七色の回廊!二つの願いがぶつかるとき
始まりの間を後にしたユウマたちは、七色の光に包まれた長い回廊へと足を踏み入れた。
壁も床も天井も、透き通った光でできている。回廊の両側には無数の扉が並び、その一つ一つに、誰かの大切な記憶が映し出されていた。
「ここが、第∞世界の心臓……七色の回廊か」
ユウマが周囲を見回す。
「きれいだけど、なんだか不思議な感じがするね」
ナナが壁に手を伸ばした。
すると、壁の中に故郷の村が映し出された。
そこでは、ナナが家族や友人たちと笑いながら過ごしていた。
「わあ……懐かしい!」
ナナが笑顔になった瞬間、映像の中のナナがこちらを振り返った。
『ナナ、帰ってきて。一緒に暮らそうよ』
「えっ?」
映像の中の人々が、次々にナナへ手を伸ばした。
『もう冒険なんてしなくていいよ』
『危険な旅は終わりにしよう』
『ここにいれば、ずっと幸せだよ』
ナナは思わず一歩前へ進みかけた。
「……でも、私はまだ旅を終わらせたくない」
彼女は小さく首を横に振った。
「みんなと過ごした時間は大切。でも、まだ見たことのない世界があるもの」
その言葉とともに、映像は七色の光となって消えた。
「今のは、心の中にある願いを映しているんだね」
アヤが気づいた。
「きっと、みんなにもそれぞれの映像が現れるんだ」
その予想は当たっていた。
ユウマの前には、仲間たちが誰一人欠けることなく笑っている世界が現れた。
アヤの前には、誰も失敗せず、誰も傷つかない世界。
レイの前には、あらゆる問題を事前に解決できる世界。
フィリアの前には、世界のすべてを理解し、どんな悲劇も防げる世界。
カナタの前には、過去に犯した過ちが一度も起こらなかった世界が映し出された。
そして、アステルとノアの前には、失われた記憶がすべて戻り、かつての仲間たちと再会できる世界が現れていた。
「これは……」
アステルは、映像の中のセレスを見つめた。
彼女は昔と同じ笑顔で手を振っている。
『アステル、もう一度みんなで暮らそう』
アステルの足が、自然と映像の方へ向いた。
「アステル、待って!」
ノアが声をかけた。
アステルは立ち止まった。
「分かっている。これは本当のセレスじゃない。でも……もう一度、話がしたいんだ」
「僕だって同じだよ」
ノアは隣に立った。
「失われた時間を取り戻したい。僕のことを忘れてしまった人たちにも、もう一度会いたい」
ノアは映像を見つめた。
「それでも、今の僕には、ここにいるみんなとの時間がある。過去を取り戻すために、今の仲間を危険にさらすわけにはいかない」
アステルは静かにうなずいた。
「そうだな。僕も、今の仲間と一緒に未来を作りたい」
二人が映像から離れると、その扉もまた、七色の光となって消えた。
しかし、回廊の奥へ進むにつれて、空気が少しずつ変わり始めた。
突然、床が揺れた。
七色の光が二つに分かれ、左右から別々の映像を映し出す。
片方には、すべての記憶を取り戻した世界。
もう片方には、すべての世界の境界が修復され、平和を取り戻した世界が映っていた。
だが、二つの映像は互いに反発し合い、回廊の中央に黒い亀裂が生まれていた。
「何が起きているんだ!?」
ハルが叫んだ。
そのとき、黒いマントの人物が回廊の奥に現れた。
「ようやく、ここまで来たか」
ユウマが前に出る。
「エリオ! 今度こそ、話を聞かせてくれ!」
人物は白い仮面に手をかけた。
ゆっくりと仮面が外される。
その下にあったのは、記憶の中で見た黒髪の少年の顔だった。
「……久しぶりだな、アステル」
エリオは静かに微笑んだ。
アステルは、しばらく言葉を失っていた。
「エリオ……本当に、君だったんだな」
「ああ。僕はずっと、この境界の奥にいた」
「どうして、こんなことをしたんだ? 黒い指輪を使って、世界を一つにしようとしたのか?」
エリオは首を横に振った。
「最初から、世界を支配するつもりなんてなかった。ただ、失われたものを取り戻したかったんだ」
エリオは二つの映像を指さした。
「僕が見た未来では、世界を守るために七色の光を完全に修復すると、記録から消えた人々の記憶が永遠に失われる可能性があった。一方で、すべての記憶を取り戻そうとすれば、境界が再び崩れる可能性があった」
「だから、どちらも諦められなかったんだね」
アヤが静かに言った。
「そうだ。僕は、誰も失いたくなかった。セレスも、かつての仲間も、そして世界そのものも」
エリオは拳を握った。
「でも、未来を観測するたびに、二つの願いは両立できないように見えた。だから僕は、世界を一つにまとめれば、失われた記憶も世界も同時に救えると思ったんだ」
「それで、みんなの意思まで失われてしまう未来を作ろうとしたのか?」
ユウマの問いに、エリオはうつむいた。
「……そうだ。僕は間違えた」
長い沈黙が流れた。
やがて、エリオは顔を上げた。
「だから、お前たちに確かめたかった。失われた記憶を諦めてでも、今ある世界を守るのか。それとも、危険を冒してでも、失われたものを取り戻すのか」
ユウマは二つの映像を見つめた。
どちらも、大切なものを守ろうとする願いから生まれている。
しかし、どちらか一つを選べば、もう一方を諦めることになる。
「……俺は、どちらか一つだけを選ぶつもりはない」
ユウマが答えた。
「失われた記憶も、今ある世界も、どちらも大切なんだ。だから、両方を守る方法を探す!」
「そんな方法があるのか?」
エリオが問い返す。
「まだ分からない。でも、分からないからって、最初から不可能だと決めつけたくないんだ」
ユウマは仲間たちを振り返った。
「みんなはどう思う?」
アヤが一歩前へ出た。
「私は、記憶を取り戻すことは大切だと思う。でも、今の自分たちの意思を失ってまで取り戻したいとは思わない」
ナナも続いた。
「過去の思い出は大切。でも、これから新しい思い出を作ることだってできるよ!」
「過去を変えることだけが、失われたものを救う方法ではないはずだ」
レイが言った。
フィリアは二つの映像を注意深く観察した。
「未来を映す装置は、今ある条件から可能性を計算しているだけ。新しい方法を試せば、これまで映らなかった未来が生まれるかもしれないわ」
「僕も、そう思う」
ノアがうなずいた。
「僕の名前が記録から消えていたとき、みんなは僕を探し出してくれた。過去の記録がなくても、今ここにあるつながりは消えなかったんだ」
カナタも前へ出た。
「俺は、過去の選択をなかったことにしようとした。でも、過ちを認めて新しい道を選ぶこともできた。エリオ、お前にも、その機会があるはずだ」
最後に、アステルがエリオの前へ進んだ。
「僕は君を責めたいわけじゃない。君が一人で苦しんでいたことも、失われたものを取り戻したかったことも分かる。でも、もう一人で決めないでくれ」
アステルは手を差し出した。
「今度は、僕たちと一緒に考えよう」
エリオは差し出された手を見つめた。
その表情が、わずかに揺らいだ。
「……本当に、まだ僕を仲間だと思ってくれるのか?」
「当たり前だろ!」
ユウマが答えた。
「ただし、これからは一緒に責任を持つんだ。間違えたら、みんなでやり直せばいい!」
エリオの目に、かすかな光が戻った。
その瞬間、二つの映像の間にあった黒い亀裂が、わずかに縮まった。
「見て!」
ミオが声を上げた。
亀裂の中から、小さな七色の光が現れた。
光は二つの映像を行き来しながら、少しずつ大きくなっていく。
だが、次の瞬間、回廊の奥から激しい振動が伝わってきた。
黒い指輪がエリオの手の中で突然輝き始めたのだ。
「なっ……! どうしてだ!?」
エリオが驚いて指輪を見つめる。
指輪から黒い霧が噴き出し、回廊の壁を覆い始めた。
「エリオ、指輪を離して!」
アステルが叫ぶ。
「違う、僕が何かをしたわけじゃない! 指輪が勝手に……!」
黒い霧の中から、別の声が響いた。
『記憶を取り戻したいのだろう?』
その声は、エリオの声にそっくりだった。
しかし、エリオ自身は青ざめて首を振った。
「違う……! これは僕じゃない!」
霧の奥に、もう一人のエリオが現れた。
その姿は同じ顔をしていたが、瞳は真っ黒で、表情には一切の温かさがなかった。
『迷う必要はない。すべてを一つにすれば、誰も失わずに済む』
「お前は何者だ!?」
ユウマが叫ぶ。
もう一人のエリオは、ゆっくりと笑った。
『私は、エリオが未来を恐れたときに生まれた願い。失うことを拒み、すべてを自分の思いどおりにしようとする心だ』
エリオは愕然とした。
「まさか……黒い指輪は、僕の恐れを取り込んでいたのか?」
『そうだ。お前が私を否定するたび、私は強くなった。お前が一人で抱え込むたび、私は世界を一つにする力を得た』
黒い霧が回廊全体へ広がっていく。
二つの映像が激しく揺れ、床の亀裂が再び大きくなった。
「みんな、離れないで!」
アヤが叫ぶ。
ユウマたちは互いに手をつなぎ、七色の光を守ろうとした。
エリオは黒い指輪を見つめた。
そして、震える声で言った。
「……僕は、ずっと自分の恐れを見ないようにしていたんだ」
彼はゆっくりと顔を上げた。
「でも、もう逃げない。僕の願いが間違った方向へ進んだのなら、僕自身が向き合わなければならない」
エリオが一歩前へ出る。
黒い霧の中のもう一人のエリオも、同じように一歩進んだ。
『私を消すことなどできない。私はお前自身なのだから』
「分かっている。だから、消そうとはしない」
エリオは静かに答えた。
「失うのが怖いという気持ちも、過去を取り戻したいという願いも、僕の中にある。でも、その気持ちに未来を決めさせることはしない!」
その言葉とともに、エリオの手から七色の光が広がった。
黒い霧が一瞬だけ後退する。
しかし、もう一人のエリオは不気味な笑みを浮かべた。
『ならば、最後の境界で証明してみせろ。お前たちの願いが、世界を救えるということを』
黒い指輪が激しく輝き、回廊の床に巨大な紋章が浮かび上がった。
紋章の中央には、残る二つの境界への道が示されている。
一つは、記憶を守る「記憶の泉」。
もう一つは、世界の境界を支える「白い指輪の祭壇」。
その二つの道は、まだつながっていなかった。
エリオは、ユウマたちを振り返った。
「僕も一緒に行かせてほしい。最後まで、自分のしたことに向き合いたいんだ」
ユウマは、迷わずうなずいた。
「ああ。一緒に行こう、エリオ」
アステルも手を差し出した。
「今度こそ、みんなで未来を選ぼう」
エリオはその手を握った。
七色の光が、再び回廊を照らし始める。
だが、二つの道の先には、まだ大きな謎が残されていた。
失われた記憶は、どこまで取り戻せるのか。
そして、白い指輪は、本当に元の姿へ戻れるのか。
答えを知るための最後の旅が、始まろうとしていた。
次回、「記憶の泉! セレスが残した最後の願い」
エリオを仲間に迎えたユウマたちは、失われた記憶が眠る泉へ向かう。そこで明らかになるのは、セレスが世界のために残した秘密。そして、七色の光を取り戻すために必要な、最後の約束だった――。




