第12章 産業革命 2~鉱山地帯(MINING CITY)
第12章 産業革命 2~鉱山地帯(MINING CITY)
1 カストリア子爵領/ハイランド駅
カストリア子爵領城下町の郊外にそれはあった。
男爵領中央駅のようにレンガを汲み上げたプラットホームなどは、どこにもない。
開けた広場に数条の線路と、駅舎というのも烏滸がましい小さな木造の小屋が立っているだけである。
それも仕方のないことだ。
突貫工事で開通した鉄道であり、なによりカストリア側からしたら鉄道が何なのか、その使用目的も何も分からない。
要請された通りに管理する役人……年老いた老人が1人だけ配置されているに過ぎない。
ただ、街道の代わりになるものだと説明を受けただけだった。
いや、むしろ、それ以上のことは理解できなかったのだ。
ただ、子爵令嬢アリシアが侍女や護衛と共にそこにいた。
鉄道をきちんと理解していた、訳ではない。
クローリーを評価していたわけでもない。
男爵領に直接訪問した時に『ある物』を見たからだ。
馬車鉄道だった。
男爵領城下町には小さな運河水路が縦横に延びて艀による物流が盛んであった。
それを繋ぐ陸路に馬車鉄道が走っていた。
馬車鉄道とは文字通り馬が牽く馬車そのものだが、軌条の上を走るように作られているものだ。
一見すると道路と何が違うのか?
と感じてしまうものだが、実は大きく違う。
『摩擦力』だ。
滑らかなレールの上を走ると摩擦係数が低いために、少ない力で馬車を牽くことができる。
同じ頭数の馬で通常なら1両でしかない馬車を連結して2両、3両と動かせるのだ。
単純に多くの重量を運ぶことが可能という意味でもある。
もちろん荷物だけではなく人を運ぶ馬車としても優秀だ。
なにより。
レールの上を走るということは、凹凸のある道路を走るよりも乗り心地も良い。
あまりにも単純な理屈なのだが体感しなければ分からない。
欠点はブレーキが利きに難いことなのだが、通常の馬車でもそれほど変わらない。
男爵領では通貨経済の普及によって、乗り合い交通機関として人々の足として認識されつつあった。
実は馬車鉄道を設置したのは将来的な鉄道開発のためだった、
帝国世界では馬車はあっても金属のレールなどない。
いくらドワーフの鍛冶工房……大工房と称される……でも、未知のものを簡単に作ることはできない。
規格を作り、量産するための練習台でもあったのだ。
その生産が軌道にのったところで鉄道を敷設し始めたのである。
アリシアはそれを見たからだった。
その滑るように走る馬車鉄道の動きを見た時、何か、新しい未来が見えた気がした。
異世界召喚者のエルフの技術と知識なのだろうか。
否。
この世界で元々可能な技術の組み合わせでしかない。
それが彼ら異世界の知識から来るものなのかは判らない。
自分たちが見落としているものを教えてくれているに過ぎないのでは?
だからこそ。
彼女はクローリーたちのすることを見てみたかった。
帝国世界の技術で行えるものなら、自分たちでも再現できるはずだ。
それは新しい時代の扉を開くような予感がしていた。
もっとも……。
空島世界から得た魔動機関は|再現《リバ-ス・エンジニアリング》は困難なのだが。
何かしら別の手段でも動力さえ得られれば、近いものができそうではある。
「来ましたわね……」
アリシアが若干俯き気味に遠くを見る。
視力が高い人間は遠くを見る時は若干下向きになるものだ。
逆に近視だと顔を上向きにする……水晶体の調整の都合のためである。
彼女は視力が高かったために他より先に、近づいてくる列車を見つけたのだ。
蒸気機関車のような音はしない。
轟音を立てて進むものだったら見える前に気付いたろう。
ところが魔動機関は比較的音を出さないので電気自動車のように静かだ。
レールの継ぎ目を車輪が叩く音だけが、かたんかたんと響く。
速度があまり出ていない……時速20kmほどなせいもあるかもしれない。
そこに、金属が擦れる甲高い摩擦音。
列車が広場……もといハイランド駅に滑り込んできたのだ。
ブレーキの音であった。
もっとも大きい騒音がそれかもしれない。
かなりゆっくり、減速していき……停車した。
プラットホームがないのでキチンとした停車位置はない。
目印がないものだから、わりと適当なところで止まった。
「ひゃっほー!」
沙那が飛び降りてきた。
乗降口はあるが扉は自動ではなく手動のものだった。
現代人の沙那には使い方が判らなかったが、昭和生まれの賢者が開けたのだ。
続いて、ぺんぎんたちが降りてくる。
クローリーが沙那のために作った護衛用の泥人形である。
自意識があり、人間なら5~6歳くらいの知能があった。
ぺんぎんは4体。
周囲を警戒するように沙那を囲むように立った。
ここまではアリシアも知っている。
「……気が早すぎるんだよ」
ラベルが小さく呟くと、手元にある小さな紐を引いた。
何かが打ちあがる。
男爵領の面々は驚かなかったが、カストリア領の糸人は驚愕したろう。
花火だった。
黒色火薬を使った武器はすでに男爵領にあった。
その中で本来は連絡用に使うため通信弾として花火が導入されていた。
先の戦いでも使用したのだが、金属の粉を火にかけると色のついた炎を上げる性質を利用したものだ。
「きれー……っていうほどでもないかー」
沙那にとってはそうだ。
だいたい、夜ならいざ知らず、昼間の花火……しかも素人のラベルたちが間に合わせで作った洗練されてないものなのだから、色がついた煙といったところでしかない。
それでも……
カストリアの人々には初めて見るモノだった。
破裂音と共に色のついた発光と煙は、何事かと思ったろう。
しかも大掛かりなものではないので、沙那からすれば夏にスーパーで売ってる家庭用花火セットみたいなものだ。
子供なら嬉しいかもしれない。
「な、な、な、なんだあれはー!?」
アリシアのお付きたちは狼狽えた。
色は魔法か何かと受け取れたが、音には慣れなかった。
戦場で聞いたら混乱したかもしれない。
「……エドアード様は魔術師ですもの。驚くことではありませんわ」
アリシアは今少し冷静だった。
未知の何か……魔動列車が来るのだから、何か不思議なことがあっても驚かないように心構えを持っていたからでもある。
「花火っスなー。お祭りにも使えそうかなって賢者も言ってたっス」
クローリーが乗降口から顔を出した。
「火薬って武器以外にも使い道が多くて便利なんス。あ、線路敷く時の工事にも使えたっスなー」
元々は賢者が武器に使うために固執した火薬ではあるが、実はそれ以外の利用法はとても多かった。
「……大規模な発破には向かんがな。もう少し取り扱いの安全なものが……いや、過剰な物はまだ不要じゃな」
ヒンカが後ろから声をかけた。
10代半ばほどにしか見えない少女だが、中身はこの世界の魔法で転生まで行った100年以上を生きている。
ダイナマイトの力と悲劇がまだ新しい時代も生きた彼女は軍事利用には否定的なのだ。
必要悪なのも理解しているし、無煙火薬の作り方も知っているが進んで教えたりはしない。
ただ……薬としてのニトログリセリンは役立ちそうなので、上手く周囲を誤魔化して作成するつもりはあった。
医療環境が良くない帝国世界で男爵領の発展を目指す上で医療用の薬品の確保には執心していた。
遥か東のトエの国からクスノキを取り寄せて植樹したのもカンフル剤を作るためである。
彼女が沙那に協力して作る農場はほぼ薬のためだった。
そして、次に飛び降りてきたのはラベルだ。
彼は小さな踏み台……プラットホームがないために段差が大きいのだ……を設置する。
木製の脚立といった方が良いのか。
本来はこれを使って乗降するものなのだが、沙那は待てなかったらしい。
そして、クローリー、ヒンカ、マーチス、賢者、マリエッラ、最後にシュラハトが降りてきた。
「あら……」
アリシアは辺りを見回した。
乗降口から他にも降りてくるかと視線を向けた。
「あ、リシャルは来てないっス」
クローリーがこともなげに言った。
「そう……ですか」
アリシアは少し落胆した。
「オレが出向いてるんだから代理を置いておかないとまずいっスからね」
リシャルはクローリーの弟である。
兄である当主の座を狙っているとも噂される人物で、若干20歳に満たないながらも眉目秀麗、剣も魔法にも秀でた英才として知られる。
アリシアの婚約者……ということになっている。
本来はアレキサンダー男爵エドアード……クローリーのことだ……がアリシアの婚約者のはずだったが、色々諸事情あって弟のリシャルに変更されたのだった。
アリシアも見た目が美形……とはいえない評判のあまり良くないクローリーよりも、リシャルの方が好都合である。
跡継ぎの男子のいないカストリア子爵家にとって有能な婿養子は願ってもないことなのだ。
先の戦争で共闘したこともあり、両家の結びつきを強固にしたい思惑もあった。
もっとも、アリシア的には美少年の婚約者の来訪を期待していたところで、肩透かしにあった格好だ。
「うむ。城代というわけでござるな」
賢者は拙い時代劇知識を語った。
「大石内蔵助というところでござる」
「それだとクローリーさんが刃傷に及ばなくてはいけませンナ」
「わははは」
「ワハハハ」
日本由来ではない面々は判らない話だった。
沙那もわからなかったが。
年末に忠臣蔵の放送がない時代だからだ。
「ようこそカストリアへいらっしゃいました。歓迎いたしますわ」
異様なオヤジギャグ空間を切り捨てるようにアリシアが挨拶をする。
「いやー。魔動列車の試運転スから、気を遣わないでほしーっス」
クローリーはそう言って、列車の全容を眺めるように振り返る。
「ともあれ。ちゃんと辿り着いたんで色んな目処も立ったっスな」
「そう言っていただけると助かります」
アリシアも釣られるように列車に視線を向ける。
「想像以上に多くの車両を牽引して来られて驚きましたわ」
「ん。まー。これでも本来の半分以下らしーっス。次からはこの倍の数を動かしたいってことっス」
「倍……。なら、鉱石での運搬もできそうですわね」
「お」
クローリーは驚いた。
重量物の運搬の話はラベルからも聞いていたが、アリシアに何か話したことはない。
カストリア子爵領に最初に線路を敷いたのは、この土地が鉄や銅などの金属鉱石を豊富に産出するためであり、それを運搬することが目的であった。
本来の荷馬車での輸送だと、鉱石の状態で運ぶのは難しい。
例えば鉄を作るのに必要な鉄鉱石の量は生産される鉄の約2倍必要なのである。
しかも利用しやすい種類の鉄はもう少し少なくなる。
分かりやすく言うなら、1トンの鉄鉱石から得られる鉄は500kgに届くかどうかなのである。
通常の荷馬車が運べる重量は緩やかな山道では1トンくらいだ……平地ならもう少しマシだが。
つまり、鉱石のまま馬車で運搬するのはかなり困難なのである。
したがって、鉱石のまま運搬することはあまり現実的ではなく、現地で精製された鋳塊にして運搬することが一般的である。
すると精製されるために価格は上昇してしまう。
購入側とすれば悩ましいところだ。
なにしろ鋳塊になっている場合、精製の技術の差で高純度だったり粗悪品だったりするのである。
重量が同じならより良いものの方がいい。
しかも男爵領にはドワーフの工房があり、高品質な溶鉱炉……高炉が存在していた。
うかつに精製されたものを買うよりも、自領で精製した方が良い。
男爵領が原料で鉱石を欲しがるのは明白だった。
更に、高炉に必要な石炭の運搬も容易になるだろう。
一般的な製鉄の燃料として木材を使うと大量に必要になる。
中世ヨーロッパで製鉄のために森がどんどん消えていったのは有名な話である。
火力の高い石炭の方が優れている。
そして実は、男爵領にはコークス炉まである。
石炭を乾留して作るのがコークスだが、これは異世界の技術ではなく、ドワーフが元々持っている技術だ。
石炭の輸送が安定すれば燃料状態も改善されるだろうことが想定されていた。
「それはおいおいと。……んで、こっちばかり得をするのはなんなんで……ウィンウィンの関係にするためにもプレゼント持ってきたっスよ」
「贈り物……ですか?」
「蒸気機関っス」
「は、はい?」
首を傾げるアリシアにクローリーは列車の最先頭にある機関車が牽引する1両目の車両の荷物を指さした。
大きな金属の窯と筒状のものだ。
「オレも詳しくは知らねーんスが、それほど難しくない理屈っス。ま、これは鉱山の坑内湧水を汲み出すポンプっス。鉱石掘るのに排水は必須だし」
そう言われてもアリシアが見ただけでは全く判らない。
坑内湧水の排水問題はどんな鉱山でも避けられないものではあるのだが。
「技術者も置いていくから安心するっス」
技術者とはラベルのことだ。
彼が試作した蒸気機関は列車や自動車にはならなかったが、排水ポンプの動力として活用されることになるのである。
「この土地は石炭も掘れるって話だったから、これが便利だとかなんとか。地下水を汲み揚げる仕組みらしいっスが……ちと難しくてわかってはいねーんス」
クローリーは相変わらず雑だった。
とはいえ理屈っ判ってないわけではない。
あーまー、なるほどねー。
くらいには理解している。
仮にも魔術師であるから科学の素養はある。
帝国世界の魔法というのは、持って生まれた能力とかではなく、何か特殊なチートなどではない。
魔法とは錬金術の延長線上に存在するのである。
つまり科学である。
ただ……。
現代人には解明できなかった別種の法則の科学なのだった。
だから、沙那が提示してくる義務教育の理科もなんとなくは判る。
知らない科学なので体験したことがないだけだ。
さて、この蒸気機関のポンプだが、実は欠点があった。
困ったことに異世界召喚者の誰もが、それを知らなかった。
蒸気機関全盛の時代に生きた技術職が一人もいなかったからだ。
理屈は判る。
その欠点は……燃費が激悪なことだった。
だいたい石炭採掘を例に挙げると、採掘量の3分の1くらいの石炭を必要としていたのだ!
石炭3トン掘り出すために、石炭1トンを使用する。
それでも動力式揚水が可能なだけでも大きな進化ではあった。




