第12章 産業革命 5~異世界の武器
第12章 産業革命 5~異世界の武器
S-1: カストリア子爵領/城内
「……こりゃあ、どういうことだ?」
シュラハトは細剣を鞘に納めながら呟いた。
足元に転がる躯を見下ろした。
「こいつは人間みてぇだな」
「……ふーむ?」
賢者が首を捻る。
「ただの人間というワケでもなさそうですぞ」
「ほう?」
シュラハトが賢者をチラ見した。
キモオタの運動不足な肥満型のこの男を、彼はあまり好きではなかったが。
「何が普通じゃないって言うんだ?」
「腰にぶら下げている円盤が、でござるよ」
賢者はのたのたと近付いて、骸の腰にぶら下がっていたモノを拾い上げる。
「これでござる」
「……あ、あれ?」
沙那が目を丸くする。
クローリーも眉を顰めた。
「これには見覚えがござる。……たぶん、この場の御仁たちにも心当たりがござろう」
「あ。ダーツの的ー!」
沙那が指差した。
確かに。
沙那にはそう見えたアレだ。
現代世界に転移した沙那が再び、この世界へと戻ってこれたアイテム。
古い神社に飾ってあったものとよく似ていた。
そして、竜の世界から現代世界へ飛ばされる原因になったモノだ。
丸いフリスビーに似た円盤。
表面には渦巻き状の模様が入っており、それが沙那にはダーツの的に見えた理由ではある。
ただし、その模様は放射状に点数が入っているものではない。
どちらかというと渦巻き状になにか絵のようなものが絵が描かれている。
「拙者、これはとんでもないキーアイテムな気がしているのござるが……それ以上に、この模様には記憶があるのでござるよ」
いつなく真剣な眼差しだった。
「ヌーの民、ヌーミンでござるからな」
「ムー●ン?」
沙那が眉そ寄せる。
なるほど。確かにお腹のぽっこりした姿はムーミ●ぽいかもしれない。
「●ーミンではござらん!ヌー民でござるよ!」
賢者は鼻息荒く反論する。
「ヌーというのはウシ科の動物ではなく、雑誌でござる。オカルト系雑誌の」
「雑誌……?」
これはクローリーをはじめ、この世界の人々には判らないし、想像もつかない。
帝国世界は識字率がとても低く、ましてや印刷技術がないので、大衆向けに本を売ることも買うこともできないのだ。
現実世界でも瓦版が普及していた日本と違って、西洋では一般人が本を手にすることも読むこともあまりなかったくらいである。
大衆向け雑誌なんか想像の外なのだった。
帝国世界の本は印刷ではなく、基本が写本なのだ。
実のところ、賢者が発した単語の雑誌という言葉自体が存在しない未知の言葉であった。
「そのマガジンというのは何なんスか?異世界の何かっスかね?」
クローリーは魔術師であり、一応は学者に分類される身であるから本は読んでもいたのだが……。
未だに蔵書目録的な意味ですら知らない。
「ふむん。雑誌の説明はともかく……本来は子供でも買って読むことのできる本の一つでござってな。超常現象や何やら不可思議なことを面白おかしく文章にした……絵もあるが……本でござる」
「へー……」
一般の子供が本を手にする社会……クローリーが思い描く理想の世界ではある。
異世界『日本』とやらは、やはり高度な文明の世界なんだろう。
沙那のような子供(クローリーにはそう見える)ですら色んな知識を披露してきていることを考えると……。
理解できなくとも納得するかない。
それは魔術師らしいともいえた。
「その中にカタカムナの特集もござってな……ああ、拙者たちの国の古代文字で神代文字とも呼ばれる不思議な文字……というが、実際はデタラメな創作とも言われてござって……」
「むー?だから、何ー?」
沙那が顰め面になる。
「つまり……そのインチキな不思議文字に良く似てるのでざるよ。この模様が」
賢者が円盤を翳して模様をみんなに見せる。
「だーかーらー!」
沙那はイライラしてきた。
「車輪が並んでいるような造形から、通称『車輪文字』と呼ばれるものでござるよ。円の中にいろんな図形が入って……それが回転するように並んでいる……車輪屋と呼ばれるアレキサンダー男爵にあって、象徴的でもござるな」
賢者が、にちゃりと笑う。
「この模様を解読すると、何処かへ転移することが描かれているのでござるよ!」
賢者が円盤をぽんと叩く。
「諸兄たちがスルーしていたが、竜の国で消えたはずの沙那殿が男爵邸の庭に忽然と現れたでござろう?……あの時も庭の……変なおっさんの彫像のところにもあったのでござるよ。このカタカムナの文字が」
「変なおっさん呼ばわりはねーっスよ。一応、あれは初代男爵領主アレキサンダー・アレキサンダーの像なんスから」
クローリーが苦笑いしながらクレームを付けた。
「まあ、その初代大王様が………」
「男爵っス」
「その男爵様が何か関係しているかまでは分かりかねるところでござるが……一つ言えることがある」
「ほー?」
「この円盤が世界や場所を飛び越える門らしいってことでござる。
「門?」
クローリーの顔が険しくなる。
超高位の魔法に魔法的な門があることは知っていた。
ただし、古代の異質魔法として伝承の中の存在として。
「えええええー?」
その場にいた多くの人が驚愕の声を上げた。
「沙那殿は知識でも検証でもなく、『本能』だけで理解してたようでござったが」
「えー……いや。その……」
沙那は狼狽えた。
違うのだ。
沙那はこれまでの出来事が全て自分の夢の中のストーリーと思い込んでいただけだったのだ。
しかも現在進行形。
これ見よがしに登場したアイテムならきっと都合よく作動するのだろうという……。
それはそれは雑な思い込みと想像だけだった。
しかも、上手く行ってしまった。
これで自分の夢の中の都合の良い展開と思わないはずはなかった。
「分かるでござろう?この……倒れたやつの髪の色もエルフ……異世界からの来訪者の特徴を持っている銀髪でござる」
クローリーは賢者の言葉に息を呑む。
「そして……この円盤を持ち歩いていることから……こやつ、場所か世界かは判らないでござるが……いや、異世界から、それも拙者が知る世界を行き来してると思われる」
「何故、それが分かる?」
疑いの目でシュラハトが見る。
「その傍らに落ちている武器が……おそらく使おうとしたがシュラハト殿の剣の方が速すぎて間に合わなかったのござろう」
全員の目が侵入者の骸の周囲に視線を飛ばす。
「あー。おもちゃのピストルー!」
沙那が見つけるのが速かった。
帝国世界の人々には銃は未だに賢者が考案してやっと男爵領の軍隊に普及し始めたマスケット銃しか判らないのだ。
「おお。あれはまたマニアックな!ドイツ製の……H&Kの」
マーチスはそこそこ知っていた。
が、マニアではない。
しかし、某スパイ映画で見たのと同じだとは気づいた。
「……」
ラベルは知っていたが黙っていた。
自分が危険な世界の住人だったことを知られたくないのだ。
「VP70。世界初のポリマーフレームの拳銃でござる。スパイ映画の悪役が使う銃で、3点連射も可能な……部品点数も少ない便利なシロモノでござる」
「……どういうことッスか?」
「分かりやすく言えば、それと分かるくらいに拙者の世界の銃……つまり、こやつは異世界から武器を持ち込んだのでござる」
賢者はVPを拾い上げる。
モデルガンやエアガンで培った手さばきで、一度コッキングすると、装填状態を確認して天井へ銃口を向けた。
タタタン。
ドラマや映画のようにズキューン!ではなく、小気味よくドラムを叩く様な発砲音。
目にもとまらぬ三連射。
マスケット銃の発砲とは違う。
一瞬で三発。
戦場経験のあるシュラハトやクローリーはその事実と、想像できるであろう威力に怖気づいた。
異世界の武器……恐るべし。
「9パラで良かった。実銃は撃ったことないのでビビったでござる……」
おい。
標準的な拳銃弾ではあるが、素人が楽に扱えるわけではない。
しっかり握っていたつもりでも、腕はかなり振られていた。
だが、逆に、天井に3つの弾痕が空いたことが、異世界兵器の威力を見せつけていた。
「すっげぇっスな……。こんなの大量に持ち込まれたら大惨事っス」
「いや……つまり……それが現実になりうるってことじゃな……」
沈黙を通してきたヒンカが呟く。
彼女は賢者や沙那たちより古い時代の経験しかないが、近代銃であるオートマチックの小型拳銃をこの世界に持ち込んでいた。
使いまくるには弾丸が補充できないのだが……。
この闖入者はそのアテがあるかもしれない?……それはつまり……。
「世界を行き来できる可能性が高いということじゃな?」
「重火器と言わなくても、分隊支援軽機関銃とか持ち込まれたりしたら、この世界の軍隊なんてひとたまりもありマセンナ」
世界を壊しかねないほどの何か。
なにより。
単独で意味もなく魔族とともに潜入?
なにか。
見えざる背景の存在を感じずにはいられない一同だった。
S-2 魔属領/某所平原
騒動はカストリア領だけではなかった。
世界は、時代は混沌へと向かい始めていたのだった。
それはゆっくりと、前兆があるなしに関わらず……。
一つ一つが重なり合っていくことで始まるのだ。
喇叭が高らかに戦場に響き渡った。
帝国正規兵の突撃……決戦兵力である騎兵突撃の合図だ。
馬蹄が大地を叩く音が幾重にも重なり轟音となった。
黒騎兵とも呼ばれる重装の胸甲騎兵たちである。
馬上槍を抱えた古風な騎士ではなく、集団突撃を重視して斬り抜きやすいサーベルを手にした告死天使たちだ。
彼らは擦れ違いざまに地上の敵を次々に斬り捨てていく。
この世界でも騎兵は恐るべき戦力なのだ。
かつてある常勝将軍は言った。
騎兵は、戦闘前、戦闘中、戦闘後、いつでも役に立つ。
偵察や連絡などの戦闘前、戦況を決定的にする集団突撃、そして戦闘後の追撃。
だからこ貴重で、そしてその運用で戦場の支配者を決定づける。
騎兵たちが突き抜けた戦線の穴へ、長槍を構えた戦列歩兵が突進する。
虐殺が始まった……。
配色の濃くなった防御側はもはや士気が崩壊していた。
軍隊は装備や陣形などより、士気が最も重要だ。
士気の低下した軍隊はもはや陣形も作戦もない。
烏合の衆である。
熱したナイフでバターを切るが如く。
一方的な展開になりつつあった。
「怯むな!剣を取れ!戦うのだ!」
「いや。退け!後退しろ!」
指示も命令も混乱していた。
それを何とかするのが『名将』だ!というものもいるだろう。
そんなことはない。
一度崩れ始めた軍を立て直すことは神ならない身には不可能なのだ。
士気さえ残っていれば、あるいは整然と後退などという神業が起きるかもしれないが。
現実は非情だ。
都合の良い無敵の兵士ばかりではない。
ただ、この戦場で一つ、言えることは……。
虐殺されているのが魔族たちであると言うことだ。
帝国軍旗が翻る。
これほど激しい魔族との戦闘は数百年ぶりだろう。
それは、今、人族の圧勝に終わろうとしていた。
ゴブリンが真っ二つに斬り咲かれ、オーガが四方から槍で串刺しになった。
鮮血と悲鳴。
喝采と勝ち鬨の声。
戦場はいつも悲惨だ。
勝っても負けても……。
「負け戦の次に悲惨なものは……勝ち戦だな」
黄金色の鎧に身を包んだ馬上のイストが周囲に聞かせるように呟いた。
何か、それが詩的な名言であるつもりなのだろう。
傍らにいる戦況記録係の将校に微笑みかけた。
イストという男は恐ろしい。
失敗もしたが、いつも必ず、生還する。
そして、勢力を盛り返す術を持っていた。
家柄。経済力、それだけではないだろう。
常に最強というわけではないが、何か底知れぬ力を発揮して、どんな場所でも頂点に近い位置に立てるのだ。
不思議なカリスマ性に惹かれる者もいる。
しかして、今、先の戦いであわやという状況から立ち戻り、蛮族討伐指揮官としてここにたっていた。
蛮族軍は数は多かった。
だが、構成は滅茶苦茶だった。
本格的な大規模戦闘は数百年ぶりなこともあって、充分な準備ができなかった。
あたりの雑多な種族を数だけ集めたに過ぎない。
魔族自慢の飛行魔獣も男爵領との戦いで壊滅して、再編成ができていなかった。
数騎の飛行魔獣だけでは空からの攻撃を充分に発揮できないのだ。
「エルフの大魔法もなしで、ここまで押されるのか……」
魔族の指揮を執っていたアレックスが唸った。
彼は他の魔族とは明らかに違っていた。
長い銀色の髪を靡かせた美青年……金属光沢の髪色の。
そうエルフなのだ。
異世界来訪者の。
それも只者ではない。
右手に握られた棒状の武器……ライフルだった。
もし、ここに、賢者がいたら驚愕するか、あるいは狂喜したかもしれない。
ミリタリーマニアの彼ならそのライフルにすぐに気づいたろう。
M14バトルライフル。
男爵領で生産と配備が進められているマスケット銃とは似て異なる近代兵器だった。
20世紀半ばのアメリカ軍正式小銃。
20連発の、この世界ではチート武器である。
それ故に、魔法が使えないエルフであるにも関わらず、『伯爵』は人族との国境警備司令官として採用したのだった。
小規模の舞台相手なら、近代のアサルトライフルの威力で圧倒出来たろうし、それを期待されてもいた。
しかし。
大規模の部隊の指揮経験のなかったアレックスには、万を超える人族の軍勢には敵なりえなかった。
なにより、大規模戦闘を考慮していなかった彼は充分な 弾丸を所持していなかった。
『伯爵』も銃の事はまったく理解していなかったので、弾薬の必要性が分からなかった。
なにか、異世界の、魔法の武器、程度にしか思っていなかったのだ。
反面、イストは男爵領での度重なる戦闘で、朧気ながら銃の威力とその弱点に気付いていた。
そこが大きな違いだった。
例え、近代的なアサルトライフルとはいえ、その存在が1つだけでは決定的な戦力にはならない。
これが数十丁も並べての一斉射撃だったら……話は別だったかもしれない。
戦況は確実にイストに有利だった。
彼は名声を……汚名返上、名誉回復をしつつあった。
野心家のイストにとって最高の舞台だった。
「しれいかんさまー!あぶなーい!」
アレックスの傍らを、槍を構えた……人間にとっては短めの……小さな影が飛び込んできた。
犬のような頭の、小さな人型生物……コボルドだ。
シルエットだけなら。人間の子供にも見える。
その小さな生き物は槍を振り回して、決死の覚悟で戦っていた。
「ふむ。助かったぞ。小さいの。……名は?」
「オイラはコボルドぞくのゆーしゃ……になるかもしれない。なまえはない」
「そうか」
アレックスは微笑んだ。
魔族の、しかも弱小種族であるコボルドに名前があることはほとんどない。
便宜上、族長などに名前が付けられることはあるが。
「なら、今の活躍で俺が名前をくれてやろう」
「え?……しれいかんさまが!?」
「ああ。アイク、でどうだ?俺のところの大統領……じゃない、族長の名だ」
「いいのか!しれいさんさま!」
アレックスは笑ってしまった。
「マックよりはマシだろ?」
彼にとってはどちらでも良かった、軍の頂点にいたエリートたちを揶揄したものだ。
アイク=アイゼンハワー、マック=マッカーサー。
犬猿の仲といわれる人物同士から選ぶのは、アメリカ人らしいジョークなのかもしれない。
「お、オイラ、アイク!わかった!りっぱななまえもらった!」
アイクは喜んだ。
それまで握っているだけだった銃をアレックスが構え、トリガーを引いた。
炎と煙、そして断続的な発火音にアイクは腰を抜かしそうだった。
アレックスが放った横薙ぎの一連射は数人の人族兵士を撃ち倒した。
「しれいかんさま、すげー!」
「凄いだろう?なら……」
アレックスは馬上からM14をアイクに放り投げた。
「わわっ!?」
慌ててアイクが飛びつくように受け取る。
重い。
といっても軍用ライフルとしては軽い方だ、
「それはお前にやる。褒美だ」
「いいのか?まほうのぶき!」
「今ので弾がなくなったからな。……サッサバルにいる俺の仲間、倉庫番のハリーに頼めば貰えるが……ああ」
アレックスは思い出したように、胸元からペンダントのようなものを取り出す。
「こいつは勲章だ。大事にしろ」
これもアイクに放り投げた。
「うわ。ぎんいろ!すげーきれい!それに2こもついてる!」
「いいか。サッサバルのハリーだ。忘れるなよ」
「わかった!さっさばるのはりー!」
「……生きて帰れよ」
そう呟くとアレックスは馬上から落ちた。
背中には深々と刺さって貫通しかけた、金属発条クロスボウの太矢があった。
元アメリカ海兵隊一等軍曹、アレックス・ゴールドマンは異世界で戦死した。
愛用の銃と2枚繋がりの認識票を残して。




