忘却の星の門と消えた七人目の記憶
明日が生まれない街を出発した悠真、アヤ、ナナ、ハル、ミオ、ソラ、そしてルミ。
七人の手元には、過去・現在・未来を示す三つの記憶の鍵がそろっていた。
目指すのは、第∞世界の境界に眠る忘却の星。
未来の時計が動き出したことで、星の地図には新しい道が浮かび上がっていた。
「この道をまっすぐ進めば、忘却の星の門に着くはずです」ルミが地図を指さした。
「いよいよだね。ここまで長かったなあ」ナナが空を見上げた。
「でも、謎の人物は『すべての記憶が戻るとは限らない』って言っていたよね」ミオが心配そうに言った。
「ああ。忘却の星には、まだ僕たちの知らない秘密があるんだ」悠真は三つの鍵を確かめた。
「どんな秘密でも、みんなで調べれば大丈夫!」ハルが胸を張った。
「そうだね。でも、何が起きても勝手に行動しないで、必ず相談しよう」アヤが念を押した。
「もちろん!」ソラも力強くうなずいた。
七人は石畳の道を進み、霧に包まれた谷を越え、星明かりの森を抜けた。
そして夕暮れどき、ついに巨大な門へとたどり着いた。
門は黒い石でできており、表面には無数の星が刻まれている。
その中央には、三つの鍵と同じ形をしたくぼみがあった。
「ここが、忘却の星の門……」悠真が息をのんだ。
ルミが静かに説明した。
「この門の向こう側には、世界中の記憶が集まっていると伝えられています。人々の思い出だけではありません。失われた町の歴史や、誰にも語られなかった約束、そして忘れられた人々の記録も……」
「忘れられた人々?」ソラが聞き返した。
「はい。誰かの記憶から消えてしまっても、その人が生きた証まで消えるわけではありません。その証を守る場所が、忘却の星なのです」
悠真は、記憶の大図書館で聞いた話を思い出した。
忘却の星の力が弱まったとき、ある人物が自分の記憶を星に託した。
その代わりに、その人物の存在は世界の記録から消えてしまったのだ。
「その人は、どうして自分のことを忘れさせたんだろう……」ナナがつぶやいた。
「何かを守るためだったのかもしれないね」アヤが答えた。
悠真は三つの鍵を門のくぼみに差し込んだ。
青い鍵が過去を照らし、銀色の鍵が現在を照らし、紫色の鍵が未来を照らす。
ゴオオオオ……!
巨大な門が震え、星の模様が次々と輝き始めた。
やがて、門の中央に白い光の道が現れた。
「開いた!」ハルが叫んだ。
しかし、七人が一歩踏み出そうとした瞬間、門の奥から声が響いた。
『忘却の星へ入る者よ。お前たちは、何を取り戻しに来た?』
悠真は門を見上げた。
「僕たちは、忘却の星に何が起きたのかを知りたいんです。そして、失われた記憶を守りたい」
『失われた記憶を守るということは、すべての記憶を取り戻すということではない』
「どういう意味ですか?」ミオが尋ねた。
『思い出すことで、悲しみがよみがえる者もいる。忘れたことで、再び歩き始めた者もいる。記憶を守る者は、その両方を知らなければならない』
七人は顔を見合わせた。
「私たちは、誰かに無理やり記憶を思い出させたいわけじゃない」アヤが門に向かって言った。
「ただ、その人が何を守ろうとしたのかを知りたいんです」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、門の奥から返事があった。
『ならば、進むがよい』
七人は光の道へ足を踏み入れた。
その先に広がっていたのは、空も地面も星の光でできた不思議な世界だった。
空には、無数の光の玉が浮かんでいる。
それぞれの光の中には、誰かの記憶が映し出されていた。
子どもが初めて歩いた日の記憶。
家族が食卓を囲んで笑った記憶。
旅人が遠い土地で出会った人々の記憶。
そして、もう誰も覚えていない古い町の記憶。
「こんなにたくさんの記憶が……」ナナが感嘆の声を上げた。
「世界中の思い出が、ここに集まっているんだね」ソラが言った。
すると、ルミの足元に小さな光が落ちてきた。
光の中には、幼い子どもが誰かと手をつないで歩く姿が映っていた。
「この子……どこかで見たことがあるような……」
ルミは不思議そうに光を見つめた。
「ルミ、知っている人なの?」ミオが尋ねた。
「いいえ。でも、なぜか懐かしい気がするんです」
そのとき、光の中の人物がこちらを向いた。
顔はぼんやりとしていて、はっきりとは見えない。
しかし、その人物はルミに向かって、確かにこう言った。
『やっと会えたね』
ルミは思わず一歩下がった。
「今の声……!」
光は小さく震えたあと、消えてしまった。
「大丈夫?」悠真が尋ねる。
「はい……でも、私には何か大切な記憶があるような気がします。思い出そうとすると、霧がかかったようになってしまうんです」
その瞬間、遠くの星空に紫色の光が走った。
七人が振り向くと、巨大な白い塔がそびえ立っていた。
塔の頂上には、紫色の星が浮かんでいる。
忘却の星だった。
「行きましょう。あの塔に、答えがあるはずです」悠真が言った。
七人は白い塔へ向かって歩き始めた。
しかし、塔へ続く橋の前で、黒い影が行く手をふさいだ。
影はゆっくりと人の形になり、黒いローブをまとった人物へと変わった。
その人物は、七人を見つめて静かに告げた。
「ここから先へ進む前に、お前たちに見せなければならないものがある」
「あなたは誰ですか?」悠真が尋ねた。
人物は答える代わりに、手をかざした。
すると、橋の上に七つの光が浮かび上がった。
悠真、アヤ、ナナ、ハル、ミオ、ソラ、そしてルミ。
七人それぞれの姿が、光の中に映っている。
だが、そのうちの一つだけが、突然黒く染まった。
それは――ルミの光だった。
「えっ……?」ルミが目を見開いた。
黒いローブの人物が、ゆっくりと口を開いた。
「お前たちは、六人と一人で旅をしていると思っているだろう。しかし、ルミの記憶には、決して触れてはならない秘密が封じられている」
「ルミに何をしたんだ!」悠真が声を上げた。
「私が封じたのではない。彼女自身が選んだのだ」
その言葉に、ルミの顔から血の気が引いた。
「私が……自分で?」
人物は、白い塔の頂上を指さした。
「忘却の星が生まれた日、世界から消えたのは一人だけではなかった」
七人は息をのんだ。
「消えた人物の名は――」
人物が名前を告げようとした瞬間、塔の頂上の星が激しく輝いた。
世界全体が大きく揺れ、無数の記憶の光が空へと舞い上がる。
そして、ルミの頭の中に、知らないはずの声が響いた。
『ルミ。もし私のことを忘れても、あなたはあなたの道を歩いて』
ルミは頭を抱えた。
「この声……知っている……!」
黒いローブの人物が叫んだ。
「いけない! 記憶が戻り始めている!」
白い塔の扉が、ひとりでに開いた。
その奥から、誰かがルミの名前を呼んでいた。
ルミは震える声でつぶやいた。
「私……あの人に、会ったことがある……」
悠真はルミの隣に立ち、仲間たちにうなずいた。
「みんな、行こう。ルミの記憶も、忘却の星の秘密も、僕たちで確かめるんだ」
七人は、光に包まれた塔の入口へと足を踏み出した。
その先で待っているのは、忘却の星が隠し続けてきた真実。
そして、ルミ自身も知らなかった、遠い日の約束だった。




