銀髪の少年の正体と最後の約束
まばゆい光に包まれた白い塔。
悠真、アヤ、ナナ、ハル、ミオ、ソラ、そしてルミの七人は、三つ目の扉の向こうに立っていた。
目の前には、銀色の髪をした少年がいる。
少年は、ゆっくりと振り返った。
「……ルミ」
その声を聞いた瞬間、ルミの瞳から涙がこぼれた。
「あなたは……誰なの?」
少年は悲しそうに微笑んだ。
「やっぱり、僕の名前は思い出せないんだね」
「ごめんなさい……。あなたのこと、大切な人だったって感じるのに、名前だけがわからないの……」
「謝らなくていいよ。君が僕の名前を忘れたのは、僕たちが約束したことだから」
少年が手を差し出すと、二人の周囲に小さな星が浮かび上がった。
星の光が集まり、遠い日の光景を映し出す。
そこは、忘却の星がまだ美しく輝いていたころの白い塔だった。
幼いルミと銀髪の少年は、塔の庭で星の世話をしていた。
「ねえ、ルミ。この星たちは、どうして光っていると思う?」
「みんなの願いがあるから!」
「それも正解。でも、もう一つあるんだ」
少年は、空に浮かぶ星を指さした。
「誰かが誰かを大切に思った記憶。それが星の光になるんだよ」
幼いルミは、目を輝かせた。
「じゃあ、私たちがずっと友達だったら、この星もずっと光るの?」
「うん。だから、約束しよう。どんなことがあっても、誰かの大切な記憶を守るって」
二人は小指を結んだ。
映像が変わる。
今度は、空が紫色に染まった夜だった。
忘却の星が激しく明滅し、無数の記憶が空から落ちていた。
少年は、巨大な星の祭壇の前に立っていた。
「このままじゃ、第∞世界の記憶が消えてしまう……!」
幼いルミは、少年の手を握った。
「一緒に助けよう!」
「でも、星の力を取り戻すには、誰かが自分の存在を世界の記録から切り離さなければならないんだ」
「そんなの嫌だよ!」
ルミは首を横に振った。
「別の方法を探そうよ。二人でなら、きっと見つけられる!」
少年は、しばらく黙っていた。
そして、ルミの頭にそっと手を置いた。
「ルミ。君には、これからもたくさんの人と出会ってほしいんだ。笑ったり、悩んだり、誰かを助けたりしてほしい」
「あなたはどうするの?」
「僕は……星を守るよ」
少年は、祭壇へ向かって歩き始めた。
ルミは必死に追いかけた。
「待って! 名前を教えて! あなたの名前を忘れたくない!」
少年は振り返り、優しく微笑んだ。
「いつか、君が本当に大切なことを思い出したとき、きっと名前も思い出せるよ」
その瞬間、紫色の光が二人を包み込んだ。
映像はそこで途切れた。
「私……あのとき、あなたを止められなかったんだね……」
ルミは、震える声でつぶやいた。
銀髪の少年は、静かにうなずいた。
「君は僕を止めようとした。でも、最後には僕の選択を尊重してくれた。そして、僕が世界から消えたあと、君も自分の記憶を封じたんだ」
「どうして、私まで……?」
「僕のことを覚えていれば、君はいつか必ず僕を探しに来る。そうなれば、君自身が危険にさらされるかもしれなかったから」
ルミは、ぎゅっと手を握りしめた。
「でも、私はあなたを忘れたくなかった……!」
「わかっているよ」
少年は、ルミの前に立った。
「だから、君が再びここへ来てくれたことが、僕はうれしいんだ」
悠真たちは、二人を静かに見守っていた。
やがて、悠真が一歩前に出た。
「君が、忘却の星に自分の記憶を託した人なんだね?」
「そうだよ」
少年は悠真たちに向き直った。
「僕は、この星の守り人だった。名前も、姿も、僕が生きた記録も、世界から失われた。でも、みんなの記憶が消えてしまわないように、星の中で守り続けてきたんだ」
「それなら、君の記憶も取り戻せるんじゃないの?」ナナが尋ねた。
「可能性はある。でも、僕一人の記憶を戻すだけでは、忘却の星は完全には元に戻らない」
「どういうこと?」ミオが聞いた。
少年は、塔の奥に浮かぶ紫色の星を見上げた。
「星が弱っている本当の原因は、世界中から集められた記憶の一部が、行き場を失ってしまったことなんだ。楽しい記憶も、悲しい記憶も、誰かに伝えられなかった言葉も、すべてがここに集まっている。でも、記憶を守る仕組みが壊れかけている」
「つまり、君を思い出すだけじゃ足りないんだね」ソラが言った。
「その通りだよ」
少年はうなずいた。
「みんなには、星の奥にある『記憶の源』を目覚めさせてほしい。そのためには、三つの鍵だけではなく、最後に必要なものがある」
「それは何ですか?」アヤが尋ねた。
少年は、ルミを見つめた。
「ルミが、もう一度、自分の意志で選ぶことだよ」
ルミは驚いた。
「私が……?」
「そう。僕を思い出したからといって、昔の約束に縛られる必要はない。君は君自身の未来を選んでいいんだ」
ルミは、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「私は……あなたとの約束を守りたいです。でも、それは昔と同じことを繰り返すという意味ではありません」
ルミは仲間たちを見た。
「私はこの旅で、たくさんのことを学びました。過去を大切にすること。今できることを選ぶこと。そして、未来は自分たちで作っていくこと」
悠真たちは、笑顔でうなずいた。
「だから、今度は一人で星を守ろうとしないでください」
ルミは少年に向かって手を差し出した。
「私たち七人で、一緒に守りましょう」
少年は、目を見開いた。
そして、ゆっくりとその手を取った。
その瞬間、二人の足元から紫色の光が広がった。
塔全体が輝き始め、空に浮かぶ記憶の光が、少しずつ正しい場所へ戻っていく。
「これは……!」ハルが声を上げた。
「ルミの選択が、星に届いたんだ!」悠真が言った。
祭壇の奥から、一つの小さな結晶が現れた。
結晶の中には、銀色の光が宿っている。
少年はそれを手に取った。
「これが、記憶の源へ続く最後の道しるべだよ」
「これで、忘却の星を元に戻せるの?」ナナが尋ねた。
「まだ、最後の問題が残っている」
少年の表情が曇った。
「星を弱らせているものは、ただの故障ではない。誰かが、記憶の流れを意図的に止めようとしているんだ」
悠真は、門の前で出会った黒いローブの人物を思い出した。
「その人物が、星を弱らせたの?」
「それは、まだわからない。けれど、記憶の源へ進めば、真実が明らかになるはずだ」
少年は結晶を悠真に渡した。
「どうか、気をつけて。記憶の源には、世界が忘れようとしているものだけでなく、世界そのものが忘れてはならないものも眠っているから」
悠真は、結晶を大切に受け取った。
「わかった。必ず真実を確かめるよ」
そのとき、ルミが少年の方へ向き直った。
「最後に、一つだけ聞いてもいいですか?」
「もちろん」
「あなたの名前を、教えてください」
少年は、少しだけ困ったように笑った。
「僕の名前は……」
しかし、名前を告げようとした瞬間、塔の奥から黒い光が噴き出した。
ドォォォン!
床が揺れ、記憶の光が一斉に乱れ始めた。
少年はルミの手を離し、祭壇へ振り返った。
「しまった……! 記憶の源が、何者かに侵食されている!」
空中に巨大な黒い影が現れた。
その影は、七人を見下ろすように広がり、低い声で告げた。
『忘れられた記憶を、再び世界へ戻すわけにはいかない』
「誰だ!」悠真が叫んだ。
黒い影は答えず、記憶の源へと伸びていく。
少年は、銀色の結晶を指さした。
「急いで! 記憶の源へ行くんだ! 星が完全に閉ざされる前に!」
悠真たちは、仲間同士でうなずき合った。
ルミは少年を振り返った。
「必ず、また会いましょう!」
少年は笑顔でうなずいた。
「うん。今度こそ、続きを話そう」
七人は、結晶が示す光の道へ駆け出した。
その背後で、白い塔の星々が次々と黒い影に覆われていく。
忘却の星を救うための、最後の試練が始まろうとしていた。
そして、ルミが忘れていた少年の名前は、まだ明かされていない。




