秋の記憶 4
「おいもおいしわ~~!」
にっこにっこという擬音が付きそうなほど上機嫌で熱々の焼き芋に紅茶という異色のコンビで食す女性はさすが遠藤の育ての母、と言った所か。この様子だと京都のぶぶ漬けのような意味合いで焼き芋とホット紅茶を出されたわけではなさそうだと俺はほっと胸を撫で下ろす。
外見ののほほんさを裏切り熱々に豪快に齧り付いている遠藤の母親を眺めながら俺は少し待って冷ました焼き芋の皮を剥く。適温に冷ましたが皮をむけば湯気とともに深いあめ色の芋が現れる。ふんわりと香る甘い香りに空腹中枢が刺激されて俺も芋に齧り付いた。
途端にふわりと広がる上品な甘さ。普通に売られているサツマイモよりかなり甘みが強いのにそれでもくどく感じない。ホクホクした食感が甘さを引き立て、熱さを逃がすためにほぉほぉと動かしながらも俺は焼き芋の意外なほどの上手さに目を丸くしてしまった。
「うまい……」
意識せずこぼれた賛辞に遠藤の母はにっこりと笑顔で親指をこちらに突き出してくる。
えっと、あれか?
褒められたのか、俺。
「ふふふ~~おいしいでしょ~~?甘くてほくほくでしょ~~?秋になるとこれを食べるのが楽しみで楽しみで~~」
ぐふふふと若干危ない人みたいな含み笑いをしつつ焼き芋を絶賛する遠藤母。だが、彼女が絶賛したくなるのもわかるぐらいこの焼き芋は上手かったので俺も芋に齧り付きながらうんうんと頷いた。
もぐもぐとしばし無言の時間が続く。焼き芋の意外なほどの美味さと笑顔で勧めてくる遠藤母についつい食が進んでしまった俺は結局焼き芋を三本もご馳走になってしまった。
まぁ、遠藤母は笑顔のまま六本食べたが。
外見が中身を裏切っているという点でも遠藤家の親子は良く似ていると思う。
「あ~~おいしかった!」
満足そうに腹をぱんぱん叩く遠藤母。そうしていると酷く幼く見える。外見だけ見れば血のつながりはないとはいえ高校生の娘がいるようには見えないほど若々しい人だ。思わずじっと見ていた俺の視線に気づいた遠藤母が面白そうに唇の端をあげる。それは先ほどまで焼き芋のおいしさを語っていた人の笑顔とは微妙に違っていた。誰に似ているのかと考えて……何を考えているのか読めない遠藤の笑顔に似ているのだと思い当たる。
この親子は似てないようで……似ている。
俺は深く深く確信した。
「そんなに私を見るのが面白いのかしら?」
「え!あ、いや……」
思わず言いよどむ俺に遠藤母はくすくす笑いながら空になっていたカップに新しい紅茶を注いでくれながら言葉を続ける。気まずさを振り払うように俺は琥珀色の液体に満ちたカップを持ち上げた。
「まぁ、私も君を見ているのは面白いわ」
何でもない口調で爆弾を投げつけるこの人は……。
「……加奈ちゃんが世界で一番大好きだって、宣言した男の子をこんなに近くで見れるだなんて思っても見なかったからね。……ねぇ、石崎透くん」
血の繋がりはなくとも確かに、まごう事なき俺の知る遠藤加奈という少女の母親であった。
「げほっ!」
予想外の人に予想外のことをしれっと言われて思わず口に含んでいた紅茶を噴出しそうになる。
寸前で我慢したが今度は変な所に入ったのか咳き込んでしまう。
く、くるし……。
「あらあら。大丈夫!」
「へ、平気……げほっ!です……」
さすがにびっくりしたらしい遠藤母が慌てて立ち上がろうとするのを手で制して俺は二、三度咳き込んでからどうにか咳を止めた。
あ~~びっくりした。
「ごめんなさい。びっくりさせちゃったみたいね……」
「いえ……あの、それよりも……遠藤さんは……その……俺とえん……加奈さんが」
「付き合っているのよね?娘から聞いているわ」
「そ、そうですか」
どこをどんな風に聞いているのか気になったがさすがに遠藤母にそこまで突っ込んだ質問ができるほど俺の心臓は強くない。
そんな俺の内心の葛藤など知らぬ遠藤母はちょっぴり不機嫌そうに唇を尖らせて見せた。
「全く!『昔は母上大好きだ!』って天使の笑顔で抱きついてきてくれていたのに今じゃ、あの子のナンバーワンは私じゃなくて君なのよ!そりゃ、あの子の恋路を邪魔するつもりはないけれど!でも!理屈で納得できないことなのよ!わかるでしょ!」
「は、はぁ……」
「むきぃ!ナンバーワンの余裕ね!憎らしい!」
「…………」
なんだか知らないうちに俺は恋人(一応)の母親から一方的に敵視されているようだ。
俺にどう反応しろと?
「でも……感謝もしているの」
「え?」
「あの子、とっても変わっているでしょ?女の子らしいとはとても言えないし思考回路も独特。一般的とか常識という言葉は間違っても当てはまらない変人よ」
育ての親がそこまで言うか。
思わずそう心の中で突っ込んでしまう俺。まぁ、内容は何一つ間違ってないと思うが。
「そんな変人といると普通の人はね、疲れてしまうの。一時的にはいれても長い時間を過ごすような関係にはなりずらい。恋人だろうと友達だろうとね。……だからあの子には心を許せる相手が少ないの。本人にも言動を改める気がないから余計にね」
本当に娘さんのことをよく理解されてますね。でも……。
「でも、遠藤は……優しいですよ……」
無意識に言葉が零れる。零れた自分の言葉に「ああ」と納得する。
そう、あいつは変人だし何考えているのか全然わかんねぇけど……それでも、俺の卑怯な逃げも目を背けたくなるような弱さも全部全部否定しないでくれる。受け入れてくれる。
「優しくて……優しすぎて……その優しさに甘えきっている自分が嫌になるぐらいなんです」
俺は何もあいつに語っていない。俺と結衣の間にある喪失もどうやっても消せない痛みも、恋心も俺の考えも何一つ言っていない。そのことで不安になることの方が多いだろうにそれでもあいつは俺の側にいる。全てを覚悟してそれを感じさせずどこまでも俺に都合のいいように笑って側にいてくれる。
俺は遠藤を数限りなく傷つけている。そしてそれは俺と遠藤が一緒にいる限り続いていく。
「……石崎くんは加奈ちゃんと一緒にいると辛い?」
遠藤母が静かに問いかけてくる。責めている風でなくただ本当に何気なく聞いてきた。
不意に泣きそうになった。
「…………俺は……」
目を閉じる。五月のあの日。桜の花びらの中で笑いながら俺にめちゃくちゃな告白してきた女の子。
滅茶苦茶で変人で行動も言動も俺の知っているどんな人間にも当てはまらない奴。
「俺は……遠藤といるのが……」
一緒にいると楽だった。俺を好きといいつつあいつは俺に何も求めなかったから。結衣を優先しても結衣がいてもあいつはそれを受け入れていたから。
だけど……いつからだろう。
あいつと一緒にいると笑うようになったのは?
怒って、笑って、楽しんで……結衣すら巻き込んで笑っていた俺がいて。
「申し訳なくなる時もある……いつかはちゃんとあいつと向き合わなきゃいけない。だけど」
あいつの想いにどう答えるのか決められないくせに今の状態があまりにも居心地がよすぎて動けなかった。そんな俺がこんなこと言うのはお門違いかもしれないけどそれでも思う。
「一緒にいたい、って思います。あいつが笑ってあいつが変なことしたら突っ込んでたまに一緒に笑ったりして……あいつと過ごすそんな些細な日常を俺は大切だ、って思ってます」
目を開いて真っ直ぐ思うがままを伝えた俺に遠藤の母は笑った。優しくて……そしてほんの少しだけ悲しげに見える笑顔だった。
それは自分の中にある思いを少しだけ形にできた秋の日の記憶。