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第12章 産業革命 4~見えざる侵入者

第12章 産業革命 4~見えざる侵入者



1 カストリア子爵領/カストリア城内




「……これは?」

 

 アリシア……カストリア子爵令嬢、アリシア・ヴィクトリア・アデライーデ・ワインベルデは昼食のデザートを見て、小首を傾げた。

 城の食堂……といえば聞こえが良いが、通常は会議や面会などの使われている大き目の部屋だ。

 地方貴族の城に食事専用の部屋など用意できない。

 帝都近くの宮殿とは訳が違うのだ。



「珍しい品が手に入りましたので……」


 メイドが答える。

 食材を納品する商人が『珍しいもの』をと是非とも持ち込んで来たのだ。


「……凍ってるじゃない」

 アリシアが戸惑いの表情を見せる。

 帝国世界に果物を凍らせる技術は。上級魔法を除いて事実上存在しない。

 氷穴などから運び出すしかないのだが、カストリアの近辺にはそれ自体がない。


「左様で」

 年老いた執事が頷いた。

 配膳するメイドではなく、執事なのは不思議でも何でもない。

 大貴族ではないカストリア子爵家では使用人の数はそう多くはない。


 なお、帝国世界の貴族では、執事というと通常は領地経営を学ぶために次期当主たる者が就くことが多いはずだが、子爵家では違っていた。

 男子がいないために次期当主はアリシア姫、もしくはその配偶者になるはずだからである。

 なので今の執事はまさに『爺や』だった。

 最古参の使用人である。


「何分にも暑さの厳しい時期で御座いますから都合も良く」


「この季節にいったいどこから……?」

 アリシアは小首を傾げる。

 

 遥か北には高い山にある自然の氷穴では氷が取れると聞いたことがあるが、カストリアからは2週間はかかる。

 その距離を移ったまま移動するとは、どのような方法で可能にするのだろうか。


「高価なものでしょうに。大丈夫でしたの?」


 アリシアの心配はもっともだった。

 こんな珍品はかなりの値段が予想される。

 貴族とはいえ、地方の子爵でしかないカストリア家には、あまり余裕はないはずなのだ。


「は……それが……」

 執事が言い淀んだ、その時。




「じゃっじゃーん!男爵銅貨5枚で3個ー!頑張れば子供のお小遣いでも買える良心価格だよー!」


 小柄な少女が満面の笑みで両開きの扉を開け、ゴム鞠のように元気よく飛び込んできた。


「車輪屋は何でも運ぶのだー」


「……あなたは……確か、沙那でしたね」


 アリシアは記憶を辿りつつ確認した。

 確か、この胸の大きな小娘は隣国アレキサンダー男爵領の……。


「リシャル様の兄君、エドアード様の奥方でしたわね。いえ、婚約者でしたかしら?」



「違ーう!」

 沙那が目を吊り上げて怒った。

 本気と書いてマジと読む本気だった。

「勝手にくっつけないのっ!」


「あら……」 


「まったくー。喜ぶかと思って持ってきたのに―」

 沙那が一抱え程の大きさの銀のトレイを差し出して見せる。

 トレイには幾つもの凍った(フローズン)フルーツが載せられていた。


 銀製なのは毒を盛られていないことを示すためのものだ。

 帝国世界では銀は解毒作用があるとか、毒を発見する力があるなどと信じられていたからだった。

 沙那的には抗菌作用があるかな?くらいでしかないが。


「……そ、それは?」


「葡萄に桃にー、苺~。あ、季節外れの蜜柑は南の方のなんとかゆー島から運んでもらったやつねー」


「……まあ。蜜柑(マンダリン)なんて貴重品まで」

 帝国世界でも柑橘類は数多あるが、甘味の強い小振りな、いわゆるミカンはない。

 南の海の向うから輸入される希少な果物なのだった。

 アリシアも2~3回しか目にしたことはない。


「ルシエちんが交易の帰りに運んでくれるんだ~」


「テリリンカっスな。多島海(サウザンアイランズ)の」

 沙那の背後からクローリーが補足した。

 いまだに沙那は土地勘がない。


「そ、それー。温泉があってー……あ、今度はバナナも持ってきてもらおーかなー」


 数学があまり普及していないために、主要な航海が陸地を視界内にしたままの沿岸航法が主な帝国世界では、外洋航海が可能な航海士は貴重だ。

 測量して航路計算のできる人材は極めて少ない。

 クローリーの仲間たちでも異世界召喚者(ワタリ)のエルフであるルシエくらいしかいない。


 現在はルシエの指導の下に船団を組んで外洋交易……をしないと肥料や火薬の原料となる硝石が手に入らない……が可能になりつつるが、GPSが存在しない帝国世界では大圏航海法を用いざるを得ない。

 すると球面三角法が必須となり、すなわち、数学の三角法が必須となる。

 サイン、コサイン、タンジェントのアレである。

 つまり数学の計算ができないと目印のない外洋航海は不可能なのだ。


 天文学が発展していれば天測航法も考えられなくもないが、北極星の様な基準星がないのでそれも不可能だった。


 だから、この世界もとい、識字率自体が低い帝国世界では航海技術がとても低い。

 技術を持った数少ない航海士が率いる船にただついていくことしかできないし、地平線の彼方が巨大な滝になって落ちてしまうとか、煮立った海面の世界になってるなどと荒唐無稽な話を信じ込んでいる船員たちでは辿りつけないのである。


 男爵領では航海技術に優れたルシエによって改善されつつあるが……船員達の育成にはまだまだ時間がかかりそうだった。



「ホホウ。沖の暗いのに白保が見えるゥ~あれは紀ノ国ミカン船じゃァ~……って感じでスナ」

 マーチスが節をつける。

 伝説のミカンで大儲けしたと謂われる豪商、紀ノ国屋文左衛門のことだろう。

 

「ならば、さしずめルシ衛門と呼ぶべきでござるか」

 賢者(セージ)が笑った。

 さすが昭和の人間、なんとかカッポレや浪曲のくだりを知っていたらしい。

 平成末期や令和な沙那には判らない。

 クローリーたちこの世界の人にはもっと分からない。


「ならば我々も江戸にミカンを運んだように帝国中に運んで儲けられますカナ?」



「……よく判りません。けど、遠くの国からの舶来品なわけですわね」

 アリシアが頷いた。

 理解が速い。

 予備知識が無くても推測できる知性の高さは魔術師以上かもしれない。

「でも、貴重な舶来品を銅貨3枚で5個は、安過ぎるのではありませんこと?」


 アリシアの疑問は当然だった。

 貴重な品だからこそ高値で取引できるというものだ。


「え?……高過ぎたらフツーの人が買えないでしょー?」

 沙那が不思議そうな顔をした。

「甘いものや美味しいものを食べたことのない子供たちにもおやつにできるくらいが良いかなって」


「……ぷ」

 クローリーは噴き出した。

 この特殊な感覚、お人好しというかなんなのか。

 

 庶民でもたまに美味しいもの食べたり、生活が楽なるようなモノを手に入れたり…ん…それはクローリーが長年想い描いていたことと共通していた。

 住民の世界生活水準向上は結果的に領地の繁栄になる。

 どこか、沙那の言うことやることはクローリーの理想に合致しているのだ。


「やっぱ、おもしれー娘っスなー」



「あら。これはエドアード様」

 アリシアは会釈した。

 隣国の領主に失礼がないように。


「ちーっス」

 クローリーは知り合いへの挨拶はぞんざいだ。


「冷たくてなかなかいいでしょー?シャーベットにしようかと思ったけどーめんどくさいから果物をそのまま凍らせたのー」

 さすが、沙那は空気を読まない。 


「これは……先日開通させた『鉄道』とやらで運んできたのですか?」

 アリシアが疑問を口にした。

 わざわざ鉄道を敷いてすぐのことだからだ。

 これが目的とは考えにくかったが……。


「やっほー。シアちゃん」

 沙那が小さく手を振る。


「……シアちゃん……?」

 沙那の言葉にやや戸惑う。

 アリシアをアリスと愛称で呼ぶことはあれど、シア呼びは初めてだ。

 文化の違う現代日本の、というよりは沙那独特のセンスなのだが。


「暑い夏には冷たいものをーって。クーラーや冷蔵庫の前に手軽に氷が手に入るのは便利かなって。なかなか面白い商売になるんじゃないかなー?」


「それは……むしろ大貴族や帝都で豪商相手に取引した方がお金になりそうですわね」


「む。ちがうよー」

 沙那が首を横に振った。

「子供が駄菓子屋でお小遣い握って買いに行けることが大事ー」


「……はあ」


「ストライクバーとかチューベットとかみたいなのー」


 ますます判らない。


「……まったく。氷を手に入れるだけでも大変なことは私でも分かりますわ。だいたいどうやって……」


「え?簡単だよー。イズミちゃんが、ささっと作ってくれるのー」


「イズ……どなたですの?」

 アリシアは聞き覚えのない名に眉を寄せる。

 クローリーとその仲間たちの顔と名前はだいたい覚えたはずなのであるが、心当たりがない。。


「あー。……イズミちゃんって―のは、さにゃが連れてる精霊のことっスなー」


「せ、精霊?」

 これは驚く。

 帝国世界でも精霊はほぼお伽話の中の存在なのだ。

 アリシアともなると実在することを知識として知ってはいるが……。

「どういうことですの?」


「さにゃがどこかで仲良くなった精霊っスな。どうやって手なずけたかは解らねーんスが、だいぶ懐いてるみたいで」

 クローリーがぞんざいに説明する。

 テキトー過ぎるだろ!と思われるかもしれないが、それがクローリーの基本スタンスなのだ。

 そもそも彼自身が経緯をよく知らないのだから仕方がない。

 

「沙那様は精霊の姿が見えますの?」


「うん」


「……確かに沙那様の肩の辺りにぼやっとした……」

 アリシアが目を皿のようにして沙那を見詰めた。


「あんた。精霊が見えるんスか!?」

 クローリーが動揺した。

 精霊の姿どころか存在を感じ取れるのは魔術師くらいのものだ。

 ……普通なら。

 極稀に訓練もなしに魔法の素養を持っている人間が存在するとは噂話で聞いてはいたが……。


「なんとなく、程度ですけど。……以前、魔力を浴びることがありまして。それ以来は」


「魔力を浴び……突っ込んで訊きたいところではあるんスが、なるほど……」

 クローリーは少し考えこんだ。

 魔力を浴びた影響というのは知らなかったものの、確かに、魔術師の多くは精霊を感知できる。

 彼自身も精霊が見えるのは魔術師だからだと考えてはいたのだが……。


 沙那たち、異世界召喚者(ワタリ)のエルフたちが精霊を見ることができるのは、召喚魔術の儀式による大きな魔力を浴びたからと考えれば辻褄が合う。

 いや。もしかしたら次元世界の壁を越えた時に大きな魔力を浴びるのかもしれない。

 クローリーの魔術師としての知的好奇心が擽られた。


「姫はイズミがはっきり見えるんスか?」


「はっきり……とは申せません。ぼんやりとした光球のような……」


「いや。すっぽんぽんな裸の少女のような姿で、服らしいものを身に付けず……ところが残念なことに肝心な部分は水流の壁が体に巻きついて見えねーんス」


「……まあっ。裸、ですの……?」

 首かっくん。


「こらー!イズミちゃんをいやらしー目で見るなー!へんたいめー!」

 沙那がクローリーの後頭部をハリセンで叩いた。

「ペンギンちゃんたち!成敗っ!」


「きゅ」

「きゅきゅ」

「きゅー!」


 3体の泥人形(ゴーレム)ペンギンたちが飛び掛かる。

 

 以前にクローリーが得意な操霊術(コンジャラー)系魔法で作り出したものである。

 彼にしてはかなり出来が良かったものの、外見はバレーボールか何かのボールに手足が付いたかの様だった。

 沙那の拙い説明と、沙那の描いたイラスト……球形にディフォルメされた、サン●オのキャラクターの雰囲気のシロモノだ。

 なにしろ、クローリーたちは本物のペンギンを知らないので、沙那に言われるままに形にしたもので……。

 何やらファンシーな不思議生物になっていた。

 絶対にこれは違うハズと思いながらも言われるままに。


 実はクローリーたちの中で船乗りのルシエとその仲間たちは本物のペンギンを知っているのだが……誰もツッコまなかったので、そのままだ。

 だいたいルシエたちが硝石を運んでくる地域の南端にはペンギンの島もあるのだ。

 しかし、クローリーはそこまで遠くに航海したことはない。

 帝国の船では洋上航海ができないからだ。


 絹の国(シリカ)砂の国(アルサ)の交易船なら辿りつけるかもしれないが……。


 


 ペンギンたちが各々の得物でクローリーを襲う。

 あるものは通称ペンギンサーベル……贅沢にミスリル製の棒だ。

 またあるものは通称ペンギンバズーカ……布製のグローブのような球体を魔力で撃ち出すものだ。

 沙那曰く、ロケッ●パンチ。

 実はどちらも殺傷力はほとんどない。

 沙那の護衛用の泥人形(ゴーレム)として用意したものだが、沙那の手前、あまり血を流したり見せたくなかったのだ。

 それ故に、ボコボコにして懲らしめる程度の戦闘力に抑えられている。


 実は戦闘用の実弾仕様もあるのだが、戦時以外では封印してあった。

 


「痛ってぇぇぇぇっっ!?こら、やめるっス!創造主に向かってなんてことをするんスか!」


「きゅ」

「きゅきゅきゅ」

「きゅっ」


 ペンギンたちは容赦なかった。

 沙那の命令は絶対なのだ。



「おお。あれは伝説のジェット●トリームアタックでござるな!」

 昭和のオタクにはとっても嬉しい、アレ、だ。


「……ぺんぎんたちがやると、ペットストリームアタックな感じデスナ」

 マーチスが訂正した。

 今少しウマいことを言いたかったのだが思いつかなかった。



「痛ってぇ……こら……」

 クローリーはペンギンたちにボコボコにされていた。



「……ほんとに良くできてますわね」

 アリシアは迂闊にも感心してしまった。

 自律行動する泥人形(ゴーレム)なんて聞いたことがなかったからだ。

 より単純な、遺跡の守護兵としてしか、それも貴重で高価な……辛うじて知ってはいた。


「ところで、沙那様は他に見える精霊はありますの?」


「他に……?」

 沙那は首を傾げた。

 他の精霊とは出会ったことがないかも……と思いかけたところで。


「あ。あそこになんかいるー!」

 沙那が空中を指さした。


 灯の点いていないシャンデリアの辺りだ。

 消えているのは昼間から経費を掛けたくない地方領主故に節約しているのだろう。


「確かにあの辺りに見えますけど……どのような姿ですの?」


「んー。羽の生えた女の子ー。ちょっと天使っぽいかなー?服を着てなくてー……」


「裸!?裸の女っスか!?」

 

「ペンギンちゃんズ。変態を退治しなさいっ」


「うひぇーっ!?」



 クローリーの悲鳴が響く中、アリシアは思わず感嘆した。


「すごい。本当に見えるなんて……」


「うん。風の精霊さんだって言ってるー」


「意思疎通まで!?」

 アリシアは驚愕した。

 この沙那というエルフの娘はどれだけの力や能力を持っているのだろう。

 伝説の大魔法を使うエルフにも匹敵するのでは……?


「シルフだから、シルちゃんかなー?」


「し……シルちゃん……?」


「シアちゃんちにいるからシルちゃんで、なんか姉妹みたいでいい名前かなって」


「……まあ……」


 アリシアは少なからずショックを受けた。

 精霊たちと会話までできるとなると、まるで伝説やお伽噺の聖女とかのよう。

 自分がなりたいと切望している姿に近いのではないか。


「へー。ふーん。……そうなんだ」

 沙那は笑顔で精霊と何か会話しているようだった。

「シアちゃん、シアちゃん。シルちゃんって……」


「はい」


「シアちゃんの守護精霊なんだってー。」


「え……?」

 アリシアは眉を寄せた。


「なんか、ずっと昔から、この家を守ってるんだってー」


「言い伝えにはありますけど……」 

 戸惑ってしまう。

 カストリア子爵家には代々精霊の加護があるとは聞かされてはいたが……精霊を見ることができる当主はいなかったのだ。

 なので信じてはいなかった。


 アリシアは知らなかったが、実はそれこそがカストリア子爵家がハーバル辺境伯爵領でも重要な位置に置かれている理由だったのだ。

 風の精霊の加護を受けた帝国屈指の騎士であった初代カストリア子爵は、対魔族(デーモン)の抑えとされていたのだったが、さすがに千年もの時間の流れが子爵家をあやふやな存在にしてしまっていた。

 アリシア姫とクローリーの結婚を画策したのも、すっかり存在理由を忘れてしまい自分たちを地方の下級貴族でしかないと思い込んでいたためだった。


「シアちゃんがもっと精霊さんを見えるようになったら、お話しもできるみたいだよー」


「……え。……ええっ?」


「魔術師の修行をすれば可能になるかもしれないっスな。……こらっ。尻はやめるっス!」

 クローリーへのお仕置きは止まらないようだった。



「それにー……他にもいるみたいだよー?……なんていうかー……こう……」


「また裸の女の子なんスか?」


「ううんー。違うよー。……こう……」

 沙那は指で目尻を吊り上げて見せる。

「魔法の鏡が映す悪人みたいな顔のー……」


「……何も見えねーっスが……」

 クローリーが辺りを見回す。

「さにゃ。どの辺りに見えるっスか?」


「あそこー」

 沙那が指さす先には……何もいないように見えた。

 壁があるだけだ。

 強いて言えば装飾のための風景画が掛けられてはいるが……。


「クロっ!」

 シュラハトが叫んだ。

 何かを察したのだ。

 気配とかではない。

 沙那の百面相で何かに思いついたのだ。


「……そっか」

 クローリーが頷く。

 阿吽の呼吸だ。

 冒険者として数年も一緒に過ごしてきたからこそのリアクション。



「その姿を現せ!……真実の具現(トゥルー・シーイング)!」


 咄嗟に発動させたクローリーの魔法はとても高度な……クローリーが使える最上級の呪文と言える。

 女風呂を覗くときに使えるかなと思って覚えた魔法とは言うわけにはいかない。

「……そこっスな。輝く粉塵(グリッター・ダスト)!……姿を晒すっスよ」

 クローリーが詠唱と共に砂のようなものをバラ撒いた。

 いや。本当に砂だ。

 高価な物質構成要素マテリアル・コンポーネントと呼ばれる触媒が魔法に必須なのだが、この呪文はそれが砂なのだ。

 細かい条件はあるのだが特別なものではない。


 お財布に優しいのでクローリーが好きな呪文の一つである。

 見え難い物体を虹路の粉のようなもので包み込み、姿を浮かび上がらせる魔法だ。

 くっきりと見えるし、なにより暗闇の中に逃げても姿を隠せなくなる、なかなかに便利な呪文だった。



 ……何かが人型に光輝いた。



 クローリーの放った魔法が、『ソレ』の姿をあぶりだしたのだ。

 


「クロ。退れっ」


 シュラハトが叫んだ。

 声に応じてクローリーが一歩下がる。


 一瞬だった。


 シュラハトが一歩踏み込んだかと思うと、光の軌跡が宙を走る。

 魔法の光でその姿をくっきりと現した人型が、袈裟懸けに真っ二つになった。


 居合斬りだ。


 帝国では見かけることのほとんどない、片刃の曲刀だった。

 シュラハトが伝説の剣豪テリューから譲り受けた、トエで鍛えた業物である。

 細剣(ワオドゥ)と呼ばれるものだが、軽量なことと携帯しやういことからシュラハトが護身用に携帯しているものだ。


 何より、その真価は抜刀してから斬るまでが、円を描くような一挙動で行えるというところ。

 熟練すれば目にも止まらなぬ速さになるという。



 どさり。

 と、人型が床に転がる。


 真っ赤な鮮血が……なかった。

 代わりに黒い霧の様なものが迸っていた。



「……魔族っスな」


「やはり。と思ったがな」


 シュラハトが細剣(ワオドゥ)を鞘に戻す。


「嬢ちゃんのお笑い百面相でピンときたぜ」


 にやりと笑う。

 

見えざる追跡者インヴィジブル・ストーカーってやつっスな。……確かにさにゃの変顔みてーな顔してるっスな」


「……なによぉ……」

 沙那が膨れた。


 クローリーが取れた魔族の頭をつま先で蹴る。

 転がった顔は確かに……顔が歪んで目を大きく吊り上げた凶悪な姿に見えた。



「……これは一体……魔族……どういうことですの?」

 アリシアが蒼白な顔で尋ねる。

 突然の出来事、さらに僅かな瞬間に発生した出来事。

 驚かない方が無理な話だ。

 むしろ、狼狽えていないだけでも、戦闘貴族に連なる者の面目躍如だろう。




「ん、まー。今のところ理由はわかんねーっスが……何らかの目的で魔族が入り込んでたってことっスな」


「あたしたちは冒険者生活で慣れちゃってるけどぉ……全く何かしらね」

 マリエッラが顔を顰める。

 美女がすると深刻さが際立つ。


「オレんところにも魔族や魔獣が攻め込んで来たっスからなー。撃退に協力してくれた子爵領にも偵察をしに来たってことっスかね」


「油断大敵でスゾ。まだ別口が隠れておいでデスナ」

 マーチスが腰を落として構える。

「先ほどの話で確信を得マシタ。なるほど、ワタシにも何やら見えるはずデス。……ワタシもエルフの端くれですカラナ」


「え?」


「お?」


 ある者には何かが見え、また他の者には見えない何かがいた。

 魔力の影響を受けたモノたちには見える……エルフ……つまり異世界召喚者(ワタリ)である沙那たちには見えた何か。

 マーチスも同類だった。


「そこデス。ピキーン!って感じでスナ」

 左手首を外す。

 以前に失ったその部分はクローリーの泥人形(ゴーレム)技術で作った義手であるが、同時に帝国世界にはない恐るべき隠し武器が付いているのだ。 

「今考えるとロケッ●パンチの方が良かった気がしマスナ」


 そこには4連銃身の仕込み銃があるのだ。

 沙那のように妖精による魔力銃だったら、サ●コガンのようになっていたかもしれない。

 それでも火薬式の4連銃は強力過ぎた。

 隠し武器として考えても絶大な威力だ。


 マーチスの左腕が連続した破裂音と共に炎と煙に包まれる。

 4連銃の一斉発射だ。


 連射された弾丸が、大多数の人たちには何もないようにしか見えない空間に着弾した。

 

「ぎゃ」


 短い悲鳴が聞こえ、そして、姿を現して倒れた。


 人型……ではない。

 むしろ、『人』だった。


「おい……こいつぁ……」

 落ち着いていたはずのシュラハトですら。声が上ずった。


「これは予想外でシタナ……」


 

 2つの銃創ができた……うち1発が致命傷だったらしい、人間が転がっていた。

 白銀の……金属光沢色の髪をした青年だった。

 まだ20代というところだろう。


「エルフっスな…」

 クローリーが呟いた。

 異世界来訪者(ワタリ)だったのだ。

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