記憶の泉!セレスが残した最後の願い
七色の回廊で二つに分かれた道。
ユウマたちは、世界をつなぐための手がかりを求めて、まず「記憶の泉」へ向かうことにした。
エリオも仲間たちと一緒に歩いていた。しかし、その表情には、まだ消えない不安が浮かんでいる。
「エリオ、まだ気にしているの?」
アヤが声をかけた。
「……ああ。僕がもっと早く、みんなに相談していれば。セレスの願いを正しく理解していれば、黒い指輪は生まれなかったかもしれない」
「過去を変えることはできない。でも、これから何をするかは選べるよ」
ユウマはまっすぐにエリオを見つめた。
「だから、一緒に進もう。最後までな」
エリオは少し驚いたあと、静かにうなずいた。
「ありがとう、ユウマ」
やがて一行は、巨大な水晶の洞窟へたどり着いた。
洞窟の中央には、透き通った水をたたえる泉があった。水面には空も星も映っていない。ただ、誰かの思い出のような光景が、次々と浮かんでは消えていた。
「ここが記憶の泉……」
ミオがそっと水面をのぞき込む。
すると、泉の奥から柔らかな声が響いた。
『七人の創造者よ。あなたたちが守ろうとしたものは、何ですか?』
「七人の創造者……」
レイがつぶやく。
その瞬間、水面に一人の女性が現れた。
長い銀色の髪。優しい瞳。そして、白い指輪を両手で包み込む姿。
「セレス!」
エリオが思わず叫んだ。
映像の中のセレスは、まだ若いエリオに向かって微笑んでいた。
『エリオ。もし、この記憶があなたに届いているのなら、きっとあなたは、また一人ですべてを背負おうとしているのでしょうね』
「セレス……」
エリオの声が震えた。
『あなたは、失うことを恐れていました。私も同じでした。世界が分かれているから、いつか大切な人たちが離れ離れになってしまう。そう考えていたのです』
映像の中で、セレスは白い指輪を見つめた。
『けれど、世界を一つにすれば、すべてを守れるわけではありません。違う世界には、それぞれの歴史があり、それぞれの人々の選択があります。それらを一つに押し込めてしまえば、守ったつもりで、その人たちの未来を奪ってしまう』
カナタは、以前に見た偽りの理想世界を思い出した。
誰もがそろって暮らしていたのに、誰一人として自分の意志で動いていなかった世界だ。
「だから、世界を分けたまま、つながる道を作ったんだね」
カナタの言葉に、セレスの映像がうなずくように揺れた。
『そうです。私たちが作った白い指輪は、世界を一つにするためのものではありません。違う世界に生きる人々が、互いを知り、助け合い、それでも自分たちの世界を大切にできるようにするためのものなのです』
その言葉が終わると、泉の水面に七色の光が走った。
しかし、七色のうち一つだけが、黒い影に覆われていた。
「まだ光が戻っていない……」
ソラがつぶやく。
すると、泉の底から小さな水晶の箱が浮かび上がってきた。
箱には、セレスの文字でこう刻まれていた。
『最後の願いは、記憶を取り戻すことではありません』
「えっ? どういうこと?」
ナナが首をかしげる。
エリオは箱に手を伸ばしかけたが、ためらった。
「僕はずっと、失われた記録や人々の記憶をすべて取り戻せば、元に戻せると思っていた。でも……それだけではないのか?」
「開けてみよう。きっと、その答えがある」
ハルに促され、エリオは箱を開いた。
中に入っていたのは、一枚の薄い光の結晶だった。
そこから、セレスの最後の映像が流れ始めた。
『記憶は、大切なものです。でも、記憶を取り戻すことを、誰かに強制してはいけません。忘れていたい人もいるでしょう。過去を知らずに、新しい人生を歩んでいる人もいるでしょう』
アステルとノアは、静かに耳を傾けていた。
『失われた記憶を取り戻す道は残してください。でも、その道を歩くかどうかは、一人ひとりが決めるのです』
フィリアが胸元に手を当てた。
「つまり、記憶を復元する力だけじゃなくて、選ぶ自由も守らなくちゃいけないのね」
「そうだ」とユウマが答えた。「世界を救うためだからって、誰かの気持ちを無視したら、僕たちが守りたいものを壊してしまう」
セレスの映像は、最後にエリオを見つめた。
『エリオ。あなたが失ったものを、すべて取り戻せるとは約束できません。それでも、あなたがこれから誰かと出会い、何かを選び、未来を作ることはできます。どうか、自分一人で世界を背負わないでください』
エリオは唇をかみしめた。
「僕は……セレスの願いを守るつもりで、逆のことをしていたんだな」
「今、その間違いに気づけたんだよ」
ルミがそっと言った。
そのとき、泉の水面が大きく揺れた。
黒い影が水中から伸び、エリオの足元にまとわりつく。
『それでも、お前はまた失う』
あの黒い影の声だった。
『仲間を信じても、世界を分けたままにしても、必ず誰かが消える。ならば、最初からすべてを一つにしてしまえばいい』
エリオの顔から血の気が引いた。
「……そうだ。僕は、また誰かを失うのが怖い」
黒い影は、エリオの姿をまねて立ち上がった。
『だったら、僕に任せろ。すべてを一つにすれば、もう別れなくて済む』
エリオは一歩後ずさった。
そのとき、ユウマが彼の隣に立った。
「失うのが怖いのは、エリオだけじゃない」
アヤも、ナナも、ハルも、ミオも、ソラも、ルミも、レイも、フィリアも、カナタも、アステルもノアも、次々とエリオのそばに集まった。
「僕たちだって、仲間と別れるのは嫌だよ」とナナ。
「でも、怖いからって、みんなの未来を決めつけるわけにはいかない」とカナタ。
「一緒にいられる方法を探せばいい。世界を無理やり一つにしなくてもね」とアヤ。
エリオは仲間たちを見回した。
黒い影は、苦しそうに揺らいだ。
「お前は僕の恐れだ。消えてしまえ!」
エリオが叫ぶと、影は一瞬、黒い霧になった。
しかし、すぐに元の姿へ戻ってしまう。
『消そうとする限り、僕は消えない。お前が僕を生み出したのだから』
「なら……どうすればいい?」
エリオは泉に向かって問いかけた。
セレスの声が、最後にもう一度響いた。
『恐れを消す必要はありません。恐れがあると認めたうえで、それでも誰かを信じること。それが、あなたにできる最後の選択です』
エリオは目を閉じた。
「僕は怖い。これからも、きっと怖い。でも……その恐れを理由に、みんなの選択を奪うことはしない」
黒い影は、すぐには消えなかった。
けれど、その輪郭が少しだけ薄くなり、エリオの足元から離れた。
影は泉のほとりに座り込むと、黙って水面を見つめた。
「消えたわけじゃないんだね」とミオ。
「うん。でも、今は僕を支配していない」
エリオは影から目をそらさずに答えた。
その瞬間、泉の中央から七色の光が立ち上った。
黒く覆われていた一色が、ほんのわずかに輝きを取り戻す。
そして、水晶の箱の底から小さな白い鍵が現れた。
鍵の持ち手には、白い指輪の紋章が刻まれていた。
「これは……?」
レイが鍵を手に取ると、泉の向こう側に隠されていた扉が姿を現した。
扉の向こうには、遠くそびえる白い祭壇が見えた。
「白い指輪の祭壇だ!」
ソラが声を上げる。
しかし、扉の表面には七つの鍵穴が並んでいた。
今、彼らが持っている鍵は一つだけ。
扉の上には、セレスの最後の言葉が浮かび上がった。
『世界をつなぐには、七つの光だけでなく、七つの意志が必要です』
「七つの意志……」
ユウマは仲間たちを見つめた。
これまで修復してきた境界。それぞれの試練で選び取った答え。そして、エリオがようやく認めた自分自身の恐れ。
それらすべてが、最後の祭壇へ続いているのだ。
「行こう。残りの答えを、みんなで見つけるんだ」
一行は白い鍵を手に、扉へと歩き出した。
その背後では、黒い影がまだ泉を見つめていた。
やがて影は、かすかな声でつぶやいた。
『……本当に、僕も一緒に進んでいいのか?』
その声を聞いたエリオは、足を止めた。
「もちろんだ。君も僕の一部だから。今度は、君の声も聞きながら進む」
黒い影は、初めて顔を上げた。
そして、ほんのわずかにうなずいた。
七色の回廊の奥で、白い指輪の祭壇が静かに光り始めていた。
しかし、七つの鍵穴のうち、残る六つはまだ閉ざされたままだった。
次回、「白い指輪の祭壇! 七つの意志を結ぶ試練」
白い祭壇にたどり着いたユウマたちを待っていたのは、七人の創造者が残した最後の仕掛けだった。世界を守るために必要なのは、全員が同じ答えを出すことなのか。それとも――。




