幕引き
正直、このまま女神を消し去ることは容易い。
彼女がした所業を思えば、消し去られても文句は言えないだろう。
なんせ、世界を1つ滅亡させる行為だったのだ。彼女のその行為で危機に晒された命は数知れず。
それは、この世界の神々や人間だけではない。
彼女が彼女の世界から連れてきた人々も被害者なのだ。
しかし、威厳を投げ捨て泣きじゃくる女神を消し去ることに、シシツキは躊躇していた。
彼女は過ごしてきた年月に反して、精神が異様に幼い。戦闘もそうだった。力に対して技術が皆無だった。
まるで、幼子のようだ。
シシツキが思案していると、背後に筋肉隆々な男神と、剣を携えた女神が口を開いた。
「我らが末神よ。そんな奴を消すことになんの躊躇いがあるのだ。こやつのしてきたことを思えば、因果応報であろう」
「その通りね。許されるべきではないわ」
一見して彼らが人間ではないと、勇者たちは理解した。
人間と同じ造形であるのに、人間からかけ離れた美しい容貌に、全身から発せられる霊力。
どこをとっても人間離れしすぎている。
「それはそうよ。私たちは神だもの」
急に現れたおさげ髪の美少女に、ヒカルは息をのんだ。
気配は無く、人の心を読んだような台詞に、得体の知れなさからか、肌が粟立った。
見た目は同じ年くらいの少女なのに、深淵を除きこんだような雰囲気を持つ彼女は、先ほどから傍観者になっている“勇者”を見て緩く微笑んだ。
「可哀そうなこども達。この世界での運命を捻じ曲げられ、魂を削られた。あなたたちだけじゃないわ。この星に住むすべての生き物も植物も」
歌うように言葉を紡ぐ少女の姿をした神は、女神に目を留めた。
泣きじゃくる姿は痛々しく、思わず手を差し伸べたい想いになるが、そんなことをしたら、徒人であるヒカルは塵一つ残さず消されることは容易に想像できる。
「彼女も可哀そう」
一瞬、また心を読まれたのかと思ったが、そうでは無いらしい。
大きなメガネを隔てた黒い瞳は、女神を捉えたままである。
「あの子も、本来とは違う信仰を急激に受けたせいで、自身を見失っているわ」
「そう…なんですか」
かろうじて声を絞り出したヒカルに、少女は満足そうにうなずいて、神々の輪のなかに帰っていった。
「な、なんだったんだろう」
勇者たちの疑問に答えたのは、リュウジであった。
彼は首から下げた十字架を揺らしながら、苦笑した。
「神々は気まぐれな気性を持つことが多いから。大方、久しぶりに姿を表せて自分の言葉を聞いてほしかったんじゃないかな」
それともと、リュウジはチラリとヒカルを見た。
先程の少女の神は始終、ヒカルしか見ていなかった。
どうやら、彼が女神に強い力を与えられたのは偶然ではなく、加護を受けやすい運命の元に生まれたのだろう。
「神様たちって、ゲームのキャラクターじゃなかったんだね…」
「当たり前だろ」
緊張感も何も無い台詞だが、無理もない。
様々なゲームでモチーフとされやすい神々は、ゲームが身近に溢れていた勇者達にとって、完全にゲームのキャラクターであった。その神が目の前に現れたと言われてもいまいち実感がわかないというのが、彼らの本心だろう。
「まあ、これだけの神々が集まってるのを見られるのは、神有月の出雲くらいじゃないか…」
国際的な方面で見ると、これだけの神々が集うのは地球が誕生してから初めてかもしれない。ある意味絶景である。
彼らは天照大御神と同じく、封印されて弱っていた神々だ。シキ、オウキ、リュウジがここにたどり着くまでの道中で封印を解き、名を広めたことにより、少しづつ力を取り戻し始めている。
その未だ全快とはいえない力でも、既に勇者達にとっては脅威なのだが。
まあ、彼らの大半の表情から見るに、かなりご立腹のようだが。
神々は口々に己の意見を述べた。
自分たちの管理してきた世界から追いやられ、その上世界が滅茶苦茶にされたのだ。
この世界の住人達の危機に対して激怒するもの、自身の消滅の危機に憤るもの。その怒りの方法は多様であったが、意見はほぼ1つにだった。
女神に粛清を。
あまりにも多くの神が同時に主張するため、シシツキが困惑したように辺りを見回す。
今まで黙っていたシキョウも、不愉快そうに言葉を漏らした。
「なんで、先生がこんな人らのいうこと聞かんとあかんの」
あまりにも率直な意見に、シシツキが困ったように首を傾げた。
幸い神々の声で、シキョウの言葉は聞こえていないようだ。
「まずいね…」
「何がですか」
未だヒカル達のすぐそばに立っていたコウメが冷や汗をぬぐう。
コウメがそっとシシツキの隣を指さした。
「堪忍袋の緒が切れそうだね」
勇者たちは、その指の先を視線で追って、そしてみてしまったことを後悔した。
爆発1歩手前の鬼のような形相をしたアイカがいた。
大方、好き勝手に意見をシシツキに押し付けようとしている神々が許容できないのだろうが、彼女とて人である。牙をむいたところで、神の前ではひとたまりもないだろう。
今回、シシツキたちが女神に勝つことができたのは、あくまでシシツキの神としての力があるからだ。それがなければ、アイカは女神と戦う土俵にすら立てなかったであろう。
彼女もそれがわかっているからこそ、この場を耐え忍んでいるのだ。
しかし、限界は近い。アイカの堪忍袋の緒が切れる直前で、1人の神が声を上げた。
筋肉隆々の男神が多い中、線が細く今にも消えてしまいそうな男神である。
「落ち着いてください、皆さん」
不思議と彼の声はよく通った。
それまで喚くように自分の意見を主張していた神々も、言葉を止め声の主の方へ視線を変えた。
アマテラスとて例外では無い。ただ、その男神を見て表情を一変させた。
「月読…」
「久しぶりですね、姉さん」
神話で綴られている通り、天照大御神と月読命は姉弟である。
アマテラスが太陽神であるのと対になるように、月を司る日本の神。
彼は感慨深そうに瞳を潤ませる姉に、目礼だけをして再会の挨拶を手短にすませると、再び神々へ語りかけた。
どのような言葉がでるのか、あるものは興味深そうに、あるものは苛立たしげに、彼の言葉を待った。
「私は夜を統べる神として、信仰を受けてきました。そして、女神が自身の対の神を設けなかったことで、夜にまで女神の力は届きにくく、比較的皆さんよりは長く力を維持できていました」
女神は自身を唯一の神としながら、夜特に闇を自身に関連付けられるのを酷く嫌がった。
その分、夜への人々の畏怖などを含めた信仰心は、宙をさまよい、結果的にその一端は月読命に注がれることになった。
「そこで私は見たのです」
月読命はふと微笑んだ。
「女神の管理の元、人の子らが懸命に生きる姿を。確かに、我々が治めていた頃に比べると酷い世界でしたが、それでも逞しく人の子らは今日まで命を繋げられています。何より…」
月読命がちらりとシシツキを見た。
もう多くの神は、月読命が次に発する言葉が予想できていた。
それでも、月読命の言葉を待ったのは、自身の高いプライドを納得させる口実が欲しかったのか。
「あのお方が生み出した末っ子が、人と同じように肉体をもち、人としてここまで来ました。その理由は、この星の行先は人間、ひいては勇者が決めるべきだということなのではないでしようか」
予想出来ていた言葉であったが、それでも場は再びざわめく。
神は、星の管理者である。
管理者がいるからこそ、人々や獣、植物等の生物達がその暮らしを甘受することができるのだ。なぜ、支配される側が、支配人の方向性を定めるのか。
それは神々には受け入れ難い提案であった。
つまるところ、プライドを納得させるには月読命の言葉は足りない。
それは月読命もわかっている。彼とて、神話では苛烈な性格で描かれている神である。その根幹はあまり変わりない。
「もちろん、私にも思うところはあります。しかし、我々は敗者であり、この二千年間、この星を守ってきたのは女神であった事実は変わりません」
そこまで言って、他の神々が何も言わないことを確かめると、月読命は更に口を開いた。
「それに、此度の件では様々な面で無知で無力な私達では、そもそも選ぶ権利はありません」
そう。前提として、女神を消滅させようにも、力が戻っていない神々ばかりである。今の彼らには、神殺しの焔は扱えない。
神殺しの焔が扱えるのは、人の身を持つシシツキのみ。
そう、神々がなんと言おうと、シシツキがやりたがらなければそもそも実現しないのだ。
それでも、シシツキに選ばせるのでは無く、勇者に問うたのは二千年前の世界と現在を知るもの。つまり選択肢の全てをを知っているからだ。
ピースは揃った。
そもそもあのお方の意向という時点で、神々の心は固まっている。
「このような事態を招いてしまった上、人の子らにその尻拭いをさせてしまって申し訳ありません。あともうひとつ、重荷を背負わせてしまいますね」
慈愛に満ちた瞳を向けられ、勇者たちはそわそわと当たりを見回した。久しく向けられなかった類のものだ。戸惑うのも致し方ないだろう。
「で、なんで皆俺を見るのかな」
「それは、彼女を消すかどうか実行するのはシシツキだから、貴方が納得出来る道を選びなさい」
大丈夫、どうなっても私達も一緒だから。屈託なくそう言いきったヒジリをシシツキは眩しそうに見つめた。
「でも聞いてた?選ぶ権利があるのは俺じゃなくて、カレン達なんだよ」
勇者達はそれを聞くと、苦笑した。
「正直、この星が滅びるのは勘弁。だけど、女神を消せーっていうのもなんか…違う気がして」
「私もヒカルくんの意見とほぼ同じです」
自分たちの希望は伝えた。その手段はシシツキに任せると、いい笑顔を見せる教え子たちに、シシツキは呆れた表情を隠さなかった。
「じゃあ、こうしよう」
悩んだ末、口を開いたシシツキに、女神はビクリと肩を震わせた。
「彼女に罰を与え、それを持って彼女を許そう」
「えっ」
女神は驚いたように目を見開いた。
正直、自分勝手な理由でこの星を侵略したのだ。消されることも覚悟していたのだが。
シシツキが提示した罰は、この世界の管理権を手放し、力の一部分をこの星に置いて、元の世界に帰ること。
一見生ぬるいような罰のような気がするが、元の世界では信仰の薄かった女神だ。この先も存在し続けられるとは限らない。
しかし、この星に居続けても異分子として、その内不調和を起こす原因になるだろう。
それに、女神が持ち込んだ魔法が浸透しきった世界で、急に魔法が無くなったら人々の生活は立ち行かないだろう。新たに術を使うと言っても、数代でこの世界に馴染むものでもない。だから、女神が持つ魔法を司る力が暫は必要になる。
そう考えると、最善の一手であるといえる。
「で、でも私がこの星を去ったら、これまでの均衡は崩れるし、その女も存在し続けられないわよ」
なにかが、欠ければ成立できなくなる。特にアイカの一族は二千年前、女神の血を混ぜて王になっているのだ。
しかしその問題は容易く解決される。
「なんのために、この場に書換えの一族がいると思ってるんですか」
そう名乗りでたのは、テルアキだった。
いつも下を向いていた彼は、神々の視線を浴びても、臆することなく背筋を伸ばしていた。
書き換えの一族。
この世界の不調和上書きして治す力を持つ一族。それは時に人間の命を奪い、その者の記憶を容易く消すことが出来る能力。その力が人間に与えられたのは、神々が人間の運命に手を出しすぎないようにというあのお方の考えだからだといわれている。それ故に、テルアキは家族を恐れていた。
しかし、その力が恩人に必要とされるならば存分に振るうつもりだ。
「どなたか、女神の代わりになってください」
「私がなりましょう」
いの一番に声をあげたのは天照大御神であった。
「この子は本来、日本に生まれるはずだった子。ならば、日本神話の主神である私の血を分けるのが道理でなくて」
天照大御神は、ふと寂しそうにアイカを見た。
「かつて私を信仰してくれた人々は居なくなってしまったけれども、こうして新しく一歩踏み出せるのなら、こんなに嬉しいことは無いわ」
血の書き換えは一瞬であった。
アイカの体感的には変化は無いのだが、天照大御神の霊力に安らぎを覚えている辺り、確かに変わったのだろう。
そして、この結末に仕方ないという表情を浮かべた神々のなかから、月読命が最後にと、言葉を紡いだ。
「貴方がしたことは、最低の行為だった。けれど、信仰心を無くした人々に嫌気がさして何も行動しなかった私たちにも非がありました。貴方のお陰で、もう一度彼らと向き合える。ありがとう」
その言葉を聞いて、女神は目を見開いてそして涙を1粒こぼした。
「ごめんさい」
そう言い残して、女神はこの世界から姿を消した。
呆気ないほどあっさりとした幕引きだった。
しかし、その瞬間世界が震えた。
比喩ではなく、外れていた歯車が戻ろうとする反動なのか、地は揺れ、山は炎を噴き上げ、風が大きく渦を描いた。
時間にすれば、ほんの数分のことだったが、それにより人間の世界は崩壊寸前にまで追い込まれた。
しかし、この件で死者は1人も出ず、魔法の力もあり復旧作業は順調に進み1年足らずで元の生活に戻れるようになったという。
この件に対して皆はこういう。
岩を操る老人に救われた、風を纏った兎に救われた、足が3本ある烏に救われたと。皆姿が異なった何かに助けられたのだ。
そして、復旧後変わったことがある。
それは、唯一神女神だけでは無く、多くの他の神が祀られるようになったことだ。
今までの頑固なまでの信仰が、自由なものになり、多くの人々が自身の命や家族の命を救った神々に感謝と尊敬の心を捧げたのだった。




