伝え聞くこと
シシツキは、ため息を吐いた。
キョウアンに来て2週間と数日が経って、シシツキ達はキョウアンのダンジョンを3つとも制覇してしまったのだ。
SSランクの冒険者でないと、難しいと言われるダンジョン制覇を3つだ。
常識的に見ると、有り得ないの一言に尽きる。
しかし、そんな常識、アイカとシキには関係が無かった。
有無を言わさず目の前の敵をなぎ払い、突き進む姿は、武神の如く頼もしい。
シシツキは、トラップの解除やマップの確認をしたり、ボス部屋の壁に書かれた古代文字を解読しているだけで終わってしまった。
しかし、この街のダンジョンには、ユウジロウのような存在は確認出来なかった。
シキも、霊力の残滓はあるけど、本体はもう見当たらないという結論を出したため、一行は何の成果も得られないまま、ダンジョンから出てくることとなった。
「うーん、世界はそう甘くはないよね…」
「まあ、それでも千年前の人々の伝承を記した壁画は見つかったんですし…」
どんよりと肩を落とすシシツキとそれを慰めるアイカ達は、どう見ても、ダンジョン制覇という偉業を成し遂げたようには見えない。
むしろ、2層目で蹴つまづいた冒険者のそれに等しい。
「おや、シシツキ達も今帰りかい?」
女性にしては低い落ち着いた声が、後ろからかけられ、シシツキ達は振り返った。
そこには、急所だけをカバーしただけの防具に、豊満な身体のラインを惜しげも無く晒すようなピッタリとした服を着たコウメが立っていた。
相変わらず、動きやすそうな服装と反対の、斬馬刀並の大きな大剣が目を引く女性だ。
「コウメ、珍しいね。ダンジョンに潜ってたの?」
「あたしだって冒険者さ。たまにはダンジョンに入るくらいはするよ」
シシツキの言葉に微笑みながら答えた彼女は、それよりとアイカとシキを見た。
「随分、暴れてきたようだねぇ。血だらけじゃないか。怪我は?」
「「問題ありません。全部返り血です」」
「そ、そうかい。怪我がないなら何よりだよ」
若干、彼女の頬が引き攣ってるのは、気のせいではないだろう。
シシツキだって、2人のあまりの強さに何度驚かされたか。
オーガに出逢えば、シキの術によって瞬殺され、ドラゴンの末端であるワイバーンに出逢えば、アイカの刃が容赦なくその首を落とした。
ちなみに、シシツキの服には返り血は1滴も付いていない。
シシツキはこのダンジョンの中で1度も攻撃をしていないのだから付きようがない。
たわいもない話を交えながら、4人はダンジョンを離れ、徒歩で街まで向かう。
ダンジョンまでは、日に2度定期馬車があり、夕方に差し掛かったこの時間なら、馬車に間に合う時間なのだが、如何せん、馬車に非常に弱いのが1名いるため、諦めた。
「…コウメまで付き合わせてごめん」
「いいって、どうせ街まで2時間も歩けば着くんだ」
決して遅くはないが、のんびりとしたペースで足を進める4人の話題は、次第に情報交換へと変貌した。
と言うよりかは、シシツキ達はいつも一緒に行動しているので、コウメの話を一方的に聞くだけだが。
「そういや最近、奴隷商人が街に来ているらしい」
コウメが、そういった瞬間、シキは思った。
あ、これフラグだ…。
遠い目をし始めたシキは、耳だけはコウメの言葉に傾けたまま、ふっと視線を泳がせた。
「奴隷商人?それは、違法なのでは無いのですか?」
「もちろん、違法さ。だけど、需要があれば供給もある。噂で伝え聞いただけだけど、すでにこの街で商売を始めたと聞いた。あんた達、気をつけるんだよ。絶対3人で行動すること」
世話焼きのコウメの性格が滲み出た言葉に、シシツキはしっかりと頷いた。
「大丈夫。俺はスラムで生活していた頃に、何度か遭遇してるから、対処はわかるよ」
シシツキの台詞に、全員が固まった。
あらぬ方向を見て、先のことを思って現実逃避していたシキも、目を見開いてシシツキをガン見している。
確かに、これだけ美しい青年が、小さい時に可愛くないはずがない。
口調からは伺えないが、奴隷商人との遭遇は、まさに命を懸けた戦いでもあっただろう。
目麗しい幼子は、それだけで価値が違うのだから。
「大丈夫ですか!?何もされてませんか??」
「アイカくん、昔のはな…」
「どこの奴隷商人ですか?先生に汚い手で触ったのは?」
「シキくんも、俺は義父さんに助けてもらったから問題ない」
荒ぶるシシツキ大好きっ子2名。
過去のことで、こうしてシシツキがいることは大丈夫だったとしても、許せないのだ。
ヒートアップする2人にシシツキはやれやれと頭を抱えた。
その横で、コウメも苦笑していた。
「愛されてるね、シシツキ」
揶揄うように告げられた言葉に、シシツキは困ったような嬉しいような微妙な表情をした。
街へ帰った一行は、ギルドを経由して、いつもの酒場で1杯飲んだあと、それぞれの宿に帰った。
「本当に、気をつけてくださいよ、先生」
「そうそう!」
何度目かの釘を刺されたシシツキは、宿の自分の部屋へ戻ったあと、いつも使っている長兄にもらったペンが、無いことに気がついた。
「さっき書類にサインした時に置いててきたのかな…」
独り言で呟かれた言葉に、返事する者は当然居らず、シシツキは旅をする用のコートを羽織ると、宿を出た。
宿とギルドは、近い。
それに人通りも多いため、大丈夫だろうと判断したのだ。
鼻歌交じりに宿からギルドまでの唯一の曲がり角を曲がったシシツキの腰にドンと鈍い衝撃が走ったのは、その時だった。




