第12章 産業革命 3~冷凍ミカン
第12章 産業革命 3~冷凍ミカン
1 カストリア子爵領/鉱山区
クローリーたちはもう2ヶ月近くカストリア子爵領にいた。
魔動列車で運搬していたもう一つの積荷……蒸気ポンプの設置のためだった。
カストリア子爵領は鉱物資源の産地で鉄や石炭の鉱山があることから、永らく鉱山湧水に悩まされていた。
鉱山というものは掘れば掘るほど地下水が滲み出してくるものだ。
それを人力で汲み上げるのはあまりにも困難だった。
採掘が大規模な産業になり切れないのはそのためだった。
そこで、クローリーたち……というよりラベルだが、目を付けたのが蒸気機関だった。
元々は蒸気機関車を作成していたはずであり、試作車両は先の戦争で蒸気自動車代わりに戦場を突撃するという破天荒な使い方をされていたが、運用や整備にマンパワーが少なめで運用できる魔動列車を運用することになったので、目的を失っていた。
作ってはみたものの……である。
そこに目を向けた。
帝国世界には風車や水車、人力しかない動力機構の中で蒸気機関は強力だ。
当初は港湾設備用の橋型クレーンに転用予定だったが、蒸気機関は元は揚水機の動力に使われた……という賢者の朧げな知識からポンプにすることが考えられたのだ。
すると話はとんとん拍子に進んだ。
アレキサンダー男爵領は大規模鉱山はなく(ドワーフしか知らない秘密のミスリル鉱床はあったのだが……)、将来的な友邦となりえるカストリア子爵領の鉱山へ運び込むことにしたのだ。
試作品が蒸気……自動車だったために車輪が付いており、移動も可能だった。
魔動列車に連結すれば運搬も問題なさそうだった。
そして、魔動列車と共にカストリア子爵領に来訪したのだった。
と、そこまでは順調だった。
鉱山へと運ぶのはそうはいかなかった。
重い。
重すぎたのだ。
蒸気機関自動車は構造上、かなりの重量があった。
いくら車輪が付いているとはいえ、金属の車輪は土の道路では埋まってしまって進まない。
多くの馬を使って押したり引いたり、丸太を並べて転がしたり、悪戦苦闘しながら運搬していった。
そして所定の場所に運び込むまでに2カ月が過ぎようとしていた。
その間、みんな汗を流していたわけだが……一人、あまり役に立たないモノもいた。
沙那だった。
力仕事には全く不向き。
何か知恵を働かそうとしても、所詮は義務教育の中学生レベルでしかない。
すなわち。
ペンギンたちとウロウロすることしかできなかったのだ。
だから……。
「あーつーいーっ!暑いよ、ここー!?」
環境に不満を爆発させるだけだった。
この時期、この辺りは夏だった。
初夏ではなく盛夏だ。
元が冬用制服の沙那にはかなり厳しい。
ブレザーを脱いで上半身はブラウス姿になってもきっついのだ。
これ以上は脱ぐわけにはいかない。
ブラウスのボタンを上2つほど外してはいる。
沙那が高校生だったならもう少し恥じらいがあったかも知れないが、時系列的には高校生でも実質は中身中学生なので、そのあたりはやや緩いのだ。
細かい部分が精神的に子供なのだった。
小学生というより幼稚園児に近いかもしれない。
それに見せブラがあるような現代世界では、まあ、そういう子もいるだろうくらいの感覚だが、帝国世界ではやや破廉恥に分類されそうだ。
『やや』ではないか。
かなり、である。
慌ててマリエッラが男衆の視線を遮るように頑張った。
立ち塞がり、手足を振り回す。
周囲の人々の視線が痛い。
好色そうな視線ではなく、蔑むようなものだ。
それはそれで不愉快ではある。
何しろ……
クローリーにとって沙那は生意気な妹みたいなものだし、シュラハトからすれば子供でしかないので興味の範囲外。
賢者に至っては、「3次元の女には興味なし。2次元美少女こそ至高の存在」なのだ。
マリエッタの気遣いは不要だったかもしれない。
「まあ、盆地ですカラナ」
マーチスがやや同情気味に声をかけた。
「盆地だとなんで熱いのよーっ!」
ぷんすこ。
暑さでイライラしているのだ。
「それは風が通らないからでござるよ。京都や山梨とか、熊谷とか埼玉なんかも同じでござるよ」
「なんでー!?」
「周りを見れば判り申さん。山に囲まれた地形は熱がこもりやすく、冬は逆に冷え込むのでござる」
「…最悪-……」
沙那は馬車の御者台で突っ伏した。
「京都の人の怒りを買うでござるよ」
「冷たいジュースやアイスが欲しー!」
じたばた。
「ふむ。確かに冷蔵庫が欲しくはあるかもじゃな。色々使い道ができるのじゃ」
ヒンカも頷く。
幼女とまでいかないが、沙那と大差ない外見の老女である。
中身は帝国世界の失われた魔法技術で転生していた。
本来は20世紀のアメリカの学術員である。
「作れるの~?」
「ああ。冷媒を何にするかだが……アンモニアの製造に目処がついているからのう」
「アンモニア~?」
「ああ。高温高圧の窯が必要なのじゃが、ミスリルと蒸気機関のノウハウがあるから実験段階にはあるのじゃ」
「へー?」
「アンモニアを製造可能になると、現在のように農業肥料に必要な硝石の輸入が不要になる……どころか、輸出も可能になるんじゃよ」
「へー?」
「それに硝酸アンモニアなら水をかけるだけで吸熱反応するから手軽に冷却できるのじゃ」
「あ。それ、夏にビニール袋のやつをパンって叩いて冷やす『ひえひえ~るくん』みたいなやつでござるな?」
賢者も飛びついた、
彼のいたバブル時代の日本には冬の使い捨てカイロと同様に、夏用アイテムも普及し始めていた・
「こー、オッサンちっくにパーンと豪快にやるのが良いのである」
「……やだよ。オッサンちっくなんて」
沙那がむくれた。
なるほど単純な化学反応で使いやすい科学はアリかな、と思いかけた。
が、
「ヒンカ婆ちゃん。それはちょっとパスしよ。うん。科学万能なんてイケナイ考えだよ」
どこか、ぎこちない口調だ、
「ふむ……電気が安定供給できると色々できるんだがのう」
「婆ちゃん!ほら、この世界は魔法の世界だよ!ね!ね!……そこに大天才魔導師もいるし!」
沙那はクローリーを指さした。
「お、オレっスか?いきなりのご指名っスな」
クローリーが上半身を起こす。
「っても、便利に涼しくなる魔法なんて……」
「ないの!?」
沙那が詰め寄る。
上半身裸の男に、胸元を開けた少女がにじり寄る光景は少し異常だ。
「魔法って物質構成要素って触媒が必要で、だいたい高価なものになりやす……って、あれ?」
クローリーが首を捻った。
何かに思い当たる。
「あ。やべ。安上がりな方法……ってもさにゃ限定で方法があるっスな」
「何!?何!?何ー!?どうすればいいのー?ほら、はけーっ!」
「近いっ近いっス。顔、近い!」
キスでもしそうな超至近距離だ。
「さにゃに、っていうか、さにゃにしか使えない魔法があるんスよ」
「……ボク、魔法は使えないよ?念じても、呪文唱えても魔法少女に変身できないし」
「ちげー」
クローリーは沙那の首筋を指さした。
「ほら。さにゃの髪の毛の中にいるやつっス」
「んん?……イズミちゃんのことー?」
首を捻った沙那の髪の毛の中から、半透明の半裸の精霊が顔を出す。
見える人間からすれば、美少女フィギュアを肩に乗せたイタい子に見えるかもしれない。
イズミと呼ばれた精霊は小さくお辞儀する。
「前にも話たっスが、その子は水の精霊なんス。しかも精霊女王かそれに類する上位個体っス」
「……そーなの?」
沙那は眉を寄せる。
「イズミちゃんは温泉の妖精さんだよー?」
「いや。だから……」
クローリーは微笑んだ。
「元々が水の精霊なんス。温度もコントロールできるから温泉も作れるっスが、逆に氷山みたいなものも作れるんスよ」
「……え?……ほんと?」
沙那はイズミをじっと見る。
「氷とか作れるの?」
イズミは小さく頷いた。
そして、数舜して、沙那の掌に拳大の氷発生させた。
透明だ。
不純物がほとんどないために白く翳んだりしていないのだ。
「すごっ!なにこれー!?」
「精霊魔法は精霊それ自体の能力っスから、魔術の理とはちっと違ってるんスよ。……にしても見事な物っスな」
周囲の人間も皆、愕然としている。
なにしろ、沙那とクローリー以外には魔術の素養がないために精霊は見えないのだ。
だから、突然、沙那が超常的な魔法を使ったようにすら見える。
「んで、その子は精霊女王だから従う眷属も多いっス。眷属動員すれば大量の氷を作り出すのも訳ないっスな」
「へえええええええ~」
「ま。欠点としちゃ、沙那の命令しか聞かねーだろうっスがね」
イズミは何故か、沙那に懐いているのだ。
てっきり温泉の精霊と信じ込んでいた沙那には驚きだ。
「なんつーか……」
「冷たーい。気持ちいい―!……これ、格安で商売にできないかなー?」
「列車で食べるなら夏は冷凍ミカンでござるな。日本国鉄の名物でござる」
賢者の中ではいまだにJRはない。
国鉄がHRになったのは1987年のことだ。
「冷凍ミカンって、ミカンを凍らせるのー?バナナとかもかなー?シャーベットっぽくはなるかなー?」
「ま上手くいけば良いっスなー」
クローリーは再び転がった。
冷凍したフルーツには少し期待したい気分でもあった。
氷が配られてみんなが歓喜したり、思い思いの意見を述べているのを眺めながら、ヒンカはこっそり沙那に囁いた。
「お主。気が付いてたな?」
じっと見つめる。
「……なにがー?」
沙那はトボけたが目が泳いでいる。
「硝酸アンモニアの話じゃよ」
「なんのことー?」
「賢者や他のやつらはこんな簡単な理科知識もないようだったが、お主は違うな?」
「ぴゅ~ぴゅ~ぴゅ~」
沙那は口笛を吹こうとして、失敗した。
元々できないのだ。
「硝酸アンモニアは……火薬の原料じゃからな。黒色火薬とは違う無煙火薬や高性能爆薬のな」
「……」
「そう。アンモニア製造は空気から爆薬を作ることが可能になるものじゃ。……武器を発展させたくない、というつもりじゃろ?」
「……ちぇー……婆ちゃんは知ってたのかー……」
沙那は肩を落とす。
特別な知識ではない。
中学生の理科知識でも想像が可能なレベルなのだ。
理数系な沙那には軍事知識が無くても思い当たるのは不思議ではない。
「なあに」
ヒンカが笑う。
「他に知られないようにする……よりも、魔法を前面に押し出した文化を広めていく方が、広まり難いかもしれんぞ」
「……それって逆にすごいことになったりは……しない?」
「さあてね」
今度はヒンカがトボけた。
「ごちゃ混ぜになって判り難くなったら、混乱するだけで悪用の機会は減るかもしれんぞ?飛行船もそうじゃろ?」
「う、うーん」
「高温高圧罐を作れるのは男爵領だけじゃから、余程のことがなければ広まらんぞ」
ヒンカは沙那の肩を優しく叩いた。
彼女も戦争はあまり望まないのだ。
現代人であったから。




