その頃の勇者達は
時は少し遡る。
紫樹は、早々に進路の最終決定のための面談を終えると、シシツキが居ないため、友人とお喋りに勤しむクラスメイト達の声で賑わっていた。
そんな中、紫樹だけは相変わらず、誰とも関わろうとせず、自分の席に座り、アイカから修行のためと渡された『5歳から始める歴史~この国の成り立ちについて~』をパラリとめくった。
この世界の言語は、日本人からしたらいわゆる、中国語みたいな感覚に近い。
パッと見で、なんとなくの意味はわかるけど、正確な意味は取れない。そんな感じだ。
だから、勇者達とて、完璧にこの世界の文書を理解しきれる訳ではない。特に専門書となれば。
だからこそアイカは、この基本中の基本であるという専門用語が少ない本を、紫樹に渡したのだろうが、なんとなく題名でおちょくられている気がする。
紫樹が、シシツキに付いていくと宣言した日から、若干アイカと紫樹の関係に変化があった。
いわゆる、先生を取り合うライバルから、先生を支え合う同僚いや、先輩後輩になったのだ。
そのため、アイカはシシツキに付いてくる上で、必要になると思われることを紫樹に、徹底的に叩き込み始めた。
もちろん、スパルタ指導である。
指導の中には、戦闘もあった。
アイカ曰く、“先生は、結構抜けているところがあるので、何かあれば、私達がお守りしないといけないのです“と。
戦闘に関しては、幼い頃から戦いに身を投じていた紫樹は、自信があったのだが、結果はアイカに惨敗。
今は大人しく、アイカから剣術や体術、勉強、更には料理などを教わっている。
まあ、根本的な関係は変わらないので今でもちょくちょくシシツキを取り合うバトルが繰り広げられているのだが。
そんな感じで紫樹は、アイカに出された課題であるこの本を読んでしまおうと思っていた。
そう、思っていたのだ。
シシツキに付けている式から、危険を示す魔力が届くまでは。
ちなみに、シシツキに式をつけている理由は…言葉にするまでもないだろう。
紫樹がその信号を受け取るのと同時に、学園の雰囲気が変わった。
戦いの前の、敵の殺気に満ちた空気。
紫樹が慣れ親しんだ、戦場の空気だ。
勇者達も異変を感じて、各々の武器をそれとなく構える。
もちろん、その中には勇者志願を出していない者も含まれるが、そこはアカツキの指導の賜物と言えるだろう。
異変は、1階に位置する勇者達の教室の窓から現れた。
「魔物!?」
巨大な体をもち、知能やその巨体に見合った怪力で、初心者どころか中堅の冒険者をも葬り去ると言われるオーガを始め、猪の姿に似た大きな牙を持ち、突進により鎧さえも貫通する攻撃力を持つボアラックなどなど、およそ、ここの生徒では相手にできないような、高ランクの魔物達が姿を現した。
魔物の姿をみた生徒達が、悲鳴をあげる。
そして、派手な音と共に、シシツキの研究室がある付近から、火柱が立ち上り、数秒で消えた。
その異変に、真っ先に対応したのは、花蓮と紫樹だった。
「“風ヨ、命ヲ刈取ル刃トナレ“」
紫樹は立ち上がり、外にいる魔物に向けて自身の得意とする風の魔法を放った。
その背後では、花蓮が次々に指示を飛ばし始めた。
「戦える者は、今すぐ魔物の相手を!必ず2人以上のチームを組んで!後のものは、避難の補助を!あと、緊急事態を知らせるベルを鳴らして!」
花蓮の言葉に、1人の勇者が教室の隅に置いてあるベルを鳴らすボタンに駆け寄った。
ジリリとけたたましい音が鳴る。
それと同時に、他の場所からも同じ音が発生するのが聞こえた。
「避難って、何処に?」
紫樹の冷静な言葉に、花蓮はハッとして、顎に手を当てた。
「それは…」
「第一訓練所へお願いします」
突如として響いた穏やかな老人の声に、勇者達は驚いて声のした、教室の扉を見た。
声の主である学園長は、普段は穏やかな笑みを浮かべているその顔を、緊迫したものに変化させていた。
「緊急事態なのは、理解していますね。現在、この学園には50体程の魔物が入り込んでいます」
勇者達は、その数の多さに息を飲んだ。
しかし、学園長は言葉を紡ぐのを止めない。
そんな時間は今はない。
「原因は不明です。しかし、恐らく、魔法道具が使われたと思います。更に悪い知らせを言うならば、一緒に魔族が喚び出されています」
魔族という単語に、勇者達は顔を蒼白にさせた。
勇者の持つ光属性でしか弱点がないという魔族。
そんな者が、入り込んでいたら、間違いなく生徒では相手にすることも出来ず、食われてしまうだろう。
「今、魔族は…?」
恐る恐る問いかけた花蓮に、学園長は僅かに瞳を、勇者達から窓の外に映る、研究室が並ぶ建物に移した。
それだけで、紫樹は悟ってしまった。
紫樹が付けた式から届く未だに止まらない、異常を知らせ。
それが魔族と相対しているからこそのものであると。
「魔族は、シシツキ先生のところですか?」
紫樹の言葉に、学園長は驚いたように目を見張ると頷いた。
「そうです。現在、魔族の反応はシシツキ先生の研究室から確認されています。そして恐らく、現在交戦中です」
勇者達の顔つきが変わった。
ただ、単調な生活を繰り返していた、ぬるま湯の世界で生きてきた少年・少女の姿はそこになく、あるのは、守るものを持った強者の顔。
花蓮は紫樹と目を合わせて、軽く頷いた。
「私と紫樹は先生の所に向かいます!ヒカリ君、周りの魔物はお願いできる?」
「ああ、任せておけ」
若干、花蓮と紫樹がシシツキの所に行くのが、不満であると言う顔をしつつも、ヒカリは頷いた。
率先して、動き始めたヒカルに続き、各々が声をかけ合い動き始めた。
「紫樹、私達も」
「うん」
学園長の脇をすり抜けて、教室を出ていこうとした2人に待ったの声がかかる。
2人は、あまり関わりのないその声に、首を傾げながら振り返った。
「おい、俺らも行く」
「…桜輝くんと龍二くん、何で」
「お前ら2人とも後衛だろ?俺と龍二は前衛だ。それに、先生に死なれてたまるかよ」
恥ずかしそうにそっぽ向いた桜輝に龍二は、苦笑しつつ、同意するように頷いた。
それを見て、花蓮はフッと表情を緩ませた。
「じゃあ、よろしく、桜輝くんと龍二くん」
タッと軽い足音を立ててシシツキの研究室の方向にかけて行った4人を見送って、学園長は自らも生徒を守るために動き出した。
「…無事でいて下さい、シシツキ」
その内に、孫のような存在であるシシツキの無事を願いながら。
速い。それが魔族と相対して、はじめに感じたことだが、今はそれに、重いが付け加わっている。
シシツキは上がってしまった息を整えながら、朱色に染まる左眼を何とか開けた。
形成は最悪と言ってもいい。
実力的に、アイカに劣るシシツキが、何故魔族と戦っているのか。
それは、アイカが、シシツキたちの周りを取り囲む魔物と、それを援護するように魔法を放つテルアキを相手にしているからだ。
その上、シシツキの背後には2人の生徒。
先ほどの研究室のすぐ側で、魔物に襲われていた生徒達だ。
魔族に吹っ飛ばされたのを利用してそのまま2人を助けたのだ。
若干、見覚えのあるような少年と少女だが、2人とも腰が抜けていて、この場を動く事が出来ない。
必然的に、この苦しい状況の中、シシツキは2人の生徒を庇いながら戦っている。
既に、体のあちらこちらからは、出血しており、学校指定の黒色に金色の刺繍の入ったコートは、血を吸って不気味にテカっている。
そのコートも既にボロボロで、下に来ている真っ白なワイシャツもとうの昔に、朱色に染まってしまっている。
対して、魔族は無傷。
どちらが有利かは、明らかだ。
恍惚とした表情をした魔族は、先ほどの攻撃で、シシツキの左眼の上を削った爪を舐めた。
シシツキの体を削っていく凶器に血が付着していないのは、彼がこうしてシシツキの血を“食べている“からだ。
「やっぱり、君は美味しいね…」
「それはどうも。そんな事言われても言われても嬉しくないけどね」
出血のためか顔色を青くしながらも、シシツキは傷を最小限に抑えているお陰で、しっかりと2本の足で魔族の前に立っていた。
チラリとアイカの方に視線をやると、彼女は長い金色の髪を靡かせながら、テルアキの魔法に苦戦しつつも、着実に魔物を倒している。
その危なげない様子を見て、シシツキ目の前の敵に集中することにした。
「君たちが、逃げてくれると、凄く嬉しいのだけど…」
そう言ってチラリと後ろを向くものの、背後の少年と少女は、気絶寸前で、座り込んだままだ。
シシツキは、ため息を飲み込んで、朱雀を構え直した。
「まだやる気なの?」
魔族の余裕をたっぷりと含んだ言葉に、舌打ちを返しつつ、シシツキはこのままではいずれ後ろの二人共々、彼のお腹に収まるという未来が見えてしまっている。
何とかしなければ。とりあえず、勇者達が来るまでは。
シシツキは今度は敢えて、自分から魔族に向かっていった。
シシツキは渾身の斬撃を余裕を持って受け止めた魔族に、力がダメなら今度は、数で勝負と言わんばかりに、連撃を加える。
体の力をうまく使い息をつく暇もなく繰り出される剣戟は、人であれば、受け止めるのも困難なものである。
しかし、それを軽く躱して、今度は魔族が大雑把だが、身体能力にものを言わせた技を、シシツキに向けて放つ。
それを身を屈めて避けたシシツキに追撃がかかる。
「…っち」
舌打ちと共にシシツキは、元の場所まで後退せざるを得なかった。
「いやー、すばしっこいね。まるで兎みたい」
それは暗に、弱者であると皮肉を言っているのか。
シシツキは油断なく構えたまま、不愉快そうに眉を顰めた。
呼吸は依然として整ってはないし、体力も限界を通り越しているが、この危機的状況で、泣き言は言ってられない。
「“舞エ、踊レ、ココハ灼熱ノ舞踏会ナリ“」
シシツキの前方に現れた炎は地を舐め、研究室の隣にあった森の木々も灰に変えていく。
1辺が5メートル程の方形の炎の世界が現れた。
地面は溶け、マグマと化し、息を度に肺が焼かれる様な暑さが辺りを覆う。
「うわっ、これは危ないなー」
頭上に飛んで、方形の中から脱出しようと試みた魔族に、地面から蔦状のマグマが、スルスルと絡みつく。
ジュウと肉の焼ける臭いと音と共に、魔族の苦痛に満ちた悲鳴が響き渡る。
しかし、魔族の異様な再生能力は、焼けていく端から再生をし、魔族を無限の苦痛地獄に叩き落したのだった。
お粗末さまでした。
半端な区切りの仕方でごめんなさい。
少し忙しく、執筆の時間があまり取れず、このような形になってしまいました。




