思わぬ再会
ベキベキベキっと折れた甲板が落ちてきた。私を庇ったリチャードが半分下敷きになった。上から下から浸水してくる。浮き玉の効力で身体は自然と浮くが、空気を吸える空間がない。
ああもう駄目だーー……溺れ死ぬ!
気づくと仰向けに寝ていた。
目に映る天井は、ベキベキに割れた甲板ではない。美しい木目が見える。
首を横に傾けた。傍らに人がいて、びっくりした。
「お目覚めですか?」
カースティン!?
大きな黒目に浅黒い肌、後ろで一つ結びにした長い黒髪。年の頃は18、9。見間違えようがなく、あのカースティンだ。後にニコラスの愛人となる。
しかし、あのカースティンなら喋る言語が違うはずだ。
いまはっきりと、カースティンは喋った。お目覚めですか、と。どういうこと?
「……あ、はい……あの、ここは……?」
恐る恐る尋ねると、カースティンはにっこりと笑った。
「ここは、私と家族が住む屋敷です。今朝早く、浜辺に出た者から連絡が入り、倒れているあなたを保護し、運び込みました。数日前のすごい嵐に巻き込まれて、この島に漂着したのでしょうね。私はこの島の娘、カースティンと申します。あなたは? ご自分のことが分かりますか?」
ああ、やっぱりカースティンだ。
はるか遠くの小島に漂着し、カースティンに拾われるのは、ニコラスのはずだった。
私が船に同乗し、嵐に紛れてニコラスを殺ったから、運命の歯車が狂ったのだろう。
出会うはずだった『運命の2人』は出会わず、代わりに私がニコラスのポジションにいるわけだ。
これもまた、なんという運命の悪戯だろう。
ばつの悪さを感じつつ、私はカースティンをじっと見た。
「船で遭難した……までは覚えているのですが、詳しいことを何も思い出せないのです……頭が痛くて……混乱しています」
どう出るのが正解か、咄嗟に導き出せず、とりあえず軽い記憶障害を装った。
実際、混乱はしている。カースティンが流暢に喋ることも、この屋敷が立派すぎることも想定外だ。
前回の人生の記憶では、カースティンは島独自の言語しか喋れないはずだし、この島の文明は遅れていて低いはずだ。もっと原始的な暮らしぶりを想像していた。
「そうですか……それは無理もありません、島民が発見したときには瀕死でしたから。あと数十分遅ければ、手遅れでした」
さらっと言われたが、確かに死んでいてもおかしくない。
よくその状態から助かったな。そっと自分の状態を確認した。声は出るし思考回路も回るし、全身どこも痛くない。不思議なくらい元気だ。
私が覚えた違和感を察したように、カースティンが言葉を付け足した。
「大巫女様と呼ばれる、治癒魔法の威力がものすごいお方がいらっしゃるのです。その大巫女様に治療していただきました」
なるほど、と納得した。
我が国にも治癒魔法使いはいる。稀少な存在のため、国が管理して王宮で囲っている。
こんな小島に治癒魔法使いがいるとは驚きだが、その大巫女様とやらのお陰で助かったということか。
ニコラスのときも同じだろうか?
「それは、なんとお礼を申して良いのやら。ありがとうございます……後でお目通りが叶いましたら、ぜひ直接お礼を申し上げたく存じます」
「ええ。あなたの意識が戻ったことをこれからご報告しますから、そのうちお会いできると思います。お食事は取れそうですか? 大丈夫そうなら、胃に優しいものをお持ちします。あ、お名前は? それもまだ思い出せない?」
優しい口調で親しみのこもった目で私を見るカースティンに、思わず絶句した。
前回の人生では常に怯えた表情で私を見て、こちらからコミュニケーションを取ろうにも言葉が通じず、空回りした。
それがこんなにも簡単に会話ができて、しかもカースティンのほうが私を心配し、同情を寄せているのだ。あり得ない。
「……ベティと呼ばれていた気がするわ」
「ベティね、素敵。よろしくね、ベティ。私のことも名前で呼んでちょうだい」
にこりとカースティンは笑った。
「カースティン……浜辺に打ち上げられていたのは私だけ? 他に誰か……」
「漂着物はあったけれど、人はベティだけよ。一緒に船に乗っていた人たちが心配なのね……分かるわ、その気持ち。お姉さまがたが近海を巡回中だから、何か発見できれば伝えるわね」
いや、むしろやめて。見つけないでと願ったが、口にはできず曖昧に頷いた。
ニコラスとリチャード、船長や船員たち……生きて合わせる顔はない。




