鏡の都市!もう一人のアヤ
青い結晶が淡く輝き、ユウマたちの目の前に巨大な門が姿を現した。
門の向こうに広がっていたのは、無数の鏡でできた不思議な都市だった。
建物の壁も、石畳も、街灯も、すべてが鏡のように光を反射している。空には二つの太陽が浮かび、一つは明るい金色、もう一つは冷たい銀色に輝いていた。
「ここが、三つ目の境界……『鏡の都市』か」
ユウマがつぶやいた。
アヤは手の中の青い結晶を見つめた。結晶の表面には、先ほど見えた少女の姿がまだ映っている。
自分とまったく同じ顔。
しかし、その瞳には仲間を信じようとする温かさがなく、冷たい笑みだけが浮かんでいた。
「アヤ、無理はしないでね」
ナナが心配そうに声をかける。
「うん。大丈夫。ちゃんと自分で向き合ってみる」
アヤはそう答え、門をくぐった。
その瞬間、背後で門が音もなく閉じた。
「えっ、門が……!」
ハルが振り返る。
しかし、そこにはもう門がなかった。鏡の壁がどこまでも続いているだけだった。
「どうやら、全員で試練に入ったみたいだな」
レイが周囲を警戒しながら言った。
「でも、街の様子がおかしいよ」
ミオが鏡張りの建物を指さした。
壁に映っているユウマたちは、実際の動きとわずかにずれていた。
ユウマが右手を上げると、鏡の中のユウマは左手を上げる。ソラが首をかしげると、鏡の中のソラはじっと正面を見つめたまま動かない。
「単なる反射じゃない……」
ソラが小さく息をのんだ。
すると、街の中央にある大きな広場から、澄んだ声が響いた。
「アヤ。ようこそ、私の街へ」
広場の中央に、一人の少女が立っていた。
アヤと同じ顔。同じ髪。同じ服。
ただし、表情だけが違っていた。
「あなたは……!」
「私は、もう一人のアヤ。あなたが心の奥に隠しているものを映し出した存在よ」
もう一人のアヤは、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「ねえ、アヤ。あなたは本当に仲間を信じているの?」
「もちろん!」
アヤは即座に答えた。
「ユウマも、ナナも、みんな大切な仲間だもの」
「本当に?」
もう一人のアヤが指を鳴らした。
すると、周囲の鏡が一斉に光り、いくつもの映像を映し出した。
最初の鏡には、ユウマたちが危険な魔法からアヤを守っている姿が映った。
次の鏡には、アヤが失敗して仲間に助けられている場面が映った。
さらに別の鏡には、ユウマたちがアヤを置いて先へ進んでいく姿が映し出された。
「あなたはいつも助けてもらっている。自分一人では何もできないと思っているんじゃない?」
「そんなこと……」
アヤは言いかけて、口を閉じた。
思い当たることがなかったわけではない。
仲間と旅をする中で、何度も助けられてきた。自分の判断が間違っていたこともある。誰かの力になりたいと思いながら、反対に守られることもあった。
それでも、仲間と一緒に歩いてきたことを後悔したことはない。
「アヤ、あの子の言葉を気にするな!」
ユウマが叫んだ。
「お前がどんな人間かは、俺たちが知っている!」
「そうよ!」
ナナも続いた。
「アヤは私たちのことを何度も助けてくれたじゃない!」
しかし、もう一人のアヤが手をかざすと、二人の声はガラスの壁に吸い込まれた。
「ここでは、ほかの人の声は届かない。あなた自身が答えを出さなければならないの」
アヤは唇をかんだ。
確かに、仲間を信じている。
けれど、自分自身を信じているかと聞かれたら、すぐに答えられない。
「あなたはユウマがいなければ何も決められない。ナナが励ましてくれなければ前に進めない。みんながいなければ、怖くて一歩も動けない」
もう一人のアヤは、静かに言葉を重ねた。
「だったら、いっそ私と一緒にここに残ればいい。誰も傷つかず、誰も失敗せず、誰にも迷惑をかけない世界で暮らしましょう」
広場の向こうに、鏡でできた美しい家が現れた。
その窓には、笑顔のユウマやナナたちが映っている。
みんなが笑い、誰も争わず、誰も苦しんでいない。
アヤは一瞬、その光景に引き寄せられそうになった。
だが、すぐに違和感を覚えた。
映像の中の仲間たちは、いつも同じ笑顔を浮かべていた。
ユウマは決して悩まず、ナナは決して怒らず、ハルもミオもソラも、何があっても同じ言葉を繰り返している。
「……これは、本当のみんなじゃない」
アヤは顔を上げた。
「みんなは失敗することもあるし、意見がぶつかることもある。私だって迷うし、間違えることもある」
「だからこそ、あなたは不安なんでしょう?」
「そうよ。不安になることはある。でも、不安だからって、仲間を信じていないわけじゃない!」
アヤの声が広場に響いた。
「それに、仲間を信じることと、自分で考えることは別じゃない。みんなに助けてもらうことがあっても、私が自分で選べることはある!」
もう一人のアヤの笑みが消えた。
「では、あなたは自分の選択が間違っていたとしても、信じられるの?」
「……間違えるのは怖いよ」
アヤは正直に答えた。
「選んだせいで、誰かを困らせるかもしれない。あとから後悔することだってあると思う」
彼女は一度、深く息を吸った。
「それでも、間違えたら認めて、みんなと一緒にやり直せばいい。最初から完璧じゃなくてもいいんだよ」
その瞬間、アヤの足元から淡い光が広がった。
鏡の石畳に細いひびのような光が走り、街中の鏡が一つずつ輝き始めた。
「なぜ……? どうして、あなたは迷いを消そうとしないの?」
もう一人のアヤが初めて動揺を見せた。
「迷いがあるから、考えられるんだよ。自分だけでは答えが見つからないとき、仲間に相談することもできる。それも私が選ぶことだから」
アヤは一歩、前へ進んだ。
「あなたは私の弱いところを映しているのかもしれない。でも、弱いところだけが私の全部じゃない!」
彼女が手を伸ばすと、もう一人のアヤも同じように手を伸ばした。
二人の指先が、鏡の表面で触れ合う。
パリン――!
大きな音とともに、鏡の表面に光の輪が広がった。
もう一人のアヤの姿が揺らぎ始めた。
「あなたは……私を否定しないの?」
「否定しないよ。あなたも私の一部なんでしょう?」
アヤは微笑んだ。
「怖がっている自分も、迷っている自分も、ちゃんと認めたい。だから、これからも自分で考えて進むよ」
もう一人のアヤは、しばらく彼女を見つめていた。
やがて、その表情から冷たい笑みが消え、ほんの少しだけ、本物のアヤと同じ優しい顔になった。
「……そう。それが、あなたの答えなのね」
少女の体が七色の光に包まれる。
光は細い糸となって空へ伸び、鏡の都市の中央にある塔へと吸い込まれていった。
その直後、ユウマたちの周囲を塞いでいた鏡の壁が消えた。
「アヤ!」
ユウマが駆け寄る。
「大丈夫か?」
「うん。もう平気」
アヤは少し照れくさそうに笑った。
「自分のことを、前より少しだけ信じられるようになった気がする」
「少しだけでも十分だよ!」
ナナがアヤの手を握った。
「これからも、一緒に考えていこうね」
「ああ。俺たちは仲間だからな」
ユウマも力強くうなずいた。
そのとき、塔の頂上から青白い光が降り注いだ。
広場の中央に、三つ目の境界を示す紋章が浮かび上がる。
そして、アヤの手の中にあった青い結晶が形を変え、新たな小さな結晶へと分かれた。
「三つ目の境界も、修復できたんだね」
ミオがほっとした声を上げる。
しかし、アステルは塔を見つめたまま、険しい表情を崩さなかった。
「いや……まだ終わっていない」
「どういうことだ、アステル?」
レイが尋ねる。
「見てくれ。塔の最上階に、誰かいる」
全員が空を見上げた。
塔の窓辺に、黒いマントをまとった人物が立っていた。
その人物は、こちらを見下ろしている。
やがて、窓の内側に白い仮面が現れた。
記憶を映す海で、七色の光を守っていたあの白い仮面の守護者と、よく似ていた。
「まさか、あの守護者が……?」
フィリアがつぶやいた。
黒いマントの人物は、アヤに向かって静かに手を振った。
次の瞬間、塔の窓が暗くなり、その姿は消えてしまった。
代わりに、塔の壁面に七色の文字が浮かび上がった。
『四つ目の境界――忘却の図書館。失われた名前を探せ』
「失われた名前……?」
ノアが息をのんだ。
その言葉を聞いた瞬間、アステルの顔から血の気が引いた。
「まさか……あの名前まで、消されていたのか」
「アステル、何を知っているんだ?」
ユウマが尋ねる。
しかし、アステルはすぐには答えなかった。
ただ、遠くに見える塔を見つめ、かすれた声でつぶやいた。
「忘却の図書館には、世界が生まれたときに記された、すべての名前が眠っている。もし、そこにあの人物の名前が残っているなら……黒い指輪を生み出した者の正体も、分かるかもしれない」
七色の光が、鏡の都市の空を静かに横切った。
残る境界は、あと三つ。
そして、彼らの旅は、いよいよ世界の始まりに隠された真実へと近づいていくのだった。
次回、「忘却の図書館! 消された名前の秘密」
すべての名前が記された図書館で、ユウマたちは誰かが意図的に消した一冊の本を発見する。そこに記されていたのは、アステルもノアも知らない、もう一人の創造者の名前だった――。




