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名前を持たない庭園!消えた創造者の記憶

 忘却の図書館を後にしたユウマたちは、空中に浮かぶ七色の道を進んでいた。


 先ほどアステルの手の甲に現れた紋章は、今もかすかに輝いている。


「アステル、その紋章……痛くない?」


 アヤが心配そうに尋ねた。


「痛みはないよ。ただ、この紋章を見ると、誰かの声が聞こえてくるんだ」


「誰かの声?」


「ああ。でも、何を言っているのかまでは思い出せない」


 アステルは手の甲を握りしめた。


 ノアが隣に並ぶ。


「焦らなくていいよ。記憶が戻ったら、一緒に確かめよう」


「ありがとう、ノア」


 やがて、七色の道が途切れた。


 目の前に広がっていたのは、どこまでも続く美しい庭園だった。


 青い花が咲く池。銀色の葉を持つ大樹。空中を漂う小さな光の蝶。そして、地面から顔を出す透明な花々。


 しかし、不思議なことに、どの植物にも名前がなかった。


 花のそばには本来あるはずの札が立っているが、そこには何も書かれていない。


「ここが第五の境界、『名前を持たない庭園』なんだね」


 ナナが花びらにそっと触れた。


 その瞬間、花が淡い光を放った。


 ナナの目の前に、幼いころの自分が映し出された。


「これは……小さいころの私?」


 映像の中のナナは、知らない子どもと一緒に花壇へ水をまいていた。


 しかし、隣にいる子どもの顔だけが、白い霧に覆われている。


「誰なの、この子……?」


 ナナがつぶやくと、映像は消えてしまった。


「この庭園では、植物に触れると失われた記憶が映るのかもしれない」


 フィリアが考え込んだ。


「でも、どうして名前がないんだろう?」


 ルミが首をかしげた。


 そのとき、庭園の奥から小さな声が聞こえた。


「名前を呼んで……。私たちを、思い出して……」


 全員が振り返る。


 そこには、透明な体を持つ小さな妖精が立っていた。


 背中には七色の羽があるが、その羽の一部分だけが黒く染まっていた。


「君は誰なんだ?」


 ユウマが尋ねる。


 妖精は悲しそうに首を横に振った。


「分からないの。私の名前も、ここにいる花たちの名前も、みんな消えてしまったの」


「名前が消えたのは、黒い指輪のせい?」


 ソラが尋ねると、妖精はうなずいた。


「黒い指輪が世界の境界を変えたとき、この庭園からたくさんの名前が奪われたの。でも、一番大切な名前だけは、誰にも思い出せないの」


 アステルの紋章が突然、強く輝いた。


 妖精はアステルを見つめ、驚いたように目を見開いた。


「あなた……その紋章を持っているのね!」


「この紋章を知っているのか?」


「うん。でも、あなたの名前を呼ぼうとすると、頭の中が真っ白になるの……」


 アステルは息をのんだ。


 自分自身に関係する何かが、この庭園に残されている。


 そう確信した。


「どうすれば、記憶を取り戻せる?」


 アステルが尋ねる。


 妖精は庭園の中央にそびえる大樹を指さした。


「記憶の樹に、最後の記憶が眠っているの。でも、そこへ行くには、三つの名前を取り戻さなければならないの」


「三つの名前?」


「友情の名前、約束の名前、そして……別れの名前」


 妖精は最後の言葉を口にすると、悲しそうにうつむいた。


 ユウマたちは顔を見合わせた。


「よし! みんなで三つの名前を探そう!」


 ユウマが元気よく宣言した。


 最初に向かったのは、庭園の東側にある小さな花畑だった。


 そこには、一本だけ茎の長い白い花が咲いていた。


 アヤが近づくと、花の周りに小さな光が集まり始めた。


 そして、花の中から一人の少女の姿が浮かび上がった。


「あなたは……?」


 少女はアヤを見つめた。


「私は、誰かと約束したの。でも、その約束をした相手の名前が思い出せないの」


「どんな約束だったの?」


「世界がどんなに変わっても、必ずもう一度会おうって……」


 その言葉を聞いた瞬間、アステルが頭を押さえた。


「うっ……!」


「アステル!」


 ノアが駆け寄る。


 アステルの脳裏に、古い記憶がよみがえった。


 七色の光に満ちた庭園。


 幼い自分の隣に立つ、銀色の髪の少女。


 少女は小さな白い花を手にして、笑っていた。


『アステル、約束して。何があっても、みんなをつないでいてね』


 そして、別れ際にこう言った。


『いつか、私の名前を思い出して』


「……待ってくれ!」


 アステルが叫んだ。


「君は誰なんだ? 僕は、君を知っている!」


 だが、記憶はそこで途切れた。


 白い花が光り輝き、空中に文字が浮かび上がる。


『約束の名前――セレス』


「セレス……!」


 アステルがその名前を口にした瞬間、庭園全体が震えた。


 大樹の枝から七色の光が降り注ぎ、遠くの花々が次々に咲き始めた。


「一つ目の名前が戻ったんだ!」


 ハルが歓声を上げる。


 しかし、アステルは笑わなかった。


 セレスという名前を知っている。


 その確信はあるのに、彼女がどこへ行ったのか、なぜ自分の記憶から消えているのかが分からない。


「アステル。大丈夫?」


 アヤが声をかけた。


「ああ……。でも、僕はこの子に、何か大切なことを約束したんだ」


 次に彼らが訪れたのは、庭園の西側にある古い石橋だった。


 橋のたもとには、名前のない青い木が立っている。


 ユウマが幹に触れると、木の枝が揺れ、二人の少年の姿が映し出された。


 一人は幼いアステル。


 もう一人は、黒い髪の少年だった。


 二人は木の下で手を重ね、何かを誓い合っていた。


『世界をつなぐ力は、誰かを縛るためのものじゃない』


『そうだね。みんなが自分の道を選べるように、僕たちが守ろう』


 その声を聞いたアステルが、はっと顔を上げた。


「この少年……!」


 少年の顔は、やはりぼやけていた。


 けれど、その声には聞き覚えがあった。


 黒いマントの人物の声に、よく似ていたのだ。


 映像の中の少年が振り返る。


『アステル。もし僕のことを忘れても、約束だけは忘れないで』


 映像が消えると、青い木の幹に文字が浮かび上がった。


『友情の名前――エリオ』


「エリオ……」


 アステルは、その名前を何度も繰り返した。


 手の甲の紋章が、今までにないほど強く輝く。


 そして、彼の頭の中に、もう一つの記憶が流れ込んできた。


 白い指輪が完成した日。


 六人の創造者たちが集まり、それぞれの世界をつなぐ方法を話し合っていた。


 その輪の中に、セレスとエリオの姿があった。


 しかし、記憶の最後で、エリオは白い指輪を見つめながら、静かにこう言った。


『もし、七色の光が失われたら……僕は、すべての記録から消えることになる』


「どうして、そんなことを……?」


 アステルがつぶやいた。


 誰も答えられなかった。


 残る名前は、あと一つ。


 別れの名前だ。


 夕暮れの光が庭園を包み始めたころ、ユウマたちは中央の大樹へたどり着いた。


 樹の根元には、小さな扉があった。


 その扉には、三つのくぼみが並んでいる。


 二つのくぼみには、今取り戻した名前の光が宿っていた。


 最後のくぼみだけが、暗いままだった。


「ここに、別れの名前を入れればいいんだな」


 ユウマが言った。


 しかし、アステルは扉を見つめたまま動かなかった。


「どうしたの?」


 ノアが尋ねる。


「……分かったんだ」


 アステルの声が震えた。


「僕は、誰かを見送ったんだ。世界を守るために。その人が二度と戻れないと分かっていても……」


 彼の目から、一筋の涙がこぼれた。


「でも、その人の名前だけが、どうしても思い出せない」


 そのとき、大樹の枝が大きく揺れた。


 木の幹に、最後の記憶が映し出される。


 七色の光が黒く染まり始めた夜。


 アステルの前に、一人の人物が立っていた。


 その人物は、白い指輪を胸に抱きしめ、静かに笑っていた。


『アステル。みんなをお願いね』


「待ってくれ!」


 記憶の中のアステルが叫ぶ。


『僕は、君を忘れたくない!』


『大丈夫。いつか、きっと思い出してくれる』


 人物は振り返り、光の中へ歩いていった。


 その顔が見えそうになった瞬間、黒い霧が映像を覆い尽くした。


 大樹の幹に、たった一文字だけが残る。


 ――「エ」。


 忘却の図書館で見つけた文字と同じだった。


「やっぱり、エリオなのか……?」


 レイがつぶやく。


「いや……違う」


 アステルは首を横に振った。


「エリオは、あの少年は、僕と一緒にいた。だけど、この記憶の人物は……」


 言葉が続かなかった。


 そのとき、庭園にいた妖精が、突然悲鳴を上げた。


「大変! 黒い霧が戻ってきた!」


 空から黒い霧が降りてきて、庭園の花々を覆い始めた。


 せっかく戻った名前の光が、一つずつ消えていく。


「そんな! せっかく思い出したのに!」


 ナナが叫ぶ。


 ユウマは青い結晶を掲げた。


「みんな、手をつないで! 記憶を一緒に守るんだ!」


 アヤ、ナナ、ハル、ミオ、ソラ、ルミ、レイ、フィリア、カナタ、ノアが、次々に手をつないだ。


 アステルも、その輪に加わる。


 十人とアステル、ノアの思いが一つにつながった瞬間、青い結晶から七色の光が放たれた。


 黒い霧は押し戻され、庭園の花々が再び輝き始める。


 しかし、最後のくぼみは、まだ暗いままだった。


 大樹の奥から、聞き覚えのある声が響いた。


「思い出すな、アステル」


 黒いマントの人物の声だった。


「その名前を思い出せば、お前は真実を知る。真実を知れば、もう後戻りはできない」


 アステルは顔を上げた。


「それでも、僕は思い出す!」


 彼は大樹に向かって叫んだ。


「僕が忘れてしまった人を、もう一度この世界に取り戻すんだ!」


 その瞬間、最後のくぼみに小さな光がともった。


 文字が一つ、ゆっくりと浮かび上がる。


 ――「セ」。


 アステルは息をのんだ。


「セ……? まさか、あの人の名前は……!」


 しかし、名前の続きを読む前に、大樹の扉が閉じてしまった。


 庭園の中央に、次の境界を示す光が浮かび上がる。


『第六の境界――星のない天文台』


 妖精は、悲しそうにアステルを見つめた。


「次の場所へ行けば、きっと最後の記憶が見つかるよ。でも、気をつけて。星のない天文台には、未来を知ろうとした人たちの後悔が眠っているから……」


 ユウマは仲間たちを見回した。


「行こう。ここまで来たんだ。最後まで真実を確かめよう」


 アステルはもう一度、手の甲の紋章を見つめた。


 そこには、先ほどまでなかった小さな文字が刻まれていた。


 ――「セレスを守れ」。


 彼はその文字を指でなぞり、静かにうなずいた。


 忘れられた約束が、少しずつよみがえり始めていた。


次回、「星のない天文台! 未来を見た創造者」


 星が一つも輝かない天文台で、ユウマたちは過去と未来を映し出す不思議な望遠鏡を発見する。そこに映ったのは、黒い指輪が生まれる瞬間と、セレスの本当の願いだった――。

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