8話 ifストーリー
「お兄ちゃん!朝ご飯作りたいんだけど!早く起きてよ!」
土曜の朝というものを微睡みと共に満喫していると、妹の六華が怒鳴り込んできた。朝っぱらからうるさいもので、もう少しゆっくりさせてくれてもいいのだが、うちの妹は俺の起きるのが遅すぎるとこうして機嫌が悪くなるのだ。
とはいえ、だ。こうでもしないと張り詰めた静けさで家の居心地が監獄同然になってしまうので、賑やかにしてくれる六華には感謝しかない。そもそも俺と六華は暇な時には無駄話を重ねるくらいには日常的にうるさくしているのだが……。
「おはよう六華。今日の殴り込みは一段と早いじゃないか」
「殴り込みってなんじゃーい!茶化すなら本当にぶん殴るからね」
「これは手厳しい。とりあえずその拳を下ろしてくれるかな」
「オーケー、マイブラザー」
六華は俺がしぶしぶながらも大人しく言うことを聞いたのに満足したのか、いつものノリで軽く敬礼して握られていた拳をパッと開放した。
「じゃあ六華はもう降りるけど、二度寝しないでね」
「分かってるよ」
「……ったく六華のやつ、扉を開けたまま出ていきやがった」
気分に応じて被害の度合いが変わる迷惑な嵐が過ぎ去っていった。今頃はきっと嵐自体もつむじ風程度に弱まり、きっと鼻歌交じりに俺の朝食を作ってくれていることだろう。
さて、六華を怒鳴り込ませる程というのだから気になったのだが、今は果たして何時なのだろうか。窓から差し込む朝日に照らされて輝く時計の針を見つめる。
「十時……いや、十一時……?!」
前言撤回させて頂きたい。まず窓から差し込むのは朝日という話であったが、ここまでくればもはや昼間の日の光だ。
「となると朝食は抜きだな……」
一階に降りても満たされないだろう腹を嘆かわしく思って優しく擦ってやりながら、俺は軋むベッドから静かに立った。
仕方がないので冷蔵庫からヨーグルトを取り出して食す。この程度は俺でも朝飯前なので六華に頼らなくてもできる。――というか俺自身別に料理が不能というわけではないのだが、悲しいことに俺の自認も関係なく作らせてもらえないというのが現実である。
ところで六華に話したいことがあったのだが。
「なあ、六華――」
「ヨーグルトを食べてる最中は黙るんですよ、お兄ちゃん」
「ヨーグルト限定かよ!?」
「うちの中学でもそうだからね」
「嘘つけ!」
「バレた?嘘だよー」
前に六華が似たような分かりやすい嘘をついてからかってきていたのを思い出しつつ、俺は急いで目の前のヨーグルトを口にかき込んだ。全く腹は膨れた気がしないが、これくらいで我慢しておこう。
「それでな、話したいことがあるんだが」
「あ、さっき言いかけてたやつでしょ?何?」
「明日のことなんだが」
「ほうほう。聞いてあげましょう」
興味が湧いたのか、正面に立って向かい合うと机に頬杖をついて身を乗り出してきた。
「明日もし暇だったら遊びに行かないか?」
「行く。絶対行く」
食い気味の即答だった。
「もちろん二人っきりでだよね?」
「いや、同じクラスの友達に行こうって誘われてな」
誘ってきたのは長久手というクラスメートで、ゴールデンウィークを楽しむ前に絆を深めておこうの会なるものを画策していると聞いた。
「友達、できたんだ。中学時代から大きな進歩じゃん」
「やかましいわ!中学でも友達はいたわ!まあ、高校に入ってからそいつらにはまだ出会ってないが……」
「それ見たことか」
これが天罰なのだと言いたげに、六華はぶっきらぼうに言い放った。そして言葉を続ける。
「……ま、やっぱいいよ。楽しんできてね」
「待て待て、この話には続きがある。俺はそもそも途中で抜けるつもりなんだ」
「それはまたどうして」
「六華とも遊びたいから」
一転して六華の表情が明るくなる。
「どうしても?」
「ああ、どうしても」
「二人きりで?」
「二人きりで」
「お兄ちゃん、……ほんと六華のこと好きだよね〜」
嬉しそうに横揺れをする六華を見ながら、俺はまたどうしてか別のことを考えていた。近頃この家にもう一人くらい誰か住んでいたような気がしてならないので、その記憶を呼び起こそうとしていたのだ。
もちろん心当たりなぞ一切ないのだが、だからこそ、ここはどこか変な世界だと思った。俺はまだ、夢見心地でいるのかもしれないとも思ったのだった。




