戦いの鍵
アイカは、焦っていた。
いや、焦っていたというよりは、パニックになっていた。
終わりの見えない戦いに、シシツキの怪我。それがアイカがパニックになっている原因だ。
「アイカさん、落ち着いて!!」
落ち着いていられるものですか。先生が、大怪我をしていて…。
早く治療しないと、あの怪我は命に関わってしまう…。なのになんで、オーガの数が減らないの?
もはや、増援であるシキの姿や言葉は、アイカには届かない。
アイカの狭まった視野には、シシツキとオーガ、魔族しか映らないのだ。
この状況を深刻に受け止めたシキは、オーガの殲滅とテルアキの確保を確実なものにすべく、オウキとリュウジに指示を出した。
「僕達はまず、安藤先生を捕縛するから、オウキ君とリュウジ君は、アイカさんに近づかないように、オーガの殲滅をして」
「ああ」
2人は頷くと同時に、飛びかかってきたオーガを一閃した。
オーガの巨体は、オウキとリュウジの剣技の前では、豆腐を切るよりも容易く、首を切り取られてしまった。
ドオッと音を立てて倒れたオーガを踏み台にして、2人は宙を舞う。
授業でも、ダンジョンでも一切見せなかった、研ぎ澄まされた2人の剣技に、シキは圧倒された。
しかし、自分のやるべき事を思い出し、顔を蒼白にして体を震えさせているにも関わらず、清々しい笑顔を浮かべるという矛盾した感情を露わにしているテルアキに近づいた。
「安藤先生、何をしているのですか?」
シキが声をかけると、テルアキはビクリと怯えたように肩を揺らしたが、次の瞬間、狂ったように笑い出した。
いや、実際狂っているのだろう。
ケタケタと壊れたように笑うテルアキに、シキは顔を顰めた。
「何をしているのかだって!?決まっているだろう。この世を壊すんだよ!!そうしたら、僕は今まで僕を蔑んできた両親や兄弟に会わなくて済む。僕は自由になれるんだ!!」
だから魔族の味方になったのだと宣言するテルアキに、もはやシキは哀れみしか持てなかった。
今まで、家族に敷かれたレールの上をただ歩くだけの人生。さらに、出来の良すぎる兄弟に挟まれ、窮屈な思いをしていたテルアキの、鬱憤が爆発したのだろう。
ただ、シキはそれに同情はしない。
その状況をただ受け入れるだけで、何も行動をしなかったのは、間違いなく彼自身の選択なのだから。
これが、今までに彼自身を心配して伸ばされた手があったであろうに、それを掴まず、ただ自分の家柄にしがみついていた彼の末路なのだろう。
そのシキの蔑んだ視線が気に食わなかったのだろう。
テルアキは今度は、顔を赤くして怒りを顕にした。
「その目はなんだよ!?お前も、僕を蔑むのか!?」
「あー、うん。こういう人の対応って、すごくめんどくさいんだよな…」
よし、気絶させちゃおう。
まるで、近くのパン屋に行こう!みたいな、軽いノリで告げられた言葉を上手く飲み込むことが出来ず、テルアキは一瞬動きを止めた。
シキには、その一瞬さえあれば十分だ。
瞬く間にシキは距離を詰めた。
小柄なシキから繰り出されたとは思えないような威力の拳が、鳩尾にテクニカルヒットし、テルアキは膝から崩れ落ちた。
シキは、思ったよりあっさりと終わってしまったことに、拍子抜けした。
「さて、こっちは終わりなんだけど…」
轟音。
まさにその言葉が相応しい衝突音に、シキはそちらに視線を走らせた。
音の出処は、魔族とカレンだ。
2人が衝突するその音から、それがどれだけの威力があるのか明白だが、何よりシキの目でも追い切れない程の速さが、戦闘を更に激しいものにしていた。
光属性は、魔王を含めた魔族を倒すための属性である。
魔族を倒すには、まず、彼らと同じ土俵に立たなければならない。
だから光属性は、別名を強化魔法と言うように、勇者の力を底上げする能力を持っている。
そのため、今のカレンの人から外れたような、速度や力は説明出来るが、それでも目を疑う光景だ。
更に付け加えるなら、カレンは魔法の方が得意であると言えども、騎士に鍛えられている。
本業のものには及ばないまでも、鍛えられ、技を身につけた剣技は、少しずつ魔族の体を削っていた。
「こっちは終わったぞ」
声がした方を振り返ると、オウキとリュウジが、全身を返り血で染めながら、同じく血塗れの剣を肩に担ぎながら、近づいてきたところだ。
アイカはと、視線を滑らせると、彼女は力を使い果たしたのか、ペタンと地面に座り込んで、肩で息をしていた。
しかし、その目は未だ、殺気に満ちた鋭い光を放っていた。
「先生を……まもら、なきゃ」
ゆるりと立ち上がったアイカは、ふらふらと重心が定まらないまま、先程叩きつけられた木の下で、意識を失っているシシツキに近づいていった。
しかし、数歩歩いただけで、力を使い果たした体は、再び座り込むことになった。
悔しげに下唇を噛むアイカに、シキはなんと声をかけて良いものかと、悩んだ。
「俺らに任せろ。あんたは休んどけ」
「暫くしたら、先生をアンタに託すから、その時に、先生を連れて避難してくれ。ここじゃ、いつ流れ弾に当たるかわかんねぇし」
「そのための体力を今は、温存しておいてくれ」
オウキとリュウジの言葉に、アイカの刺々しい雰囲気が和らいだ。
アイカが、大人しく頷いたのを確認すると、オウキはシキを見た。
「あ?なんだよ」
「いやー…意外だなって…」
目を丸くするシキに、オウキとリュウジは、ため息をついた。
「それより、早く助っ人に行くぞ」
「ああ、そうだな」
若干、微妙な空気が流れたものの、3人とも、気持ちの切り替えは上手い。
さっさと戦闘モードに切り替えたオウキは、剣の血糊を拭いつつ言った。
「とりあえず、俺らは二階堂と前衛を交代するから、交代したら、神薙は先生の手当にまわれ」
「僕が?」
「お前、止血の呪符持ってるだろ」
サラリと告げられた言葉に、シキは驚愕した。
止血の呪符とは、陰陽師が使う呪符のひとつで、名前の通り、止血をする効果がある。
無論、世の中に知れ渡っている訳では無い。
それを何故オウキが。
シキが疑問を口にするよりも早く、戦闘は始まった。
「二階堂、下がれ!」
魔族と距離をとる為に、大きく後ろに飛び退いたカレンと入れ替わるように、リュウジが魔族に突っ込んで行った。
「新手か!」
カレンとの戦闘で、ボロボロになった服を纏った魔族は、リュウジを見てニヤリと口角を上げた。
「そんなに真っ直ぐな攻撃は、当たらないよ?」
余裕を持ってリュウジの攻撃を回避しようとした魔族は、背後からの殺気に、慌ててその場を離れることしかできなかった。
後ろにいたのは、もちろん、オウキだ。
彼は大剣を空振りさせ、ちっと舌打ちをした。
「やっぱり当たらねぇか」
しかし、魔族への追撃は止まらない。
魔族が逃げる所先読みしているかのように放たれるカレンの魔法に、魔族は氷の盾を出すことで対処する。
カレンの得意な属性は火。
魔族の氷を溶かす火は、水蒸気を発生させる。
その簡易の目くらましの影から、片手剣を持ったリュウジが、現れる。
数分後、お互いに距離をとった時には、形勢が明らかだった。
もはや、血が染み込んで滴り落ちるほどの怪我を負い、その度に再生する魔族。
対して、所々傷を負って回復していないカレン達。
「どうしたの?今代の勇者はこんなものなの?」
魔族を滅するための光属性が、上手く使えていないからこそ、戦況がカレン達にとって悪いままなのだ。
なんせ、光属性は勇者しか使えない。
使う方法は、先代の勇者達の書物に頼ることしか出来ないのだ。
しかも、扱うのが非常に難しい属性だ。
この戦い、鍵になるのはどれだけ早く光属性を使いこなせるかということになるだろう。




