学園の異変
人混みをすり抜けるように歩くシシツキの後ろを、行くコウメは、王都の喧騒に早くも順応し始めたのか、落ち着いた声で、シシツキに話しかけた。
「そう言えば、ギルドはいいのかい?」
通常、冒険者たるもの、街へついたらギルドに寄って、道中で倒した魔物の素材を換金しがてら、生存報告をするものだ。
しかし、シシツキにそんな素振りはない。
コウメは、シシツキの本職が教師であることは知っているものの、冒険者の端くれとして、やって置くべきなのではないかと主張した。
シシツキも、それ位は知っているので、そうだねと、同意を示した。
しかしその直後、とんでもないけど無理と、首を横に振った。
「俺が、ギルドに行くと、もれなく半日は潰れるよ?」
「…どういう状況だそれは」
シシツキは、コウメの問いに、曖昧な表情で返事した。
それをみたコウメは、嫌な予感がすると、今から覚悟を決めた。
シシツキの事だ。
話すのを面倒くさがって、話さないに決まってる。
コウメは、チラリと後ろを歩くアイカとシキをみた。
2人は、あちらこちらに足を向けようとするシキョウを諌めるのに必死で、今の話を聞いていないだろう。
「着いた、ここだよ」
シシツキのその声で、遠い目をしていたコウメは、我に返った。
いつの間にか、学園に着いていたらしい。
立派な門のその向こうに、立派な校舎が見え…無かった。
「先生、校舎はどないしたん?」
「校舎はね、この間、馬鹿な魔族に、めちゃくちゃにされたんだよ」
学校を楽しみにしていたシキョウは、拗ねたように頬を膨らませた。
それを宥めるシシツキの言葉に混じった不穏な単語に、コウメは苦笑いするしか無かった。
「それより、あんたが教師なんてね…。確かに、シキョウを見た感じ教え慣れてる様だったけど、まさか、あんたがねぇ…」
しみじみと呟くコウメに、シシツキは不満そうにしたが、普段の態度が態度なので、何も言えず黙り込んだ。
憮然としたまま、シシツキは門から向こう側へ、声を投げかけた。
「サクヤ、帰ったよ」
シシツキの声は、決して大きなものではない。
しかし、門に何らかの魔法がかかっていたのだろう。
門は一瞬、ぼうっと魔法陣を浮かび上がらせると、独りでに開いた。
「凄い!門が、勝手に開いた!」
「この門は、魔法道具になっていて、特定の声と言葉に反応して、開くようになっているのだよ」
はしゃぐシキョウに、シシツキが簡単に説明するのをコウメも、ふむふむと聞きつつ、シシツキ、シキョウ、アイカの後ろに続いて、学園に足を踏み入れた。
そして、その広大な平地に唖然とした。
よく見ると、遠くの方に、白い建物があるのが見えるが、それも距離にして1キロメートルあとうかと言うほど遠い。
「んー、やっぱり、正門から校舎は遠いね。もっと近くに作ればいいのに…」
「分かりました。父上にそう伝えておきます」
「いや、別にそこまでしてして欲しいわけじゃないから…」
中に入って初めてわかる、整えられた歩道とそれを彩る美しい花々にコウメが目を取られている内に、なんの感慨も無いシシツキ達は、さっさと歩き出した。
「コウメ、早くしないと、日が暮れるよ」
「あ、ああ」
コウメは、置いていかれないように足を早めた。
ひたすら歩くこと、30分弱。
ようやくゴールがハッキリと姿を現した。
そこには、まさに学校であると言わんばかりの、白を基色とした、四階建ての建物が姿を表していた。
王都に入った直後に見えた、王宮と同じ白色であるものの、そこに王宮のような華やかさは無く、そこにあるのは、教会の様な神聖なもののように、近寄り難い雰囲気の建物だった。
所々崩れているのは、先の魔族襲来のせいであろう。
建物の傷跡だけでも、その戦闘の激しさが分かるというものだ。
その建物の脇に、能面の様な無表情で佇む青年が1人。
顔が美しく整っているだけに、その姿は、人形を見て感じる得体の知れない恐怖を伴わせるものである。
彼は、シシツキを見ると恭しく頭を下げた。
「お早いお帰りですね、学園長」
「まだ、学園長じゃないから、それは止めてくれる?」
「失礼しました。アイカさん、シキ君もおかえりなさい」
彼は、シシツキとアイカ、シキに挨拶が終わると、今度はコウメとを見た。
そして、丁寧にお辞儀をした。
コウメも釣られて、最大限に気を使った丁寧なお辞儀を返す。
「貴方が、コウメさんですね。道中、シシツキ達が大変お世話になりました」
「いやいや、こっちの方こそ、お世話になりっぱなしだよ」
「いえ、シシツキの我儘に、大変振り回されたと思います。お疲れ様でした」
その何やら実感の篭った言葉に、コウメも同意を示した。
暫く2人は見つめあった後、ガシッとお互いに握手を交わした。
二人の間で、友情が芽生えた瞬間である。
そして、最後にシキョウを見ると、彼女に視線を合わせるために、少し屈んだ。
「初めまして、シキョウ。シシツキから話は聞いています。何かあれば、私にも質問をしに来てくださいね」
「はぁ〜い」
これで、挨拶を済んだと立ち上がったサクヤは、自分の自己紹介を簡単に済ませると、直ぐに本題に入った。
「私がシシツキに手紙を送ったのは、前例のない緊急事態だからです」
「緊急事態?」
「ええ。行ったらすぐにわかりますので、ご案内致します」
サクヤに連れていかれたのは、元々シシツキの研究室があった場所。
今は、崩壊した建物が撤去され、代わりに…。
「なに、これ…?」
思わず、シキが呟いてしまうのも、無理はない。
そこには、黒々とした穴が、ポッカリと口を開けていたのだから。




