女神と魔王
「本来、神々は自らが作られた星のために尽くすものなのだ」
その星に住まう生命たちの想いで生み出された神々は、逆にいうと、その星からの信仰がないと薄れる。存在自体が消滅する訳でもないのだが、力が使えなくなるのだ。
しかしと、清明は嘆息した。
いや、怒りを逃がすための行為であったのか。ピシャリと閉じられた扇がそれが成功したかどうかを物語っている。
「こともあろうか、あの女神は、他の星から、ここ地球を乗っ取ったんじゃよ」
「乗っ取った?」
かつての…正確に言うと、1度世界が滅ぶ前の地球の人々は、信仰心がさほど無かった。
神々の偉業と恐れられていた自然現象が、カガクで説明が出来るようになったからだ。
そのため、未知の自然に恐れをなし、恐れから神々の加護を祈っていた人々は、地球からほとんどいなくなっていた。
すると、必然だが、神々の力は弱った。
そんな中残された力で、ほかの星からの信仰を持つ女神に、対抗出来るはずもなかった。
神々は、次々と女神によって封印されていった。
ある神は岩に、ある神は木にと、場所は様々であったが、例外なく神は封印が施され、自身の力では何も出来なくなった。
「なんで封印なの。消滅の方が、脅威が無くなって、手っ取り早いんじゃないの?」
「神が、神を消滅させるのには、色々制約があってのう。神殺しの権利を持つのは、炎の力を持った一部の神にしか認められておらん」
炎は、災厄と浄化、再生を示す。
その中でも、浄化の炎を持つ神に与えられた、神を裁くための神がいる。
その神以外に、神殺しの権利はない。
「幸運にも、あやつは炎の力を持っておらなんだ。だから、封印という手間とリスクがかかる方法が選ばれたのだ」
こうして地球をのっとった女神は、この世界を作り直すことにした。
今まであった大陸を沈め、新たな大陸を作り出し、魔法の力を人々に授け、自分に信仰心が集まるように仕向けた。
最初の段階では、地球の人々を完全に滅ぼそうとしていた。
しかし、ある程度人々を減らし、女神が元居た世界の住人を連れてこようとしたとき、問題が発生した。
地球に女神がいた世界の住人が対応できなかったのだ。
姿かたちが同じなヒューマン族も獣に、姿が変化できる獣人も、妖精から人に進化を遂げたエルフ人も、ドラゴンを祖に持つ竜人も。どの種族でも、地球に降り立ったわずか数日で、息を引き取った。
「ああ、だから、やけにファンタジーの世界なのに、ケモ耳がいなかったのか」
地球と同じ姿形とよく知るゲームと同じ魔物達の姿に、合点がいったところで、ボソリとリュウジが呟いた。女神は、人類に日常的に危険を提供するために、人類以外の全生物を魔物に仕立て上げたのだろう。
だからこの世界はモフモフが足りないんだぜと、打ちひしがれるリュウジに、オウキは白けた視線を向けた。
清明はそんなリュウジを見なかったことにして、話を進めることにした。
女神は困惑した。自分に集まる信仰がなければ、この星に来た意味がない。
しかし神は人は作り出せない。これは覆せない理だ。
そこで目を付けたのが、信仰心が一等薄くなっていた日本人だった。
信仰心がないのならば、付け入るのは簡単だ。人間ではどうしようもない試練を与えて、それを女神が救えばいいのだ。
これまで神々の恩恵を信じていなかった人々は、女神をたやすく受け入れる。
女神の読みは当たった。
かつてない大災害に、人々は恐怖し自らを救ってくれたと認識した女神に、感謝の念を抱いたのだ。
そうして地球の信仰心を手に入れた女神は、世界をより自分に都合のいいように書き換えた。
地震や大雨などの自然災害に人の姿を与え、魔人として人々に恐怖を与える存在を作り出した。
「そして、この星を調節する理にも姿を与えた。それが、魔王なのだ。定期的に現れる魔王という存在は、人々の恐怖となり続け、女神から力を授かった勇者、聖女を通して、女神はこの星の守神としての信仰を盤石なものに仕立てあげたのじゃ」
しかし、元々の理を捻じ曲げその上に作られた世界は、徐々に不都合を表し始めた。
始めは、些細なものだった。しかし、魔物の暴走や霊力の濁りが現れ始め、被害は魔王が現れる度に、酷くなっていった。
「決定的じゃったのは、魔族が人を食べ始めたことだのう」
狂った理と世界のはざまで、試練を与えるはずだったものが、明確に人に害を与えるものとなったのだ。
このまま放っておくと、近い将来この星が滅亡するのは目に見えていた。
「そこで、わしら神は残された力で、この世界に隙間を生み出すことにした。その隙間を作り出したのが、七星だ」
「義父さんが?」
「そうだ。彼は確定されていた未来を覆してくれたのだ。じゃが、それに激怒した女神による予定調和によって命を落とすことになってしまった。申し訳なかったのう」
ろくな説明もできず、七星をこの世界に放り出したことについて悔いているのだろう。沈痛な面持ちで顔を俯ける清明に、シシツキは七星のあっけらかんとした語り草を思い出した。
きっと彼はそのことについては、気にしていない。むしろ、自分の役割を理解している節があった。
だが、シシツキがそれを口にする前に、清明の目がシシツキに見据えられた。
「我々が作りだした隙間をみて、父上は手を貸してくださった。父上は、神殺しの権利をもつ新しい神を作り出した。それが、シシツキ。主じゃよ」
「俺?」
突拍子もない事で、シシツキが唖然とする傍ら、アイカが顔を俯けた。
「主のその姿は、わしが神力をつついて、本来の力を表に出したものなのだ」
「んなこと、言われても…」
「確かに、先生の霊力に違和感を感じてましたが、そういうことだったんですね」
謎が解けたといわんばかりに、シキは頬を緩める。
しかし、いつもはそれに追従するはずのアイカが、顔を俯けたまま、沈黙している。
アイカ君と声をかけようとしたシシツキは、アイカの肩がふるりと揺れたのを見た。
また、キャパオーバーになっているのだろう。それはそうだ。この場で落ち着いて話を聞いているのは、シキ・オウキ・リュウジの3人だけだ。
他は、訳が分からないという顔で固まっている。
「………り」
ぽつりと、アイカの声が小さく落とされた。
そして、アイカの身体がゆらりとゆれた。
シシツキが異様な気配を察知して、動こうとしたときには遅かった。
アイカの手が目にもとまらぬ速さでシシツキにつかみかかったのだった。
「さすが先生ですっ!!」
「なにが」
シシツキは、アイカの勢いにあっけに取られた。
そんなシシツキをおいてけぼりにして、アイカはとうとうと語りだした。
「先生は、誰よりもこの世界に憂いていました。そして、誰よりもこの世界に対して、熱心だった。知っていますか、今ある歴史の定義や、文化に対する研究は先生によるものなのですよ!?そしてその中で、先生はこう言及していました。“この世界に根付いた文化は、あまりにも女神信仰と関わりが無さすぎる”と。わかりますか、これは……」
「はい、ちょっと黙ろうか」
目を輝かせて話し続けるアイカに耐えきれなくなり、シシツキは彼女の言葉を遮った。
「で、俺に何して欲しいの」
アイカの褒め殺しが効いたのか、シシツキは顔を真っ赤にさせながら、晴明に鋭い視線を向けた。
「無論、女神を地球から消してほしいのじゃ」
パチンと晴明の手にある扇が閉じる音が、部屋に静かに響いたのだった。




