出て行けない海賊
明日から神殿仕えの侍女として働くことになった。そうなると自由に神殿の敷地外へ出ることができなくなると聞き、その前に行きたい場所へ連れて行ってもらった。
私が流れ着いた海岸だ。
どういう状況だったかは聞いたが、実際一度現場を確認しておきたいと思ったのだ。
ニコラスやリチャードの安否確認に通ずる、何か手がかりが残っていないかを。
あの大嵐の中、リチャードは崩落した甲板に半分下敷きになり、ニコラスは脇腹に刺し傷を負っていたのだ。
さすがに生き残ったとは思えないけれど、死んだという確証もない。
ニコラスが死んでいれば、私は自国へ戻って「生還を果たした公爵令嬢」として、「不幸にも婚約者を水難事故で亡くした公爵令嬢」として、同情を浴びながら元の生活へ戻ることもできる。
弟王子と結婚し、次代の王妃となる道もまだ閉ざされていない。一年以内に戻れれば。
しかしもしニコラスがどこかで生きていて、国へ戻って来るようなことがあれば、私はまた殺人未遂で処刑されるだろう。
今度は冤罪ではない。確かにこの手で王子を刺したのだ。
ニコラスが生きて戻って来る可能性が捨て切れないなら、自国へ戻るのはやめておいた方が良いだろう。
何しろこの島にいれば老化せず、若くて美しいままでいられるのだ。
気候は温暖で過ごしやすいし、海の恵みも山の恵みもあり、村人は活力的で、生活水準はそう悪くなさそうだ。
都会でぎすぎすして暮らすより、自然に囲まれてのんびりと、で良いのかもしれない。
「……あそこに見えるのって、船?」
海岸から海を見渡していて、気付いた。1キロほど先だろうか。
海面に浮かぶ、船らしきシルエットが見える。運行しているのではないようだ。ずっと同じ位置で浮かんでいる。
島では、入江で地引き網漁をするための小さな舟しかないと聞いていたが、あの船はわりと大きい。
私が指した方向を見て、カースティンは顔をしかめた。
「ああ、あれは海賊なの。3年ほど前に迷い込んできて、居着いてるの。近づいちゃ駄目よ」
「海賊!?」
これまた刺激的なワードだ。大海を渡る貿易船が海賊船に襲われることがあると知識では知っているが、実物を見るのは初めてだ。興奮する。
でも遠目に見る限り、あまり海賊船らしさがない。真っ黒くもないし、骸骨マークの旗もない。船体はオレンジと水色のツートーンだ。
「3年もいるって、どうして? 出て行かないの?」
「出て行けないのよ。この島と近海は、大巫女様の結界が張り巡らされているから。たまたま入っては来れても、勝手に出て行くことはできないの」
ええっ。
「大巫女様の結界に守られているから、島の気候は安定していて、嵐もへっちゃらなのよ。作物の育ちもいいし、結界内では世界の言語問わず会話できるし。動物たちとも話せるわ。まさに楽園。出ていきたいなんて思わないわよねえ? あの野蛮な海賊たちには出て行ってもらいたいけど。最近は大人しくしているけど、前はよく神殿へ奇襲をかけてきたのよ。まあ、大巫女様のお力の前では歯が立たないけど。それが分かってか、最近は大人しくなったわ」
得意気なカースティンの言葉に愕然としつつ、脳内メモをせかせか上書きしていく。
この島からは勝手に出られない。大巫女様の結界の力は強い。カースティンと不思議なくらい自然に話せるのも、大巫女様の恩恵であると。んじゃあ動物と私も話せるのか?
そして、あの海賊船になぜか既視感があると思ったのはーーあれは、あのときの船に似ているのだ。
ニコラスが、カースティンを連れて帰還したときに乗っていた漁船。独特のカラーリングがそっくりだ。
まさか……ね?
沖に浮かぶ船をじっと睨んだ。




