神が語る神について
「ワシの名前は、安倍晴明。このダンジョンの主であり、平安の時代を生きた陰陽師よ」
そう告げられた名前に、シキとオウキは目を見開いた。リュウジも2人ほどではないが、驚いた素振りを見せる。
一方で、その意味がわからない面々は、彼らの反応の意味がわからず、首を傾げた。
「シキ、彼を知っているの?」
「知ってるもなにも…!!」
興奮しているのか、混乱しているのか。
思わず立ち上がり言葉に詰まったシキを、清明は笑ってみていた。
「ほっほっほ。そう気を乱すでない。神薙家の陰陽師よ」
扇を口元にあててシキを諌めた清明に、頭が冷えたのか、シキはゆっくりと座り直した。
「さて、何から説明したもんかのぅ」
「質問、ヘイアンノジダイってなに?」
清明が視線を空にさ迷わせ悩んでいると、シシツキが好奇心を抑えきれず、質問を飛ばした。
清明は向かいの席からの爛々とした瞳に目を丸くした。
しかし、どこから話すか迷っていた清明には、渡りに船の質問であった。
「平安の時代とはな、そこにいる神薙、沙乃の陰陽師たちが生きていた時代から、遡ること千年前を指す言葉だの。そうじゃなぁ…。今から遡ること六千年といった所か」
ほけほけと笑う清明に、コウメがありえないと言った。
コウメは油断なく清明を見据えながら、清明の言葉の根本的な齟齬を突いた。
「人はそんなに長く、生きられ無いはずだよ。どんな細工をしたらそんなに長く生きられるのか教えて欲しいねぇ。それとも、ただの虚言かい?」
コウメの皮肉げに歪められた顔を、清明は面白いといわんばかりの表情で見つめ返した。
口で説明するのは簡単だが、証明しろと言われれば、意外と困るものだ。ふむっと、扇を口元に当てた清明はおもむろにシキョウに手を差し出した。
「なんなん?」
「ほれ、手を握ってみよ」
シキョウは首を傾げながら清明の手を握ろうと、腕を伸ばした。
「せや!…ん?なんや、おかしいな〜」
「ワシは今、生身の人間でなくて良かったと、心から安堵しておるよ」
只人なら手の骨を粉々にされるくらいに力が込められたシキョウの手は、するりと清明の手をすり抜けた。その勢いに清明は、冷や汗を垂らしながら、シキョウに伸ばした手を、静かにしかし迅速に引っ込める。
その光景を、唖然とシシツキ達は見ていた。
それはそうだろう。人の身で触れられないのはせいぜい、幽霊と神くらいなものだろう。
シシツキはそこまでに考えて、目を爛々と輝かせた。
「幽霊!?初めて見た。どうなってるの?魔力ってわけでもなさそうだよね。ん、霊力と似たような感じ?それにしては、黒色に染まってないようだし。いや、それより、幽霊は、この世に未練があるものがなるんだよね。昔のこと知ってるんだよね、じゃあ、魔王が生まれ…」
「説明するから、落ち着かんか、阿呆」
じりじりと好奇心のまま、座布団ごとにじり寄るシシツキに、清明は頬を引き攣らせた。
シシツキに元の場所に戻らせ、清明は仕切り直した。
「ワシは、人間と化け狐の間の子として生を受けた。それから数十年、人として生きたワシは天寿を全うし、その命を終えた。しかし、死んだワシは子孫によって祀られその結果、神になったのじゃ」
途中までは、そんなことあるんだ位の認識で、話を聞いていた一同は、唐突に神という壮大な話になり、頭が追いついていかない。
シキとオウキは清明についてある程度の知識があるのか、彼らの意識はそこではなく、なぜ清明がここに居るのかという事の方が重要らしい。先程からぼそぼそと2人で話している。
清明は、勇者組はとりあえず放置して、シシツキの様子を見ながら話を進める。
「神になるって、そんなことが可能なの?」
ようやく頭が追いついてきたらしいシシツキが、疑問を投げかけた。その目の奥は、未知の世界に踏み入れる期待でキラキラと輝いていた。
勉強熱心で良いことだと、清明は苦笑しながら、彼の好奇心を満足させるため語る。
「神になることは、可能じゃ。実際、ワシの他にも人間から神へなった者はおる。まあ、純粋な神とは違って紛い物であるがゆえ、力はさほどないがな」
それに、徐々に弱まっておるしの。
飄々と語る口調の中に、自嘲の色が僅かに滲んだが、それは瞬く間に本人によって拭い去られた。気がついたものは居ないだろう。
「そもそも、お主達の神の神の価値観から間違っておるんじゃが」
「間違っている?」
この世界は、女神によって創られ、女神によって成り立っている。それが、この世界の神である。この世界で神というと、女神ただ一人。彼女が全知全能の神であり創造神。彼女がこの世界を見放した瞬間、崩壊するといわれている。
そんなこの世界の女神を、清明は鼻で笑った。
「あの女神は神とはいえ、紛い物に成り果てた。神はそもそも、この世界をまとめ・管理するために創り出された精神体である。人間でいうと、地方官みたいなものじゃな」
シシツキとアイカは、とてもわかりやすい例えに、なるほどと頷いた。ちなみにだが、先程からウンともスンとも言わないシキョウは、会話の内容についてこれなくて、ウトウトとうたた寝をしている。コウメはそんなシキョウに呆れ、ため息を零すしかない。
視界の端から伺える、彼らの常に思いを馳せ、清明は苦虫をかみ潰そうとして飲み込んだ。僅かでも躊躇している時間はない。
もう後ろはないのだから。
「この神と呼ばれる精神体には、世界を管理するための莫大な力の代わりに、枷があった。それは、人々の信仰心無くしては、存在できないということじゃ。逆にいうと、人々の信仰心があれば、ワシのように人でも神になれる。逆に人々からの祈りが無くなると、その神は力を無くし、要らないと判断され、消されるのだ」
「消されるって、誰に」
神をも凌駕する存在。まさか、そんなモノがいるのだろうか。
好奇心が滲むどころか、滝のように漏れだしているシシツキは清明の一言一句を逃さないといわんばかりに、身を乗り出した。
「さぁ。わからぬ」
「分からない?」
「そうだ。我々はその存在を、わかりやすく父上と呼んておるだけだ。男なのか女なのか、人型なのかそうでないのか、言葉を話すのか話さないのか。何もわかっておらん。分かるのは、宇宙を統べ、空に浮かぶ星々と我々神を創り出し、力を与えた存在であるということだけじゃな」
そういうモノがいるという認識でよいといわれて、堂々巡りが起こりそうだったシシツキは、頭のスイッチを切り替えた。
分からないものは、今ここで考えても、結局分からないことなのだ。仕方がない。
それなら、別の質問を投げかけよう。清明は知っていることは全てを教えてくれるつもりだ。言葉の端々から、その意思が感じられた。
ならば自分は、聞きたいこと、聞くべきことを、自分のペースで聞き出すのみ。
「女神がバカってどういうこと」
まあ、シシツキの場合は、好奇心に身を任せるだけなのだが。




