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先生は勇者と共に…  作者: 朱音
第2章
34/65

誘拐事件…?

 

 伸ばされた、黒い手袋をはめた手は、シシツキの細い腕に到達する前に、本人によって阻まれた。


「…何の用?」


 シシツキは不機嫌な声音で、腕の主に問いかけた。

 さり気なく、シキョウを庇うような位置どりをするシシツキから、黒い手の主は、冷静に自身の手を取り戻した。

 ピリッとした緊迫感が場の雰囲気を包む。


 シキョウは、シシツキの影から全身黒ずくめの男を見て、ハッと息を飲んだ。


「…番犬やん」


 番犬。

 それは、シキョウの居た奴隷商人に、雇われている、傭兵の事だ。

 その仕事は、奴隷の脱走の管理又は、脱走した奴隷の処分。

 そして、新しい奴隷の調達。


 今回、シシツキとシキョウの前に姿を表したのは、彼の仕事の内容の後半に当たるだのろう。


「シキョウ、下手に動かないでよ…」

「や、でも先生ぇ…」


 シシツキは番犬と聞いて、双剣を構えた。

 もちろん、構えたのは双剣の姿の朱雀である。

 傍目からは、コートの内側から出したように見えるように、細工をしたが、シシツキの意志を反映してかチロリと炎が漏れた。


 そんなシシツキを見て、初めて男が声を発した。


「反抗するのは、愚かだ。大人しく着いてくるのであれば、痛い思いはせぬぞ?」


 番犬の言葉を、シシツキは鼻であしらった。

 その瞳に、不安は一切ない。

 あるのはただ、シキョウを守るという意気込みのみ。


「君こそ、俺に勝てると思っているの?それこそ、愚かだよ」


 ヒュンとシシツキが朱雀を一振しただけで、朱雀から熱いと言うと生ぬるいほどの熱風が、発生した。

 ジリっと、番犬がそれに警戒心を顕にした。


 それは、傭兵にとっては、未知の武器。

 シシツキでさえ、まだ全てを知っているとは言い難い朱雀だ。

 初見の相手にとっては、警戒心を最大にするのは、もはや必然。


 しかし、それでも男は怯えなかった。

 話し合いは時間の無駄であると判断したのか、無言のまま男はシシツキの懐に飛び込もうとした。


「甘い」


 シシツキの手が翻った。

 シキョウが認識出来たのは、瞬間に飛び散る火花と、男とシシツキが剣を合わせる姿だ。


 早い。

 その戦闘は、戦闘経験の無いシキョウには、目で追いきれないほどの速さで行われていた。


 ありとあらゆる角度からの攻撃に、壁をも足場とし、動き回る番犬とは反対に、シシツキはシキョウを庇ったまま、一歩も動かない。


 シキョウは、2人が剣を合わせる一瞬しか、戦闘の成り行きを知ることが出来ず、シシツキに庇われながら、呆然とシシツキの背中を見つめた。


「…やるな、貴様」


 言葉は少ないが、素直に感嘆した様子の番犬に、シシツキは眉を顰めた。

 番犬が、シシツキの射程圏外に逃げたことで、1度小休止を挟むことになった。


 シキョウが見る限り、どちらの息も一切乱れず双方とも、無傷のまま。

 実力は拮抗しているようだ。


 …いや。

 つうっとシシツキの左腕に流れた血が、シシツキの負傷を、知らせていた。


「よく言うよ。君、まだ余裕でしょ」

「貴様こそ、後衛のくせによくそれだけ動けるな」


 先ほどの戦闘の中で、シシツキと番犬は、シキョウの認識できない間に様々な駆け引きを繰り返していた。


 その中ではじき出した互いの評価は、強いであった。

 ただ、背後にシキョウをかばっている分、シシツキが少々不利な状況であるが。


「それに、その武器はなんだ…?」

「これ?ただの双剣だよ」


 シシツキの言葉に、不服なのか、一瞬朱雀がきらめいたが、先程のように、炎は出さなかった。

 その返答に番犬は機嫌よくシシツキに剣を突き付けた。


「まあいい。お前が奴隷になれば、その双剣は俺のものだ」


 番犬の戦闘狂の雰囲気を敏感に感じ取ったシシツキは、深くため息をついた。


「シキョウ、危なくなったら、逃げてね」


 そう言い残し、シシツキは、番犬に向かって地を蹴った。




「チェックメイトだ」


 その声に付随して、カランと剣の落ちる音と共に、シシツキが両手を挙げた。

 そのシシツキの首筋に剣を突き付ける番犬。

 そして、シシツキの背後のシキョウの首筋に剣を突き付ける、黒ずくめの女。


 戦闘自体は、シシツキの勝利があと一歩というところだった。

 しかし、シシツキは、背後にいるもう一人の敵に気が付かなかった。

 シキョウを人質に取られたシシツキは、なすすべもなかった。


 それが現在の状況に至るまでの、流れだ。


「惜しかったな」


 番犬の言葉に、シシツキは、皮肉気に唇をゆがめた。


「後悔するよ?」


 その瞬間、シシツキの意識は、暗闇に包まれた。


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