ダンジョンの中
ダンジョンは、成長する迷宮と言われており、出来てから年月が経つごとに、出てくる魔物が強くなっていく。しかし、王都の近くにあるダンジョンはまだ若いため、初心者に向いていると言われている。
シシツキたちは、そんなダンジョンの入口の脇に、集まっていた。ちなみに、学園からここまで、馬車で3時間程の道のりだったのだが、馬車慣れをしていない勇者達は、そこそこダメージを負っているようだ。
具体的に言うと、腰を押さえるもの多数、口を押さえるもの数名、そして完全に力尽きている者1名。
なお、この1名については、勇者ではないのだが。
「気持ち悪い…」
「よく考えたら、シシツキも馬車に乗るのは、初めてなんですよね。大丈夫ですか?」
「先生、お水です」
地面に崩れ落ちているシシツキを必死に介抱するのは、先生大好きっ子のアイカと、義弟大好きなアカツキだ。
忙しなくシシツキの周りをウロウロする2人に、勇者達は苦笑して見守っていた。
アイカとアカツキの献身的な看病をうけ、シシツキは1時間弱でなんとか起き上がれるまでに回復した。
「ごめん、迷惑をかけた…」
「いや、気にしないでください。どの道ここで一旦休憩は挟む積もりでした」
まだ顔色は良くないものの、しっかりと立ち上がったシシツキは、申し訳なさで体を縮こまらせた。
「僕達も馬車での疲れが取れたし、一石二鳥です」
ヒカリの言葉に、勇者たちは、うんうんと同意した。
正直、初めての馬車にひどくテンションが上がっていた勇者達ははしゃぎすぎて、当初の予定より体力の損失が大きかっのだ。この辺りは、流石にまだ子供なのだと感じる一面である。
だから、シシツキが、馬車酔いでダウンすることは、騎士や冒険者など、勇者をサポートするために派遣された人々にとっては、渡りに船。むしろ何の問題もない。
「まあ、それにしても、シシツキがこんなにも馬車に弱いなんて思わなかったっすね」
トウヤがしみじみというと、シシツキもうんうんと頷いた。
「俺も知らなかったよ。義兄さん達に振り回されてたから、大丈夫だと思ってたのに…」
シシツキが恨みがましい目をアカツキに向けると、アカツキはスッと視線を逸らした。
ちなみに、あの模擬戦以降トウヤとは良好な関係を築けているシシツキは、アカツキが自分の義兄であることは、伝えてある。
それを伝えた時のトウヤは、だから最近副団長の態度が冷たいんだなと納得した。
義弟が友人ができたことに若干はしゃいでいる事を、嫉妬している義兄。紛うことなきブラコンである。
さて、それは置いておいて、モロモロ回復した勇者一行は、ただ今班に振り分けられている途中だ。
流石に、この大人数で固まることは、お互いの邪魔にしかならないので、勇者5人とサポートする騎士か冒険者が3人つく形になる
シシツキとアイカの非戦闘員(?)は、先に安全圏と呼ばれる魔物が出ない場所で待機になる。
「それでは、皆さん。死なないように気をつけて、第2層の安全圏までたどり着いてください」
アカツキの言葉を皮切りに、ダンジョンへ入っていく。
先にダンジョンに入るのは、シシツキ、アイカ、トウヤの待機組だ。先に行って、ダンジョンの魔物の量を調節し、寝る場所の確保をしておくのが、今回のシシツキ達のミッションだ。
「では、先に出発します」
「皆さんも怪我のないように、気をつけてくださいね」
「じゃあ、安全圏で待ってるよ」
3人の気負いのない言葉に、勇者達も幾分は気持ちが軽くなったようで、行ってらっしゃいと手を振る者が多かった。
ダンジョンに足を踏み入れたシシツキ達は、弱い魔物しか出ない階層とはいえ、油断せずに気を張り詰めながら進んでいた。
こういう浅い層では、魔物よりも新人冒険者を狙った盗賊の方が怖いことが多いのだ。
さらに言うならばと、トウヤはチラリと後ろを歩くシシツキとアイカを見た。
片方は、文句無しの美少女で、もう片方も本人が女顔を気にしているだけあって美女と形容しても良いほどの美青年。
コレが狙われないわけない。
ちなみに、女顔ではあるがシシツキは女子に間違えられることはほとんど無い。彼の持つこう…、なんとも言えない独特の雰囲気が、周囲に彼を女子だとは思わせないのだ。
そういう優れた容姿を持つ彼らを見て、奴隷制度のある他国で売ろうと考える者が出てくるだろう。
「っと、早速お客さんっすよ、御二方」
5分ほど歩いたところで、トウヤが敏感に前方の人の気配を察知した。
数は20人。全員が各々の武器を構えていることから、招かざる客であることは間違いない。
「撃退するっす」
「りょーかい」
「分かりました」
シシツキもアイカも、トウヤの言葉に油断はないが、気負った様子もない。
シシツキの場合は、実力があるというのもあるのだろうが、スラム街出身で、争いごと慣れをしているからこその落ち着きだろうが、アイカは違う。
トウヤと同じタイミングで敵に気づき、相手の実力を把握したうえで落ち着いているのだ。
その様子を見てトウヤはこっそりと苦笑した。
マジ何で研究者の助手なんかしているんだろう。騎士にでもなればいいのに。
しかしトウヤは、絶対にその言葉を口に出さない。
何故ならそれは、アイカの逆鱗に触れるに等しい行為だからだ。
そんなことを言えば、盗賊たちよりも先に、トウヤが天に召されることになる。
現れた盗賊たちは、全員がそこそこいいランクの武器を構えていた。
新人冒険者達から剥ぎ取った財産や武器をたんまりと溜め込んでいるのだろう。しかし、盗賊らしいと言えばらしい身なりの汚さに、シシツキとアイカはまゆを潜めた。
「おい、そこの騎士さんよ。そこの女と青年を置いていったら、命だけは助けてやる」
「騎士だと分かって、よくそんな態度取れるよね」
ボソリと呟いたシシツキに、アイカは大きく頷いた。
騎士は、この国の選りすぐりの剣士達でおる。その実力は、各々が百人の兵に等しいと言われているのだ。
数がいればどうにかなるとでも思っているのだろうか。
盗賊たちの自信ありげな表情は、むしろ自分たちの実力を過信しているのか。
「ただ、知らないだけの気はがするっす」
トウヤの言葉に、ああとシシツキは頷いた。
騎士の姿は、年に数回ある祭りで見ることが出来るが、騎士の逸話迄は流石に本でも読まない限り分からないだろう。
盗賊達が本を読むとは思えないので、まさに知らないのが正しい。
「おい、テメーら、何ごちゃごちゃと喋ってるんだ」
「さっさとその2人置いていけや」
下卑た笑みを浮かべながらアイカを見る盗賊達に、アイカは鳥肌が立ったのか、腕をさすっている。
さり気なくその視線を遮るように前に出たシシツキは、トウヤを見た。
「とりあえず、数減らそうか?」
「頼むっす!」
トウヤが言い終わるのよりも先に、シシツキは魔法を構築し終わった。
「”火”」
シシツキの短すぎる詠唱と共に放たれた魔法は、小さな火の玉だった。
ふよふよと漂うそれを見て、盗賊たちは笑い声を上げた。
「ガハハハハ!お前、これっぽっちの魔法で俺らに抵抗しようとしているのか!?」
「子供のお遊戯じゃ無いんだぜ?」
「いや、2語の詠唱だと、こんなもんだって」
ゲラゲラと笑い転げる盗賊たちに、アイカが青筋を浮かべる。
シシツキを馬鹿にされて我慢ならないのだ。
「今笑っている奴らは、私が全員殺ります」
「それだと、全員になるから、やめて欲しいっす」
アイカとトウヤの気の抜けた会話を背景に、シシツキは火の玉を盗賊達の中央にまで進めると、ボソリと更に詠唱を重ねた。
「”咲ケ”」
それが引き金になり、火の玉から、矢のように細い棒のような火が飛び出した。
それは油断しきっていた盗賊たちに避けられるはずも無く、次々と突き刺さる。
深々と突き刺さるそれは、つくった傷を自身の火で燃やしていくため、血は全く出ず、辺りには肉の焼ける嫌な匂いと、脂が混じった粘ついた空気が漂った。
「ぎゃあああ!!いてぇ!いてぇよ!」
「しぬ、しぬ!」
「誰かたすけてくれ」
辛うじてその火から逃れた盗賊達も、仲間のその姿に、すっかり静まり返ってしまった。
この悲惨な光景を作り出したシシツキはと言うと、冷めた目で盗賊たちを見ていた。
「ふぅん…。意外と取りこぼすね、この魔法」
「いや、半分は削れてるんっすから、充分ですよ。こっからは、俺と…」
「私だけで充分です!」
バッと飛び出して、残りの盗賊たちを倒していく2人を見て、シシツキはやれやれと肩を竦めた。
それにしても、魔法に更に魔法を重ねて、違う魔法を作り出すというのは、意外と使えるとシシツキは、振り返った。
当たり前のようにシシツキは使っているが、先ほどの魔法は実にとんでもないもので、今まで魔力を変換させて火を生んでいたものを、火に魔力を与えることで更に強力な火を生み出したのだ。
「先生、終わりました!」
ものの数分で片付け終わった盗賊たちは、それぞれ渡されている、ダンジョンの入口へ戻るための魔具で、ダンジョンの入口にいる番人に届けられた。
「歩気初めて5分でこれか…。先が思いやられるね」
「でも、先生が一緒なら、問題ありません」
「まあ、これから先、会うのは多分魔物だけっすよ」
そうして歩き始めた3人は、トウヤの言葉通り、何度か魔物と出会ったものの、特に問題なく進んだ。
こういう場合、魔物と会うだけで問題になったりするのだが、この3人で、この階層は過剰戦力であったのだ。
無事、第2層の安全圏に着いたシシツキ達は、ドサリと荷物を地面に置いた。
「あとは、ここで待機っすね。お疲れ様でした」
「お疲れ様。あー、肩こった」
グッとシシツキは、リュックの重みで凝った肩を伸ばす。
安全圏には魔物は出ないということで、多少の警戒心はあるものの、それは1層にいた時ほどではない。
「あ、火を炊くついでにお茶を入れますね」
「手伝いますよ」
火をつけるために、来る道中で拾った薪を用意し始めたアイカに、トウヤが手を貸す。
「じゃあ、俺は火種を提供しようかな」
そう言ってシシツキも、2人に近づこうとした時だった。
『…お……こっ…で…』
バッとシシツキは、振り返った。
探知系は不得手であっても、流石にこの3人しかいない空間に誰かがいたら気がつく。そもそも、アイカとトウヤが第三者に気が付かないはずないのだ。
でも今の声は、確かにシシツキが聞き慣れない声だった。
しかも、声は所々切れているが、意外と近い位置に居るような印象だ。
しかもその声は、誰かを呼んでいるような声音であった。
しかし、シシツキに届いた声は、2人には届かなかったようだ。
「気のせいなのかな」
もう1度気配を探るが、辺りには誰もいない。
一瞬、幽霊という文字を浮かべて、慌ててかき消したシシツキは、今のことを頭の隅に留めつつ、シシツキを呼ぶ2人に足を向けた。
『…見つけた』
先程よりも、ハッキリと聞こえた声を聞き逃して。
お粗末さまでした。




