召喚
あらかたシシツキ達の説明が終わるころには、勇者たちはすっかり大人しくなった魔王と一緒にいることにも慣れていた。
ついでに勇者一行と初対面であるコウメとシキョウの紹介と、テルアキについても簡単に説明しており、この短時間で勇者たちに注がれた情報は多量である。
なんどか質問が飛んだが、理路整然かつ簡潔にまとめられたシシツキの説明は、勇者一行の脳にしっかりと届いたようだ
「なるほど、つまりこの世界は勇者たちが暮らしていた世界の未来であるということですね」
「理解がはやくて助かるよ」
そんなことより、深刻そうな顔の勇者たちと、すっかり落ち込んだ表情の魔王が並んでいるのは不思議な光景である。さきほどまで命を取り合っていたとは思えない、のどかな空気が流れる。
その雰囲気の一番の要因はもちろん、すっかり変わった魔王であろう。
外見の変化と共に、その性格も大きく変化したようで、威風堂々としたその態度はなりを潜め、おたやかな女性らしさを垣間見せている。
そんな魔王に警戒心もなく近づいたのはシキであった。
シキは勇者一行の記憶にある彼とはすっかり様変わりしていた。
前髪がすっきりと整えられており、少し伸びた髪は首の後ろでちょこんと括られている。彼のトレードマークともいえる大きな丸眼鏡は今はなく、猫目の黒い大きな瞳や可愛らしい顔立ちが見えている。
「天照大御神様、よくご無事で」
立ち尽くす魔王いや天照大御神に首を垂れたシキに、彼女は首を緩く横に振った。
その端正な顔立ちから影が消えない。
「いえ、シシツキが蟲を焼いてくれなければ私は力を使い切り、自我を呑み込まれていたでしょう」
元々主神であったという点と太陽が変わらずこの星にあり続けたからこそ、今まで残っていたようなものだ。
それも、女神が創り出した神々を魔族化させる蟲によって危うかったのだが。
信仰が向けられなくなった神は力が無くなれば消えるしかないのだ。
天照大御神はシキとオウキを見て、淡く微笑んだ。
「あなたたちが私の“名”を呼んでくれたからですよ、陰陽師の子たちよ。あのままではどのみち消えるのを待つのみでしたから」
“名”はその者の存在を確定させる、つまりその世界にその存在を定着させる力を持つ。
そのため、あの場で自身の“名”が呼ばれたことで、天照大御神は天照大御神としての自我を守り切り、こうして存在し続けられているのだ。
天照大御神の花も恥じらう可憐な微笑みに、ユカリが頬を紅く染めながらひそひそとカレンに問う。
「天照大御神ってあの…?」
「日本神話にでてくる太陽神で高天ヶ原の主神ってことしか知らないわよ」
私に聞かれても困ると表情に映したカレンに助け舟を出したのは、近くでオウキとシキを見守っていたリュウジだった。
「その通り。彼女は伊弉諾尊の娘で太陽神の天照大御神。ゲームとかでもよくモチーフにされているけど、目の前にいらっしゃるのが本物の方だよ」
首から大きな十字架をぶら下げたリュウジも、カレンとユカリの記憶にあるよりも柔和なような気がする。
自分たちが旅で変わったように、シシツキと共にここへ来た7人にも変化があったのだろう。
「なんか、変わったね」
「それは、お互い様だ」
久方ぶりのクラスメイトとの再会を温める暇もなく、話はシシツキを中心に進められていた。
「彼女は蟲の様子を見に定期的にここを訪れています。媒体は王座を媒体としていました。時には蟲の方から連絡をしていたのですが、その時は私の霊力を使ってました」
天照大御神が指をさしたのは、先ほどまでのすさまじい戦闘の中でも唯一原型を留めている王座だ。
神は元々、自由にこの世に出入りしているわけではなく、神が住む高天ヶ原から自身を祀る社を通じて現世に顕現している。
そのため、女神が蟲を使って魔王化した神を操っているとわかった時点で、魔王城内に彼女が顕現するための場があると、安倍晴明は推測してた。
シシツキたちは、それを使ってこの世界に女神を引きずり出す計画だ。
一通り王座の使い方を聞いたところで、シシツキが手をうった。
「さて、喚び出さそうか、この世界の元凶を」
そう宣言したシシツキは、魔王の言った通りに、王座に手を翳す。
シシツキのそばには、アイカとシキが控え、それ以外のものは少し距離をとることになった。
各々の心づもりが整うのを確認してシシツキは、闇属性の魔力と謳われる黒い霊力を王座に注ぎ込んだ。
この世界の根幹を揺るがすことを目の前にしているという緊張感が、漂う前に王座から白い光が放たれた。
光に包まれた王座は、暫くしてその光を急速に縮め、人型を作りだした。
自身の身長より長い艶やかな金髪に、僅かに浮いている肢体。顔の造形は芸術家の理想を詰め込んだかのように神々しい。
まさに外見で、自身が女神であることを主張している。
呼び出された女神は、光が収まるとゆっくりと瞳を開けた。
その瞳は、空を切り取ったかのような青。その瞳は辺りを見回すこともなく、シシツキに注がれ、自身を喚んだものを品定めするかのように上から下まで見回した。
そして女神は一言も発することなく、シシツキに刃を向けたのだった。




