ルミの失われた記憶と星の守り人
忘却の星へ続く白い塔。
悠真、アヤ、ナナ、ハル、ミオ、ソラ、そしてルミの七人は、光に包まれた入口をくぐり、塔の内部へと足を踏み入れた。
そこには、壁も床も透き通った水晶でできた不思議な空間が広がっていた。
天井には無数の星が浮かび、足元には七人の姿が鏡のように映し出されている。
しかし、そのうちルミの姿だけは、時折、ぼんやりと消えかけていた。
「ルミ、大丈夫?」アヤが心配そうに声をかけた。
「はい……。でも、さっきから頭の中に、知らないはずの光景が浮かんでくるんです」
「どんな光景なの?」ミオが尋ねた。
「白い塔と、大きな紫色の星。それから……誰かが私の手を握っているんです」
ルミは自分の手を見つめた。
「その人の顔は見えません。でも、私にとって、とても大切な人だった気がします」
悠真は、ルミを安心させるようにうなずいた。
「焦らなくていいよ。少しずつ確かめていこう」
「ありがとう、悠真」
七人が塔の奥へ進むと、正面に大きな扉が現れた。
扉には、七つの星の模様が刻まれている。
その中央には、こんな文字が浮かんでいた。
『忘れられた名前を呼ぶ者よ。失われた約束を思い出せ』
「名前を呼ぶ……?」ナナがつぶやいた。
「誰の名前を呼べばいいんだろう?」ハルが首をかしげる。
すると、扉の向こうから優しい声が響いた。
『ルミ』
ルミがはっと顔を上げた。
『おかえり、ルミ』
「この声……!」
ルミは扉に駆け寄った。
「あなたは誰なの? どうして私の名前を知っているの?」
声は答えなかった。
代わりに、扉の表面に一つの映像が浮かび上がった。
そこには、まだ幼かったルミが映っていた。
幼いルミは、白い塔の庭で、銀色の髪をした少年と一緒に星を眺めていた。
「わあ……きれい!」
『うん。あの星は、みんなの記憶を守っているんだよ』
『じゃあ、悲しい思い出も守っているの?』
『もちろん。楽しい思い出だけが大切なわけじゃないからね』
少年は笑顔で答えた。
『いつか、この星が困ったときは、僕たちが助けよう』
幼いルミは、力いっぱいうなずいた。
『約束だよ!』
映像が途切れた。
ルミは目を見開いたまま、しばらく動けなかった。
「私……この場所を知っています」
「今の男の子は誰なの?」ソラが尋ねた。
ルミは首を横に振った。
「わかりません。でも、あの約束をしたことは、確かに覚えています」
そのとき、扉の中央に文字が浮かんだ。
『彼の名前を思い出せ』
ルミは必死に考えた。
銀色の髪。優しい声。星を見上げる横顔。
けれど、名前だけがどうしても思い出せない。
「どうして……? こんなに大切な人なのに……」
ルミの目に涙が浮かんだ。
ナナがそっと隣に立った。
「大丈夫。今すぐ思い出せなくても、私たちが一緒に探すよ」
「うん。七人でここまで来たんだからね!」ハルも力強く言った。
「それに、記憶がなくても、ルミがその人を大切に思っていたことは伝わってくるよ」ミオが微笑んだ。
アヤとソラもうなずいた。
悠真は扉を見つめた。
「ルミが一人で思い出さなきゃいけないわけじゃない。僕たちも手伝うよ」
ルミは涙をぬぐった。
「みんな……ありがとう」
七人が扉の前に並ぶと、七つの星の模様が一斉に輝き始めた。
すると、扉がゆっくりと開いた。
その向こうには、巨大な円形の部屋が広がっていた。
部屋の中央には、紫色の星を模した祭壇がある。
祭壇の前には、黒いローブをまとった人物が立っていた。
「ようやく来たか」
忘却の星の門で出会った人物だった。
「あなたは、ルミのことを知っているんですね?」悠真が尋ねた。
「知っているとも。彼女は、かつてこの星を守るために選ばれた者の一人だからな」
「この星を守るために……?」
人物はうなずいた。
「忘却の星は、ただ記憶を保管する場所ではない。第∞世界に存在する記憶の流れを守り、失われた記録をつなぎ直す役目を持っている」
「それなら、どうしてルミは自分の記憶を失ったんですか?」アヤが尋ねた。
人物は、祭壇に浮かぶ紫色の星を見上げた。
「星が消えかけた日、世界を覆うほどの記憶の嵐が起きた。過去も現在も未来も、すべてが混ざり合い、世界の境界が崩れ始めたのだ」
七人は息をのんだ。
「そのとき、ルミともう一人の守り人が、星を救うために力を合わせた。だが、星を守るには大きな代償が必要だった」
ルミは震える声で尋ねた。
「その代償って……何ですか?」
「二人のうち、一人が世界の記憶から消えなければならなかった」
部屋が静まり返った。
「そして、もう一人は、その人物の記憶を抱えたまま、世界へ戻ることになった」
悠真は、ルミを振り返った。
「それじゃあ……」
「そうだ。ルミは、自分にとって最も大切な人物の記憶を失うことを選んだのだ」
ルミの瞳が揺れた。
「私が……自分で選んだ……?」
その瞬間、祭壇から一筋の光が伸び、ルミの胸元を照らした。
ルミの周囲に、いくつもの記憶の断片が浮かび上がる。
幼いころのルミ。
銀色の髪の少年。
二人で星を守る練習をした日。
そして、星が崩れかけた夜。
映像の中で、少年はルミの手を握っていた。
『ルミ、僕のことは忘れてもいい』
『そんなの嫌! 一緒に星を守るって約束したじゃない!』
『約束は消えないよ。たとえ名前を忘れても、君が誰かを守ろうとする心は残る』
少年は、最後に優しく笑った。
『だから、いつかまた会えたら、そのときはもう一度、友達になってくれる?』
映像が消えた。
ルミは、その場に膝をついた。
「私……あの人と約束したんだ……」
悠真たちは、何も言わずにルミのそばに寄り添った。
しばらくして、ルミはゆっくりと立ち上がった。
「私は、あの人の名前を思い出したい。でも、それだけじゃありません」
ルミは祭壇を見つめた。
「あの人が守ろうとした世界を、今度は私たちで守りたいんです」
その言葉に反応して、祭壇の紫色の星が大きく輝いた。
黒いローブの人物は、静かにうなずいた。
「その気持ちこそ、忘却の星が求めていたものだ」
すると、祭壇の下から一冊の本が現れた。
本の表紙には、銀色の文字でこう記されている。
『忘却の星・最後の記録』
悠真が本を開こうとした瞬間、黒いローブの人物が手を伸ばして制止した。
「待て。その本を開けば、消えた守り人の記録が明らかになる。しかし、記録を読み解くには、最後の試練を越えなければならない」
「最後の試練?」ソラが聞き返した。
「そうだ。お前たちが、記憶を守るとはどういうことなのか、本当の意味で理解しているかを確かめる試練だ」
祭壇の前に、三つの扉が現れた。
一つ目の扉には「忘れたい記憶」。
二つ目の扉には「取り戻したい記憶」。
三つ目の扉には「まだ知らない記憶」と書かれている。
「どの扉を選ぶかで、試練の内容が変わる」人物が説明した。
「でも、どれか一つだけなんですか?」ミオが尋ねた。
「最初に選ぶ扉は一つだ。選んだ先で何を学ぶかは、お前たち次第だ」
悠真たちは三つの扉を見比べた。
忘れたい記憶。
取り戻したい記憶。
まだ知らない記憶。
どれも大切な意味を持っている。
悠真は仲間たちに尋ねた。
「みんなは、どう思う?」
ナナは「取り戻したい記憶」の扉を見つめ、ハルは「忘れたい記憶」の扉を気にしている。
ミオとソラは、三つの扉を慎重に観察していた。
アヤはルミの隣に立ち、静かに言った。
「ルミの失われた記憶を取り戻すことだけが、目的じゃないよね。忘却の星が何を守っているのか、それも考えなきゃ」
ルミはうなずいた。
「はい。どの扉を選んでも、みんなで考えて進みたいです」
悠真は、三つ目の扉に目を向けた。
「まだ知らない記憶……。僕は、そこに未来への手がかりがある気がする」
そのとき、三つ目の扉の向こうから、懐かしい声が聞こえた。
『ルミ、待っていたよ』
ルミの目が大きく見開かれた。
「この声……!」
扉の向こうで、誰かがゆっくりとこちらへ近づいてくる。
そして、扉の隙間から銀色の光があふれ出した。
黒いローブの人物が、静かに告げた。
「選ぶときが来た。忘却の星が隠してきた最後の真実は、その扉の向こうにある」
悠真は仲間たちを見回し、深く息を吸った。
「みんな、準備はいい?」
七人は、力強くうなずいた。
悠真が三つ目の扉に手をかける。
カチリ。
扉が開き始めた。
その向こうに見えたのは、銀色の髪をした少年の後ろ姿だった。
少年はゆっくりと振り返ろうとしていた。
ルミは、震える声でその名を呼ぼうとした。
しかし、声になる直前、部屋全体がまばゆい光に包まれた。
――次回、ルミと消えた守り人の再会へ。




