明日が生まれない街と白紙の未来
時の止まった市場を後にした七人は、三つ目の記憶の鍵を求めて歩き続けていた。
悠真の荷物には、過去の記憶を示す青い鍵と、現在の記憶を示す銀色の鍵が大切にしまわれている。
残る鍵は、未来への記憶。
謎の人物が告げた次の目的地は、**「明日が生まれない街」**だった。
「明日が生まれないって、どういうことなんだろう?」ナナが尋ねた。
「今日がずっと続いている街なのかな?」ミオが考え込む。
「それなら、毎日同じ夕食になるのかな……」ハルがつぶやいた。
「ハルは食事の心配ばかりだね」ソラが笑った。
「だって、未来への希望には、おいしいごはんも必要だろ?」
「それは否定できないかも」アヤもくすりと笑った。
ルミは、紫色の星が描かれた地図を広げた。
「この先に、長い橋があります。その橋を渡った先に街があるはずです。ただし、未来の記憶が眠る場所ですから、何が起きるかはわかりません」
「みんな、慎重に進もう」悠真が言った。
七人は森を抜け、深い谷に架かった石橋へとたどり着いた。
橋の向こうには、白い壁と青い屋根を持つ美しい街が見える。
しかし、街の上空には不思議なことに雲が一つもなく、太陽も月も見当たらなかった。
空には、真っ白な光だけが広がっていた。
橋を渡って門をくぐると、七人はさらに奇妙な光景を目にした。
街の人々は普通に歩いている。店も開いているし、子どもたちは広場で遊んでいた。
ところが、街の掲示板には、どこを見ても同じ日付が書かれていた。
『第∞暦・六月二十日』
「この街、日付が変わっていないのかな?」ミオが尋ねた。
そのとき、広場にいた少女が七人に気づき、駆け寄ってきた。
「旅の人たちですか?」
「そうだよ。僕たちは悠真。君の名前は?」悠真が答えた。
「私はミナ。ようこそ、明日が生まれない街へ!」
ミナは笑顔で迎えてくれたが、その表情にはどこか寂しさがあった。
「この街では、明日になることができないの?」
アヤの質問に、ミナはうなずいた。
「そうなの。もうずっと、六月二十日のまま。朝が来て、お昼になって、夜になる。でも、次の日には進めないの」
「どうして?」ナナが尋ねた。
「三年前、街の中央にある『未来の時計』が止まってしまったから。それ以来、誰も明日を迎えられなくなったの」
「未来の時計……。それが三つ目の鍵と関係しているのかもしれない」ルミが言った。
ミナは少し驚いた顔をした。
「あなたたち、未来の時計を直しに来たの?」
「僕たちは、未来への記憶の鍵を探しているんだ」悠真が説明した。
すると、ミナはしばらく黙ったあと、小さな声で話し始めた。
「だったら、お願いがあるの。時計を直す前に、私の話を聞いてくれる?」
七人はうなずいた。
ミナは街の外れにある小さな家へ案内してくれた。
そこには、机の上にたくさんの紙が積まれていた。どの紙にも、絵や文字が書かれている。
「これは、私が毎日書いている日記なの」
ミナは一冊の日記を開いた。
『六月二十日。今日もお母さんと市場へ行った』
次の日のページにも、同じ文章が書かれていた。
『六月二十日。今日もお母さんと市場へ行った』
その次も、そのまた次も、まったく同じだった。
「最初は、いつか日付が変わるって信じていたの。でも、何度書いても同じ一日が繰り返される。だんだん、何を書けばいいのかわからなくなっちゃった」
ミナは、机の隅に置かれた真っ白なノートを取り出した。
「これは、私が未来のために買ったノート。いつか大人になったらやりたいことを書こうと思っていたの。でも……」
ノートには、一文字も書かれていなかった。
「明日が来ないのなら、未来のことを考えても意味がないのかなって」
その言葉を聞き、悠真たちは顔を見合わせた。
過去の記憶の部屋で聞いた言葉が、悠真の胸によみがえる。
――違う考えがあるからこそ、新しい道が見つかる。
そして、時の止まった市場で学んだこと。
――今できることを選び、行動する。
悠真は、ミナの真っ白なノートを見つめた。
「ミナ。未来がまだ来ていなくても、今からできることはあるんじゃないかな?」
「今から……?」
「うん。例えば、明日やりたいことを、今日から準備することだってできるよ」
アヤも続けた。
「未来が決まっていないからこそ、自分で選べることもあると思う」
「でも、もし本当に明日が来なかったら?」
ミナの問いに、すぐには誰も答えられなかった。
やがて、ソラが静かに口を開いた。
「それでも、今日のミナがやりたいことは、今日から始められるよ」
ミナは、真っ白なノートをじっと見つめた。
そして、机の引き出しから鉛筆を取り出した。
最初のページに、ゆっくりと文字を書き始める。
『いつか、お母さんと一緒に、街の外の海を見に行きたい』
書き終えた瞬間、ノートのページが淡い紫色に輝いた。
「わあっ!」
ナナが声を上げた。
ノートから小さな光の粒が飛び出し、窓の外へと向かっていく。
光は街の中央にある時計塔へ吸い込まれていった。
そのとき、遠くから大きな音が響いた。
ゴーン……。
止まっていたはずの時計塔が、一度だけ鐘を鳴らしたのだ。
「今の音、聞こえた?」ハルが驚いた。
「未来の時計が反応したんだ!」悠真は立ち上がった。
七人はミナと一緒に時計塔へ向かった。
塔の扉は固く閉ざされていたが、ミナがノートを掲げると、扉の中央に紫色の模様が浮かび上がった。
やがて、重い扉がゆっくりと開いた。
内部には、巨大な時計がそびえ立っていた。
その文字盤には、数字が一つもない。
針もなく、歯車も動いていなかった。
ただ、中央に白い本が浮かんでいた。
「未来の記憶……」ルミがつぶやいた。
悠真が本に近づこうとした、その瞬間。
バサッ!
本のページが勢いよくめくれた。
そこに映し出されたのは、七人が見知らぬ場所に立っている姿だった。
悠真、アヤ、ナナ、ハル、ミオ、ソラ、そしてルミ。
全員が紫色の星を見上げている。
その星の前には、あの謎の人物が立っていた。
ページの中の悠真が、何かを叫んでいる。
しかし、声は聞こえない。
次の瞬間、映像が真っ白になった。
「これって、僕たちの未来なの?」悠真が尋ねた。
「わかりません……」ルミは慎重に答えた。「未来の記憶は、必ず起こる出来事とは限らないのかもしれません」
白い本から、低く不思議な声が響いた。
『未来を知りたいか』
七人は息をのんだ。
『未来を知れば、失敗を避けられるかもしれない。悲しい出来事を防げるかもしれない。しかし、未来を知ることで、選べなくなる道もある』
ページに、二つの光が浮かび上がった。
一つは、七人が笑顔で旅を続ける未来。
もう一つは、七人が別々の道へ進み、二度と会えなくなる未来。
「どちらかを選べということ?」ナナが不安そうに尋ねた。
すると、白い本は静かに答えた。
『どちらも、まだ決まっていない』
悠真は、二つの光を見つめた。
「だったら、僕たちは選ばない」
「悠真?」アヤが振り返った。
「未来がどうなるか、今ここで決めつけたくないんだ。僕たちが何をするかで、これからの道は変わるはずだから」
悠真の言葉に、仲間たちはうなずいた。
「私も、みんなと相談しながら進みたい!」ナナが言った。
「僕も! 未来のことを心配しすぎて、今を楽しめなくなるのは嫌だな」ハルが続けた。
「未来を知ることより、未来に向かって何をするかが大事なんだね」ミオが微笑んだ。
「どんな未来になっても、みんなで考えて進んでいこう」ソラが言った。
アヤはミナの方を向いた。
「ミナも、これからどうしたいか、自分で決めていいんだよ」
ミナはノートを胸に抱きしめた。
「私……明日が来るのを待つだけじゃなくて、今日からできることを始めたい」
その瞬間、白い本がまばゆい光を放った。
時計の文字盤に、一本の針が現れる。
そして、白い本の中から、紫色の鍵がゆっくりと浮かび上がった。
鍵には「未来」と刻まれていた。
「三つ目の鍵だ!」ハルが歓声を上げた。
悠真が紫色の鍵を手にすると、青い鍵、銀色の鍵、紫色の鍵が共鳴した。
三つの光が重なり合い、時計塔の天井に巨大な星の地図が映し出された。
そこには、第∞世界の境界に輝く「忘却の星」が描かれている。
さらに、その星のすぐそばに、小さな文字が浮かび上がった。
『三つの記憶を集めし者よ、忘却の星へ至る道を開け』
その直後、星の地図に黒い影が現れた。
黒い影は、忘却の星を覆い隠すように広がっていく。
そして、聞き覚えのある声が響いた。
「ついに三つの鍵がそろったか」
紫色のローブをまとった謎の人物だった。
「次に進めば、すべての記憶が戻るとは限らない。お前たちは、それでも進むのか?」
悠真は仲間たちを見回した。
アヤも、ナナも、ハルも、ミオも、ソラも、そしてルミも、しっかりとうなずいている。
「進むよ。僕たちは、忘却の星に何が起きたのかを知りたい。そして、失われた記憶を守る方法を見つけたいんだ」
謎の人物は、しばらく黙っていた。
やがて、かすかにうなずいた。
「ならば来るがいい。忘却の星の門で待っている」
映像が消えると、三つの鍵は一つの光となり、時計塔の奥へと伸びていった。
その光の先には、星空のような模様が描かれた扉が現れていた。
ミナは、真っ白だったノートを開いた。
最初の願いの下に、新しい一文を書き加える。
『明日が来たら、お母さんにこの願いを話そう』
書き終えた瞬間、時計塔の針がもう一度動いた。
カチリ。
街の掲示板の日付が、初めて変わった。
『第∞暦・六月二十一日』
「明日が……来た!」ミナは目を輝かせた。
時計塔の外から、人々の歓声が聞こえてくる。
七人は、笑顔でその声に耳を傾けた。
過去を受け止め、現在を生き、未来を自分たちの手で切り開く。
三つの記憶の鍵は、確かにそろった。
しかし、忘却の星を覆う黒い影の正体は、まだわからない。
そして、星の門の向こうには、七人が想像もしなかった真実が待ち受けていた。
悠真は三つの鍵を握りしめ、仲間たちとともに、忘却の星へ続く扉を見つめた。
――次回、ついに忘却の星の門が開く。




