忘却の境界!七人目の少年ノア
記録帳に浮かび上がった名前――ノア。
ユウマたちは、その文字をじっと見つめていた。
「七人目の仲間の名前は、ノアだったんだね」
アヤがつぶやくと、フィリアはゆっくりとうなずいた。
「ええ。でも、どうして私たちがノアのことを忘れてしまったのか、それがまだ分からないわ」
カナタは、黒いマントの人物の手元に目を向けた。
「あなたはノアを知っているんだろう? その星飾りは、ノアのものなんじゃないのか?」
人物は手のひらを開いた。
そこには、星の形をした小さな飾りがあった。
「これは、ノアが境界の中へ入る直前に残したものだ」
「だったら、あなたはノアの仲間だったの?」
ルミが尋ねた。
黒いマントの人物は、しばらく黙っていた。
「私は……ノアを救えなかった者だ」
その言葉には、長い年月を背負ったような重みがあった。
「名前を教えてくれないか?」
ユウマが尋ねた。
「今はまだ、その時ではない。私の名前を知れば、君たちは私を信じるか、疑うか、そのどちらかを選ぼうとするだろう。だが、今必要なのは、私を信じることではない。自分たちの目で真実を確かめることだ」
「……分かった。じゃあ、僕たちが自分で確かめる」
ユウマはそう答えた。
すると、記録帳の最後のページがまばゆく輝いた。
ページの上に、一本の道が描かれる。
その道の先には、星のない空と、地面から無数の時計が生えた不思議な世界があった。
そして、地図の下に文字が現れた。
『忘却の境界――失われた記憶が、帰る場所』
「ここが、第七の道の先にある世界か」
レイが地図をのぞき込む。
「時間と記憶が、普通の世界とは違う動きをしているようね」
フィリアが説明した。
「ここでは、忘れられたものが消滅するとは限らない。誰かの記憶から消えても、世界のどこかに残り続けることがあるの」
「それなら、ノアもそこにいるかもしれないんだね!」
ナナの顔に希望が戻った。
「そうだといいな」
ユウマは答えた。
「でも、ノアを見つけるだけじゃ終わらない。アステルを助ける方法も、黒い輪が黒くなった理由も、全部明らかにするんだ」
全員がうなずいた。
黒いマントの人物が手を掲げると、部屋の壁に新たな扉が現れた。
扉には、星飾りと同じ形の紋章が刻まれていた。
「この扉をくぐれば、忘却の境界へ行ける。ただし、一つだけ覚えておいてほしい」
「何だ?」
ユウマが尋ねた。
「この世界では、自分が忘れているものだけでなく、自分が忘れたと思い込んでいるものにも出会う。目の前に現れた記憶が、すべて真実とは限らない」
「つまり、幻に惑わされるなってことだね」
ハルが確認した。
「そうだ。特に、名前を呼ばれたときは気をつけろ」
その言葉に、カナタの表情が曇った。
以前、彼はアステルの名前を思い出せず、黒い輪に頼ってしまった。
今度こそ同じ過ちを繰り返したくなかった。
「大丈夫だ。僕はみんなと一緒に進む」
カナタが言うと、ユウマは彼の肩に手を置いた。
「一緒に行こう、カナタ」
* * *
扉が開くと、冷たい風が吹き抜けた。
その先には、奇妙な世界が広がっていた。
空は薄い灰色で、太陽も月もない。地面には無数の時計が並び、針の動きはそれぞれ違っていた。
ある時計は未来へ進み、別の時計は過去へ戻り、針がまったく動かない時計もあった。
「わあ……。こんな世界、初めて見たよ」
ミオが驚きながら周囲を見渡す。
「地面に時計が生えてるなんて、どうなってるんだ?」
ソラが近くの時計をのぞき込んだ。
その時計の文字盤には、数字の代わりに人の名前が刻まれていた。
ユウマ、アヤ、ナナ、ハル、ミオ、ソラ、ルミ、レイ、フィリア、カナタ。
そして、アステル。
最後の名前を見つけたユウマが、思わず声を上げた。
「みんな、これを見てくれ!」
時計の針は、アステルの名前を指したところで止まっていた。
「アステルの記憶が、ここに残っているのかもしれない」
レイが時計に触れようとした、そのときだった。
カチッ。
止まっていた針が動いた。
同時に、時計の文字盤から小さな光が飛び出し、道の先へと向かっていった。
「あっ、待って!」
ナナが追いかけようとする。
「待つんだ!」
ユウマが呼び止めた。
光は少し先で止まり、ゆっくりと人の姿に変わった。
銀色の髪。
見覚えのある服。
そして、仲間たちが何度も夢に見た、あの穏やかな瞳。
「アステル……!」
ルミが叫んだ。
そこに立っていたのは、間違いなくアステルだった。
しかし、彼は仲間たちを見ても笑わなかった。
むしろ、驚いたように後ずさった。
「どうして、君たちがここにいるんだ?」
「アステル! 迎えに来たんだ!」
ユウマが駆け寄る。
ところが、アステルは首を横に振った。
「来ちゃ駄目だ! ここにいたら、みんなの記憶まで消えてしまう!」
「そんなことはさせない!」
ユウマは叫んだ。
「僕たちは君を助けに来たんだ。もう一人で境界を守る必要なんてない!」
アステルは、苦しそうに目を伏せた。
「……ユウマ。君たちは、まだ何も知らないんだ」
「何を知らないっていうんだ?」
アステルは答えようとした。
しかし、その瞬間、地面に並んだ時計が一斉に鳴り始めた。
カチ、カチ、カチ、カチ――。
空に巨大な文字が浮かび上がる。
『忘れられた者が帰還した』
『境界の再構築を開始する』
「何だ、これは!?」
ハルが空を見上げた。
地面に亀裂が走り、時計が次々に光り始める。
アステルはユウマたちに背を向けた。
「ごめん……。僕は、君たちのところへ戻れない」
「どうしてだよ!」
ユウマが叫ぶ。
アステルは振り返らずに答えた。
「僕が戻れば、第∞世界のすべての道が閉じてしまうからだ」
その直後、アステルの足元から黒い輪が現れた。
輪の中心には、七つの星が並んでいる。
そのうち六つは淡く輝いていた。
しかし、七つ目の星だけは、深い闇に包まれていた。
アステルはその星を見つめ、震える声でつぶやいた。
「ノア……。君は、まだここにいるのか?」
ユウマたちは顔を見合わせた。
ノアの名前を口にした瞬間、空の向こうから、少年の声が響いた。
『アステル。今度こそ、僕を忘れずにいてくれる?』
アステルは目を見開いた。
そして、世界全体を揺るがすような光が、七つ目の星からあふれ出した。
次回、「再会したアステル! 七つ目の星の目覚め」
ついにアステルと再会したユウマたち。しかし、彼が戻れば第∞世界の道が閉じてしまうという。さらに、ノアの声が七つ目の星から響き始めた。二人を救う方法は、本当に存在するのだろうか?




