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先生は勇者と共に…  作者: 朱音
第2章
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言葉の重み

 

「大丈夫、君たちは俺が守るから」


 なんの根拠も無い、薄っぺらい言葉を吐き出す。

 この言葉で、シシツキは今自分が見て、話しているのは、過去の記憶であることを自覚した。

 いや、正確に言うと、過去の夢なのか。


 目の前の義妹達の幼い姿を見るに、これはまだスラム街に住んでいた頃の記憶だろう。

 辺りを見回すと、薄暗い廃墟の一室がぼんやりと浮かび上がっている。

 平常なら、怖いくらいの静寂が支配するこの空間に、今日ばかりは、奴隷商人から逃げるスラムの人々の悲鳴が、届いてきて落ち着かない。

 シシツキは改めて、幼い義妹たちをみた。


 暗闇でもわかる、明るいオレンジ色の髪をもつこの場で最年少になる、末っ子は目に涙をいっぱいに溜めて、恐怖で泣く寸前だ。

 今の彼女から、普段のひまわりのような明るい性格は微塵も感じられない。


 それに対し、暗闇に溶けるような暗い紫色の色彩を全体にまとう、上の義妹からはこの状況に対する危機感というものが、感じられなかった。

 寧ろ、シシツキよりも冷静に、状況を把握しているくらいだ。

 その冷静さに、シシツキは見習わないとと、苦笑をこぼしながら、もう一度義妹たちに作戦を伝えた。


「いい?俺が囮になって奴隷商人たちをひきつけている間に、ユエとヒナタは、ばあ様のところに逃げるんだよ。ほら、時々パンをくれて、いろいろ教えてくれる…」

「にぃは一緒じゃないの?」


 シシツキの言葉を遮るように、ヒナタが舌足らずな声を上げる。

 グッと詰まったシシツキの代わりに、ユエがヒナタを優しく諭す。


「ヒナタ、兄さんは寄り道しないとけない所があるの。だから、私たちは、先にばあ様のところで、兄さんを待っていましょう?」


 ユエの言葉に、ヒナタは渋々うなずいた。

 一緒に逃げたいのは、シシツキもだが最年少のヒナタは4歳、ユエは6歳、シシツキは7歳。

 この年齢でまともに奴隷商人と遭遇したら、間違いなく全員奴隷商人に捕まる未来しか見えない。

 それを避ける為に、わざわざ別行動をするのだ。

 この辺りの地理を知り尽くしたシシツキなら、逃げ切れないことはないのだ。


「じゃあ、後でな」

「兄さん、気を付けて」


 ユエとヒナタが廃墟から出ていったのを見送るとり、一人になると、シシツキは今更ながら、自分の手が震えていることに気が付いた。


「大丈夫、大丈夫だから…」


 自分を励ますために小さくつぶやかれた言葉は、近くから響いた奴隷商人の怒鳴り声と、見つかったスラムの人の悲鳴に掻き消された。

 シシツキはぎゅっと目をつむり、覚悟を決めて目を開いたその瞳に、もう恐れは浮かんでいなかった。





 懐かしい夢を見た。

 シシツキは、いやな汗をかいた体をベットから起こした。

 きっとコウメから、奴隷商人について聞いたから、昔のことを思い出したのだろう。


 窓を見ると、まだ真夜中と早朝のはざまの時間であるようだ。

 しかし、シシツキはもう一度ね直す気にはなれず、同室のシキを起こさないようにそっと部屋から出た。


 宿の表の通りは、昼間の賑わいとは打って変わってとても静かであった。

 シシツキは身軽に跳んで、宿の屋根の上に腰を掛ける。


 適当に羽織った旅用のこげ茶色のコートが風に揺れると、シシツキの束ねていない、長い黒に近い青色の髪が同じように風に遊ばれた。

 涼しい風を受けて、シシツキの火照った体が、冷やされてゆく。


 あの夢の中のシシツキは7歳。

 まさしく無力な年齢であった。


 結局あの時は後の義父に助けてもらって、事なきを得たがそうでなければ、シシツキは今こうしていられなかったかもしれない。

 それを思うとぞっとする。


そうなったら、シシツキは果たして何をしていたのか。

実験台だろうか。それとも、労働奴隷か。

 シシツキはネガティブになる自分の思考を、頭を一つ振って振り払った。


 そうして何も考えず、ボウと徐々に明るくなる空を眺めていると、ふとシシツキの耳に静かな町には似合わない喧騒を拾った。


「…なんだろう?」


 屋根の上に立ち上がって、音のほうをみたシシツキは、音の正体を見て眉をしかめた後、タンと軽い足音を立てて、屋根からとびおりた。



 ―――少女は逃げていた。


 行く当てはないし、逃げる理由は何もないけれど、このまま檻の中で一生を過ごすのは、嫌だったから。

 見張りのすきをついて奴隷商人の檻から逃げ出した少女のことは、すぐに気付かれ、追手がかかっている。


 逃げないと。


 少女は、本能が囁くままに見知らぬ路地を右に、左にと曲がりつつ追手から逃げた。

 ここで捕まれば、少女に命はない。

 だから、少女は必死に駆けた。


 曲がり角を曲がった瞬間、人にぶつからなければ。

 少女は絶望した。

 ぶつかったのは、奴隷商人の仲間だと思ったからだ。


「大丈夫か?」


 しかし、かけられた優しい声音が、その絶望を打ち砕いた。

 少女は声の主を見て、息をのんだ。


 綺麗。


 学のない少女の、偽りのないシンプルな心が、小さな呟きになる。

 見ほれるとはまさにこのことをいうのだろう。

 しかし、その時間は長くない。


 奴隷商人たちが放った追手の足音が、近くで聞こえた。

 その音に反応して少女が逃げようとするのを、腕をつかんで阻止したシシツキは、言葉を紡いだ。


「大丈夫だよ」


 その言葉は、過去と違い聞くものに安心感を持たせる重みのある言葉だった。


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