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真っ黒い嵐の中で

ぐさりとニコラスの脇腹にナイフを突き立てた。


「ーーえ?」


キスの余韻で浅く開いていた唇は咄嗟の声を発し、見開いた蒼い瞳がさっと下を向いた。私の視線もそれを追う。

ナイフはニコラスの腰に巻いたサッシュベルトのすぐ上の辺りに刺さっていた。真っ白いブラウスがみるみる真っ赤に染まっていく。

それを目にして蒼白した。これは私が殺った、本当に殺ってしまったんだ。


前屈みのニコラスと座席との間を慌ててすり抜け、一目散に船室を飛び出した。

もう後戻りはできない。後はこの船が座礁して、真っ黒な嵐に呑み込まれるだけだ。嵐が何もかも塗り潰してくれる。


向こうからリチャードがやって来るのが見えた。船の揺れがとても激しく、転びそうになってなかなか前に進めない。


「ベラドナ様! ニコラス殿下は!?」


リチャードが叫ぶように言った。


「殿下は具合が悪くて船室で休んでおいでなの。ゆっくりさせてあげて」

「ゆっくりしている状況ではありませんっ、嵐です! 船の舵が取れなくなっています、避難のご準備を!」

「避難? どこへ? 嵐の海の中に飛び込むわけにはいきませんでしょう!?」

「ええ、そうですっ、ですから嵐がおさまるまで何とか持ちこたえて、それから救援を!!」


リチャードもパニくっている。

自分より混乱している人間を見て、少し冷静になった。

そこへ船員が、転がるようにして駆け込んできた。


「リチャード様! 前方に大きな岩礁が!! このまま行けばぶつかります! 頭を守って屈んでください! ニコラス殿下はどちらに!?」


来た、遂にこの時が。小型の探索船は岩礁にぶつかって、大破する。

衝突の大きな衝撃が来るだろう。


「……ここだ……」


低く掠れた声に振り返ると、息も絶え絶えのニコラスが通路の手すりに掴まって立っていた。

ひっと息を飲んだ。見れば、サッシュベルトを巻き直してきつく縛り、刺し傷に当てている。 自分で止血するとは、敵ながらアッパレ。サッシュベルトが真っ赤な布のため、血の赤は目立たず、黒く染みてきている。


「殿下! 大変です! 船が岩にぶつかります。私が覆い被さりますので、身を屈めてください!」


リチャードの忠誠心もアッパレだ。そういやこの王子の側近、前回の人生でも王子一筋だったっけ。


「僕より、ベラドナを頼む。守ってくれ」


ニコラスの言葉に耳を疑ったとき、どごぉんとすごい衝撃が響いた。

吹っ飛びそうになった身体をリチャードが抱き止めてくれたが、勢い止まらず二人で床に倒れた。リチャードに抱きしめられたまま床を転がり、通路の壁にぶつかって止まった。

下敷きになって転がったのも壁にぶつかったのもリチャードなので、私のダメージは軽減された。


ニコラスはどうなったのか、確認しようと頭をもたげた瞬間、今度はベキベキっという音が頭上から降ってきた。

天井ーー船の甲板が今にも崩落しそうだ。ベキッと割れたところからザアザア振りの雨が降り込んできて、たちまちびしょ濡れだ。


もしかして下敷きになって死ぬ!?

浮き玉つけてるから大丈夫、どころの話じゃなかった。


よもやここまでかーー……今回の人生も短命だったな。

復讐できたのかどうか微妙だけど、ニコラスに裏切られて殺されるよりは良かった。


意味も分からないまま刺されたニコラスが、どうして私を庇ったのか意味が分からないけれど、もう考える暇がない。私もあなたもみんな、この嵐に呑み込まれてしまう。



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