勇者と先生
咄嗟にその声が誰のものかわかった者はいないだろう。というより、その姿を見るまで現実だと思わなかったと言った方が正しい。
それくらい、勇者一行にとってその人物は予想外だったのだ。
「シシツキ?」
それが本人か確かめるように、アカツキが恐る恐る問いかける。
魔王の熱でドロドロに溶けた元扉を跨いで来たのは、紛うことなくシシツキであった。
彼の格好は冒険者と言うには身軽であり旅人というには重装備であった。しかし、その肩に羽織っているマントの裾が砂で汚れて擦り切れている所を見るに、彼もまた厳しい旅路を来たのだろう。
心なしか、雰囲気が引き締まり、逞しくなっているようにも見える。
勇者達に戦慄が走った。
人類の悲願と言っていい魔王消滅を止めたのは一体何故なのか。
もしかして彼は、魔王の傘下だったのかと。
しかしその心配は杞憂のようだ。確かにシシツキは魔王へ向ける刃を止めさせたが、かと言って魔王の味方という訳では無いようだ。なぜなら、魔王に突き付けている刃を引かせようと働いていないからだ。本当にただ止めただけである。
シシツキの背後がにわかに騒がしくなった。
「夏のチョコレートみたいになってますね」
「だからって、触るんじゃあないよ。まだ熱いんだからねぇ」
「チョコレートみたいやからって、触らへんもん!」
シシツキの後ろから、見覚えのあったりなかったりする人物達がわらわらと姿を現す。
その人数は総勢6人。そのうち4人は勇者たちにとっても見知った相手だ。
彼らを視認したところで、勇者一行は動き出すことに成功した。思考を停止させるなど、戦場にしては有るまじき行為だったが、魔王はいつの間にか黒い鎖に囚われ、身動きができなくなっていた。
「なんでこんなとこーーー」
「シシツキちゃん!!」
厳しい瞳でシシツキに詰め寄ろうとしたアカツキを押しのけ、我先にと飛び出したのは、サラであった。
サラは、誰よりも義弟のことを溺愛しており、尚且つあの事件から教会のせいで彼と会えていなかった。つまり、勇者一行の中でも特にシシツキのとの再会を待ち望んでいた人でもあるのだ。
シシツキは勢いよく抱きつてきたサラをふらつきながらも受け止めた。
「シシツキちゃん、会いたかった」
「俺もだよ、義姉さん」
渇望していた姉弟の再会に水を差したのは、同じく“兄弟の盃”を交わした勇者一行の指導係であった。
彼は自分も混ぜてほしいのか、二人に遠慮なく近づく。こうしたちょっと空気が読めないところが、サラとシシツキに鬱陶しがられる要因であることに本人だけは気が付いていない。
「なんで、こんな所に…」
困惑するアカツキに、シシツキはチラリと魔王を見た。
その瞳はさらに向けていた温かい物とは異なり、物理的に凍りそうなほど冷え切っていた。
「魔王に聞きたいことがあって」
そういうとシシツキはツカツカと魔王に近づいた。
ためらいなく魔王に向かって足を踏み出すシシツキに、ヒカリは焦ったように声を上げた。
「先生、危ないです」
ヒカリの剣が本人の心情を反映してゆらゆらと揺れる。
余りに予想外の事が起こりすぎて、頭が追い付いていないのだろう。視線がさまよっている。
シシツキはヒカリに大丈夫と告げ、魔王の胸倉をつかんだ。
「女神との連絡手段、あるよね」
唐突にそんなことを問いかけたシシツキに、勇者一行は困惑をさらに深めた。
なぜここで女神がでてくるのか。
シシツキと共に現れたアイカ達はすべてわかっているだろうが、あいにく勇者一行は魔族の討伐しかしてこなかった。
説明が欲しいといわんばかりの瞳をアイカ達にむける勇者たちをみて、コウメが苦笑した。
しかし、魔王とシシツキはそんなこと意に介さず話を続けた。
「ほう、主なぜそれを。それに知ったところで何もできまいて」
「本当にそう思う?」
シシツキがパチンと指を弾いたボッと青い焔が魔王の周りを取り囲んだ。
その焔を見て、魔王の顔色が変わった。
「この焔、主まさか…」
焔は魔王そのものを焼くことはしなかった。
その代わり、魔王の胸の辺りに浮かび上がった蟲が、断末魔をあげて灰になっていく。
それと同時に、魔王の風貌が変化した。今まで赤い髪に赤い瞳だったのが、黒髪黒目に変化する。
これには魔王だけではなく、勇者一行も唖然とシシツキを見た。
「ん、完了。この神はだれ」
「能力と風貌から、天照大御神かと」
「「異議なし」」
慣れたように背後に待機していた陰陽師たちに問いかけるシシツキに、とうとう勇者たちの疑問が爆発した。
「どういうことか説明しなさい!!」




