初代勇者
シシツキは、これは夢であると確信した。
普通、夢の中で夢であることを認識することは滅多にないのだが、何故かシシツキはこれが夢の中であるとわかった。
それは、見たこともないような、大きな建物や馬車のような、しかし、馬車よりも格段に早い箱が動いているのを見たからか。
それとも、高速で動く箱が行き来する場所を挟んで向こう側にいる、黒目黒髪の見たこともない青年がいるからか。
とりあえず、夢の中にいるのにも関わらず、シシツキの意識はハッキリとしていて、この場にいる唯一の自分以外の人間である青年に話しかけた。
「君は、誰・・・?」
『ハロー。僕の名前は、佐々木裕次郎。初代勇者をやらせて貰ったよ』
頭に直接響いた声が、初代勇者と名乗ったことに、シシツキは怪訝そうな顔をした。
「初代勇者?君が?有り得ない」
『やっぱり、証拠が無いと無理?んー、でも、僕にはそれを示すための手段が見つからないし、もう既に、ほとんど力も残ってないけど・・・』
真剣に悩む自称初代勇者に、シシツキは呆れたような表情を浮かべた。
こころなしか、裕次郎に向ける視線が冷たい。
そして、裕次郎から視線をフイっと逸らした。俗に言う現実逃避というヤツである。
「俺はなんでこんな夢を見ているんだろう・・・」
『それは、僕がアンタの夢に侵入したからさ』
キャピッという効果音が付きそうなノリで答えた裕次郎を、シシツキは無いものにすることを決めたようだ。つまり、無視した。
「こんな人見たことないはずなんだけど・・・」
『え、あっ・・・ちょっ・・・』
「あ、そっか。俺、疲れてるんだ。よし、1度起きてから、もう1度寝なおそう」
『もしもーし、シシツキ君・・・』
「そうと決まれば、起きよう」
テンポ良くそう決めたシシツキは、どうやったら起きれるのだろうかと悩んだ。
一方、無視され続けた裕次郎は、いつの間にか、高速で動く箱の隙間を縫って、シシツキの目の前に辿り着いていた。
『まあ、素直に認めることが出来ないのは分かるけど、研究者がそんなに頭が固くていいわけ?』
憮然と言い放った裕次郎に、シシツキはキョトンと首を傾けた。
「いや、証拠もないのに、信じろと言われても・・・」
『そうだよねーー!!証拠が無いとダメだよね!分かってた!!』
泣きながら、膝から崩れ落ちた裕次郎を見て、さすがに哀れに思ったのか、シシツキはため息をひとつ吐いて、裕次郎の隣に腰を下ろした。
「話だけ聞いてあげる」
『ありがとう、シシツキ!愛してる!!』
「ウザイから、もう少し離れてくれる?」
シシツキに全力でハグをしようとして、割と本気で拒否された裕次郎は、それでもめげなかった。
『良かった・・・。1500年間ずっと伝えたかったことが、やっと伝えられるんだ』
「伝えたかったこと?」
『伝えたかったこと、と言うよりは、伝えなくてはいけない事かな』
裕次郎の雰囲気が変わった。
タダの騒がしい青年から、王に近いけれども、それよりも更に上の風格を兼ね備えた勇者へ。その変化は突然で、シシツキはその変化に目を丸くした。
『残念ながら、僕もそんなに長く君の夢に割り込むことが出来ないから、手短にいうよ。1500年前に僕が調べてわかったことのありったけを、君に伝える』
裕次郎の姿が、時々揺らめくのを見て、シシツキは表情を引き締めた。
裕次郎が本当に初代勇者かは分からない。だけど、彼の話すことが極めて重要な真実であることと、時間が無いということは、理解した。
「いいよ、話して」
『ありがとう。まず、要点を絞って言うと、勇者が本当に倒すべきは、魔王ではない』
「・・・どういうこと?」
『正確に言うと、魔王の更に上に何かがいるという事だ。それを叩かなければ、人間は永遠に魔王の脅威に怯えながら過ごすことになる』
裕次郎の言葉に、シシツキの表情が変わった。
シシツキの表情に浮かぶのは、憤怒。
裕次郎は、シシツキのそんな表情を見て、そっと目を伏せた。
シシツキの夢に割り込む際に、彼には断片的な彼の記憶が入ってきた。だから、彼はシシツキが何故、歴史に執着するか知っている。そして何を成し遂げたいのかも。
だからこそ、裕次郎は彼に自分の全てをたくそうと思ったのだ。
「魔王の上にいるのが、何か分かっているの?」
『すまない、それは分からなかった。でも、俺は1500年前に魔王を倒した時に、確かに聞いたんだ。"私は再び、あの方によって蘇る"と』
「・・・魔王は、"あの方"によって作られている?」
『そう捉えるのが、妥当だろうな』
シシツキの拳がきつく握られる。
自分が費やした研究の答えの一端が、今分かろうとしているのだから。一体、シシツキの胸に浮かぶのは、歓喜かそれとも嫉妬か。それは、多分本人も分かっていないだろう。
『あと、勇者についてなんだが・・・』
「・・・もしかして、勇者は異世界の人間で無いこと?」
シシツキの言葉に、今度は裕次郎が驚く番だった。
『何故それを・・・?』
「以前、兄さんに頼んで、勇者を召喚するための魔法陣を、見せてもらったことがある。そこには、時間を操作する魔法文字が刻まれていたけど、空間を移動するための魔法文字は無かった。つまり、勇者は、違う世界から来たのではないという事」
まあ、他にその事を示すものはなく、確証は得られてなかったけどと、肩をすくめるシシツキを、裕次郎は感心したように見ていた。
『驚いた。良くそこまで辿り着いたね』
「俺は、君がどうしてその結論に至ったのかを知りたいんだけど」
初代勇者が、歴史に興味を持っていた何ていうことは、聞いたことがない。そもそもそれなら、子孫にこの事実を残しておくはずだから。
では何故、この事実にたどり着いたのか。
『海を消し飛ばしたら、見覚えのある建物があったから』
「は?」
今、この男はなんと言った?
『いやー、魔王討伐の戦闘の時に、ちょっと力が入りすぎちゃって、近くにあった海を消し飛ばしちゃったんだ☆そしたらビックリ、日本で、僕が住んでいたアパートが、出てきたじゃありませんか!!もうビックリ!』
「いや、俺は海を消し飛ばすということに、1番驚いている」
初代勇者はそこまで強かったのか。
シシツキは、新たな発見であると、記憶に留めておいた。
『まあ、その建物も、僕と魔王の戦いの余波で消滅したけど・・・』
其の瞬間、シシツキの表情が変化した。それは、今までにないくらいの蔑んだ顔をしていた。もちろん、蔑んでいるのは裕次郎である。
「チッ、役立たずが・・・」
『サラッとディスられたんだけど!』
「貴重な遺跡・・・」
まさにその、貴重な遺跡が、発見した本人に破壊されてしまったとは。
ガックリと項垂れるシシツキに、裕次郎が慰めるように肩を叩いた。
『どんまい☆』
「死ね」
シシツキの本気のパンチをやり過ごしながら、裕次郎はケラケラと笑った。
『僕もう死んでるし〜』
「大丈夫。君なら、もう1度死ねるよ」
『めちゃくちゃだよ・・・』
苦笑する裕次郎に、シシツキは1度深呼吸して、気持ちを落ち着かせた。
「まあ、その辺りは今更嘆いたって仕方がない。それより、なんで俺に伝えたの?」
それよりも、聞きたいことを聞いてしまおうというシシツキに、切り替えが早いなとさらに笑みを深めて、裕次郎は近くにあった柵みたいなものに腰を掛けた。
『僕が君を選んだ理由は、君と霊力の波長が合ったというのもあるけど、君の"魔王を完全に消滅させる"という目的のためには、僕の情報が1番必要でしよ?』
「うん、そうだね」
『頑張っている若人に、手を貸してやりたいという老婆心さ☆』
「ちょいちょいその語尾になるのやめてくれない?ウザイ」
ジリジリと距離をとるシシツキに、裕次郎はさめざめと手で顔を覆った。
それでもツーンと顔をそっぽ向けるシシツキに、裕次郎は苦笑を一つすると、スッと表情を引き締めた。
『まあ、でも僕も勇者が、異世界から来てないなら、過去か未来のどちらかから来たと考えるのが妥当なんだろうと思うけど、それについて、まだ確信を持っている訳では無いよ』
「・・・その心は?」
『そもそも、僕の生活していたまんまのマンションが出てくるなんておかしい。だって、海に浸かっていたにしろしろ、どこかが劣化しているべき。でも、それも無かった』
裕次郎の言葉に、シシツキは考え込んだ。
「見間違いや、幻覚という事は無いの?」
『それは無い。だって、俺には、幻覚の類は効かないから』
「それは、勇者の能力?」
『んー、これは、体質的にかな』
半分化け狐の血を引いているんだと、あっけらかんと告げた裕次郎に、化け狐とはと首を傾げたシシツキだが、詳しいことはそっちにいる陰陽師に聞けと言われ、とりあえず無視することにした。
『まあ、そんな事で、僕の力が尽きる前に、朝が来そうだね』
「?」
『つまり、起きる時間だよ。僕は、君の夢に入り込んだことで、もう存在する力がほとんど無い。だから、聞きたいことがあるなら、他のダンジョンに行くことだね』
ダンジョンは、僕みたいに魂だけの存在が、居やすい空間だから誰かはいるだろうと告げた裕次郎の姿がブレて掻き消えた瞬間、周りの大きな建物が次々と崩れ始めた。
そして、ガラリとシシツキの足元も崩れ始めた。
「ちょっ、入り込んだのなら、最後までちゃんとしろ!」
シシツキがそう叫ぶと、何処からかクスリと笑う気配がした。
それについて、何かをいうよりも早く、シシツキの意識は真っ黒に塗りつぶされ、ハッと目を開けるとそこは、昨晩潜り込んだテントの中だった。
「・・・夢か」
ホッと息を吐いて、シシツキが伸びをするために、腕を上げると、そこには見慣れない模様があった。
炎を象ったような模様は、ブレスレットのように左手首に巻きついていた。
シシツキは、意識を闇に落とす寸前に聞いた言葉を思い出した。
―『僕の相棒を、シシツキにあげる。きっとシシツキの助けになる』
きっとこれが彼の言っていた相棒なのだろう。
確か、これの名前は・・・。
「朱雀」
神様の名前を貰ったんだと、嬉しそうに告げていた彼に、シシツキは一言いいたい。
「名前が発動条件なら、早く言えよ・・・」
ただ呟いただけなのに、シシツキが普段使う魔法の炎よりも、煌々と輝く炎とともに、刃が軽く曲線を描いている双剣が現れた。
「戻れと言ったら戻るのか?あ、戻った。うん、結構面白いな・・・。と言うか、あれは夢ではなく、彼は初代勇者だったのか・・・」
数少ない初代勇者を伝えるものに、炎の剣を操るとあったから、ほぼ間違いないだろう。
この世界で何かしらの属性を纏う剣など、初代勇者の伝承でしか聞いたことがない。
「まあ、とりあえず起きようかな・・・」
やけに調子のいい体に首をかしげながら、テントの外に出たシシツキは、テントの外で半目で待ち構えていたアイカとシキ、アカツキを見てピシリと固まった。
「あれ、寝坊した?」
「いいえ、時間ぴったりです。それより先生・・・」
「今のは?」
「あと、夜中に何かあった?」
この後、3人による尋問は、朝食が出来上がるまで続いたのだった。
お粗末さまでした。




