奴隷の少女
「…で、この子を拾ってきたのですか」
「ごめん…」
シシツキは、仁王立ちをしているアイカの前で、しおしおと項垂れていた。
本能の赴くまま、感情に任せて、少女を助けたのは良いものの、その後を考えていなかった。
別にアイカとて、少女を助けることに異論はない。
しかし、今回はシシツキが考えなしに助けたという一点で、お説教タイムだ。
物語じゃないのだから、助けました、はい、おしまいではないのだ。
助けたからには、この少女の未来に責任を持つ義務がある。
その部分を考えずに助けるなど、無責任にも程がある。
「まあ、アイカさん。その位にしたら?先生だって分かっているだろうし」
助け舟を出したのは、シキだ。
彼はシシツキが部屋を抜け出した時点で、起きており、ずっと式を通してシシツキを見ていたのだ。
普段ならもう少し思慮深く行動するシシツキが、こんなに短絡的に行動したのは、タイミング悪く過去のことを思い出してしまってしたからだろう。
過去の出来事を重ねて、飛び出してしまった。
これが多分、今回の顛末だろう。
まあ、それ以上に、シキには何らかの形で奴隷商人と関わるだろうという予想があったから、仕方ないと割り切れているのかもしれない。
「…まあ、そうですね」
元より、シシツキを叱っていたアイカも、そこまでシシツキを攻めるつもりは無かったので、あっさりと矛を収めた。
そして、ホッと息を吐いたシシツキの隣に、ペタンと座り込んだのは、奴隷の少女…いや、奴隷だった少女だ。
奴隷は、世界中で禁止されているため、目立つ奴隷紋は付けられない。
では、どのようにして奴隷を区別しているか。
それは、体に刻まれた魔法陣である。
これは、逃亡を防止するためや主人となる者が、条件を付け、奴隷の行動を制限するために付けられるものである。
少女が脱走出来たのは、奴隷紋の魔法陣が異常をきたしていたからというマグレによるものだが、シシツキが更に手を加え、奴隷紋を消すことに成功したのだ。
だから、彼女はもう、奴隷ではない。
「いや〜ほんまに助かりました〜」
ホンワリとした口調で、奴隷だった少女は、シシツキに礼を言った。
奴隷商人から逃げ出したとは思えないほど、儚い空気を纏う彼女だが、言葉の端に滲む毒舌と豪胆さが、奴隷商人から逃げてきたのだと実感する。
「うちは、まさかここまで丁寧に保護してもらえるとおもてへんかったから、めっちゃ嬉しいで」
ホンワリとした声音で紡がれるのは、西の方言だ。
シキは根っからの都会っ子なので、方言とは縁遠い生活を送っていたが、流石に彼女の言葉使いが関西弁に似たものであるのくらいの判別はつく。
「お風呂ごちそうさんです。まさか、お風呂にまで入れてもらえるとは思ってませんでした〜」
彼女の言葉通り、風呂上がりのなのか、彼女の髪はしっとりと多分に湿気を含んでいる。
「…ちゃんと乾かさないと風邪ひく」
見かねたシシツキが、少女からタオルを受け取り、ほわほわと柔らかい髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。
その様子を面白くないのが、アイカとシキのシシツキ大好きっこ2名である。
「まったく。それくらい1人でできるようになってくださいね」
アイカの大人気ない忠告を少女はサラリと聞き流した。
憤慨するアイカに、シシツキは何とも言えない表情をしつつ、少女に問いかけた。
「そういえば君、名前は?」
シシツキの言葉に、少女は少し考えるそぶりをした後、コテンと首を傾げた。
「さぁ…すみません。うち、名前無いんですよ。いや、正確には、あったんですけど忘れました~」
少女のホンワカとした声音と内容のギャップに、今度はシシツキたちが首を傾げた。
意味が分からないとかではない。
純粋に驚いて、思考が止まってしまっただけだ。
「あー…うん、ごめん」
「謝る必要はないですよ~。別になくしても問題ないんですから」
つらい過去のことを思い出させてしまったと謝ったシシツキに、少女は何でもなさそうに、首を横に振った。
「そもそもうちは、ちょっと有名な商人やったんやけど、小さいころに、潰れて、借金背負わされて、奴隷にされたんよ。そのころには、名前で呼ばれてたかもしれんけど、あいにく小さい頃のもんで、全然覚えとらんの。やから、うちに名前がないんよ」
記憶にないほど前。つまり、物心つく前には奴隷になっていたのだろう。
現在の少女が13歳くらいに見えることから、少なくとも10年近くは、奴隷であったはずだ。
しかし、この少女から、奴隷ならではの絶望感というか、ネガティブな雰囲気は感じられない。
奴隷らしくない奴隷。
出会った頃から変わらない、率直な彼女の印象だ。
「よかったらなんやけど、うちの名前、兄さんがつけてくれたら嬉しいんやけど…」
そして、なかなか図々しい…図太…厚かましさは、彼女の生来の奔放さがそのまま感じられる。
突然の無茶ぶりに、シシツキは頭を抱えた。
「俺?」
「そう、兄さんがええ」
貴様、羨ましいぞ。
その瞬間のアイカとシキの怨念が、形のない声をもって少女に突き刺さったが、彼女は依然としてシシツキ以外を見ない。
その様子をやれやれと肩をすくめたシシツキは、しばらく悩んで、一つの名前をひねり出した。
「シキョウ。これでいいでしょ?」
シキョウその意味に込められたのは何なのかは、シシツキは、頑として教えなかった。というより、直勘と言い張っている。
きっと本人がいうのが恥ずかしいからだろうが、シキョウにはそれでもよかった。
また、自分が一個人として見てもらえる。
その証が今、彼女を助けてくれた人からもらえたのだから。
「改めまして、シキョウです。どうぞ、これからよろしくお願いします」




