月が経とうとしているが、嫉妬の炎で燃えるこの視線はまだしばらく収まらなさそうなのである。というより俺が横にいていいのかという品定めの意味も籠もった無言の問いかけのような気もするし。できることなら事情を事細かに説明してやりたいものだがな。
ただこうした扱いを受けると改めて思うのだ。
――こいつはやっぱりそういう存在なんだな。
普段教室や家で見ているのと同じ顔のはずなのに、こうして外で見るとどこか非現実感すらある。外での周りの反応なんかでも、改めてサツキの特異さを実感させられるのだ。
ところで、と歩き出した一団に水を差すように長久手が口を開く。
「九条さんは桜木君からあんまり今日のこと聞いてなかったんでしょ?」
歩調を緩めることはないが、しかしその言い方は気に食わない。ふわふわしていて明確に何がとは指摘できないが、心の中で何かが渦を巻いているようで、加えてずっと感じていた俺たちの場違い感というか疎外感があって、思わず皮肉っぽく反論してしまった。
「なんだよそれ、嫌味かよ」
長久手は驚いたように――まあバイアスのかかった今であればそれもわざとらしく見えるのだが――首を横に振る。
「違う違う、そうじゃなくて。ごめんね、ちょっと人数多くなっちゃってさ」
俺やサツキへの弁解のつもりなのだろうか、長久手は軽く苦笑してみせる。
「声かけてたら、思ったより集まっちゃって。嫌じゃなかったらいいんだけど、急にこんな大勢と楽しめって言われてもできないだろうからさ」
ああ、全くだ。こちらとしても四人か五人くらいだと思ってたもんだから、この人の多さには少々目を剥いている。大人数でぞろぞろとモールの中を練り歩いて、それで本当に楽しめたらいいのだが。
「見ての通り僕たちは総勢十人と大所帯だ。この人数で固まって動くと逆に動きづらいしさ。だからそうだね――」
それはどちらかと言うと自分に言い聞かせる、あるいはサツキに言い訳しているかのように見えた。
「二人か三人くらいでグループを作って、それぞれ自由行動。ってのはどうかな?」
「さんせーい」
サツキを除く三人の女子のうちの一人、青っぽく染めたミディアムヘアーの子が手を軽く挙げて賛同の意を表したのを皮切りに、全体としては長久手の提案を前向きに検討する空気となった。
俺は別にそれでも構わない。それでサツキが危険な目に遭わないのなら、誰かにサツキを任せることになっても全くもって問題はない。
「ああ、俺もそうすればいいと思う」
それに、俺自身何も考えずに同意できるほどには提案としてごく普通の内容だ。だがその普通の裏にある意図は透けて見える。
――これはおそらく、サツキと話をするためだろうな。
ホームルーム委員に立候補する時の相方探し、という本来の思惑をここで果たす気なのだ。きっと。
次々と賛同者が現れて残すはサツキのリアクションのみとなったが……。
「弥生君がそう言うならそれでも大丈夫です」
当の本人はあっさりと頷いた。しかし言い方はもっと考えて欲しいものだ。
「じゃあ決まりだな」
と、サツキの爆弾発言の余韻を残さぬように俺は言葉を被せてお茶を濁す。まあサツキの性格は理解しているだろうし、爆弾となるには十分ではないだろうが……。
「ところでどうやって分けるのー?」
あの発言が爆弾に昇華するのはどのラインを越えてからなのだろうと考え始めた矢先、長久手に誰かがそんなことを聞いた。
――誰と組んで自由行動をするか。それはこの場にいる連中にとっては決して小さくない問題だ。むしろ各々譲りたくない相手はいるだろうし、余程全員の仲が良くない限りは揉め事にも発展しそうな気がする。
要するに、今日一日を最後まで満足に楽しめるかどうかはたった今この瞬間に掛かっているのだ。
「確かにな、小牧。それって適当に決めるのか?」
「いやいや、それだとちゃんと決まらないんじゃ……」
「じゃあ――」
「だから、くじ引きにしよう」
長久手が被せるように言った。それはもう、穏やかに。
「うん?くじ?」
「その方が公平だし揉めないでしょ?」
長久手がにこりと笑って、訝しげな俺に釈明した。だが公平性という点についてならば、くじというものは実に反論しづらい理屈だ。
となると長久手はいよいよサツキと組みたいらしい。少なくともくじ引きという形式にすることによって誰かがサツキを指名し独占する形を避けたわけだ。……これは俺への当てつけか?
というわけで表向きは公平。実際は運にフルベットして責任を押し付ける形。
「いいんじゃないですか?ね、弥生君」
またしてもサツキが乗る。
「運試しみたいで楽しそうですし。一緒になれればいいですね!」
ちょっと待て、改めて考えてみればくじ引きというものは完全ランダムで百パーセント運試し要素しかないんだよな?どうしてもサツキと組みたいならそんな不確定要素の強い賭けには出ないはずだ。何が狙いなのだろうか。俺をひとまずサツキから引き離すのが目的か?
「九条さんもそう言ってることだし、じゃあこれで決まりだね」
長久手はポケットから紙切れを取り出した。その手慣れ具合はまるで長い間そこに入っていたかのようで、用意の良さを物語っていた。――きっと最初からこうするつもりだったんだろうな……。
「ここに番号を書いた紙を用意してる。これを一人一枚引いて、同じ番号同士で一つのグループって感じだよ」
「やけに準備いいな、長久手」
「まあね。みんなが楽しめるようにって考えてきたんだ」
軽く肩を竦める長久手だが、きっとこれは想定していたことなのだ。まさに策士。不透明な部分は多いが、綿密なプランニングにはサツキを何としてでも口説き落とすという固い意志が感じられる。
……しかしだ。折角の休日に遊ぼうとしているのだ。なのに難しいことを考えて変に勘繰るのも野暮というものではないだろうか。そう思い直した。呼ばれて来たのだからやはり誠意くらいは見せなければ。
「はい、どうぞ」
差し出される紙、そして順番に手を伸ばしていく面々。その様子を見ながら、俺は小さく息を吐いた。
「桜木君も、はい」
最後に回ってきた紙、無性に重く感じたのはあれだろうか、やはり心の奥底でサツキを案じて緊張しているからだろうか。
ちらりと横を見ると、サツキはくじを手にして楽しそうに笑っていた。
「せーので開ける?」
「そうだね、その方が面白い」
長久手が頷く。
「じゃあ――いくよ」
とは言いつつも、俺は足並みを揃える長久手の連れよりも一足先に紙を開いていた。俺と同時に紙を開けた肝心のサツキとは…………案の定違うグループになっていた。




