勇者達と魔族の対面
「があああああ!!」
魔族の苦痛に満ちた悲鳴が、辺りにこだまする。
シシツキは、先程まで魔族の魔力に呑まれていた、後ろに庇っている2人に喝をいれた。
「2人とも、勇者を呼んできて!!俺だと、アイツを倒せない!!早く!」
シシツキの切羽詰まった声に、2人は漸く現実に戻ってきたようだ。
彼らの瞳に精気が戻ってくるのを、シシツキは見た。
2人は、魔族とシシツキを交互に見て、覚悟を決めたようだ。
身なりからして、かなりの身分であるであろう2人が、シシツキの言葉を真摯に受け止めたことに、シシツキは内心ホッとした。
万が一、無礼だー何て言われてたら、シシツキ達の後ろで戦うアイカからの流れ弾…いや、明確な殺意を持った魔法が飛んでくること間違いなしだろうから。
軽くアイコンタクトを交わして、バッと立ち上がり、勇者達が使っている教室へと駆け出した2人の前に、魔物が立ちふさがった。
オーガである。
咄嗟にオーガに魔法を放とうと、シシツキが手をかざすのより早く、女子生徒の呪文が完成した。
「“私ノ道ヲ阻ムモノハ、彼方マデ吹キ飛べ“」
局地的な暴風は狙い通り、オーガの体を宙高く打ち上げる。
更にその奥にいたオーガを男子生徒の剣が貫く。
こうして空いたスペースから、2人はこの場から抜け出した。
「やるぅ…」
ちなみに、まさか2人がここまで出来るとは思って無かったシシツキは、こんな状況にも関わらず、思わず賞賛してしまった。
出来れば拍手もしてやりたい所だが、そろそろシシツキの魔法が、魔族の抵抗に耐えきれなくなってきた。
「許さない…」
勇者の内の誰かが見たら、ゾンビみたいと眉を顰めただろう。
グズグズに全身が焼け爛れ、未だに肉の焼ける嫌な臭いを発する魔族は、先程まで彼自身を捉えていた炎の蔦から逃れていた。
その憎悪に満ちた瞳を真正面から受けて、シシツキは背中に嫌な汗をかいた。
徐々に再生していく魔族は、未だに灼熱の地となっている辺りを見回した。
「こんなもの…。全部、壊しちゃおう」
魔族の魔力が爆発した。
先程までの戦いが、遊びであったことをありありと伝える魔力の強さに、シシツキは圧倒された。
そして、異変に気がついたアイカが、シシツキの方を振り返った。
アイカの脳に鳴り響く警鐘に従いアイカはありったけの声で叫んだ。
「先生!!」
アイカの声に導かれるように、シシツキは咄嗟に後に下がった。
その瞬間、シシツキが作り出した炎の世界を飲み込み、更には数秒前までシシツキのいた場所を、冷気漂わせる氷が上書きした。
僅かに冷気と共に、黒色の魔力を漂わせるそれは、シシツキの炎の世界を飲み込んでも、威力が衰えることが無かった。
一瞬にして塗り変わった世界に、驚く暇もない。
シシツキは、自身を貫かんとする魔族の腕を、本能的に避けていた。
反射的にと言った方が正しいか。
なぜならシシツキは、魔族の攻撃を認識して躱した訳では無いのだから。
体に染み付いた回避の技術は、しかしながら、余波には対応出来なかったようだ。
僅か学校指定の黒コートをかすっただけであるのに、シシツキは信じられないくらい後方に吹っ飛ばされた。
悲鳴を上げることさえ出来ないまま、50メートル離れた木に衝突してシシツキは、ようやく止まったようだ。
しかしその木はシシツキがぶつかったことにより、木の幹の半ばで折れてしまっている。
背中から木に衝突したものの、後頭部もかなりの衝撃を受けた
シシツキの目には、チカチカと星が瞬いている。
「ゲホッ…」
詰まった息を、内側から鉄臭い嫌なものがこみ上げる感覚と共に吐き出した。
ビチャリと、地面に紅が広がる。
ああ、内蔵がやられたのだな。
ぼんやりとした頭でそう認識すると、腹の内側に激痛が走った。
「かすっただけなのに…」
そう驚愕するシシツキに、魔族はゆっくりと距離を詰める。
ああ、遠くでアイカくんの声が聞こえる…。なんて言っているのだろうか。
ぼうとそんなことを考えていると、魔族はダメージで動くことの出来ないシシツキの首に手が届くところまで迫っていた。
その、人間の青年と変わりない大きな手が、シシツキの白く細い首を掴んで、持ち上げた。
折角取り戻した呼吸がまた、魔族の桁違いの強さにより圧迫される。
「良くも僕の顔に、傷を付けてくれたね。君だけは生かして帰ろうと思ってたけど、もういいや。今すぐここで、僕のエサとなれ」
クパァと開けられた口の中に見える鋭い牙を、シシツキは、冷静に見つめ返した。
そこに、死を待つものの色は欠片も見れない。
「っ…。きみは……かわいそうだ…ね」
挑発的なシシツキの言葉に、余裕のない魔族はその首を更に締め上げた。
もう少し力を込めれば、シシツキの首をおることが出来るほどの力に、シシツキは意識を持っていかれる。
ただ、魔族は頭に血が登るあまり忘れていた。
シシツキが、タダの時間稼ぎで戦っていたのだと言うことを。
シシツキは意識を暗闇に落とす直前に、確かに見た。
シシツキの首を絞める魔族の腕が半ばから切り飛ばされるのを。
重力に従い地に落ちるシシツキの体を、柔らかく受け止めたその人物は、ひどく起こっているように、魔力を高ぶらせていた。
「私達は、あなたを許さない!」
凛とした涼やかな声が、血なまぐさいこの場を洗った。
声の持ち主は、左手にシシツキを抱え、右手に持っていた剣を魔族に突きつけた。
シシツキは、勇者が現れたことに、安堵し、意識を手放した。
それを確認した花蓮は、自らの頭に登った血をゆっくりと全身に回し始めた。
目の前にいる魔族は、シシツキのお陰で、かなり弱っている。
意識を失ったシシツキの至る所に、酷い裂傷が見えることから、かなり苦しい戦いだったのだろう。
花蓮は遅くなってしまったことを悔やんだが、今はそれどころではないと、切り替えた。
「私は、勇者二階堂花蓮。あなたの相手は、この私よ」
花蓮は、名乗りと共に、挑発的な笑みを浮かべる。
勇者という言葉に、魔族はピクリと眉を動かした。
「さて、死ぬ覚悟は決まったかしら?」




