「黒い天使・長編『死神島』」⑯ END
「黒い天使・長編『死神島』」第16話です。
ついにサタン村田率いる<死神>と直接対決し雌雄を決する事になったサクラと拓。制限時間30分の間に全ての<死神>を倒し、村田に至らなければ人質全員が爆死してしまう。拓が主動し、<死神>を退治していくが、彼らも命がかかった最後のゲームに全力で応対、中々勝機が作れない。それでもサクラのサポートを得て徐々に圧倒していく拓。果たしてファイナル・ゲームはどちらの手に帰すか……
そして、最後は意外などんでん返しと、真の事件の真相が判明する……。
35/ファイナル・ゲーム3
紫ノ上島 <煉獄> 午前11時37分
……一刻も早くこの島から逃げ出さなければ……!!
ピートは島の北東岸壁に隠していた軍用ボートを動かし、逸る気持ちをなんとか堪え、エンジンをフルにはせず、できるだけエンジン音を抑えながら<煉獄>の桟橋に向かっていた。桟橋には彼にとって今後の人生全てが置いてある。村田から提供された2億円だ。
いつ殺されるか分からない奴隷より司法取引。司法取引より、2億円もらって自由の身。それがピートの選んだ決断だった。
元々、ピートはダブル・スパイだ。村田もピートの存在は知っていた。
サクラが離れ、拓の目が離れた僅かな時間……その時村田側から接触があり、協力の提案を受けた。内容は人質を男女に分けさせる事。……ただし涼と飛鳥は必ずバラバラにする事……そして、島外に出れば、村田の組織が東南アジアへ逃がす……これで現金2億円。この条件を提示された時、ピートは一瞬も迷わずその提案に乗った。
サクラ=ハギワラ=クロベの性格は体験したしデーターでも知っている。
サクラは容赦なく殺す。裏切れば即殺すとハッキリ公言していた。
司法取引したとしても、それが事件解決後だと考えれば、全面免責を受けられるはずがなく精々刑期と収容される刑務所が選べるくらいの譲歩しか引き出せない。米国は敵対スパイ活動を行った人間に甘くない事は米国兵だったからよく分かっている。ならば2億円という額でも、生涯追われる身になったとしても自由のほうがいくらかマシだ。それに、村田の頼み……人質を二つに分けるのは簡単だった。拓の命令だというだけで済んだし、もし途中拓に見つかれば「サクラに言われて」と答えればしのげるし、サクラに見つかれば「拓に言われた」もしくは「サタンに脅された」と言えばその場は切り抜けられる。村田の言うとおり、サクラと拓はロシアン・テロリストのほうにかかりっきりで自分への関心は薄かった。もし見つかってもサタンのせいにすればいい。それで元の司法取引の立場に戻るのなら、失うもののない提案だった。
「ファイナル・ゲーム直前に<煉獄>に現金2億円の入ったバッグを用意しておきます」
村田のその約束通り、11時30分<煉獄>の桟橋の上には黒い大きなバッグが二つ用意されていた。中身は間違いなく本物の現金2億円分だった。村田はさらに言った。
「11時30分からはファイナル・ゲームが始まります。ナカムラ捜査官もサクラ君もファイナル・ゲームのほうに集中するから島を抜け出す機会はありますよ」
……島の西側から銃声が聞こえている。激しい交戦中の銃声だ……!
全て村田の言うとおりに事は運んでいる。ピートは、今は一刻も早くこの島を離れたい。ファイナル・ゲームが行われている30分の間しか逃げる時間はない。
まずは<ニンジャホーム>に帰る。
そこで全てのデーターを破壊して、どこでもいい、近くの無人島でもどこでもいい、そこに向かう。後のことはその時考えればいい。少なくともこれ以上悪い結果になど成りえないのだから。
<煉獄>に戻ってきたピートは、周囲に人影がない事を確認すると、這うように桟橋に上がり、バッグを掴んでボートに投げた。乱暴だったがちゃんとボートの上に落ちた。
後は乗り込むだけ。この島ともおサラバだ!!
駆け出そうとしたその瞬間……どこからか放たれた4発の銃弾がエンジンを撃ちぬいた。
「なっ!?」
起動していたエンジンから音が消え黒煙が上がる。
ピートは振り向く。だがどこにも人影は見えない。
「くそっ!!」
ピートは涼から奪ったUSPコンパクトを四方八方に乱射しながら、必死に周りを見渡す。が、何も、誰も見えない。とにかく脱出を! と周りを這いずり回った。そして一枚の木片を見つけ、すぐにそれを取りに走った。<ニンジャホーム>まで11キロ、手漕ぎでも行ける。ようはこの島から離れればいいだけだ!
ピートはもう混乱していた。撃ちつくしたUSPコンパクトを投げ捨て、抱えるほど大きい木片を掴むとボートに向かって駆けた。だがピートがボートに乗り込む直前、上空から何かがボートに投げ込まれた。それが手榴弾だと理解したのは爆発が起きる直前だった。
「ぐわぁっ!!」
咄嗟にその場に伏せる。次の瞬間手榴弾は爆発し、2億円とボートは木っ端微塵に四散した。そして爆風で吹っ飛ばされ転がるピート。
ボートは跡形もなくバラバラになり沈み、爆風で一万円札が花吹雪のように舞っている。
何が起きているのか……。
ピートは理解できず愕然と体を起こした。そして立ち上がる。
「…………」
……何が一体、どうなっている……!?
唖然と立ち尽くすピート。あまりの急展開に頭がついていかない。
「言ったよね?」
突然すぐ背後から発せられた少女の声に、ピートは凍りつく。それと同時に、カチリッと撃鉄を起こす金属音が聞こえ、そして金属製のナニカで強く背中を押された。
「勝手な行動すれば、殺すって」
……ば……馬鹿な……!?
ピートは身体を凍りつけたまま、ゆっくりと振り向く。そこには、絶対会いたくない人間が銃口を押し付けていた。コルト・キングコブラ6インチを握っているサクラだ。
「ひぃっ!?」
サクラの顔を見た瞬間、驚きのあまりピートはその場に崩れ尻餅をついた。
……確かに人影も気配もなかった!? どこにいたんだ!!
ピートが恐慌唖然とするのも無理はない。確かにサクラはつい今まで見えていなかった。当然だ。サクラは姿を消す<非認識化>で、ピートの頭上、上空にいたのだ。そして背後を取った時、<非認識化>を解除した。この突然の出現がどれだけ驚かせ恐怖させるかはサクラも心得ている。
サクラは無言で銃口をピートの顔面に向けた。
「待て!! 情報がある!! サタンの秘密があるっ!! 撃つな!!」
ピートは叫ぶ。こうなっては司法取引に逃げるしかない。
ピートは軍にいる村田の関係者や日本の海上保安庁の関係者の名前を上げ、「もっと知っている!! それに俺もサタンに脅されたんだ! 俺の本意じゃない!!」と必死になって叫ぶ。だがサクラの表情は変わることがなかった。
サクラは、これ以上ないほど……人ではなく廃棄物でもみるかのような冷酷な目でピートを見ていた。
そして、必死に叫ぶピートを無視して、銃口をピートの腹の真ん中に向け、躊躇なく引き金を引いた。
「だぁっ!! があぁぁっっ!!」
357マグナムのホローポイントはピートの胃と動脈を貫いた。血が腹と背から噴き出し、激痛で悲鳴を上げる。それでもサクラの表情は眉一つ変わらない。
「これで聞き苦しいいい訳もできないし、余計な動きもできん」
冷たい声だ。1ミリグラムも情けや同情や後悔が篭っていない、冷酷で無慈悲な死刑宣告の声だ。
サクラはポケットからボイスレコーダーを取り出した。それは、東館前に置いてあったボイスレコーダーだ。サクラはそれを再生させた。
村田による電子錠と人質の説明の後……ピートと飛鳥とのやりとりが再生された。それはピートにとって、弁解の余地のない判決そのものであった。
「女の子だと思って舐めた報いね」
この<女の子>はサクラのことではない。咄嗟に録音ボタンを押した宮村のことだ。そして宮村が録音しているのを悟り、拘束される時見つからないよう、地面に踏んで押し込んでボイスレコーダーを隠した飛鳥のことだ。
ピートはその事に気付かなかった。飛鳥も宮村もただの女の子だとしか見ていなかった。それが敗因。サクラはそれで全てを知り、おそらくファイナル・ゲームのスタートと同時に<煉獄>から逃げることも予測できた。サクラと拓が、時間的に厳しく逃げる好機はこの時しかない事もサクラはすぐに分かった。だからこそ、サクラは今やってきた。
ピートが完全敗北を悟った時……サクラは容赦なく銃口をピートの顔面に向けた。そしてピートが悲鳴あげようとした瞬間、引き金は引かれ、最後の357マグナム弾がピートの顔面の真ん中を撃ちぬいた。
僅かな悲鳴と、それを掻き消す甲高い銃声が<煉獄>に空に響き、その直後生命を失ったピートの身体が海中に落ちる音が響いた。
「…………」
処刑は終わった。
サクラにとって事件の黒幕やその関係者などどうでもいい事だ。あの男はサクラが出した<絶対命令に背くな>という唯一の命令を破った。その死は当然だ。この落し前だけは司法当局者の拓には任せられない。
「言わなかった? ここは死と隣り合わせの<死神島>だってね。好きな札束抱いて地獄に堕ちなさい」
屍となったピートの周りには、彼のための一万円札が無数に海面に漂い、今もチラリチラリと舞い落ちている。買収報酬の2億円は、正しくそのまま彼の地獄行きのチケット代に消えたのだ。
サクラは使いきったコルト・キングコブラを四次元ポケットに入れ、ピートが投げ捨てたUSPコンパクトを拾った。
「これ、ユージのジャン。お前なんかに使われたと知れたらサクラちゃんが怒られる」
先ほどまでと違い、もうサクラはいつものサクラに戻っていた。サクラはUSPコンパクトを四次元ポケットに入れ、そして、ショルダー・ホルスターからベレッタM93Rを抜いた。
「うむ、ほぼ予定通り10分。じゃあ、ぼちぼち拓ちんのサポートに行くか。村田のゲームに参加するのは癪だけど……」
サクラにとっては丸腰の裏切り者を始末することより、ムカつく村田のゲームに参加することのほうが生理的に嫌なようだ。だがそうも言っていられない。先ほどから、交戦しあう銃声は激しく鳴り続けている。銃声を聞く限り、遠距離で双方様子を伺いながら…… つまりは膠着状態という事だ。
この均衡を崩す…… その役となるのがサクラの参戦となるだろう。
紫ノ上島 午前11時39分
……まるで戦争だな……
住宅地の瓦礫の中にある壁を背にし、拓は空になったマガジンを捨て、バッグの中から新しいマガジンを取り出し、HK G36Cに装填した。
拓が戦闘エリアに住宅地を選んだのは、背後を取られないためだ。海を背にしていれば、背後にだけは周りこまれずに済む。攻めてくるのは本館前と西館の森方向からだけだ。東館のほうから回り込めば拓の側面に出ることも出来るが、それは時間がかかる。<死神>たちにも時限爆弾がついていて余計な時間はかけられない。
再装填を終えた拓がすぐ傍の壁に移動した瞬間、<死神>たちの持つSMGの弾雨が拓を襲い掛かった。だが距離が遠く、拓を狙い撃つ事は出来ない。それでも僅か3m移動しただけで、凡そ100発近い弾が拓の周囲で跳ねた。すぐに拓も応戦……セレクターはフルオートにセットされているが、2発、3発と指で調整しながら撃つ。
「……コードの確認なんかできる状態じゃないぞ……」
拓の前方に4人、やや西よりの奥の森に4人。さらに奥に2人。11人いた<死神>の内一人を射殺し、一人はダメージを与えることが出来たが、戦闘不能にはできなかった。
……頭の中でマガジンの残弾を計算する。今の応戦で20発使った。残り10発……
最初、223口径の30連マガジンは8本あった。約240発だ。だが、今はもう100発となった。僅か5分も経たぬ内に140発撃ち、それで一人しか倒せていない。
<死神>たちも必死だ。これまでと違い、単独行動を取らず集団で拓に間断ない攻撃を加えてくる。それを応戦する拓は、攻撃してくる全員に反撃しないといけない。今、<死神>は10人だ。一人に2発牽制を撃てばそれだけで20発……3発なら30発だ。3発ずつ撃てばそれだけで1マガジン使い切ってしまう。
<死神>たちは50m以内には近寄ってこない。彼らにも焦りがあるが、馬鹿の集まりではない。確か発言できる<大死神>が一人いたはずだ。まずは拓の自動小銃の弾切れを狙う作戦を取っている。ゲーム・バランスのためか、<死神>の中で自動小銃を持っているのは<大死神>と思われる一人だけで、あとはMP5系、ウージー、イングラムと近距離用SMGを装備している。確かまだAR系の自動小銃はあったはずだが、それを使わないのは拓に奪い取られたときの事を考えての対応だろう。ただし、彼らのもつSMGで、防弾ベストを着た拓に致命傷を与えるには20mまで近づかなくては効果がない。だから、<死神>たちはまず拓の弾丸の消耗作戦に出たのだ。
持久戦に持ち込まれれば拓に勝ち目はない。今のままでは……
もっとも拓にも打開策はある。だが非常にリスクが高く、偶然にも頼らなければ起きない。しかし、その偶然はいつ起きてもおかしくない状況にある。
拓は時計を見た。そして手に持つHK G36Cを見る。
……偶然を待ってはいられない。一芝居打つしかない……。
拓は使い切った空マガジンを捨て、装填する新しいマガジンに入った弾を確認し、そしてHK G36Cのボルトを確認してから強く叩き込む。そして、残りのマガジンはベルトに差し込み、呼吸を整えた。
……今はまだ体力がある。やるなら今しかない……。
心の中で3カウントを唱え、拓は物陰から飛び出し、<死神>たちのいる方向にフルオートで一斉に薙いだ。そして拓の大まかな計算通り、13発目でそれは起きた。銃内で弾が詰まる……装填不良事故が起きた。ジャムだ。拓はすぐにHK G36Cを投げ捨て、ベレッタM9を抜くと乱射しながら東のほうに逃げた。これで拓の自動小銃は使えなくなったと知った<死神>たちは、一斉に拓に迫る。拓はほとんど振り向くことなくとにかく乱射し逃げる。
走る人間をSMGで狙撃するのは難しい事を拓は知っている。そして距離もある。まず<死神>たちの弾はまぐれ当たりしないかぎり当ることはない。
拓は物陰に飛び込んでは走り、飛び込んでは走りを繰り返しながら<新・煉獄>方面へと逃げた。むろん、単発ながらベレッタで応戦しつつだ。だがいくらプロの拓でも走りながら撃つ拳銃弾は都合よく当らない。ユージだけは別だが……。
だが拓の目的もベレッタで倒すことではない。
拓は3マガジン分使いきり、弾のなくなったベレッタを捨てた。その時、追ってくる<死神>3人は拓の背後40mまで迫っていた。しかし拓の目的地も目前だった。
<新・煉獄>の手前に作られた簡易塹壕……片山たちの作った塹壕に飛び込む拓。そこには、サクラの置いていったM4カービンが隠してあったのだ。
……<死神>たちは、もう俺には銃がない、と思っているはずだ……!
飛び込むと同時にそれを掴むと、拓は振り向き、迫る<死神>たち目掛けM4カービンを薙射した。
<死神>たちにとっては完全に不意打ちだった。拓の作戦通り自動小銃があるとは思ってもいなかった。距離は30m……防弾ベストでもこの距離で223口径なら正確に狙えて、貫通させることができる。拓は1マガジン使い、1人を射殺し、一人にダメージを与えた。後続の<死神>たちもすぐに拓の再武装と反撃に気付き足を止めたが、体が露出してしまっている。隙だらけだった。
拓はすぐにすばやく新しいマガジンを装填し、反撃する。
<死神>たちが応戦する間もなく前にいた一人を倒し、後続の1人を蜂の巣にし倒した。だがそれ以上は<死神>側も物陰に隠れダメージを与えることは出来ず、彼らも応戦する。堪らず拓も塹壕の中に隠れた。
「……くっ……折角の不意打ちで3人か……」
拓は最後のマガジンを装填した。左上半身が鎖で縛られているのではないかと思うほど重く痛む。頭痛も酷く走ったため息も荒くとてもすぐには呼吸すら留まらない。万全の状態の拓であったなら、この不意打ち攻撃で5人は倒せただろう。
今の不意打ち作戦が、拓が考えていた唯一最後の隠し玉の作戦だった。もう小細工はない。そして、これで拓の武器も大幅に減った。自動小銃の弾はこれが最後の1マガジン。あとはずっと使ってきた45オートとナイフしか残っていない。これまでの戦闘方法ではとてもではないが弾が持たない。<死神>たちも容赦なく弾を放ちながら拓に迫っている。拓の息はまだ整わない。拓は再びM4カービンを取った。
<死神>三人が、遮蔽物を利用しつつ拓を三方から囲みながら距離を30m縮めた。三方から迫ることで拓を塹壕の外に出さない作戦だ。今は拓の応戦が45オートの単発だけになっている。45オートの拳銃弾は、狙い撃ちされないかぎり脅威ではない。<死神>たちは拓を追い詰めた……そう確信した、その時だ。
突然、上空のあらぬ方向から銃声が聞こえたかと思うと、銃弾が文字通り雨のように降り注ぐ。途切れ途切れだが広範囲の弾幕だ。何よりどこから飛んできているか分からない。
思わず遮蔽物から飛び出した<死神>たち。その瞬間、正確な拓の狙撃が行われた。南側にまわろうとしていた<死神>がまず頭部を撃ちぬかれ即死。突然の事に戸惑う残り二人も、一人はどこからともなく放たれている9ミリに両足を撃ち抜かれたところを拓に狙撃され、もう一人は後退しようと飛び出した瞬間を拓に狙い撃ちされ倒れた。
この突然の出来事に、後続の4人は足を止め、自分たちを襲った銃声のほうに向かいSMGをめくら撃ちに弾幕を張る。だが今度は南の森のほうから銃撃を受けた。堪らず4人は全速力で西の森に戻っていく。拓が塹壕から狙撃を試みるが、スコープのないM4カービンで、全速で走っていく<死神>を撃ち倒せることは出来なかった。それでも一人の太腿を撃ちぬいたが、そのまま走って森の中に消えた。大したダメージには至らなかった。
拓はようやく銃のトリガーから指を離した。そして、10分以上続いていた激しい銃撃戦が、この時一旦止んだ。まだ拓の呼吸は整っていない。
「なんじゃい、拓ちん。折角の不意打ちだったのに全滅させられんかったんカイ」
その時、上空から<非認識化>したサクラが舞い降りてきた。拓にはサクラの<非認識化>は効果がないから、サクラが南の森上空から現れ奇襲を仕掛けたのが全部見えていた。サクラの手にはベレッタM93Rが握られている。
「あんな遠距離から撃つンじゃなくて、もっと近づいて撃てば<死神>を倒せたのに」
サクラは自分が狙撃して<死神>を倒す気はさらさらなく、有効射程距離ギリギリのところから弾をばら撒いていた。姿を消して20mまで近寄れば特殊強化弾が装填されているベレッタM93Rなら射殺することも出来た。もっとも、その時は<死神>の乱射に当たる危険が大きかったから、サクラのとった行動は理に叶っている。拓の軽口は愚痴だ。
「冗談。<死神>退治は拓ちんの仕事でサクラちゃんの仕事じゃな~い。あたしの仕事はあくまで拓ちんのサポート」そう答えながらサクラはベレッタM9の15発用マガジンを装填する。今の援護射撃でM93R用20連発マガジンを使い切った。マガジンはM92系と互換性があるから問題ない。
「残り4人でうち一人にダメージ、一人が<大死神>。こいつはプロだ。多分、森の中で待ち伏せして俺たちを仕留める方針に変えたんだろう」
「そりゃ厄介だネ。あ、一応あたしの9ミリも一人に当ってるからダメージは二人。軽傷だけど」
時間内に相手を全滅させなければいないという条件は同じだ。人数の多い<死神>たちには二つの方法があった。一つは人数の利を生かして包囲し抹殺する事。もう一つは森の中に誘い込みゲリラ戦に持ち込む方法だ。時間の制約があるから、罠と分かっていても拓たちは森に入らなければならない。そして、時間の面でいえば僅かに<死神>たちに分があった。拓やサクラは倒した<死神>の遺体を確認し、本館に移動して電子錠のコードを打ち込む作業があるが、<死神>たちはただ殺すだけだ。正午ギリギリまで余裕がある。
拓は時計を見る。もう11時40分を過ぎている。
二人は狙撃を警戒しながら西の森に向かった。
「基本、作戦は同じで行こう。俺が戦闘、サクラが奇襲をかけて隙が生まれたところを俺が狙撃する。俺が先行するから、サクラは死んだ<死神>の暗証コードを確認してからこっちに合流してくれ」
「ふむ。ま、それが妥当だ。サクラちゃんはあくまでサポートだから」
どうせ拓が囮となり先行する。そして、今の薬の効いた、ひどい頭痛を抱える拓の頭では暗号コードを一瞬で暗記することは不可能だ。メモを取る時間的余裕もない。サクラなら一瞥するだけで完璧に記憶できる。
「しかし……体調は今更聞かんケド……武器はあるのカイ、拓ちんよ。愛用のHK G36Cは?」
「あれはもう使えない。元々そういう細工をしたのもあるけど、バレルが限界だった。直す時間もないし、直したってすぐジャムる」
最初の日村田から奪ったHK G36Cは、この島ですでに600発近く発射している。普通、自動小銃はノン・クリーニングで撃ち続けられるのは平均500発だ。先の交戦のときから火薬煤の飛び方や命中精度の低下を見てバレルの限界は感じていた。そして、拓は<死神>たちを引っ掛けるため、あえて30年以上前の劣化した弾を使い装填不良を起こさせた。時間があれば簡単なクリーニングである程度戻るが、分解清掃する時間はなくアレはもう使えない。幸いサクラが<ニンジャホーム>から持ってきたM4カービンは手入れ済みの高コンディションだが、弾がない。銃に10発前後、あとは45オートが20発くらいだ。4人と戦うには心もとない。
「しょーがないなぁ~」
そういうとサクラはレッグ・ホルスターから正真正銘自分の物であるカスタムされたベレッタ92Dイノックスを抜き、予備マガジン1つと一緒に拓に投げた。
「エダが持って来てくれたサクラちゃん愛用のベレッタ、貸してやるから頑張れ♪ 一応高速AT弾装填されているから30mくらいなら防弾チョッキ貫通するし命中精度はバツグンだゾ。あたしにはセシルの93Rがあるし」
「お前にしては気前がいい」
「その分拓ちんが働くンだからこれでいいのだ。あたしも大分減ったけど38スペシャルも10発くらいあるから、全部で40発くらいはあるんじゃない? 牽制には十分」
あくまでサクラは主導する気がないらしい。もっともサクラの射撃能力は<死神>と変わらないレベルだし、拳銃の実戦での有効射程距離は15mだ。サクラの能力は隠密活動や奇襲に向いている。それだけならベレッタM93Rだけで十分だろう。
「んじゃ! 健闘を祈るゾ」
サクラはそういうと拓が倒した<死神>のほうにむかって駆けていった。
拓は無言でサクラを一瞥し、自分は西の森に向かって駆ける。<死神>たちが待ち構えているとすれば紫条家敷地入ってすぐか、西の森の奥、そのどちらかだ。可能性としてはおそらく後者だろう。入り口で待ち伏せるほうは視界が利くが遮蔽物もあり、サクラに後ろを取られ挟撃を受ける危険が大きい。彼らも正体は分からずとも先の奇襲がサクラのものだということは悟ったはずだ。2対4という前提で動いているだろう。
……後10分……。
走りながら、拓は撃ちぬかれた自分の左胸に手を当てた。痛み止めのため鋭い痛みはないが、鉛になったのかと思うほど広範囲の部位が重く痛い。
……特別用の痛み止めを打つか……?
少しその事を考えたが、あれはアップ系ドラッグ……コカイン系ベースの痛み止めだ。通常使われるモルヒネなどの阿片ベースのダウン系と違う。むろん薬用のものだが、ダウン系麻薬とアップ系麻薬のミックスになる。違う麻薬を同時に使用する事は精神を最悪にハイにし、元には戻れなくなる麻薬中毒者が好む最高の麻薬のカクテルだ。痛みは飛ぶだろうが、幻覚や異常興奮が起きるかもしれないし、思考力の低下は免れない。
今は……思考力の低下や幻覚作用のほうがリスクだ……。
むろんユージの用意したもので医療用だからそこまで危険はない、とは思う。それでもまだ耐えられるレベルだ。
拓は上着の胸ポケットに入った注射器に触れるだけで、すぐに手を離した。
35/ファイナル・ゲーム4
クラウディア号 午前11時42分
……アンモニアの強い刺激臭で意識を取り戻した。だが激しい頭痛とアンモニアによる神経麻痺で、頭はぼんやりとしている。
だが、目の前にいるユージ=クロベ捜査官の顔を見たとき、ナザロの意識は朦朧としながらもしっかりと覚醒した。
「おはよう、スティーブズ=ナザロ。俺が誰かは言うまでもないよな?」
ナザロにとってこの世で一番見たくない男が目の前にいる。しかも狭い部屋にユージと二人きりだ。その絶望的現実にナザロの精神は耐えられず気を失いそうになったが、すかさずユージが覚醒用の医療用アンモニアをナザロの鼻先で潰し、彼を絶望的現実に引き戻す。が、意識は戻っても恐怖で言葉は枯れて何も出てこない。
ユージはナザロの面前そっとDE突きつけた。
「お前に与えるチャンスは3回だ。頭痛がひどいだろうが俺の話をよく聞いて答えろ。でなければお前の一生はここで終わる。理解したか?」
「…………」
「脱獄してこれだけの事件を起こしたお前は、裁判なしで死刑だ。だが、終身刑にしてやることは出来る。俺の質問に正直に全て答えれば残りの人生を刑務所で過ごす権利を与えてやる。もちろん刑務所は米国諜報機関の特別秘密刑務所だが、大人しく服役していれば三食食えて読書して老衰で死ぬ人生が選べる。一日1時間の運動もできるし新しい友人ができるかもしれない第二の人生を送る好機を与えてやる」
「戯けた事……私に話を聞きたければ全面免責が条件……」
言い終わるより早く、ユージはDEのスライドを引き、44マグナム弾を装填した。
「!?」
「チャンス1回消滅。まだ自分の立場が分かっていないようだから教えてやる。今の俺はFBI捜査官じゃない。そしてお前を射殺してもいい、と許可も受けている。この部屋には弁護士もいなければ他の諜報員もいない。今お前は処刑台の上に立っているんだ」
「私の情報の重要度を分かっているのかね? 射殺したければすればいい、事件は闇に消えるだけだ」
ナザロは不敵に冷笑した。EMP爆弾によって全てのデーターが消えた今、事件の全貌を知るのは自分だけだ。殺せるはずがない。だがそれはナザロの甘い考えでしかなかった。
ユージは今回の作戦に対電磁兵器対応の特殊ステルス工作船が使われたこと。その船には世界一のスーパー・コンピューターと世界屈指のハッカー、<M・P>がいたこと。ゲーム企画のデーターは全て船側でバックアップを取っていること。本当のカミングスであるナディア=ダワムを生きて逮捕したことを教えると、ナザロの顔色は変わった。
「もうファイナル・ゲームが始まっている。だからお前に取引出来るような情報価値はないんだ。ゾンビ兵器についても突き止めた。この船も核兵器もプルトニウムも押さえた以上諜報部や本部がお前に聞きたいことは何にもないんだ」
「…………」
ナザロは顔色を変えなかったが、頭の中は混乱していた。頭痛が酷くても、ナザロは裏社会で、一流で通った男だ。ユージの話の内容は理解できる。ユージの話が本当なら、自分に聞きたいこととは何があるというのか……。
「ファイナル・ゲームが皆殺し戦だという事も分かっている」
ユージはポケットから自分の携帯電話を取り出した。つい2分前JOLJUが持ってきたものだ。ユージはセシルから転送されたファイナル・ゲームの音声録音ファイルを再生させた。実は紫ノ上島<新・煉獄>で、拓もサクラもファイナル・ゲームの解説を録音していて金庫に入れる僅かな時間の間にデーターをセシルに転送していた。そのデーターがようやくセシルからユージの携帯電話に届き、ユージも島のファイナル・ゲームを知った。
その時ユージは、これまで抱いていた疑問が再び湧き上がるのを感じた。
どうにも不可思議な男の存在だ。
「サタン……村田彰こと紫条彰……この男について知っていることを答えろ。拒否してもいいし黙っていてもいい。話す気がないなら、今すぐ射殺する」
カチッ……ユージはDEの安全装置を外した。指はもうトリガーにかかっている。
「お前に聞くのはな。さっさと報告書を書き上げてこの事件を終わらせたいからだ。俺も徹夜で疲れていてな。今、島のほうにも急襲部隊が向かっているからサタンを生け捕りにできるだろう。だがあいつは賢いやつで、あいつのほうが取引材料は多く尋問に手間がかかる。だから知っているなら喋れ。お前が喋るのなら俺の手間が省ける。その礼に、口利きしてやってもいい……そういう事だ」
ナザロは、今度は呆れて言葉を失った。なんという公私混同だ。だが、ユージ=クロベ捜査官という<死神捜査官>は、むしろ公より私のほうが重要だという事は裏世界の常識だ。そして、この男は敵なら「手間」という理由でも人を平然と殺せる人間だ。
だがナザロはその説明で覚悟が決まった。まだ死にたくはない。
ナザロは大物らしく深く椅子に座りなおし、全面降伏……全面供述の体を作った。その様子を見て、ユージは顔色を変えずDEの安全装置をかけた。
「俺も相当村田の事は調べている。だが、あえてお前が説明しろ。もし嘘や食い違い、ごまかしがあれば終わりだ」
そういうとユージは携帯電話を操作し、録画ボタンを押して後ろの壁に立てかけた。動画の証拠とするためだ。
「何を聞きたい? あのモルモットのボーヤがどうした」
「モルモット……か。モルモットにしては随分権限があり賢いモルモットのようだが」
「…………」
「ゲームを組み上げ、独自の部下を持つ人間は果たして、ただのモルモットというのか?」
その言葉に、ナザロは観念したように溜息をついた。
「最初の計画では、あの小僧はただの商品だった。だが、研究所で調べた結果異常に知能指数だ高いことが分かった」
「知能が高いだけじゃない、異常サイコパスだ。あの手のサイコパスは知能が高くて生に執着はない。だが、自己顕示欲も高い」
「その通りだ<死神捜査官>。我々も初めはただのモルモットのつもりだったのだがね。我々のプランを聞いたら、細かい修正と提案をいくつもしてきたよ。恐ろしく的確で、狡猾で、必要な準備、起きるであろう事態についての対処も細かくだ。そしてどんな残虐なことも平気で提案する。……まさか熊をゾンビに出来るなんて、我々の発想にはなかった」
「気が付いたら、中枢にいた」
「ああ。『どうせ僕を商品にするのなら、僕の知力権謀能力もオプションでオークションにかければいかがですか』と抜かしおった。生意気だと一部の者は反対したが、私は、それは非常にいい提案だと思ったよ。小僧は自分が売られる事に悲観的ではなかったからな。まぁ、実験室の中で死ぬまで干されるより、あの知力を生かしたほうが何かと便利だ。小僧にとっても、管理付きだがその能力を生かせるほうがよかったし、奴は自分の分を弁えていたからね」
「分を弁えるような奴か」
「テストは何度もしたよ。逃げだす好機も、当局に助けを求める好機もな。むろん全て仕込みではあったがね。だが奴はそれより、いかに自分の価値を高め、いかに自分を高く売るかという今回の企画に没頭していた。サイコパスというのは、そういうものらしい」
……いや、違うな……。
村田は組織内で自分が権力を握れる地位になるために計算していただけだ。ユージにはそれが分かった。裏社会の一流の人間とはいえあれほどの知能指数、政治力を持っている人間はいないだろう。村田の権謀術や計算を超えた人間は現状それ以上の知力を持つサクラと、破天荒で常識外の飛鳥だけだった。ユージの介入さえも、計算の中には入っていた。もっともユージの戦闘力は村田の計算を超えたものだったが、それでもその都度別の手を打ち状況を支配し続けた。
さらにナザロは言った。
紫ノ上島に水素爆弾がある、と推理して突き止めたのも村田であり、それをトラップにする事で捜査機関の耳目を集める方法。さらに運営について捜査が及んだ時の各部門との横の繋がりと縦の繋がりの切断方法……それも村田が考えた。
ナザロは喋っていて未だ自覚していなかったが、村田は気付かれないようカミングス一派ですら支配していた。ナディア=ダワム……真のカミングスはどうか分からないが、ナザロや羽山たちは間違いなく村田の掌で踊らされていた事は間違いないようだ。
「だが残念だったな。あの男はきっと死ぬ」
「ほう」
「元々生には執着のない奴だ。目の前で失敗作の弟妹が切り刻まれるのを、笑みを浮かべ見ていたような男だよ? 『自分を切り刻む時は、効率よく』とか抜かす小僧だ。実際、10歳にも満たない子供の時、自分の腕を切り落とし廃棄物の弟妹の腕と交換する実験の時も顔色ひとつ変えなかった。手術は成功したが、喜びも嘆きもしなかった」
「成程」
おそらく免疫力や血液の抗体の変化を見るための実験だったのだろう。聞く人間がユージでなければ、その残酷で悪魔的な所業に嫌悪を覚えナザロに殺意を覚えたに違いない。だが、その点ユージは冷静だしナザロもユージだからこんな生々しい話もする。
「君たちに捕まって、モルモットに戻るのは構わない……しかしそれは自分のゲームが負ける……あの小僧が一番恐れていた事は、自分が構築した知力ゲームで負けることだよ。そして負けるくらいなら死を選ぶ。それは、今君が聞かせてくれたファイナル・ゲームの内容が語っているではないかね? あの小僧は我々が捕まった今、ゲームの完成のため自爆して自らを消し去るだろう。死ねばゾンビ薬は手には入らず、君たちやプレーヤーに敗北感を与えられる。それがあの小僧の至極だ。ずっとあの小僧を見てきた私には、それがよく分かる」
ナザロは自慢げに一笑した。村田の自爆はある意味ナザロたちの勝ち、と思っている。確かにそれは一理あるかもしれない。
が……ユージはこのナザロの態度でこの事件での本当の黒幕を悟った。序列では、ナディアだが、その次は間違いなくナザロがモルモットと卑下する村田のほうだ。得意気なナザロはまだその事に気付いていない。きっと永遠に気付かないだろう。
「不要になった<死神>を処分、そして肝心のゾンビ薬も燃えてなくなる。自分も瓦礫の中に消える。薬がない、ということは、その容疑を私たちに押し付けることはできんだろう? もう十分、他で儲けは出て採算は取れた」
「お前自身は使う事の出来ない金だがな」
「だが一族は潤う」
マフィア関係はそのあたり、自分中心ではなく組織や一族に重要度を置く。サバイバル・デスゲームの観戦とB・メーカーの賭けによる利益。それだけでもとてつもない金銭が動いただろう。ウラジミール=ボルトロスキーからも、阻止されることが分かった上で水素爆弾の所有権で一財産得ている。むろん逮捕の手が届かなければ強毒性変異狂犬病Ⅱ型の薬販売で巨万の富が動いただろうが……だがその事は、ユージの関心にはない。
……村田は、まだ何か仕込んでいる……何かを計画するだけの権限があった。そして、<ヒュドラ>の本体と頭脳を持つ大首は落としたが、末端の首は単独の蛇として、小型になり今も生きているものがある。村田は差し詰め本体の脳といっていいだろう。
ユージはDEをホルスターに戻した。もはやナザロに早急に聞くべき事はない。
「話はわかった。そしてお前は用済みだ」
「用済み」と聞いた瞬間、ナザロはあからさまに動揺したが、ユージはそのまま壁に置いた携帯電話を掴み出口に向かった。そして、部屋を出ながら、携帯電話をかけた。相手はコールだ。
『紫ノ上島に出せる部隊はないぞ。島はナカムラ捜査官に任せるほかない』
コールは開口一番そう言った。コールのほうにもファイナル・ゲームの内容が伝わっていて、コールはユージの用件がタイミング的にその事だと思って先を取った。
「それは分かっています」
まだこのクラウディア号の制圧も完了していないのだ。軍や特殊船がこちらに向かっているが、後十数分で間に合うものではない事はユージも分かっている。
「一時的で構いません。監視衛星を増やしてください。それと<M・P>がまだ手伝ってくれるなら、彼の協力を」
『何をする気だ?』
「今は推測の域なのではっきりとはいえません。ただ、もし推測が当れば、今度必要になるのは武力ではなく観察力と政治の問題になります。裏社会の人間を逃がす件でも衛星による尾行、監視は行いたいので。一分一秒争うものではないですがFBI権限を越えたものなので支局長のほうで手配をお願いします。グァムやサイパン用の衛星があるでしょう」
衛星の管理や運営は気象用やNASAのものを除けば国防省が管理している。そしてここは米国国内ではない。一番近い米国領はグァムになる。
……推測が当るかどうか半々……といったところか……。
実際はもっと少ない可能性かもしれないし、巧くいく可能性はもっと低い。それでも、もしかしたら村田の真意を確認できるかもしれない。やれるだけの手を打たなければ、村田に勝つことは無理だ。
「最後の最後は<賭け>か」
小さく、ユージはそう言って溜息をついた。
紫ノ上島 西館 午前11時44分
「銃声が止んだな」
そう呟き、片山は立ち上がりまわりの仲間たちを見渡した。島たちも銃声が途絶えたことは分かっているが、それを喜んでいいのか悪い結果なのかはここでは分からないから意見の出しようがない。
「捜査官たちが勝っていたらいいんだがねぇ」
負けていれば、この時点で片山たちの命運も尽きたことになる。
その時だった。
「自由やぁ~!!」と手錠から開放された飛鳥が暢気に雄たけびを上げた。今しがた、ようやく手錠が開き、飛鳥は両手が開放され自由を手に入れたのだ。
危機感の全くない飛鳥の様子に片山だけが苦笑した。他の仲間たちは未だに飛鳥の存在とテンションが理解できず対応できない。
「よっしゃ!! コレでウチも行動が出来る!!」
「飛鳥君。この部屋は一通り全部調べたよ。10分やそこらでここから抜け出すのは無理だぜ。それより君はどう思う? 銃声が止んだけど、捜査官たちが勝ったのだろうか? それとも……」
「……多分、まだ遣り合っとる最中やな。知らんけど」
サラリ……と飛鳥は答えた。しかし直感だけではない。
「ま。拓ちんが撃たれて終わったワケやないと思うでぇ~」
「根拠はあるのかい?」
「拓ちんが撃たれてゲームが終わったンなら、今頃サクラがウチらを救出しにきとるはずや。その様子もないしな」
飛鳥はサクラが倒されるというシュチュエーションだけは全く想像もしていない。どんな状況でもサクラだけなら生き残るだろう。もし拓が倒されたなら、サクラはゲームを無視し人質救出を始めるはずだ。その場合、何かしらリアクションがあると思う。
「白いうーぱーるーぱー犬モドキが突然出現したら、その時はホンマにヤバい時や。それまでは大丈夫やねん」
「……ウーパールーパー……犬モドキ?」
JOLJUの事である。サクラに命の危機が迫れば何だかんだとJOLJUが出てくる。もうこの島にはカメラもなく生存者たちは人質になり他人の目はないから本当にどうにもならない時はJOLJUが救援に来るかもしれない。保証はないが……。
むろんそんな事を言われても片山他全員意味は分かっていない。飛鳥もその事を説明する気はない。
飛鳥はビシッ! と仲間たちを指差し、「フフフッ♪」と得意気な笑みを浮かべた。
「これからはルパン・モードから不二子ちゃん・モードや!」と唐突に宣言する飛鳥。全員意味が分からず無反応だ。その微妙な空気を感じ、飛鳥が少しションボリする。
「飛鳥君には、まだ何かあるって事かな?」片山だけが、飛鳥に合わせて反応した。
「実はウチ、心の師匠の一人はルパンやねん」
「はぁ……」飛鳥のために相槌だけは打つ片山。
「で、や! ルパンって実は背広の襟に鍵とか宝石とか盗聴器とか物隠すことが多いねん!! 確かにボディーチェックでも背広の襟とか盲点やからなぁ~ ウンウン♪」
「いや、ルパンだけでなく盗聴器とかはよくそこに仕掛けるよ」と本職探偵の片山は言おうとしたが、言って飛鳥の相手をするのは疲れるから黙った。
飛鳥は自分の上着のパーカーを脱ぐ。そしてトレーナーのフード部分に手を突っ込んだ。
「ウチ、上着もトレーナーもフード付き! ダブル・フードや!! そしてビックリ、トレーナーのフードの袋部分からは……不二子ちゃんが出てくる!!」
そういうと飛鳥はフードの中からデリンジャーを取り出し、皆の前でかざした。飛鳥の話は聞いていなくても、そのデリンジャーには全員が驚きの表情と反応を起こした。
「二発しかないけど、銃登場!!」
「ああ…… デリンジャーだから不二子ちゃん、なワケだ」ボソリと喜多川が呟いた。アニメの中で峰不二子が愛用している銃の一つだ。ワルサーP38といい、飛鳥は本当にルパンが好きなのである。
「宝箱に入っていた銃か。君が持っていたのか」
片山は銃の出自のほうを思い出した。あれは二日目の夜……村田が仲間割れを起こさせるために宝箱の中に入れた銃の一つで、亡き河野が隠し持っていたものだ。その後フォース・ルール前に一度武器を拓が管理した時、飛鳥がコッソリ抜き取って、今の今まで隠していた。戦闘用ではなく、あくまで探偵コレクションのつもりで。チャンスがあれば必要もないのに銃を欲しがるのは飛鳥もサクラと同じ性格だ。あまり深い意味はない、ただの収集癖だ。同じ隠し持つなら、もっといい銃もあっただろうが……そういう実践的なものはチョイスしないのあたり飛鳥の趣味が出ている。
実用としてのデリンジャーは超至近距離用で威力も弱く、さらに普通の銃がゴロゴロしているから武器としての価値はほとんどない。
しかしあの時や先ほどと状況は異なる。村田や<死神>は、人質たちは完全に非武装だと思っている。現状では貴重な一丁だ。
飛鳥は手馴れた手つきでデリンジャーの弾を確認した。38口径が二発。
「ま! これで万が一の時も安泰や!」
この飛鳥の一言だけは、全員理解し、気持ちを共有することが出来た。たった二発のデリンジャーなどこの島では武器とも呼べないが、重かった空気が僅かに軽くなり、沈んでいた雰囲気に生気が戻ったのを片山は感じ取った。
……サクラ君や村田が特別視するだけの才能はあるよ……。
この底抜けのポジティブ志向と突発的な行動力は凡人ではない。片山は改めてその事を思った。と、同時に拓やサクラが散々言っていたこと言葉も思い出した。「飛鳥を暴走させるとひどい目にあうから制御する人間いないと危険だ」……と。今この仲間の中ではその役は片山がやるしかなさそうだ。
「飛鳥君は一先ずその物騒なモノは隠してくれ。どうなっているか分からないが……もう一度、今度は天井や柱まで出られなる場所がないかどうか探そう。西館はあまり手をつけていないから、何かあるかもしれない」
無駄だとは思うが、それでも何もしていないよりは精神的にはいい。片山は声をかけ、島と相談を始めた。飛鳥はもう一人で勝手にドアのチェックを始めていた。
紫ノ上島 西の森 午前11時45分
拓は西の森の入口に足を踏み入れた。西の森の奥からは見えている位置だが、撃ってくる様子はない。
……やはり森の奥か<煉獄>で待ち伏せ……というところか……。
西の森は奥が深く、奥になればなるほど森も深い。ここが待ち伏せに適している事は、拓も分かっている。ユージもこの西の森での待ち伏せを迷わず選択し、戦果を上げた。戦術を知っている人間なら当然の選択になる。
……このまま進んだところで、狙撃されて終わり、か……。
<煉獄>側に回り込み逆に迎え撃つか? いや、そこまでの時間も体力もない。肝心の敵が分からないことにはサクラも奇襲をかけることはできない。
拓は右手側にある半壊した役場を見た。
……何かイレギュラーを起こす。そのリアクションを期待するしかない……。
拓の足は西の森ではなく、役場へと向かい駆けた。役場は西の森をすぐ背にしている。そして、アレはまだ残っていたはずだ。
紫ノ上島 紫条家本館前の森 午前11時47分
サクラは木の上で本館入口を睨みながら手元のメモを睨んでいた。
入手した6つの番号。残り4つだが番号配列はバラバラで何かのゴロ合わせでも数式でもない。本館の前には電子錠があり、試しにサイコメトリーで番号入力を知ろうとしたが村田が設置したことだけは分かったが番号は予めセットされていたようで分からなかった。
「やっぱ、倒さないといかんのカイ」
……やれやれ……できる事なら無用な殺生はしたくないんだけど……。
サクラは人を殺す行為に嫌悪感や後悔などは覚えないが、もちろん好きではない。そういう倫理的な理由より、死に物狂いの<死神>相手にこの装備で立ち向かうという事がサクラにとっては煩わしかった。根本的にサクラは面倒臭がりだ。
扉を破壊する爆弾ももうない。あったところで電子錠が破壊できるかどうかも分からない。さっき触れて分かったが、紫条家の扉は破壊できぬよう鉄板が仕込まれていることが分かった。ファイナル・ゲームを含め、5つのルールは初めから村田が用意していたもので、それ相当の対策は取られていたようだ。
サクラは本館を一瞥し、西の森に向かって跳躍した。飛べば数分とかからない。サクラの目には、西の森に潜んでいる<死神>たちが視えている。
飛びながらサクラは首を傾げた。拓が見えない。拓は先行していたはずだがどこに行ったのか…… 銃声は聞いていないからやられたとは思えない。
……このままじゃあタイムアウトで、あたしらの負けだゾ……。
サクラの飛行速度は全力であれば40キロ近くのスピードが出る。西の森までは目前だ。<死神>たちもまさかサクラが上空から襲ってくるとはまだ思っていないだろうが、あの<死神>の仮面には赤外線モードがあり、初日はそれで一度捕まっている。もっともあの時の<死神>はテレビ局の<死神>で今の<死神>とは違うし今の<死神>たちは後方サポートを受けられる状況にないから杞憂かもしれないが、もし見つかれば逃げようがない。サクラは防弾ベストを着ていないし、奇襲の意味が弱まる。
……ヤバい。もうじき50分になる……。
携帯電話を腕時計代わりにしているからサクラは時計を持っていないが、正確にカウントしてほぼ時間は把握している。
その時だった。
突然、役場近くで爆発が起きたかと思うと、オレンジの炎と黒い煙が吹き上がった。
「!? ……拓ちん?」
サクラは足を止め燃え上がる役場の方向を見た。爆発は最初の一瞬で、今は炎と黒い煙が空に向かって広がっている。
「その手か、拓ちん!」
燃え上がるオレンジの炎と黒々とした大量の煙は木材でも建物が燃えているのではない。燃えているのはガソリンだ。そう、この島には地上にも役場に隣接したタンクに500Lだけガソリンが入っていた。その存在は島に来た初日に気付き知っていたが、その後立て続けに起きた事件とより大きな武器や爆発物の存在で、サクラもすっかり忘れていたものだ。そもそもこのタンクの中のガソリンは30年以上前のもので、残っているかどうかも分からないものだったが、燃え上がる炎を見る限り、500Lのうち半分以上は残っていたのだろう。
拓はガソリン・タンクに小型爆弾を投げつけ爆発、引火させたのだ。
「やるな、拓ちんめ」
狙いは爆発ではない。ガソリン燃焼による大量の黒煙を発生させ、役場後ろに広がる西の森の丘に煙幕を張ることだ。しかも風は開けた住宅地のある北から南に向かって吹いている。完全に西の森は風下なのだ。火災のほうも、燃え移るとしたら役場しかなく、役場は無人で孤立しているから大火事になる心配も少ない。
サクラは西の森の奥に潜んでいる<死神>の左後ろ側に向かって飛ぶ。拓は風上にあたる黒煙が上がる役場付近から森に入っていくはずだ。挟撃の形が取れる。
もう戦闘で使える時間は5分しかない。
35/ファイナル・ゲーム5
紫ノ上島 西の森 午前11時51分
まるで深い濃霧だった。
燃焼したガソリン独特の粘っこい匂いと煤が、視界を悪くするだけではなく、煙は目を傷め呼吸も苦しくなる。
普通の人間ですら有害なこの煙は、重く特殊なフルフェイスタイプの仮面を被っている<死神>たちにとっては大きなマイナスとなった。それだけでなく、拓の姿を見失ってしまったが、そこは煙の発生源である役場のあたりだ。<死神>たちは拓を探そうにも煙と炎と熱気を見つめねばならず、まともに対応することは困難だ。そして肝心の拓は今、気配を殺して迫ってきているはずだ。
<死神>たちも焦っている。<天使>の二人を殺し、その遺体をデジタルカメラに撮りサタンに転送、その死が確認されてようやくこの仮面を外す方法が教えらえる。外さなければ問答無用で正午丁度に仮面は爆発し、彼らの頭部は木っ端微塵になり死ぬ。
<大死神>は決断した。
無傷の<死神>に指示し、森の中を歩かせた。
囮だ。これで拓を炙り出す作戦だ。場所さえ分かれば、上を取っている<死神>たちのほうが有利だし、煙のない場所に移動し迎撃体勢を整えることが出来る。
<死神>は、そっと茂みから出て、歩き出した。
歩き出して20秒……もうどこからも見える場所まで来た。だが、どこからも人の気配がない。30秒……まだ動きがない。
……時間が惜しいのは、連中のほうではないのか……!?
<死神>たちはギリギリまで使える。だが<天使役>の二人は自分たちを倒して、コードを確認し、本館まで戻り解除する、という行程が残っている。少なくとも3分、普通に考えて5分はかかりタイムリミットが短い。彼らのほうがもっと焦っているはずだ。
1分が経過しようとしている。これ以上進ませればバックアップが出来ない。そう<大死神>は判断し、新しい包囲陣に移るよう残りの<死神>に命令を下す。残り二人の<死神>が、物陰から出て歩き出し、<大死神>も茂みを出た。そして新しい潜入場所を指示した、その瞬間だった。突然下手の茂みの中から放たれた223口径弾に撃ちぬかれた。
胴体を3発撃たれ、後ろに転がり倒れる<大死神>。その銃声に、<死神>3人は<大死神>のほうを振り向いた。銃声は予想以上に近かった。カスタム・ベレッタを握る拓が姿を現したのは、驚くほど近くであった。
すぐに<死神>3人は、姿を現した拓のほうを向き、一斉にSMGの引き金を引いた。弾雨が拓の周囲に降り注ぐ。拓は物陰に潜ると同時に一人の<死神>に狙いをつけ、マシン・ピストルを撃つかのようにベレッタを乱射した。<死神>たちがSMGの1マガジンを使い切った時、一人の<死神>は拓の放った銃弾を10発近く身に受け、その場に膝をつく。残り二人の<死神>は慌てて新しいマガジンを装填した時、新しいマガジンに交換し終えた拓のベレッタが、瀕死の<死神>の頭部を的確に撃ちぬいた。
リーダーを倒されさらに一人が倒された。残る<死神>2人は、完全に恐慌に陥った。二人共我武者羅で拓に向かって銃撃を繰り返す。彼らはSMGだが、予備の弾は十分すぎるほど持っている。拓は物陰に隠れつつ応戦する以上のことはできない。だが姿を現してしまった<死神>たちは、今度は頭上からのサクラからの銃撃を受ける羽目となった。
上空20m、距離は30m……<非認識化>サクラが、3点バーストの弾幕を二人に目掛けて放った。狙い撃ちではなくばら蒔きだ。弾は<死神>の周囲の土を巻き上げていく。サクラは間断なく3点バーストで弾を撃ちながら、上空を移動し、どこから撃っているか悟らせないよう動いている。<死神>たちには今度もサクラがどこから撃っているか分からない。
<死神>のうち一人が足に弾を食らい、一人は防弾チョッキの上からだが2発弾を食らった。ダメージは軽微だが、心理的なプレッシャーは半端なく大きい。
<死神>の二人がサクラの急襲に気を取られた瞬間、拓は物陰から飛び出し、駆け出す。右手にはベレッタ・カスタム、左手にはずっとこの島で愛用してきたM1991A1が握られている。そして突き出した右腕を左腕がクロスして支える構えで右手のベレッタを固定させていた。
<死神>の二人は、完全に姿を露出させている。ただし、距離はある。
拓はまず、包囲組だった近いほうの<死神>目掛けて銃口を向けた。
走りながら、拓はベレッタの引き金を引き続ける。普通、走りながら片手射撃で乱射する銃弾の命中率は低いものだが、距離が15mと近く、拓の射撃能力と使い慣れたベレッタのコンビネーションは鉄壁だ。標的とした<死神>が拓に気付いた時には最初の一発が当たり、続いて連続して8発の弾丸を受け<死神>は応戦することもなく崩れ落ちた。
拓の存在に気付いた囮役の<死神>は、すぐに物陰に飛び込もうとした瞬間、サクラの放った9ミリ弾が左足を抉り、思わず転がる。その僅かな隙に、拓は一度木の陰に飛び込んだ。<死神>が這いずりなんとか立ち上がったとき、<死神>は拓を見失っていた。だが近くに潜んでいることは分かっている。
最後の<死神>は拓が隠れていそうな場所めがけSMGを放ち、左手で拳銃を抜くと上空に向け滅茶苦茶に乱射する。だが完全に混乱の極にいる<死神>は、拓とサクラの二人にとって敵ではなかった。
「こっちだヨン」
突然前方10mの木の陰に姿を現したサクラが、両手でしっかりと愛用のM13を握り、6発全弾を<死神>撃ち込む。<死神>は胴体、腕、足を撃たれ、その場に手を着く。致命傷はないが357マグナム6発の衝撃は、動けなくするに十分だ。そしてこの8秒ほどの時間は、拓が移動するのに十分な時間だった。<死神>が痛みに眩みつつ顔を上げた時、拓が6mのとこころまで迫っていた。
戦闘の勝敗は決まった。拓は一発で<死神>の頭部を撃ちぬいた。
「制圧完了ね」
これまでの戦闘と違い、無感動にサクラは呟いた。喜ぶ気にはなれない。彼らもこの陰惨なゲームの被害者だ。サクラから見れば、30分以内に自分と拓を殺さなければ死ぬ、という<死神>たちに課せられたルールは事実上死刑宣告と変わらない。制限を受けなくなった拓とサクラに、<死神>たちが敵うはずがない。その事を思うと、サクラは<死神>たちに憐憫すら感じた。
「お前は余裕でいいよな」
拓は肩で息をしながら一度その場に座り込んだ。負傷した身でこの5分、ずっと駆けてばかりだ。しかも結局全員相手にしたのは拓である。
「サクラちゃんが必殺ステルス・プレデター作戦でアシストしてあげたじゃん、贅沢いうな。ユージならそんな文句は言わずさくっと10人くらいやっちゃうのに」
「だからあいつと一緒にするなって言っているだろ! もっと近寄って始末すれば早かっただろ」
……サクラが5mまでこっそり近寄り一発で頭部を狙撃すれば一番早かった……今さら人殺しが出来ないサクラではないだろう……と思ったが、多分先と同じく「流れ弾に当たったらどーする」という返答が返ってくると思い言葉を飲み込む。
「とにかく倒した。手分けしてコードの確認をしよう。お前は手前の奴を頼む。俺は奥の二人を見に行く」
そういうと拓は立ち上がり、ズボンに押し込んだ弾の切れたサクラ愛用のベレッタ・カスタムをサクラのほうに投げた。サクラはサクラでM13の弾の交換をしていて「急に投げるな!」と叫びつつ慌てて受け取る。
「コードは防弾チョッキの胸の真ん中にあるからなー!」
拓はM1991A1を片手に、最初に撃ち殺した<死神>のところに向かった。一人の<死神>はそれほど遠くない場所に倒れていて視界の中にある。だが、最初に奇襲で倒した<大死神>の遺体が見つからない。
「……?」
あの時は拓も無我夢中だった。もう少し森の奥だったか……? 拓は痛む頭を軽く叩き、茂みの奥に入っていった。そこでようやく、茂みのさらに奥4mのところで倒れている<大死神>を見つけた。時間がない……と、駆け寄り遺体に手をかけた時、突然遺体が起き上がった。
「!?」
「オラァァッッ!!」
倒れていた<大死神>の右手にはナイフが握られていた。それが拓の顔面目掛け襲い掛かった。反応が遅れた拓は必死に左腕で顔面を庇う。ナイフは左の二の腕を切り裂いた。そのままの勢いで立ち上がる<大死神>。逆に体勢を崩された拓。<大死神>の二撃目を、拓は体を捻ってかわしたが、<大死神>はその勢いのまま踏み込み、三撃目の蹴りは、拓の右手の銃に当たった。M1991A1は弾け飛び森の深くへと消えていく。
拓はすぐに一歩分距離を取り、身構えた。
「まだ……息があったのか」
拓もポケットからナイフを取り出し構える。左腕からは血がドクドクと流れ出ているが、痛みだけは強力な痛み止めのおかげで感じない。だが左手は見る見る間に濡れていく。
ナイフは、<大死神>のほうが一回り大きい。しかし胸部からは血が滲み、ズボンまで濡らしていた。拓の弾丸は間違いなく防弾チョッキを貫いていた。だが弾丸は内臓を破壊するまではいかなかった。使用したのがM4カービンの223口径だったためだろう。高速小口径弾はライフル弾だが弾自体は小さく細長い。そして<大死神>は223口径対応の防弾チョッキを着ていたのだ。致命傷にはならなかった。
「大人しく投降しては……くれそうにないな」
<大死神>は小さく頷く。そして白兵戦の構えを取った。その構えから、付け焼刃の素人でない事は分かる。他の<死神>とは違いその道の戦闘のプロで、発言することができる、特別な<大死神>だ。
本当ならばあらゆる格闘技がそうである通りすぐには動かない。お互い隙ができるまで、ジリジリと距離を詰め合い睨みあいが続く。そして相手が自分の有効攻撃範囲に入ったと判断した瞬間劇的に戦闘に入り技の攻防となる。
だが今回は<大死神>のほうが時間はなかった。サクラが気付きやってくれば終わりだ。
<大死神>はすぐに大地を蹴り、拓の顔面目掛けて右の蹴りを放つ。拓の左腕は使えないから、前か後ろに逃れるしかないと<大死神>は判断した。しかし拓の行動は<大死神>の予想に反した。拓は<大死神>の蹴りを、同じく右回し蹴りで受け止めたのだ。
威力は相殺され、お互いの体が大きく振られる。着地も同時だ。だが動きを読んでいた拓は着地と同時に地を蹴り、<大死神>の頭を狙い左回し蹴りを放った。その蹴りは、的確に<大死神>の頭を捉え、<大死神>を吹っ飛ばす。
拓は空手の有段者だ。だがその情報は、村田含め運営側にはなかった。ユージの白兵戦能力は有名で知られているが、拓の事は白兵能力も高い、とあるだけで<空手>という具体的な内容は含まれていなかった。空手だから、足技だけでも相当戦える。
吹っ飛び転がった<大死神>に向かって、すぐに拓のとび蹴りが放たれた。あまりにも速い攻撃に、<大死神>は避けることが出来ず直撃を受け、さらに後ろに倒れる。ゴボゴボッと大きな咳が<大死神>を襲った。血が肺に入ったようだ。
「俺が欲しいのはお前の胸のコードだ。今すぐ投降して協力しろ。俺たちが村田を捕まえ、お前を助ける」
「…………」
<大死神>は四つんばいになり血を吐いていた。今ならまだ5分ちょっとある。村田は本館にいる。逮捕し、<大死神>の仮面の外し方を聞くこともできる。
「……That's a wasteful act!!」
無駄だ!と叫んだ<大死神>は、奇声を上げると地面に転がっていた古木を掴み、拓に襲い掛かった。拓は構わず一歩踏み込みナイフを<大死神>の喉目掛けて突き出す。拓のほうが僅かに速い。
しかし、拓が繰り出した鋭い突きは<大死神>の仮面に阻まれた。そしてその僅かな隙を突き、<大死神>の握った古木が拓を襲った。
「ぐあっ!!」
<大死神>にとっての右側は向かい合う拓にとっては左側……ダメージを負った左腕や左胸がある。古木は木っ端微塵に砕けたが、拓は2m横に叩きつけられた。さらに衝撃で持っていたナイフまで手放してしまった。転がり倒れた拓を見た<大死神>は、呼吸が荒いのも構わずこの唯一の隙を見逃さず拓に飛び掛った。
だが拓の修羅場の経験は、通常の戦闘のプロなど比べ物にならない。拓はダメージを負ったこの状況下でも、冷静だった。
<大死神>が素早く拓の上に馬乗りになり、左手で拓の首を掴み右手に握ったナイフを振り上げた時、拓の右手は懐中のポケットに入っていた。そして振り下ろそうとした瞬間、拓は上着の左内ポケットから注射器を取り出すと、それを自分の首を絞めている左腕に突き立てた。
「!?」
腕には防具はついていない。腕に走る激痛に<大死神>が戸惑う。すぐに拓は体を強引に起こし<大死神>を跳ね飛ばし、距離を取った。<大死神>はすぐに腕に突き刺さった注射器を引き抜いた。刺しただけではない、中の薬は全て打ち込まれていた。
ただの薬ではない。コカイン系の強力な鎮痛薬だ。そして注射器の中には三回分の量が入っていた。ユージが拓ならば調整できると思って多めに入れていたのだ。薬用といっても、それだけのコカインが一度に体内に入れば、もはや致死量以上の劇薬だ。
その効果は正に即効性だった。注射器を引き抜いた<大死神>は、その直後足から崩れ、激しい痙攣が始まった。口からは咳と共に嘔吐する声と低い悲鳴が洩れている。そしてそれはすぐに激しい痙攣へと変わった。薬が全身に回りショックを起こしたのと、吐瀉物が気道に入ったのだ。その二重の苦しみで、<大死神>は激しくのた打ち回る。
「……どんだけ強い劇物を俺に打つ気だったんだユージは」
拓が呟いた時……拓のすぐ後ろで銃声が響いたかと思うと、<大死神>の首を弾が貫通した。さらに2発、<死神>の胴体に撃ち込まれる。
拓が振り返ると、そこには銃を構えるサクラが立っていた。
「遅いと思ったら、何遊んでるンだい。拓ちん」
「……お前には、俺が遊んでいるように見えるのか、これが!」と左腕の傷を見せ怒鳴る。
「また怪我かい、拓ちん」
そういうとサクラは目線を拓から仰向けに倒れ痙攣している<大死神>を見た。今度こそ完全に行動不能だ。このままほっておけば仮面が爆発しなくても死ぬだろう。しかし放置するのは後味の悪さを感じる。サクラは両手でしっかりと<大死神>の頭部を狙い、引き金を引いた。357マグナムの甲高い銃声と共に、頭を撃ちぬかれた<大死神>の動きは永遠に止まった。
「ホラ。これであたしも一人は退治したぞ<死神>。しかも<死神>のボス!」
……お前が撃たなくても、あいつは死んでいたけどな……と言おうとしたがサクラと無駄で不毛な言いあいをする体力も気力も時間も拓にはなく、苦笑するだけだった。
拓は上着を脱ぎホルスターのベルトで切られた腕の上を縛り上げる。そしてその間にサクラもM13の使いきった空薬莢を捨てる。今の4発がサクラの最後の弾だ。
二人は西の森を本館に向かって早足で歩き出した。
「あの<死神>のボスのコード、確認ちゃんとしたの?」
「ああ。組み合った時に見た。配置は01、コードナンバーも01だ」
「ボスだけにシンプルだ。うむ、これでコンプリート。村田が嘘ついてなきゃねー」
そういうとサクラは四次元ポケットを弄る。
「いい話と悪い話があるんだけど、どっちがいい?」
「いい話」
「実はナイフと包帯と布巾と消毒液持っていたりするんだな♪」
「そんな応急処置セットでどうにかなるものじゃない」と答えつつもそれを受け取る拓。縫合して止血しないと血は中々止まらないだろう。とはいえただでさえ血液不足の拓の体は流血を少しでも抑えなければ失血で意識を失いかねない。拓は布巾と包帯で器用に傷口を縛る。そして血を含んで重くなった左腕の袖をナイフで切り取り捨てた。
ようは後数分持てばいい。田村を解放できれば縫合止血してもらえるだろう。
「で? 定番だけど悪い話は?」
「もう銃がないし弾もない。時間もない」
自動小銃やSMGは使いきった。セシル愛用のM93Rも弾切れ、サクラの私物で拓が使ったカスタム・ベレッタも使い切った。サクラ愛用のM13・FBIスペシャルも使い切り、さっきの乱戦で拓の45オートはどこかに飛んでいった。倒した<死神>から漁れば9ミリや45口径、357マグナム等のメジャー弾か銃は手に入っただろうが、武器漁りをしていては時間に間に合わない。
二人は早歩きから駆け足になり、西の森を抜けた。すでに午前11時53分を過ぎた。
「サクラ! お前は先に行け!!」
「あたしだけで村田の相手させるの? あたしももう丸腰だけど」
とはいえ今の負傷した拓に合わせていたら間に合わないかもしれない。拓も傷を縛り終わり、足を速めているが、飛行するサクラのほうが圧倒的に速い。
「しょーがないなぁ……ちゃんと走って来てよ。寄り道せずに!!」
そういうとサクラはコードを書き込んだメモを拓に渡し、跳躍……あっという間に空に浮かび飛んでいった。サクラはもうコードは暗記したからメモは必要なかった。
紫ノ上島 東館 午前11時55分
「銃声が止んだ……」
涼は耳に意識を集中させる。
11時50分頃に爆発音、その後激しい銃声。そして散発的に聞こえていた銃声が、完全に止んだ。
「時間的に考えて……これで決着した……って事かな?」と宮村。
それは喜んでいい事か、それとも自分たちの命運が尽きた時か……もしこの後も激しい銃声が続くようならゲームは終わっていない事になり、彼女たちの命運は尽きることになる。
「どっちかしら」と田村。
銃声は全て遠いものだった。戦闘はおそらく島の西側で行われた事は分かるが、状況はここでは分からない。
宮村の呟き……どちらが勝利したのか……その問いに誰も答えられる人間はいなかった。涼は試しに扉に手をかけてみた。すると、驚いたことに扉は開いた。
「扉の鍵がない!! 皆! 扉が開いているよ!」
振り返り叫ぶ涼。その言葉に全員が驚愕の表情を浮かべた。
「さっきまでは間違いなく鍵がかかっていたよね!」
興奮気味に叫ぶ宮村。田村も頷く。確かに閉じ込められていた。
……じゃあ、やっぱりサクラちゃんたちが勝った……!?
その認識は全員に伝わり、全員の顔に喜色が浮かんだ。
だが、そう思っても中々すぐに扉を開けるという事まではいかない。何せ相手はあの村田だ。
「あの……捜査官たちが来るまで待ったほうが、ええんやないですかぁ?」
後ろのほうにいた樺山が意見を出す……というより呟くように提案する。その一言で、もう先の安堵感に満ちた雰囲気は消えてしまった。全員村田に散々踊らされ、罠に嵌められてきた。その事を考えれば早計な行動はマイナスだ。
宮村や田村……この女性生存者の中のリーダー格的立場で、行動力もある二人がその言葉で再び思案の海に沈んでしまったのも、樺山の意見に一理ある、と思ってしまったからだ。
涼もそれが一番だ……と一度は思った。だが、別の事も思い浮かんだ。
「あの……こんな仮定は滑稽かもしれないけど……」と、涼は扉に手をかけたまま振り返る。
「もし飛鳥ちゃんがここに居たら、どうしただろう」
「…………」
涼の問いは、初めは誰も理解できなかった。もっとも……飛鳥の事を少しでも知っているのは宮村と田村だけだが。
田村は腕を組む。
「飛鳥ちゃんなら飛び出しているね、間違いなく」
宮村も涼の問いの意味が分かった。
元々このファイナル・ゲームの大要は決まっていたことは村田も宣言していた。飛鳥が男性陣側に連れて行かれた(と思う)のは、飛鳥の行動力が少女離れしていたことをこのゲーム期間中村田が知ったからではないか?
もう11時55分を超えた。銃声は止んだ。そして村田は「扉を勝手に開けたら駄目」とは言っていない。しかし村田が最後に罠を張った、という可能性も捨てきれない。
だが宮村は断言した。
「とりあえず開けよう」
「大丈夫、宮村さん」と田村。
「私だって自信はないけど、そういえば村田にとって私たちの存在って、ただの駒でしかない……って。私たちを抹殺する気なら毒ガスなりゾンビにするなり、なんなりと出来た。でもここまで生かしたって事は意味があると思うの」
「人質として……でなくて?」と答える涼。
「<人質>としての価値はファイナル・ゲームが始まった時点である意味終わっている。殺すか生かすかは村田の気持ち一つだけど……」
「村田クンはゲーム運営上に関わる殺人は幾度も犯しているけど、無用な殺人は起こしていないわね」
田村も宮村の言いたいことが分かった。
良きにしろ悪きにしろ、村田の行動には何か理由があった。この扉の封印が解けたという事は何か意味があるだろう。
「村田は今日の正午でゲームは終わる、そこまで生き残ったら生存を保障する……あいつはそう明言していた。とりあえず開けてみようよ」
「そんな気軽に私の命を賭けろっていうの!?」と後ろのほうで山本が叫んだ。だが宮村は覚悟を決めていた。
「ここを開けずに死ぬのはあまりに馬鹿らしいわ。それなら自分の決断で死んだほうが、人生悔いがないわよ。涼ちゃんは、どう思う?」
「宮村さんは随分飛鳥ちゃんに影響受けたんだなって思いました」と苦笑する涼。そう言われると宮村は飛鳥と比較されて面白くない。憮然とした表情を浮かべた後苦笑した。
「罠だったら、もっと露骨に<罠>ってカンジにしたんじゃないかと思います。勝利のアラームが鳴るとか、サタンの映像か音声が突然聞こえてくるとか。分からないけど……行動してみましょう」
「涼ちゃんも、十分サクラちゃんや飛鳥ちゃんの影響受けているわよ」
「……かもしれませんね」
涼も苦笑する。そして、涼は二度大きく深呼吸して、ゆっくりと扉を開けた。
扉は、問題なく開いた。
「…………」
全員が沈黙する。だが、特に何か起きる気配はない。
「案ずるより産むが易し……ね」と溜息をつき笑みを浮かべる宮村。
だが、扉を開けた涼はその姿勢のまま、視線は扉の正面一点に集中していた。
「どうしたの高遠さん。何かあったの?」と田村。
「……あるんです……」そう答えた涼の声には困惑が含まれていた。
「……黒電話……黒電話が、目の前にあるんです……」
涼の目の前……リビングを出てすぐの廊下の真ん中に……いかにも意味ありげに、黒電話が置いてあった。しかも、電話線のケーブルがちゃんと付いている。これは間違いなくここに閉じ込められた時にはなかったものだ。
さすがにそれを聞いた宮村や田村たちも、これが意図的であることは分かる。勿論、それを手に伸ばそうなど思いもよらなかった。
この時……午前11時56分になろうとしていた。
36/ゲーム、終了1
紫ノ上島 本館前 午前11時57分
コードを打ち終えたと同時に、ガチャリと電子鍵が開く音が聞こえた。
「…………」
……どうもおかしい……気がする。
時間は後3分しかないが、サクラは扉を開けるのを躊躇していた。
その時、いくつかの機械音が起きたかと思うと、ゲーム・クリアーの祝福を意図したのか、扉の向こうから突然ベートーヴェンの交響曲第九番<歓喜の歌>が聞こえてきた。
「ナニ、このあからさまな演出……」
あまりにもこれまでと違う演出に、サクラの警戒心は高まる。その時、ようやく拓が駆けつけてきた。
「何してるんだ、お前。なんだこの音楽は」
てっきりもう中に突入していると思った拓は、腕時計とサクラを交互に見て言う。一刻を争う状況だ。拓の左腕は切り取ったシャツを当てホルスターのベルトを利用してきつく縛られていて動かすには支障はないようだ。
サクラはすでに本館玄関の鍵は開けたと言うことを拓に伝えた時……館の中から村田の声が聞こえた。
「どうぞ捜査官、サクラ君」
間違いなく村田の声……そして壁ひとつ向こうから発せられたものに間違いない。
が……サクラの表情が険しくなった。嫌な予感がますます強まる。
「入らないんですか? 警戒しなくても、撃ったり爆発したりはしませんよ」
「そう言われてもな」
「でも突っ立っている時間はないゾ拓ちん。時間がない」
二人と扉に手をかけている。
その時だ。
「あー!」と突然サクラは声を上げた。
「なんだ!?」と驚き振り向く拓の眼前に、サクラから一丁の拳銃が差し出された。
「丸腰じゃあナンだから、コレを使うがよい、拓ちん」
サクラはそういうと拓にそのリボルバーを押し付けた。憮然とそれを受け取った拓だったが、一瞬予期せぬ銃の重みで受け取った右手が下がる。拓はリボルバーを握りなおし、改めて銃を睨む。357マグナムより一回り大きい、44マグナムのスナブノーズ・リボルバー……S&W M629・3インチだ。
「ナンだこれは……44マグナムじゃないか!」
サクラは銃好きだがリボルバーは357マグナムが好みでそれ以上の大口径は扱えないから好まない。この銃は最初の日サクラと飛鳥で、地下2Fで<死神>をノックアウトさせたとき没収したものだ。サクラはその時も「これは扱えない」と思い四次元ポケットの重セキュリティー・ポケットのほうに仕舞った。後日44マグナム狂?のユージの機嫌を取るつもりで取っておいたものだった。そしてその後は色々簡単に銃を入手したこともあり、今の今までその存在を忘れていた。
「ないよりマシ! ホラ、これで村田が何か企んでいても対処できるダロ」
サクラはそう早口で捲くし立て、拓を玄関前に押しやる。
「ないよりマシ、か」と拓は右手で普段愛用しているベレッタより重い44マグナムをしっかり握ると、銃を構えた。その動きに合わせるように、サクラがすばしっこく玄関前に移動して扉に手をかける。確認しあうまでもなく二人の役割分担は決まった。
サクラは素早く3本指を立て、0.5秒で一本ずつ指を倒す。
「3、2、1、ゼロ!」サクラはゼロの掛け声と同時に扉を勢いよく開けた。そしてそれと同時に銃を構えた拓が中にと飛び込んだ。
「…………」
広い玄関エントランス。吹き抜けの大きなエントランスで、中央には二階に続く大理石の階段がある。そして左右には廊下……。
だが、そこに居るべき人間とあるべきものはなく、あるはずのないものがあった。
広いエントランス中央の台の上には、液晶モニター、タイマー、そして黒電話が置かれているだけだ。村田本人も、強毒性変異狂犬病Ⅱ型ウイルスの入ったパックもない。
いや、村田はいる。ただし液晶モニターの向こうで……。
『ゲーム・クリアーおめでとうございます。多分お二人が勝つと思っていました。ギリギリですけど』
モニターの中の村田は笑みを浮かべ拍手した。その音もちゃんと聞こえる。このモニターにはスピーカーとカメラが内蔵されていて、やりとりはリアルタイムだ。だが村田がいるのは紫条家の部屋でも地下室でもない、どこか狭い部屋だった。そして、画面は僅かに時折揺れたり波の音が聞こえる。
二人は、すぐに村田がどこにいるか分かった。船の中だ。
村田は脱出したのだ。この紫ノ上島から。このファイナル・ゲームの30分の間に。船をどこに用意していたかわからないが、とにかくもう島にいない事は間違いない。
……してやられた!! 最後の最後で……!!
さすがの拓とサクラの二人も、完全に村田にしてやられた。表情に、失望感と敗北感が浮かぶ。二人の落胆ぶりを見て、村田は満足そうに笑った。
『僕は嘘をつかない……確かにそう言いました。しかし、こういう仮定はどうでしょう? 元々息をするかのように嘘を吐く男が、<自分は嘘をつかない>と言ったとしても…… 誰も男の話を信じないでしょう。ですが実際としては、男は<嘘しかつかない>のではなく、多く嘘をつくだけで時に本当のことも大事な事も言う。ですが、男は<大嘘つき>とレッテルをはられますよね? または逆も然り。面白くはないですか?』
「……五月蝿い」と吐き捨てる拓。無駄話で時間を無駄にはできない。
拓もサクラも村田に騙されたことを理解している。そしてその意図も。
村田はこれまで、どんな逆境でも嘘は吐かなかった。どんな無理な要求も態度ははっきりとしていた。そして村田自身、「ゲームに関して嘘はつきません」と言っていた。
だが、けして嘘をつかない……という普遍的なルールがあったわけではない。いや、普遍的なルールは途中までは存在した。彼がゲームの進行役として、<ヒュドラ>本部が事件を掌握していた間は、彼はサバイバル・デスゲームという賭けゲーム成立のため、いかなる場合でも嘘をつくことはルールとしてできなかった。一度でも不正を行えば、賭けゲームは破綻するからだ。
だが<ヒュドラ>の首が次々とつぶれ、ついに島の生殺与奪権を村田自身が握った時……村田は立場として開放されていたのだ。だが村田はそれを悟られないようこれまで通りの態度を通した。人質にもなり、命も狙われ、共同もした。だが思えばこのファイナル・ゲーム直前も拓を欺き飛鳥たちを人質に取っていたが、<村田はゲームに関しては嘘を吐かない>という固定概念に捕われていた拓もサクラも、重要なこの点に気付かなかった。村田の身を挺した騙しあいは、最後の最後……最も効果的かつ一番大事なとき、村田はついに封じてきた<嘘>を開放し、決定的な心理的勝利を勝ち得た。
その点、拓もサクラも完全に敗北し、その敗北を素直に認めた。
しかしすぐに二人共敗北感を乗り越え冷静さを取り戻した。
「それでアンタは何したい? このまま無駄話で皆殺し?」
『ご安心を。通信中はタイマーを止めています。サクラ君が玄関扉でコードを入力し終えた時にね。ですから、一旦は時間を忘れてくれてOKですよ。これは本当です』
タイマーはカウント・ダウン方式なのか……169秒で止まっている。拓は腕時計で時間を確認した。丁度正午になった時だった。だが周りに変化はない。
10秒ほど……拓とサクラは周囲を警戒するが、やはり変化はなかった。
『……という事です。そして今から話すことに一切の嘘はありません。もっとも、今のお二人は僕の言葉を素直に受け入れてはくれないかもしれませんが、それはそれでも。どっちにしても信じざるを得ないと思いますから』
「…………」
拓とサクラは目を見合う。そして二人共再びモニターを見た。村田はそれを<了解>と受け取り、話を続けた。
『これは、僕個人からの本当に最後のゲームです。勇敢で英邁なる御二人に、究極のパラドックスについて答えを出してほしいのです。僕なりのスフィンクスの謎かけ……とでもしましょうか?』
「いいから、さっさと始めろよ」
村田は、ゆったりと椅子に座りなおした。
『いきなり本題から入ります。まずその1…… 御二人の目の前にある黒電話を取るか、御二人のうち一人でも本館を出るか、僕との会話が終了した時、このモニターの通信は切れ、それと同時にタイマーは動きます。ええっと……169秒後に紫条家全館が爆発、完全崩壊します。ではその2……御二人の目の前にある黒電話と同じものが西館、東館それぞれの人質部屋に置いてあり、一度だけ通話することができます。西館は<1>を回し、東館には<9>を回してください。それで繋がります。通話時間に制限はありませんが、現状だと169秒で爆発が起きますからそれまでですね。念を押しますが、一度しかつながりません』
「サイテーのサイコだな、やっぱアンタは」
ルールは村田の言うとおり至極単純。人質を助けるために電話をかけ警告する。だが、人質は二箇所で電話は一度だけ。しかも2分ちょっとしかないから、警告も「爆発するぞ!逃げろ」くらいしか喋られないではないのではないか。
「成程……」
サクラは不快そうに呟き村田を睨みつけた。
「アンタと無駄話をしている間が、あたしたちのシンキング・タイムってワケだ」
『さすがサクラ君、その通りです。では今から詳細を話しましょう。もう知っていると思いますが、西館には男性陣と飛鳥君。東館には高遠さん含めた女性陣がおります。すでに双方とも玄関の電子錠は解除され、いつでも出ることは出来ます。ただし中にいる人質たちはその事を知らない。二人が警告を与えなければ、ね』
「…………」
『当初は男女で分けようと思いましたが……飛鳥君と高遠さんが一緒ならサクラ君は女性側を選びそうな気がしたし、東館のほうがセキュリティーは緩いので飛鳥君は西館のほうに移ってもらった訳です。サクラ君にとっては飛鳥君は特別でしょう、これでバランスはとれていると思います』
そういうと、村田は足元からファイナル・ゲームの開始時手にしていた<ボンバーシステム>の操作機をモニターのほうにかざし、ベルトに突っ込んだワルサーP99を抜くと、ハンマー代わりに叩いて破壊した。
『これで、<ボンバーシステム>の解除はできなくなりました。もっとも、もう通信圏外かもしれませんけどね』
「…………」
「…………」
(どうする拓ちん。……あたしが全速力で飛んで警告伝えるカイ?)
サクラはテレパシーで拓に問いかけた。これなら村田には分からない。
(お前が出た瞬間村田タイマーのカウント・ダウンが始まるなら2分ちょっとしかない。いくらお前が全速で飛んでも辿り着けるかどうか微妙だぞ?)
本館は三つの館のほぼ真ん中だ。どちらに行くにしても西館まで約800m、東館まで約1100mはある。サクラの飛行速度の最高速度は40キロ。しかしいきなりサクラもトップスピードで飛べるわけではなく地形もあるから、どちらを選んでも1分半から2分はかかる。そして中に駆け込み「逃げろ」と伝えるのに20秒はかかるだろう。それを聞いていち早く逃げ始めても1分はかかる……どう考えても間に合わない。
(飛鳥にテレパシー送ったけど弾かれた。アイツはバリアーを今も使っている。逆に言えば、西館を選んでも飛鳥だけは生き残れるってことだけど……)
他の人間はサクラのテレパシーに対応する事が出来ないから使えない。
(片山さんたちを見殺しにできるか!)
(それ言い出すと結論はでないぞ拓ちん!)
「念のため確認するが、玄関の電子錠はもう解けたんだよな?」
テレパシーの会話にだけ集中しているわけにもいかない。
『ええ。全館の玄関電子錠は連動しています。サクラ君がさっきコードを入力した時、鍵は解除されています。部屋のほうの鍵は11時45分に自動で開くようになっていました。一応人質の皆さんのサバイバル能力も生かす機会があったほうが面白いと思いましてね』
「どこまでもあたしたちに選択させたいワケだ」
『僕は庶民の反応や凡人の倫理観に興味はありません。選ばれた人間がどういう究極の決断をするか……それに興味があるのです』
「お前に言われても嬉しくない」と溜息をつく拓。
その間にも拓とサクラのテレパシーでの会話は続いている。だが結論は出ない。どうシミュレートしても、間に合わない。そして二人の間では、「東館に電話をする」という方向に向かいつつあった。東館は女性陣だ。行動も反応するにも飛鳥や男性陣より遅く時間が必要だ。西館には幸いにも飛鳥がいる。もし、爆破は完全に同時ではないのなら、飛鳥の機転で何人かは助かるかもしれない。そして飛鳥だけは死なない事は確定している。
拓とサクラは無駄な話をできるだけ続けようと村田に質問をしていくが、その種も尽きようとしている。村田個人への質問に関して村田ははぐらかすだけだし、このオマケの究極の決断ゲームに関してはもう質問するほどの内容がないほどシンプルなゲームだ。
そうするうちに、BGMとして流されていた「歓喜の歌」が終わった。
「……音楽!」
その瞬間……拓はついに一つの解決策を思いついた。
『さて…… レコードを替えるのも面倒ですし、あらかた説明も終えたわけですしこのあたりで僕たちの最後の会話もこれで終わりにしましょうか。名残惜しいですが……』
拓とサクラの意識は村田には向いていなかった。拓が出した提案について、その成功率を確認しあっていた。成功率は50%を切る……だが、これまでの案の中で一番全員生存の確率は高い。少なくとも行動予測不能の飛鳥に期待したり、都合よくJOLJUがやってきてなんとかしてくれる、という神頼みよりは……!
拓とサクラはお互いを見る。それがお互いの合意であり、作戦決行の覚悟を決めた瞬間だった。
「さらばだ、村田!」
拓がそう言ったとき、サクラも動き出した。拓は素早くモニターに背を向け外に向かって走り出し、サクラが黒電話を掴んだ。
『ではさようなら。楽しかったですよ』
そういうと村田は微笑んだ。それが、サクラたちが村田を見た最後となった。モニターが消えた瞬間、村田が言っていた通り、横のタイマーが動き始めた。
サクラはタイマーを横目で見ながら、黒電話の<1>を回した。
紫ノ上島 東館 午後12時02分
……何か異常が起きているかもしれない……
時間がファイナル・ゲーム終了の正午を越えたのに、何も変化が起きない。
「拓さんやサクラちゃんが勝った……って事かしら」
宮村の呟く。
銃声が途絶えて5分以上。ファイナル・ゲーム終了期限だった正午も過ぎた。もし負けていたのならば何か起きるはずだ。村田は「正午すぎればゲーム終了」と言っていた。ならばもう終わったということだろうが、拓やサクラが現れる様子もない。
その時だった。銃声が大きく空に響いた。
1発、そしてすぐに3発、その後1発……それだけだ。
「何、今の5発の銃声」と田村もリビングを出て銃声がした方向を見た。本館のほうからに思える。
「これまでと……何か違います」と涼。そう、これまでの銃声とは違う気がした。これまでは西の方角で交差するように撃ち合っていた銃声だが、今の銃声は間違いなくこの東館に向けて放たれている気がする。その証拠に、銃声はこれまでのものと違って余韻を残し、その後かすかに空気を裂く音も聞こえた……。
「まるで空に向けた銃声みたいだけど」
そう呟いた涼は、記憶の中にある3日前の出来事を思い出していた。
あれは……あれは確かフェリーが洋上で爆破された中、鳴り響いた銃声……遠山が殺された時の事だ。そしてあの時、拓やサクラたちと一緒に駆けだし、サクラが比較のため空に銃を撃った。そう、あの時の銃声とよく似ている……。
その瞬間……涼の脳裏にもう一つ、重要な約束を思い出した。
「1、3、1……一拍、空き一拍、3拍、空き一拍、一拍……正確に」
「どうしたの? 涼ちゃん」
田村の声も、今の涼には聞こえていなかった。正確に、さっきの銃声をもう一度脳内で再生させる。間違いない、今の銃声は正確に<1・3・1>のリズムだった。そして、拓と行動していたとき、彼は言った。<1・3・1>……それは合図だ、と。
「……<1・3・1>。それが聞こえたら、その場から急いで離れろ……」
「涼ちゃん?」
間違いかもしれない。だが涼は直感的にこれが拓の合図だと思った。これまで多くの銃撃戦や銃声を聞いてきたが、あれほど綺麗にリズムを打つ事はなかった。
「だから、拓さんは……合図になると思ったんだ……」
今の異常な状況を考えれば、有り得る。そして、さらに拓は言っていた。この合図は緊急かつ非常時の場合だけだ、と……。ならば時間はない。涼は振り返り叫んだ。
「皆! 今すぐここから出て! 早く!!」
「涼ちゃん!?」
「今のは拓さんの合図です!! ここは危険です!! 早く外に出てくださいっ!!」
大人しい涼が大声を出したので、全員が驚く。だが、皆突然の事で呆然となり動き出すまでにはならない。僅かに宮村だけは真剣な顔でその言葉を受け止めた。宮村は宮村なりに今の事態が異常な事、そして拓とサクラの能力をよく知っている。涼の話は初耳だがありえることだ。だが、それでも皆は動かない。涼はそれが歯痒かった。
時間はない。今は行動する他は、皆が動く事はない。
涼は先頭きって駆け出した。すぐに宮村が涼の意図を悟り「皆も早く出て!!」と叫び駆けた。そして田村もようやく動く決意をした。
田村はリビングの扉の前に立ち、手を振りながら叫んだ。
「ほら! 皆も彼女たちに続いて!! 早くっ!! 爆発が起きる前に!!」
田村の気迫に、ようやく全員が駆け出した。悲鳴や奇声を上げながら走っていく。爆発は田村の直感で確信などなかったが、村田の性格、そして動かない女性陣を動かすにはこれしかないと思った。
同時刻 西館リビング。
男性陣は、リビングから玄関までにそれぞれ散っていた。午前11時50分頃に飛鳥がリビングのドアが開いていることを発見し(周りには自分が開けた、と自慢)、警戒しながら玄関前まで行動範囲を伸ばしていた。だが玄関はその時開かず、さらにすぐ傍で戦闘の音が聞こえていたのでそれ以上は広がらなかった。それでも飛鳥、片山のツートップのポジティブなリーダーと、元々元気な男たちだけあり正午を越えた後も東館の女性陣のようにネガティブになることはなかった。
「多分、心配はいらんよ」
片山は皆にそう言い、今に至る。
片山は数少ないゲームスタートからの生存者で、拓たちとの連携も早く銃撃戦にも大分慣れた。戦闘音で、なんとなくだが拓たちが勝ったのではないかと思っている。<死神>たちはSMGを使い、拓は自動小銃、そしてサクラは拳銃……大体だがそれが愛用だ。銃声を聞いていた限り、SMGが押し切った感じはなく最後は拳銃の交戦になった。
今、生存者をそれぞれリビングから廊下まで等間隔に配備し様子を見ている……そんな時、これまでただのオブジェだと思っていた黒電話が、昔懐かしい独特のけたたましいベルの音を立て鳴り始めた。
コールはワンコールでは終わらず、すでに15秒もなり続けている。何か意図がある事は間違いないが、誰も何が起きるのか判らず電話を取れずにいる。
「何やこのヘンな音~? 非常ベルか?」
平成生まれの飛鳥が暢気にリビングに戻ってきた。飛鳥は最初、この音が電話の着信音だとは知らなかった。その事を片山と島が教えた時、遠くで5発の銃声が聞こえた。その銃声に一同当惑し電話にも強い警戒心を持ったが、そんな柔な神経は飛鳥にはなかった。
飛鳥はさっさと黒電話のところに来ると、周りが止める間もなくごく普通に受話器を取った。
「やふー。こちら飛鳥様やけどぉー」
あまりに警戒する様子もなく自然に受話器を取った飛鳥に、緊張しきっていた全員が仰天した。
『飛鳥か!?』
「おう、サクラ。どないした?」鬼気迫るサクラの反応にも、飛鳥は平常運転だ。
サクラからの電話……と聞いて、片山たちはさらに驚きどよめいた。
『今すぐその館から出ろ!! そこは爆発する! 早く逃げろ!!』
「ふむ? いつ爆発するんや?」飛鳥はまだいつも通りだ。しかしサクラにとって、電話に出たのが飛鳥だったことは幸いだった。他の人間では詳しい説明が必要だし正常な判断ができる相手でなければ通話時間は長くなる。だが飛鳥の常に変わらないし、飛鳥の扱い方法は、サクラは熟知している。
『一分後だ! 急げ!! 館全て木っ端微塵になるから!!』
「……ホンマに? お前、ソレおやつ何カ月分賭ける?」
『半年分賭ける!! 長話できん!! 急げ!!』
「了解や~」
飛鳥は受話器を戻さず横に置いた。そこまでは、まるで日常的な行動だった。
だが、次の瞬間……飛鳥は雄たけびを上げるかのように、凄まじい大声で叫んだ。
「爆発するぞぉぉぉ!! 逃げろぉぉぉぉ!!」
「!?」
飛鳥の凄まじい大声に、全員がビクッと反応する。声はリビングに居た人間、玄関近くにいた人間、全員に聞こえた。
飛鳥は叫び終わると、周りには目もくれずいち早く外に向かって走り出した。
説明するより行動を見るほうが人は事態を正確に判断できる……それが人間の心理だ。それを飛鳥が分かっていたかどうかはわからないが、飛鳥が逃げ出すのを見てリビングにいた男たちも一斉に走り出した。そしてそれは玄関のほうにいっていた片山にも聞こえていた。片山はその言葉の意味を冷静に受け取った。もう飛鳥はリビングを出て、あっという間に玄関近くまでやってきている。
「爆発!? 本当かい、飛鳥君!!」
「うむ!! あのクソガキがおやつを2ヶ月以上賭けるときはホンマにヤバい時や!!」
「本当かよ」
飛鳥がそういうなら本当に違いない。おやつ云々は理解できないが、サクラと飛鳥の強い絆と信頼関係があることは思い知っている。
が……玄関はすんなり開く状態ではなかった。
「なんじゃコリャ!? なんでドアノブにロープ巻いとるんや!?」
片山と、玄関横にいた佐々木が罰の悪そうな表情で互いを見合う。
この近くで戦闘音があったから、<死神>が入ってこないようドアノブをロープで固めて固定し終えたばかりだった。ただ巻いてあるだけだが、絡んでいてすぐには解けない。
片山と佐々木はすぐにロープを解き始めるが、何重にも重ねた太い麻のロープは食い込み中々進まない。そうしているうちに、全員が玄関に来てしまった。
「時間は!?」
「一分!!」
「何か切るものは!?」
それを聞き、ボブが近くの部屋の小窓まで走り、渾身の力で殴る。そしてその破片を掴み片山に手渡した。それでロープを切り始めるが、早々簡単に切れるものではない。
「こんなんで埒あくかぁー!! どくんやぁーっ!!」
飛鳥はそう叫ぶと片山を押しのけ、ポケットからデリンジャーを取り出した。それを見た片山は佐々木を掴み後ろに退く。
「ウラァァ!!」
飛鳥はロープ目掛けてゼロ距離、デリンジャーを立て続けて二発発砲した。破壊力はガラスより圧倒的、しかもゼロ距離だから飛鳥の腕でも38口径弾二発は的確にロープの塊を木っ端微塵にし、僅か数本が絡まっているだけとなった。
「飛鳥君退け! 佐々木君! ボブ君!!」
飛鳥が二発発砲すると同時に片山は二人のほうを向き叫んだ。飛鳥がそこから素早く離れると同時に、元格闘家タレントの佐々木と、巨体を持つアフリカ系タレントのボブが、同時に扉に向かって強烈なタックルを加えた。僅かに残っていたロープは二人の強烈なタックルで千切れ、扉は外れんばかりに大きく開いた。
その瞬間、地響きのような振動が館を揺らしたかと思うと、屋敷の奥で小さな爆発が起こった。
「森まで走れぇぇーっ!!」
飛鳥が叫ぶ。もう全員が次に起こる事態を理解していた。大きく開いた扉から一斉に駆け出し外に出て行く。そして最後に飛鳥と片山が飛び出した正にその直後、いくつもの爆発が起こり館は崩壊していった。二階部分の屋根の一部が片山の頭上へ崩れ落ちてきたが、寸前のところで片山は、飛鳥に強く突き飛ばされた。
「!?」
まさに間一髪であった。片山は転がったが無事だ。
「屋敷が……崩壊する……」
島ディレクターが、振り向き思わず呟く。
まるでビルの爆破解体をみるかのように……いくつもの小爆発が館内で起き、最後に大きな爆発が館中央で起こると、館は轟音を響かせながら半分以上崩壊。直後に炎が吹き上がり、瞬く間に館は燃え上がった。
「…………」
燃え上がる西館を、片山たちは呆然と見つめていた。爆発は地下にも連動しているのだろう、地面が僅かに揺れている。
その時、片山は飛鳥の姿がないことに気が付いた。片山は島デイレクターのほうを見て叫ぶ。
「飛鳥君は!?」
「君と一緒に最後に飛び出したのは見えたが……」
だが屋根の落下と同時に見失った……それを聞いた片山は愕然と燃え上がる館を見つめた。
……違う……ギリギリのところで飛鳥君は俺を突き飛ばし助けた。俺がギリギリなら彼女は……!?
片山を襲った屋根は燃え上がり、さらに今この時も屋根や天井が崩れていくのが見える。
「飛鳥君が、俺たちを救った……」
「おい見ろよ!」と佐々木が東のほうを指差した。その先は本館と東館がある。そのどちらからも、爆発音と倒壊音が聞こえ、黒煙と粉塵が高々と立ち昇っている。
紫条家の館、全てが同時に爆発、崩壊していく……。
その事実を受け、ある者は先までいた西館を……ある者は女性陣がいる東館を……ある者は根源であった本館の崩れ逝く様子を、愕然と見ていた。
そこに上空から猛スピードでサクラが舞い降りてきた。
「サクラ君!?」と片山は叫ぶ。他の人間はサクラが<飛んで>やってきたことに多少驚いたが、状況が状況だけにその事を口にするものはいなかった。
「みんな無事!? 片山さん! 死者は出た!?」
サクラが叫びながら愕然と立ち尽くす男性陣を見渡す。誰も欠けていない、無事のようだ。だがすぐに飛鳥の姿がないことに気が付いた。片山は「答えるのに耐えかねる」とばかりにサクラから目線を外し肩を落とした。片山の口からでさえ、彼女が最後にとった勇敢な行動を伝える事はできなかった。
「……すまない……」
それを見たサクラの目は血走り、燃え上がる西館を睨んだ。
「飛鳥のボケーっ!! 何してんだお前はっ!!」
サクラの叫びは、虚しく響く。誰もが、顔を落とし、起きてしまった悲劇と悲しみに言葉を失った。
が……その時。
燃え上がる屋根の一部がばふっと小さな爆発のようなものが起きたかと思うと、炎と黒煙の中から若干煤汚れた飛鳥が姿を現したのだ。
「あー……死ぬかとオモタ」
姿を現した飛鳥は元気なくしょんぼりと、トボトボと歩いてくる。その姿を見たとき、男たちは歓声を上げた。キザでクールな片山さえ身を乗り出し、声を上げた。
「何してんだ! お前はっ!!」
サクラが怒鳴りながら駆け寄る。飛鳥は「トホホ」と呟きながらも安全圏に向かいながら「ウチの<不二子ちゃん>、落として無くしたぁ~」と嘆いた。そう、脱出する間際に飛鳥は片山を突き飛ばし助けた後、手にしていたデリンジャーを落としてしまったので拾いに戻り、そこに本格的な崩落に遭ってしまった……というワケだ。
何にしても、飛鳥の無事に皆が沸きあがった。自分たちの命を救ったヒーローは生きていた! そしてそれを相棒が出迎える感動のシーン……誰もがその美しい光景を思い描いた。しかし残念ながら、そんな美しい友情劇は繰り広げられなかった。
「皆に迷惑かけるなボケッ!!」
「いたぁっ!!」
飛びかかったサクラの渾身の拳骨が飛鳥の頭を殴った。ボコッ……という見事な音が全員に聞こえた……。
一方、東館の女性陣たちも、森から崩壊していく東館を愕然と見つめていた。
村田が「東館のほうが」と言っていた通り、東館のリビングから玄関までは一本道、玄関はすぐに森に面しているので、館の爆発と倒壊は西館の男性陣よりは、きわどいタイミングではなかった。最後に田村が出て10m走ったところで爆発は始まった。
東館は完全な洋城風洋館で、爆発による影響は火災ではなく瓦礫や破片で、田村、斉藤の二人は爆風による破片を受けた。かすり傷で済んだが、判断が後10秒遅ければ、もっと被害が出ていただろう。
涼は座り込み、呆然と崩壊していく東館を見ていた。
今でも信じられない。こんな事が起きるなんて……。
あの時の銃声が拓の合図だと確信していたが、それでも100%絶対の自信があったわけではなかった。だが、その予感は当たり、東館は爆発と共に崩壊した。涼は自分が行った行動によって皆が救われたというショックと、「もし気付かなかったら」という最悪の結果を思ったときのショックで、体から気力が抜け唖然となっていた。
さすがの宮村も、田村も、突然舞い降りた結末に呆然となり言葉が出なかった。それほど彼女たちにとって東館の爆発崩壊は衝撃的だった。命が助かったのは、奇跡としかいいようがない。
その時だった。
「……よかった。皆! 無事か!?」
その声に、全員が振り向いた。そこにいたのは、肩で息をして青い顔をした拓だった。
拓は全員無事脱出できたのを確認すると、足を止めその場に座り込んだ。
「拓さんっ!!」
「捜査官っ!」
拓を見て、涼と宮村は堪らず駆け出した。そして、拓の元に駆け寄った時……涼は両手を広げ拓に抱きついた。宮村も堪らず空いている後ろから拓に抱きつく。
突然少女二人に抱きしめられて驚く拓。二人は拓にしがみつき、大声で泣き出した。
「…………」
どうしていいかわからず戸惑いつつ、拓は顔をあげ田村に向かって叫んだ。
「もう安全です! ゲームは終了しました! 敵はいません! 安全ですから!」
それを聞いた瞬間……愕然としていた女性陣たちも、初めて命の危機がすべて去った事を知り、歓声を上げ、抱き合い、泣き合った。泣き出すには十分すぎるほど過酷な4日間だった。常に死と隣り合わせ、非日常的な銃撃戦、化物から襲われる恐怖……数え切れない危険が、今この瞬間、その全てから開放されたのだ。誰もが、自分が生きている事を喜び、これまで降りかかった災難に恐怖し、感謝した。泣いてしまうのも当然だ。
「皆……もらい泣きになるのかしら? これって。女性特有の集団ヒステリーかな?」
一人冷静に苦笑した田村も、自覚がないまま涙を零していた。
一方……拓は二人の少女に抱きつき泣かれ、どうしていいか分からず惑っていた。二人とも感情が限界で、拓の血がつくのも構わずしがみつき泣いていた。
「もう大丈夫。終わったよ」
そういうと、拓は二人の少女の頭にそっと触れた。それだけだった。何か気の利いたことが言えないか……と思いもしたが、今何を言っても頭には入らないだろうし、拓の頭も終わったという開放感で何も浮かばなかった。
悪魔<サタン>が主催した狂気と悪夢のゲームは、ここに終了した。
死亡者……とてつもなく膨大な人数。
生存者にして生還者……計17名であった。
36/ゲーム、終了2
紫ノ上島 午後14時11分
「…………」
役場前の広場の一角……。
拓は廃材で作った背もたれ付きの椅子に深く座り、10本目の煙草を口に咥えた。
……こういう時は、煙草はいいアイテムだな……。
ゲームが終わり全員の無事が確定してから……拓の役目や仕事はなくなったワケではないが、余裕とゆとりができた。今、防菌服を着た米兵たちがテントを作り、生存者たちから事情聴取している。FBI捜査官、米軍の対生物兵器用の衛生管理部隊とCDC職員たちは、定められた手順通り決められた職務を機械のようにこなす。そこにイレギュラーが起きる余地はない。
それに……動き回りたくても、拓の左腕は麻酔のため感覚が鈍く、右手には輸血と解熱薬の点滴が刺さっている。
「牧歌的だねぇ……」
「そやなぁ……」
暇なのは拓だけではない。
拓の隣には狐の仮面をつけたサクラと、紙袋に穴をあけた簡易覆面を被った飛鳥も長閑にコーラを飲みながらお菓子を摘んでいた。この二人も特別枠なので他の生存者たちと別行動だ。そしてサクラ(サクラとコンビということで飛鳥も)も一般米軍や一般捜査官には秘密の存在なので、顔を隠している。
「まさか帰りまで覆面せなあかんとは思わンかった……」
「当たり前ダロ。本来は全日程ずっと覆面予定だったジャンか」
「今思えば……それはそれで計画に無理があったな。こんな格好でずっとって無理に決まっとるやん」
「今頃気付いたのか、お前は」
元々飛鳥の<覆面計画>に無理があった……サクラは念のためと思い仮面を隠していたが、飛鳥のタヌキお面は紛失してない。
拓とサクラが全員の無事を確認、ゲームが完全に終わり安全だと判断したのは午後12時15分前後の頃だった。拓はすぐに封印されていた携帯電話を取り出しコールに連絡、ゲームの終了と救助要請を伝えた。コールのほうでもすでに手配済みで、午後13時前にまず米軍の<SEALs>と<USAMRIID>の部隊が大型ヘリで上陸し、拓と合流した。彼らは一部を除いて島の探索に移り、その後13時20分頃、ヘリが二機、米軍イージス艦2隻、海上自衛隊のイージス艦1隻、海上保安庁巡視艇1隻が紫ノ上島沖に到着した。そして午後13時30分からFBIとCDC職員による生存者の保護と治療、隔離、簡単な事情聴取と確認作業が始まった。
この間……拓は立場的、そして体力的、傷の状態もあって動けなかったが、サクラと飛鳥は安全確認が終わると同時に消えた村田捜索に動いた。
サクラはできるだけ高く飛び、目視による海上捜索を。飛鳥は島の再探索を行った。その結果、島の東岸壁に秘密の通路があり、岩礁帯の一角に船舶があった形跡をついに発見したが、村田が乗って逃げたと思われる船舶を発見することはできなかった。
「あいつが使えた時間は30分前後。大きなエンジン音は聞こえなかったから、乗っていたのは高速ボートではなくヨットか小型潜水艦のどっちか」
それがサクラの出した結論だった。カモフラージュのための岸壁迷彩シートを発見していたが、そのサイズはヨットを隠すには小さかった。結論として小型潜水艦しか考えられなかった。実際村田は室内にいた。モーターボートや小型漁船の類なら、戦闘中の拓やサクラもそのエンジン音に気付いたはずだし、通信中に大きなエンジン音が聞こえたはずだ。音が小さいという点で最初は外海用のヨットを思い浮かべた。これなら音は少ないし風に乗れば速度も出る。しかし、それだけのヨットが僅か30分……用意も入れれば15分ほどで視界から消える事はまず考えられない。第一そんな大きなヨットを4日間のサバイバル・デスゲームが行われる中、隠し切る事は困難だ。
ただし、小型潜水艦なら可能だ。本体の半分以上は沈めておける。紫ノ上島周囲は遠浅で珊瑚礁が豊かだが、<煉獄>周辺と北側の埠頭周辺は深く4キロをすぎれば海は一気に深くなる。潜水艦は速度が出ないが、15分あれば4キロの浅瀬からは抜けることができるだろう。あとは深く潜水すれば見つからない。
サクラはすぐにその結論に達し、拓に「米軍の衛星!!」と要求したが、それは無意味である事をすぐに思い出した。EMP爆弾だ。紫ノ上島北西30キロの地点で発生した電磁パルスによって、周辺の軍事衛星は機能不全を起こし、今もその復旧は終わっていない。村田はそこまで計算していたということだ。サクラたちの敗北だった。
サクラと飛鳥が動き回っている間に、拓は重要な仕事を一つ終わらせていた。
田村が拓の左腕の傷を縫い終えた後、拓は全員を集めた。サクラと飛鳥はいない。
「救援が来るまでに、皆に話をしておきたい事があります」
場所は埠頭前だった。安全といえる場所はもうそこしか残っていなかったし、救助してもらうにも海側から見つけやすい場所だ。
「一つは、今回の事件の件について。けして他言しないでください」
「…………」
「今回の事件には、多くの裏社会の組織が絡んでいます。さらに米国政府も日本政府、多くの企業、日Nテレビ上層部も関わっています。喋ればその全てが命を狙う敵になります。そして絶対口にしてはいけない事が三点あります。一つは狂人鬼とそのウイルスについて……一つは死んだ仲間たちについて。あと一つはサクラについてです」
生存者たちは困惑を浮かべた。そして拓が予め予期していた通り、その当惑はタレントやテレビ局関係者たちのほうが大きかった。
「同僚や部下たちがどんな風に死んだか……それを亡くなった者の家族に伝える事も駄目なのですか」
小木プロデューサーが遠慮気味に口にする。続いて樺山が「自分たちはタレントですよ。絶対何がおきたか、他のテレビ局や新聞社に聞かれるとおもいますけどぉ」とタレントを代表するかのように呟く。彼らは多くの友人や知り合いが惨殺されたのを目の当たりにしたし、自分たちも殺されかけた。彼らに出来る反撃は、全てを明るみに暴き事実を世間に伝え、この凄惨にして残酷なゲームを行った人間に正しく法にのっとり処罰される事…… それが正しい行いだとほぼ全員が思いはじめていた。特にほとんどの生存者がテレビ関係者だ。報道による正義を強く信じている。
その気持ちは理解できる。
拓が、この話をまだゲーム終了早々に皆を集めて説明すると決めたのは、時間が経過すればするほど、その常識的な正義心が強まると判断したからだ。まだ恐怖が残っているうちにその心を折ってしまわなければならなかった。
「駄目です。今回の事件が日米政府の極秘事項に抵触した案件である事、さらに裏社会の多くのマフィアが絡んでいるからです。はっきりともう一度断言しますが、秘密を漏らしたが最後、日米両政府からはもちろん、裏社会からも命を狙われるでしょう。皆さん本人だけでなく家族も消されかねません。済みません、けして脅迫するわけではないけど、それだけの事件だったという事なんです」
「国家の犯罪に屈しろというのかね! 捜査官」と島ディレクターが声を荒げた。
「国家を超えた犯罪行為がここで行われたんです。真実は、日米関係だけでなく世界中の国家を混乱に陥れます。下手をすれば戦争だって起きかねない。その事態を日米両政府は望んでいません」
「それを拒否したら……どうなるのかな? 捜査官」と片山が続く。もっとも、片山は拓を糾弾しているわけではなく、サポートのための質問だった。
「今回の場合は政府による抹殺が早いと思います。多分マスコミに喋れば俺でも消されますよ。本当なら全員死んだ事にして、証人保護プログラムで過去と現在の経歴を抹消する……これが米国国内ならそうなっていたと思います。ですがここは日本です。今は俺たちFBIが捜査権を握って主導していますが事件後は違います」
「私たちは知りすぎた……という事ですか? 捜査官」と田村。拓は素直に頷いた。
「秘密が一人から洩れれば……連座して他の人も危険に晒されることになるでしょう。俺は一介のFBI捜査官で、事件解決後皆を政府から守るような力はありません。そういう意味では事情を知っているだけで俺も皆と変わらないのです」
「…………」
一同が小さくどよめいた。誰に向けられたものか分からない非難や呟き、愚痴、鬱憤がそれぞれの口から零れる。
拓は、少し間をとってから、再び口を開いた。
「俺たちはこの地獄のようなゲームを生き延びた仲間です。不満も憤りもあると思いますが、死んだ人たちのため、生き延びた俺たちは死んだ人の分も生き続けること……それが重要だと思います」
拓にそう言われては……誰もそれ以上、不満や愚痴を口にする事はできなかった。
「でもこの島で事件が起きたことは事実です。そして日Nテレビはもちろん、大きな企業も絡んでいますから、表の世界からも多くの逮捕者が出るでしょうし、今後マスコミで大きく取り囃されることも間違いないでしょう。なので皆さんには政府から<こういう事件が起きた>というシナリオが各自用意されると思います。それがどのようなものであるか、今の俺には分かりませんが、狂人鬼とそのウイルスについては含まれない事だけは分かります。ですからそれに従い、それ以上の事はけして漏らさない……政府の筋書きに従う、と俺にこの場で約束してください」
皆、神妙な表情で互いを見合った。拓の口調は優しく丁寧だ。だが何人かはその言葉の裏にある強い脅迫の意志を感じ取った。もしここで否といえば、拓の持つ銃がどの方向に向くかということを……。
「誓うわ」真っ先に手を上げたのは宮村だった。宮村はそういうと隣の涼に向かって「アレと核兵器のことは、さすがにまずいものね。涼ちゃん」と苦笑した。アレとはサクラの超能力とセシルのことだ。涼もそれを思い出し、苦笑し頷き「誓います」と手を上げた。
「確かに。喋ったら抹殺するって、数時間前偉い人にも言われました。私、誓います」
「俺も誓う。そういえば核兵器があったね。アレは確かにまずいよ、ここは一応日本なんだから」涼の言葉の後すぐに片山が右手を上げた。
<核兵器>という言葉に全員が事の重大さを思い出し言葉を失った。そう……核爆弾が日本に隠してあったなど世間に洩れればとんでもない混乱が起こるだろう。日本政府も米国政府もそのためなら関係者の口封じくらい躊躇なく実行するに違いない。
片山は一同を見回して、苦笑し、さらに言葉を続けた。
「本当は職業的にも、こういう事件は大好きではあるんだけど、さすがに見ちゃいけない一線超えて色々見たり聞いたり、やったからね」
そういうと片山は左手でピストルを象り撃つ真似をした。これも拓へのサポートのつもりだった。そしてそれは見事に功を奏した。男性陣はすぐにその意味を理解し、その事実に戦慄した。彼らはこの島で自衛のため、狂人鬼相手や狂った猛獣に向かって銃を発砲した。政府がその気になれば、全員を銃刀法違反と殺人、殺人未遂、殺人教唆の罪を問い逮捕する事は可能なのだ。
この時…… 生存者たちは完全に拓の提案の真意と自分たちのおかれた状況を理解した。
「その政府のシナリオに従い生きる限り、私たちは警察当局を気にしなくてもいいのかしら? 捜査官。それなら私も誓いますわ」と田村。田村も本気で言っているのではなく拓のサポートだ。拓は頷き「それは確約します」と保証した。田村は苦笑し、右手を挙げた。
それが呼び水となり。ポツリポツリと「誓います」「約束します」と皆が続いた。残ったのは島デイレクターと小木だったが、最後は二人とも溜息をつき「誓う」と言った。それを見て拓は安堵の表情を浮かべ、素直に心から謝意を皆に伝えた。
今の話は救助され収容された後、政府関係者からも伝えられる事だ。だが政府関係者は拓の説明よりキツイ命令口調で、もっと高圧的で脅迫的であることは拓には予見できた。同じ内容でも、何も知らない人間が政府の威を背景に高慢に指示されるより、命の恩人である拓の口から「従ってほしい」と頼まれたほうが納得するし、「仕方がない」と用意される嘘の4日間のシナリオを受け入れてくれるだろう。拓が、ゲームが終わってすぐにこの話をしたのも、彼らがまだ動揺と困惑が収まらないうちにさっさと約束を決めてしまえば事後処理の混乱にもすんなり対応しやすい、と判断したからだ。その拓の意図は、拓と生死を共にした片山、宮村、田村はすぐに理解した。そして彼らは拓の提案に同意させるよう、誘導役を見事にこなしてくれた。
「実際のところ……この後、私たちはどうなるんですか?」
そう言ったのは涼。これも全員の意見の代表だ。
「ちゃんと救助してくれるよ」と拓は涼のほうを見て答えてから全員のほうを向いた。
「まずこの島で隔離されて簡易的な除染を受けます。今着ている服は全て焼却処分され、着替えることになる。着替えが終われば、船で本土に戻りますが、30日間は病院もしくは保健施設で隔離されます。大森さんは感染していますから、大森さんだけは即治療になります」
「でも拓さん。ユージさんが持ってきた薬で感染は防げているんじゃないんですか?」
「うん。大森さん以外、誰も感染はしていない。アレは潜伏期間も短いしね。ただ、それは相棒が持ってきたかなり強く特別な抗体薬のおかげで、島自体にはウイルスが残っている。生物兵器として作られたウイルスだから、普通の人はこの島に上陸するだけで感染する可能性はある。微量でもウイルスが本土に渡り感染が始まれば社会が崩壊します」
「だから衣服は焼却処分、私たちは殺菌されるってワケか。あー! なんか映画とか海外ドラマとかでそんなシーンあるよねー。宇宙服みたいな完全防菌服着た人に消毒液噴射されるアレでしょ?」と宮村が苦笑しながら、皆に拓の代わりに説明した。これには女性陣から不満の声が洩れた。拓は苦笑しながら「すみません。決まりだから。ああ、三人だけは例外ですが」と言うしかなかった。
「例外の3人って……まぁ聞かなくても分かりますけど」と片山。拓、サクラ、飛鳥の事だ。拓は苦笑しながら頷いた後、「これも多分シナリオに加えられているとは思いますが……飛鳥はともかくサクラのことは公言しないで下さい。あいつの存在も結構特別で、今でもちょっと面倒な状態なので」
サクラが特別な事は涼や宮村、片山、田村たちはもちろん、全員分かっている。空を飛び容赦なく自動小銃や爆弾を扱い戦う、政府や警察に強いコネを持つ10歳の超天才超美少女など、誰に話して信じてもらえようか。
全員がサクラの勇姿や言動を思い出し苦笑いを浮かべた。この点は誰も異論はなかった。
緊張した空気でサクラの話題で緩和したのを見て取った拓は、最後にささやかなプレゼントを用意し、それで全員の心を掴んだ。
「これは反則なんだけど……特別で」そういうと、拓は自分の携帯電話を取り出した。
「俺の携帯を使って、家族に連絡したい人は申し出てください。絶対に島での事は言わず、ただ生存を伝えるだけ、と約束できる人だけですけど。救援が来て隔離された直後は自由に連絡することはできないと思いますから今だけ。ただ無事を伝えるだけ、ですよ?」
それは生き残った生存者たちにとって何よりも大きな好意であり願望だった。むろん、全員が拓の提案に食いついた。ちなみに一番目の栄誉を受けられたのは島ディレクター、最後は片山だった。片山だけでなく涼や田村、宮村が最後のほうになったのは、「事件の事を言うな」という印象を後発組や情緒不安定な女性陣に植え付けたい、という拓の意図を察した、片山たちのさりげないサポートだった。
「拓ちんは面倒見のいい事で……」
話を聞いたサクラは淡々とした感想を言った。拓が説明した事はサクラも十分分かっている。これまでもこんな事は何度もあったし政府の判断は予想できる。そして、もうこの事件は、自分には関係ない事も。
「ちょっと待った。サクラは分かるとして、ウチはどうなるんや?」
モグモグとチョコバーを食べていた飛鳥が小さく挙手し拓を見る。飛鳥もサクラ同様特別枠で普通に拓たちと一緒にいる。拓がそう取り計らったわけだが、飛鳥は体制側の人間ではないし、ぶっ飛んでいるが一般市民だ。ここに来る前周囲にも「紫ノ上島事件のテレビに出てくる!」と言いふらしている。
「アンタとあたしはセットなんだから、あたしたちはこの島の事件には全く関わってなかった……って結論サ」と飄々と答えるサクラ。
「ヲイ。そんな説明じゃあワカらへんケド?」
「いつも通りって事。あたしとは別便で……」
そう言ったときだ。三人を呼ぶ声で会話を止め、その方向を見た。そして埠頭の入り口あたりで、涼と宮村の姿を見つめた。
二人は手を振りながら三人のもとに駆け寄ってくる。それを見て、拓たち三人も立ち上がった。
「もう! 見てよ捜査官! このヒドイ服!」
宮村は自分のシャツを掴み苦笑した。涼も宮村も、フリーサイズの白いシャツに膝までのハーフパンツ姿だった。米国でよくある入院患者用の服で、男女の違いもない。
「多分、隔離中はその上にデニムシャツが付くくらいだ。当分はそんな服だから慣れた方がいいよ」とサクラも苦笑し「刑務所の服みたいなもんだな」と余計な一言も付け加えた。「サクラちゃんは刑務所に入った事があるの?」と、珍しく涼が苦笑しながら毒を吐いた。サクラはその問いに一笑した。飛鳥はそれを見て「ウチ、特別枠でよかった」と呟く。
二人は、生存者は15時までに米軍イージス艦に移動する事、自分たちは拓に別れを言うため特別にここに来る事を許された、と伝えた。
「そうか。最初の二週間は完全隔離。多分、その間に個別にシナリオが作られて、そのディスカッションが行われると思う。その後は家族の見舞いや友達とも会えるようになると思うよ」
「……きっと、すごい騒ぎになるんですよね、これから」
強毒性変異狂犬病Ⅱ型ウイルスや狂人鬼の事は公表できなくても、サバイバル・デスゲームが行われた事はB・メーカー等がネット配信していた。特別会員は直にそのデスゲームを見ている。事件が起きたことを完全になかったことにすることはできない。
「隠蔽するにしても、嘘3割、真実7割くらいじゃないかな。全くのデタラメ話はいつか誰かに暴かれるからね~。普通にデスゲームくらいは認めるかもね」とサクラ。
「こういう事件、ウチらは慣れたもんやからな!」と胸を張る飛鳥。
「サクラちゃんや飛鳥ちゃんには、そういうシナリオは用意されないの? 捜査官」
「ないよ。こいつらは特別だから」
その言葉に「えっへん」と得意気に胸を張る飛鳥。だがサクラは冷めた表情で「お前、絶対意味分かってないダロ」と突っ込む。
「ふむ?」
飛鳥は勿論理解していない。サクラは半ば呆れ溜息をついた。
「そもそもこの件には初めっから関わっていなかった、不在人間、いない人間、あたしもアンタも島には来なかった、そういう事だ」
「……じゃあウチが突き止めた紫条家連続殺人事件の真相解明の報酬は?」
「ない」キッパリと言うサクラ。
「……ゲーム終了まで生き延びたら一億円っていう話は?」
「村田が今更払うと思うのか? ないだろ」とキッパリ言う拓。
「日Nテレビからの慰謝料……」
「ない」
「……ウチの武勇伝わ?」
「皆のシナリオからは抹消されるだろーな。もちろんあたしもだけど」
「…………」
「…………」
沈黙……数秒後、飛鳥は突然全てを理解し「何じゃとてぇーっ!?」と素っ頓狂な奇声を上げ、頭を抱えた。
「こんなことなら一枚でも<煉獄>で一万円札拾っておけばよかったぁぁぁぁ!!」
「死体の金なんか嫌だ、と言ったのはお前だオマエ!」
「犯罪の証拠だからどっちにしてもその金は手に入らなかったと思うけどな」と拓。
「は! 待てよ!? うちには動画配信の広告費があるやん!」
飛鳥が村田を挑発するためネットに上げた動画……それを思い出したが、すぐに飛鳥は自分のミスに気が付き「下手したぁぁぁー!! 広告設定つけるの忘れてたぁぁぁ!!」と叫びその場で頭を抱える。その動画も今では転載されたものも含め全てセシルが削除した事を拓から聞かされ、さらに飛鳥を凹ませた。
「じゃあ結局ウチはどうなるねん!?」今更、今後どうなるか分かっていなかった飛鳥。それを見てヤレヤレと溜息をつくサクラ。
「あたしとアンタは別便で東京直行~。記録にも記憶にも手土産もなし。働き損のくたびれ儲け、いつもの通り♪」
「ほんまにいつもの通りのオチやんっ!! ……あーあ……今回の事件は、ウチの事件簿の中でもトップ3に入るネタやったのになぁ」
しょんぼりと肩を落とす飛鳥。拓とサクラは呆れ顔で見つめ、涼は唖然、宮村は苦笑を浮かべた。
「……今のやり取りで納得できちゃう飛鳥ちゃんはすごいよネ……」と宮村。
「というか……サクラちゃんや飛鳥ちゃんは、こんな大事件……他にも2つ3つもあるの?」と、むしろその事に言葉が続かない涼。確かに異常に事件慣れしていたが……。
「あたしはビッグ7ってトコかな~ まぁ7大事件のひとつ」
「嘘つけ! 盛りすぎやろ!! 自慢かこのやろー!」
「拓ちんの場合はビッグ5くらい?」
「かな?」
「ちょっとマテ! サクラ!! ……ターネミーター、カリブ、村……うむ! 飛鳥様もトップ5つでええんやない?」
「何を張り合ってンだ!」
「まぁええわ、トップ3ってほうがかっこええし。……そやけど、うーむ。こう考えると……こんだけ色々大事件経験しとるのに、どれも緘口令、どれも無報酬とは。運がいいやら悪いやら……」
「…………」
くだらない事件自慢を始めるサクラと飛鳥を、涼も宮村もただ唖然と見ているしかなかった。やはりこの二人はあらゆる意味で別次元だ。
「私たちには、一回で十分です」
「そうね。二度は御免ね」
と、二人は見つめあい苦笑した。その間も二人は拓も巻き込み幼稚な言い合いを続けていた。
「あ……電話だ」
拓の携帯電話が鳴る。それで拓は不毛な子供の争いから抜け出し電話に出た。用件は短く、拓は一度頷き、電話を切った。そして、電話を懐中に戻しながら拓はサクラの首根っこを掴んだ。
「馬鹿やるのは終いだ、サクラ。お前の迎えが着いたぞ」
「ん? あたしは飛鳥と一緒に東京直行便ダロ?」
「そうはいかない。お前はトリイ・ステーション行きだ」
「あー……」
最初、サクラは拓の言葉の意味が分からなかったが、すぐに思い出した。そもそもサクラは自由の身でここにいるわけではない。一度米軍特殊部隊に救助され、調書を受ける前に脱走して島に舞い戻ってきたのだ。
「お前、チェン=ラウのコネを使っただろ? その報告をしろってサ」
「チェンのじーちゃんのコネはクロベ・ファミリーなら使っても問題ないじゃん。じーちゃんの件も公式にはできない事でしょ?」
「今回はお前しか知らないことも多いし暴れすぎだ。その報告書は必要だし、色々聞きたい事があるってさ。アレックスが」
「げっ!?」
サクラはその名前を聞き露骨に顔を顰めた。事情聴取のため、アレックスはワシントンを発ち沖縄に向かっているという。サクラのことを知っていて、クロベ・ファミリーの裏事情も知っている捜査官は限られている。コールは政府間協議で忙しく、家族であるユージは正式な事情聴取はできない。そして拓やセシルは当事者だからその資格がない。エダも関係者になったからエダも沖縄で治療と調書がある。
ならばNYで!とサクラは言ったがそれはできない。今回サクラは転送機で不法入国したのではなく正規ルートでパスポートを使い入国している。ということは出国も正規ルートで飛行機に乗って帰らないといけない。サクラは10歳だから米国では保護者なしの行動はできないので一人で帰国して一人で聴取を受けることは法律的に不可能なのだ。迅速に進める一番の手は政府役人のほうから日本に来る事ということになる。その事を思い出したサクラは露骨に面倒くさそうな表情を浮かべた。いうまでもなく、引き摺りだされた形のアレックスは面白くないだろう。そして第二研究所の事、核兵器やら<ニンジャホーム>での事など、アレックスが怒りそうな暴走行為をやっている……。
「紫条家本館前にヘリが来ているからサクラはそれに乗れ。今度は逃げるなよ」
「……一気に気分が悪くなった。しばらく基地に軟禁生活じゃん」
……しばらく……といっても非公式な存在であるサクラだから、調書と報告書を仕上げる三日くらいのものだろう。だが自由奔放なサクラにとっては大きな苦痛だった。それでも一ヶ月は隔離監禁される涼や宮村の手前、喉元まで出かかった文句を飲み込んだ。そして飛鳥だが、飛鳥の迎えも直にやってくるから、本格的に政府関係者が来る前に退去しろという事になった。飛鳥の場合、運ぶのはヘリではなくJOLJUである。こちらは転送機だ。
「お別れ……なんだね、サクラちゃん」
「まーね、そうみたい。涼っちやミヤムーたちともお別れだ」
そういうと、サクラは気持ちを切り替え、ようやくいつもの表情に戻った。
「ま。例の約束があるから、そのうち会いに行く……かもしんないし、これっきりかもしんない。サクラちゃんは気分屋だからネ」
「サクラちゃん、飛鳥ちゃん。この4日間アリガトウ」
「どういたしまして♪」
そういうと、サクラはすっと右手を差し出した。すぐに涼はその手を両手で強く握った。
「サクラちゃんのことは忘れないわ。例え記録になくても、私の記憶……思い出には永遠に刻まれたもの」
涼の後、宮村もサクラと握手を交わした。その後ろで飛鳥がポケットからメモを取り出し、サラサラと自分のHPとメールのアドレスを書き、二人に渡した。
「何か困った事があればいつでも連絡してや~♪ <AS探偵団>は、オカルトから都市伝説、そして国家レベルの大事件まで、なんでもオッケーや♪」
飛鳥は握手ではなく、ハイタッチだった。
そして、サクラと飛鳥は紫条家の方に向かって歩き出した。歩きながら、二人は何かくだらない言い合いをしているようで時々間抜けな声が聞こえた。だがそれも、じきに見えなくなった。
「どこまでもマイペース、だな。あいつらは」
毎日の下校時のような変わらぬあっさりとした、まるで日常的な別れ……だがむしろそれがあの二人らしい。涼も宮村も、うっすら涙を浮かべながら自分たちを助けた常識外の二人の英雄が立ち去っていくのを見送った。感動と哀愁を胸いっぱいに満たして……。
「ところで……拓さんはこれから、どうするんですか?」と、涼は涙を拭いながら尋ねた。それを聞いた拓は、苦笑した。
「4時過ぎに別のFBIの捜査官が来る事になっている。それまでは責任者としてこの島に残るけど、その後は問答無用で強制入院。あははっ……下手したら皆より外の世界に出るのは遅いかも」
拓は笑って答えているが、生存者で中では一番の重傷者で、今は反則的なユージの薬のおかげでこうして喋っていられるが本来ならとっくに昏倒している。薬が切れたとき、今無理している反動が一気に来る事もユージから聞かされている。一週間はまともに動けなくなるだろう。それに他の人間よりは免疫が強いとはいってもサクラや飛鳥のようにウイルスに100%対抗力があるわけではない。可能性がかぎりなく低いとは言ってもゼロではないから、2週間ほどの隔離も受けなければならない。
「お見舞いに行ってもいいですか?」
「一時的には日本のどこかだけど……容態が落ち着いたらNY。俺、本籍NYだから」
「そ……そうですか。じゃあ、無理……ですね」
「残念。捜査官のパジャマ姿を拝見したかったのに♪」
涼と宮村はそれぞれ微妙な表情を浮かべ、最後は二人共淋しそうに苦笑した。この様子では、拓ともこれが最後の別れということになりそうだ。
と……生存者の一部を乗せたボートが沖にあるイージス艦に向かって島を出て行くのが見えた。第一陣の移送が始まった。時間が来たようだ。
三人……それぞれ複雑な思いで去っていくボートを見つめた。
「よく生き残れたよ。俺も、皆も。実際のところ……五人くらいが生き残れば御の字…… そう思っていた」
そういうと、拓はポンポン、と涼と宮村の肩を優しく叩いた。
「皆は強かった。涼ちゃんも、宮村さんも……」
その時、<USAMRIID>の職員がテントから顔を出し、涼と宮村に戻るように言った。
「時間みたいね。あー! もっと捜査官と話していたいな。それに、なんだかこの島を離れるのが淋しいっていうか……一秒でも早くここから逃げ出したいと思っていたンだけどネ」
「うん、分かる。私も……なんだろう、この島で色々あったから……」
「二人とも」そういうと拓は両手で二人の肩を軽く抱き寄せた。
「生存者の中で未成年は二人だけだ。きっと家族、友達、周囲から色々あると思う。二人ならきっと乗り切れるさ。これだけの地獄を生き抜いた、それは事実だ。この地獄に比べれば、これからの人生の問題なんて些細なものだよ」
拓は二人を抱き寄せ、そっと囁いた。それを聞いた涼と宮村は顔を見合わせ小さく笑った。二人共瞳が潤んでいる。
「やっぱり、拓さんは教師向きですよ」と涼。「頑張ります」
「あの飛鳥ちゃん見ていると、負けられないわよ捜査官。飛鳥ちゃんに出来て私に出来ないなんて、私のプライドが許さないもの」と宮村は言い、涙を拭い笑った。
「そう。その意気だ」
拓も微笑し、二人の肩を叩き離れた。二人は涙を拭うと、大きく深呼吸した。
「じゃあね! 捜査官!! あ、私も拓さんって呼んでいい? 今更だけど」
「拓さん。いつか……よかったら、私のライブに招待します! 是非来て下さいね!」
拓は頷いた。宮村は「あー! もう、何で泣くかな私」と零しながら一人、拓に背を向け歩き出した。肩と頭が何度か揺れていた。きっと流れ出る涙を堪えられなくなったのだろう。だが泣き顔をもう見せたくない……宮村らしい態度だった。
逆に涼の瞳にはもう涙はなく、強い意志が漲っていた。
「そうだ、その顔だ。涼ちゃん」
「…………」
「最初の君は、自信がもてなくて、周りを気にして、いつも怯えていた。だけど今の君は強い。今の涼ちゃんなら、ハードな芸能界でも生き残れるよ」
「……ありがとうございます。頑張ります。そして、本当に色々ありがとう、拓さん」
そういう涼は笑った。拓はすっと右手を差し出した。涼はその手を強く握った。
「絶対、招待しますから。その時は……」
「うん。カッコいい涼ちゃん、楽しみにしているよ。ああ、俺もサクラほどじゃないけどなんだかんだ日本には遊びにくるからね」
「…………」
「頑張って、涼ちゃん」
涼は、まだ拓の手を離さなかった。しばらく……涼ははにかむと、拓の手をそっと離した。そして彼女が意を決したとき……「あ、そうだ」と拓は突然懐から何かを取り出し、それを涼の手に握らせた。それは、デスゲームで使用された十字架だった。
「…………」
「俺たちコンビの記念……かな。あはは、嫌な事、思い出すようなら捨てちゃっていいよ。サクラが最後の最後に見つけて記念にって」
「…………」
「あ……やっぱ縁起悪いかな? もっと気の利いた物があればよかったんだけど、俺センスないから」
「……本当……本当ですね。拓さんは何でもできるけど、ダメです……」
そういうと涼は苦笑し、それを受け取った。
「そんなんじゃ、女の子にモテないですよ?」
「あははっ……何故かそれ、よく言われるよ」と苦笑する拓。
「いい記念にさせてもらいます! 私、頑張りますから!」
「うん」
二人はもう一度目線で挨拶を交わし、涼もテントに向かって元気よく歩いていった。全ては鈍感な拓の問題で……強い尊敬と淡い乙女心を胸に秘めたまま……。
涼が見えなくなってから5分ほどした後……サクラを載せたヘリが、拓の頭上を超え沖縄本土に向かって飛び立っていった。拓はそれを目で追い、ヘリが消えてもまだしばらく青々と眩しい空を見つめていた。
……きっと、今頃村田もこの空を見ているのだろうか……。
どちらにせよ、今の拓にはもう関係ないことだ。
拓の……拓たちの長い4日間は、終わった。
36/ゲーム、終了3
フィリピン カガヤン・バレー地方 ゲーム終了から3日後
深い青に染まるフィリピン湾カガヤン州のさらに北東部の密林の中にある寒村。
村にはちゃんとした船はなく、ボロボロの木製の桟橋が申し訳程度にあった。
そこに一隻のちゃんとした漁船が、辿り着いた。
船から下りた青年は、熱帯の鋭い太陽に苦笑いしながら、大きなバッグを背負い桟橋に降り立った。そしてすぐに目的の相手を見つけた。
「時間通りですね」
寒村に似つかわしくない、新型の黒い4WDとダークスーツの男が青年の到着を待っていた。長身のアジア系の男だが、誰の目から見ても男はカタギの人間には見えなかった。
「そちらも時間通りで」と、男は流暢な中国語で喋った。サングラスをかけていてその下の表情も変わらない。
「僕はビジネス相手ですよ。ハグを、とは言いませんが、もう少し愛想がよくてもいいのではないですか?」と青年は、同じく流暢な中国語で返し、苦笑した。
「船に、日本円で5億円あります」
「車に500万ドル用意してある」
「船ごと差し上げますよ。その代わり、町まで乗っけていってもらえれば助かります。町についたら、残り5億円を沈めた場所を教えます」
「送ろう」
男は表情を変えず答えた。愛想が微塵もない。その様子に青年は苦笑した。この無表情男と町まで快適で楽しいドライブにはなりそうにない。だが、プロフェッショナルな裏家業の人間は逆に変な干渉はせずストイックなものなのかもしれない。
「一応パスポートを確認できるか? ウチの人間の仕事がちゃんとしているか知りたい」
「まるで役人だな」
青年は苦笑し、ズボンのポケットから中国政府発行のパスポートを男に手渡した。
「ホァン・ロン24歳。いい出来だ。大切にしろ」
青年はそういうとパスポートを返し、懐から米国製の煙草を取り出し、口にくわえ、ゆっくりと火をつけた。そして、青年……ホァンにも薦めた。「僕は煙草を吸わないんで」と鄭重に断るホァン。すると男も落ち着いた口調で言った。
「俺も時々しか吸わない。そうだな、何か大きな仕事を終えたとき、大きな手術を終えたとき、そして重要な話をした時だな。ま、相棒ほどは吸わんがね」
「…………」
ホァンは男をチラリと見た。
「18億円。途中の船の乗り換えと偽パスポートで3億。換金手数料と当面の世話で5億円。いい取引だな。こんなに楽で美味しい仕事はそうない」
「なら、そろそろ車を出してもらえますか? 夜になる前に町に入りたいので」
「長いドライブになる」
そういうと男はサングラスを取った。男の素顔を見たとき、ホァンは思わず息を止めた。
「名前は何と呼んだらいい? サタンか? 村田か? それとも紫条彰か?」
中国語ではなかった。日本語だ。その言葉はホァンに決定的な衝撃を与えた。聞き覚えのある声……データーで散々聞き、実際一度会話を交わした特徴ある声だった。
ホァン……村田の表情は一瞬曇ったが、すぐに清々しい笑みを浮かべた。
「煙草、いただけますか?」村田も会話を日本語に切り替えた。
「吸った事、あるのか?」
「いえ。初めてです。好奇心ですよ」
村田は恐る恐るといった風で煙草を受け取り、興味津々に微笑しながらそれに火をつけた。そして、人生初めての煙草の味を噛み締め、苦笑した。苦く煙たい、とても美味とは思えなかった。咽ながらも、何度も自分なりに味わってみる。
二人は、黙って煙草を吸い続けた。
「初めまして……お会いできて光栄です。クロベ捜査官」
「そういえば、じかに顔を合わすのは初めてだったな、村田」
男は、ユージだった。ユージは吸い終えた煙草を地面に捨てる。
村田の顔には驚きも失望もなく、笑顔が浮かんでいた。驚くほど爽やかな笑みだ。
「会いたいとは思っていました」
「俺もだ」
村田は苦笑すると、「もう一本いいですか?」と言い、ユージから煙草を受け取り、紫煙を思いっきり吸い込んだ。今度は、咽なかった。
「どうして分かったんですか?」
「……銃を貸せ」
村田のズボンにはワルサーP99が突っ込まれている。それを見た村田は苦笑する。ユージは自分が反撃や自殺するかも、と思ったのだろうか……いや、それは当然の対応か……そんな気など自分にはないのだが……。
村田から銃を受け取ったユージは、ポケットから道具を取り出し意外にも銃を分解し始めた。それを村田は煙草を吸いながら、黙ってみている。
「あの島での4日間……お前は色々な足跡を残した。お前が気付いていないような、些細な足跡も」
「…………」
「先天性・高知能劇場型倫理欠如性障害者、頭のいい変人、サイコパス……といえばそれまでだが、そんな簡単なものじゃない。お前はIQも高い。推測ではIQ174だそうだ」
「ありがとうございます。光栄です」
「ファイナル・ゲームが始まる数時間前、組織やお前の対応でほとんどの人間がてんてこ舞いだったが、ある男……サクラをよく知る犯罪心理学のプロは僅かに待機時間を得る事ができた。そこで、彼は改めてお前のことを分析し、気が付いた」
ユージはそういうとポケットから一枚の写真を取り出し、村田に渡した。
そこに映っていたのは、散々酷使されたHK G36Cだった。
「……ナカムラ捜査官が使っていたもののようですけど」
「元はお前が使っていたものだ。お前は<それは自分から実力で奪い取った拓の銃>と、何度か口にしていた。ゲーム中、何度もこの銃をお前は取り戻す機会はあった。だがお前にとって、この銃は拓が自らの力でお前から奪ったもので、それを再び奪うという事は自分の価値観にそぐわなかった」
「……ええ。あれはゲーム上のアイテムではなく、彼が実力で勝ち得たものですから」
「専門家は、お前には本人も自覚していない自己愛性障害があるという仮説を立てた」
「…………」
「その立証が、このワルサーP99だ」
ユージは分解したワルサーP99のスライドを村田に渡し、フレームのほうを村田に見せた。村田はその言葉の意味が分からない。
「あの島では様々な人間が、様々な銃を使った。しかし拳銃の中でワルサーP99は一丁だけ。ゲーム終了後の調査チームが、お前が最後に使っていた拠点を見つけたとき、同時にワルサーの予備マガジンを複数見つけていた」
その報告を聞いた犯罪心理の専門家……アレックス=ファーレルは確信した。村田は、特定の物に対して強い愛着を持つ幼児性自己愛がある事を。
ゲームの性質上、今回のゲームでは多くの拳銃が使用され、その数も種類も多かった。その中でワルサーP99は一丁しかなかった。グロック、ベレッタ、SIG、S&W……様々な拳銃がある中、ワルサーP99は、特に優れた拳銃というわけではなく、弾が特殊というわけでもない。だが、ゲーム中、村田は拓に言っていた。「僕のワルサー」と……。
「幼児性……初めて貰った誕生日のプレゼント、初めての自分の車、初めての自分の家……人は初めてのものに強く記憶に残す……特に、自由などなく自分のものなど与えられなかった人間にとって初めて自分の物になった物に強い執着や興味を持つ。あのゲームは初めてお前が自由に裁量できるゲーム、そしてあの銃はおそらくお前が初めて自分の物として得られた物……そしてその仮説の立証が、今……」
「今……? 成程。この煙草も、その一つですね」
そう言い、村田は笑った。確かに、その通りだった。
「しかし僕という人間を研究する結論ではあっても、ここに辿り着く答えではない気がしますよ? クロベ捜査官はもっと別の理由があったからここに来ている」
村田は、まるで傍観者のようだった。ユージも捜査官ではなく、学会で研究発表でもしているかのように事務的に説明を続けていく。
「ゲームをやり通し続けた。俺が直感したのはその時だ」
「…………」
「ゲームが成立しなくなった時が一度あっただろ? 拓が撃たれサクラが島から救出された時。お前自身もゲームを終わらせようと狂った猛獣を放った時……あの時、運営もお前も一度は本当にゲームを終わらせた。だが本位じゃなかった。本気なら<死神>を出せばよかった。お前は猛獣で時間を稼ぎ、かつ飛鳥のどうでもいいような挑発に乗り時間を稼いだ。まだ水爆のネタがあった。あれを米国政府に提示すれば、時間差はあってもサクラを復帰させる事は可能。そして少なくともファイナル・ゲームまで引っ張る事は可能だ。もしくは俺という選択肢もある。拓が撃たれたのも、撃たれたのに復活したのも計算外でお前が知ることじゃないからな」
「はい。その手も考えました。貴方が一度は島に来ていることは確信していましたから」
「生存者と水爆、それを餌に呼び寄せる。そしてエダをネタに俺とサクラでファイナル・ゲームをやらせる手だ。少なくともお前は、ゲームを継続させる手を考えていた」
合っているとも、違うとも言わず、村田は微笑し、吸い終えた煙草を捨てた。
「お前がそこまでゲームに執着したのは、ファイナル・ゲーム時、空白の30分を作り出すため……全ては……」
「自由を、掴むため」
村田は青く眩しい太陽を見上げた。
全ては綿密に計算したつもりだった。そして緻密に計算された計画通り事件は進んだ。多少の計算違いはあったし、想定不能なサクラや飛鳥の行動もあった。ユージの介入も米国政府の迅速な対応も計算よりずっと早かった。それでも、それらは計算に入っていた。全て許容範囲内で、事件は全て村田の計算と期待通りに進んだ。
綱渡りのような計画だった。
ゲームを最後まで行う。それで拓とサクラを封じつつ、捜査権が紫ノ上島に及ぶのを牽制し続けた。この企画を最初から関わり、運営側に一見完璧に見える犯罪計画を授けた。しかし付け入る隙が所々僅かにある事を村田は知っていた。ユージの介入によって、組織が追い詰められていく事も計算の上だった。そしてカミングス一派に捜査が及んだ時、EMP爆弾を使う事、水素爆弾を餌にする事、ファイナル・ゲーム後は生存者救出に関心が向き、僅かな時間捜査力が低下する事……全ては計算通りで、巧くいった。村田は米軍や運営側の包囲網を潜り抜け、日本を脱出することに成功した。
だが……結果は、村田の予想を裏切った。ユージがここにいる。計算は外れたのだ。
「敗因は、何だったんですかね」
「一つはそのゲーム脳だな。現実は予想や計算だけでは成り立たないし甘くない」
そういうとユージは手の中にあるワルサーP99のグリップ部のバックストラップ部分を外し、そこから小型の黒いチップ取り出した。
「銃の雑学話になるが、オートマチックで簡易交換式のグリップ・バックストラップを最初に採用したのはこのワルサーP99だ。そしてこの交換可能なグリップには空間が存在する。だから、このチップを仕込む事ができた」
「…………」
「説明はいらないな。これは小型GPS発信機だ」
「…………」
村田は苦笑して目を瞑った。全て理解した。
仕込まれたのは、村田が拓に地下6Fで確保され、その後エダが人質となり開放されたときだ。あの時、拓はサクラの持っていたセシルの最新型小型GPS発信機を取り付け、村田に渡した。村田はその時、銃のチェックを簡単にしただけで気付かなかった。バックストラップのことなど知らなかった。
あの時すでに、ユージは経験と直感でなんとく村田の脱出の可能性に気付いてメールを出していたのだ。
「一番の敗因は、ウチのファミリーを敵にまわした事だな」
「あはははっ……そりゃ残酷ですよ。ははははっ」
村田は心の底から笑った。ユージの言葉ほど村田にとって残酷に響く言葉はなかっただろう。サクラや拓を巻き込まなければ、あの狂気のゲームが最後まで行われる事はなかったし、二人を巻き込むことによってユージが動かなければ、巨大犯罪組織、運営やカミングス一派が当局に捕まるようなことはなかった。
つまり……元々村田の計画は破綻していた……そういうことになる。村田にとって、なんと残酷な事だろうか……村田の望みはたった一つだった。自由……誰にも縛られず、自分の力で生きていく……たったそれだけの、生まれたときから得られなかった夢。普通の人間ならば生まれながらに持っている……それを得るために描いた壮大な事件。
村田の笑いは、気付けば泣き笑いに変わり、そして嗚咽に変わった。
ユージは黙って、もう一本、煙草を取り出して、ゆっくりと時間をかけて吸った。
同情心がないわけではない。村田の出生を知っている。村田にとって自由を手に入れたいという願望が、どれほど重く大きな夢であったか……だが、村田はユージから慰めの言葉をかけてもらいたくはないだろう。ユージは黙って、あまり頻繁に吸わない煙草を、その後、静かで美しい海を眺めながら2本続けてゆっくりと吸った。
しばらく……。
気持ちを落ち着けた村田は、これまで通りいつもの微笑顔に戻った。
「で……僕は死刑ですか? それともこの場で射殺します?」
「そういえば、お前にそんなことも言ったな」
「ええ。<次会ったら殺す>って」
「俺はそこまで人殺しじゃない。FBIは抹殺組織でなく捜査機関だ。どうも皆俺を見ると殺し屋だと思うらしい」
それを聞いて村田は苦笑した。
「じゃあ、僕はまたモルモット生活ですかね」
「大物も大勢逮捕したし、強毒性変異狂犬病Ⅱ型の研究もある。ほとんど公にできない犯罪者ばかりだ。ということは正規の裁判は行われない。つまり、公式にはお前は存在しない人間で、公式にはいない人間を死刑にはできない」
「……モルモット。やっぱりその道ですか」
「一人を殺せば殺人者。十人殺せば殺人鬼、三十人なら異常猟奇殺人鬼。だが百人、さらに千人を殺すような人間は、人ではなく理解不能なナニカだ。人は、理解不能な存在をそのまま放っておけない……お前は人であって人ではないナニカ、といったところかな」
「百人以上悪人を殺している、<死神捜査官>がそれを言いますか」
「俺の動機は単純明快だからだ。野生の虎は、別に好き好んで人は食わない。人が刺激しなければな」
「僕は十分貴方を刺激したと思いますけど」
「二日前なら叩きのめしていた。10時間寝たおかげで、冷静になった」
「そうか……三日間粘った成果はあったわけか」
「だが、まぁこれまでに比べれば随分マシだと思うぞ。少なくとも人権は認められるし勉強も読書もできる。人気のない自然豊かな施設で、森か海かどっちかは見られるだろうな。ある程度の運動は許されるし、お前の知的好奇心を刺激する研究者とのディスカッションもできる。もちろん今回の事件解明が一番目にくるだろう。まぁ同年代の友人はできんだろうが、これまでよりはマシだ」
村田が入れられるのは、米国が持つ非合法の研究を兼ねた秘密隔離施設だ。強毒性変異狂犬病Ⅱ型の研究はもちろん、高度な知能、特異な出生に対する心理分析など様々な研究も行われるだろう。同じ秘密の収容施設でも、ナディアやナザロたちが行く強化され自由がほとんど許されず銃を持った監視兵とモニターで24時間見張られる収容所に比べればはるかにマシだ。
「じゃあ、そのうちまた会いに来てください。サクラ君も連れて。その日を楽しみにしていることにしましょう」
ユージは答えなかった。代わりに「行くぞ」とばかりに村田の背中を叩いた。村田は頷き、数歩歩き出したが、ふいに足を止め、もう一度天を仰いだ。
「約三日……数百億円使ったゲーム。そこから逃げるため20億円使い、多くの人、多くの兄弟を殺して得られた自由は三日だけ。いや……三日は自由を満喫できた、と思えば……満足といえば満足かもしれない。不謹慎と、クロベ捜査官は思うでしょうが」
ユージは無言のままだ。そこまで村田に同情心があるわけではないし、そういう気休めを口にするタイプでもない。だが、村田にはそれでよかった。下手な気遣いや感情をぶつけられるのは苦手だ。
村田はユージと共に歩き出した時……また何かを思い出し、足を止め振り返った。
「僕が言うのは不謹慎ですが、僕が最後に出した黒電話のゲーム。どうなりました?」
「……あれは人員を救助に割くのが目的だろう」
「…………」
「お前の負けだ」
「へぇー…… それはすごいな。やっぱり捜査官とサクラ君だ。どうやったんです?」
「説明すると長い。そろそろここを出る」
「そうですか。いや、クロベ捜査官が考えているような意地悪な意図はありません。一種の、僕なりの……なんていうか、人間の可能性が見たかったゲームだったので。二択の究極の決断……でも、僕の思考を十分知り、僕より賢いサクラ君と経験豊かなナカムラ捜査官は、もしかしたら別の答えを導き出すかもしれない……」
「サクラと拓は、第3の選択肢を見つけて、全員助けた。満足か?」
「完敗ですね。ええ、満足です。あの二人ならやってくれるんじゃないかと思っていました。人間、棄てたものじゃないですね」
そういうと、村田はようやく車に向かって歩き出した。
車に着き、運転席のドアを開けたユージは、立ち止まり助手席に乗ろうとしている村田を呼び止めた。
「ところで……今後お前の名前はどう呼んだらいい? これまでお前に与えられてきた名前じゃない。今後一生、呼ばれる名前だ」
村田は数秒間目を閉じ……そして明るい笑顔を浮かべ目を開け答えた。
「サタン。もしくは村田悠馬でお願いします」
本名の紫条彰、次の名前の篠原彰は凄惨かつ忌まわしい呪われた名前だ。そして新しく得たホァン=ロンは今の村田にとって意味のない、自由を得そこなった他人の名前だ。
結局、村田が自分らしいと誇れる名前は、皮肉にもゲーム・マスターとして君臨したサタンという名と、あの島で過ごした時使った<村田悠馬>……この名前が、自分にとって一番愛着と自分らしさを感じられる名前だと思った。
「分かった。じゃあドライブの時間だ村田」
「喜んでお供しますよ、クロベ捜査官。大丈夫、貴方を退屈させないで済むと思います。面白い話が沢山ありますから」
そういうと、二人は車に乗った。間もなく、車は走り出した。
……紫ノ上島 サバイバル・デス・ゲーム主催者<サタン>こと村田悠馬……。
特別捜査官ユージ=クロベがフィリピンにて身柄を拘束、確保。
これをもってFBIの事件捜査は終了。
その後、この事件は世界中を驚愕させ、社会は大きく混乱し騒がれ、いくつもの国際問題、経済問題が発生、世界を騒然とさせるが……それはまた、別の物語である。
長かった……(笑
「黒い天使・長編『死神島』」、ここに完結です。
ということで、今回の後書きは、第16話としてではなくシリーズとして感想を述べさせてもらいます。
元々自分のグループ壬生犬で短編オムニバスのシリーズなのが「黒い天使」シリーズでした。ジャンルもSFにコメディ、クライムストーリー、不思議系、オカルトなど色んな短編が楽しめるのが「黒い天使」なのですが、
「サクラたちレギュラーを掘り下げたい」「たまには長編が描いてみたい」ということがあって、一度じっくり描こう!と思ったのが今回の「死神島」です。これが初長編ネタというわけでなく、構想としては7本くらいありました。サクラや飛鳥がラストに言っていた「七大事件」ですね。その中で「死神島」を選んだのは、
① メイン・キャラ総出演である事。
② メイン・キャラに比重が偏らず知らない人も初めから楽しめること。
③ 丁度思いついたばかりの新作だったから。
でした。飛鳥の言っていた通称「ターミネーター」「ゲーム」はサクラ&セシルがメイン。「島」はサクラ&飛鳥&エダ。そして「村」は今現在書いている途中……ということで「死神島」ということになりました。ちなみに当初草案では飛鳥は出ないか、出しても出番少なく……と考えていたんですが、実際は完全メインキャラで中盤以降の大活躍になりましたw
実際書いてみると、書きたい事が多くて、予想以上に長かったです。当初予定の3倍くらいw サブ・キャラたちも随分増え、かつ予想以上に本編で活躍してくれました。涼ちゃん、田村さんあたりは本当予想以上に頑張ってくれたし、てっきり途中死ぬかな?と思った片山さん、田村さんも作者の魔の手を逃れ生き残りました。そして何より村田が書いていて楽しかったキャラです。サクラを別にすれば、「知能指数の高い悪キャラ」っていうのが他のシリーズでも少なく、作者の期待を非常に応えて、面白味と人間味あるサイコパスに育ってくれました。この味のあるキャラが多くいたことで、「死神島」は面白く書き上がることができ、長いシリーズを最後まで引っ張ってくれたと思います。ちなみに「黒い天使」は原則一話完結オムニバス。それは長編でも変わらないので、今回出た涼ちゃん他キャラが別の話で出てくる事はありません。ここまで育ってくれて残念ですが、彼らはこれにて退場です。でもレギュラー・キャラたちは他の話でも出てきますので、今後のシリーズでの活躍を楽しみにしてください。特に飛鳥、JOLJU、セシル、そしてユージは比較的多くの話でメインだったりサブだったり特別出演だったりで出てきます。
「黒い天使・長編『死神島』」はこれにて完結ですが、今後とも「黒い天使」を宜しくお願いします。そしてここまで読んで頂いた皆様に心より感謝申し上げます。




