館長の日記とエマの約束
思い出博物館の奥にある、小さな部屋。
悠真たち六人とリクは、机の上に置かれた黒い手帳と、一枚の古い写真を見つめていた。
写真には、リクのお母さんであるエマと、博物館の制服を着た男性が写っている。
「この男性が館長なのかな?」
悠真が尋ねると、リクは写真をじっと見つめた。
「わからない。でも、この人を見ると、何か大切なことを思い出せそうな気がするんだ」
「だったら、この日記を読んでみよう!」
ハルが黒い手帳を開いた。
最初のページには、几帳面な文字でこう書かれていた。
『今日、エマが博物館を訪ねてきた。彼女は、ここに保管されている思い出を、もっと多くの人に見せたいと言っていた』
ナナが続きを読み上げる。
『しかし、私は反対した。人の思い出には、楽しいものだけでなく、悲しいものもある。すべてを公開すれば、誰かを傷つけてしまうかもしれないからだ』
「館長さんは、みんなを守りたかったのかな?」
ミオが首をかしげた。
「そうかもしれないね。でも、まだ続きを読まないとわからないよ」
アヤがページをめくった。
そこには、数年前の日付とともに、こんな文章が記されていた。
『エマは、自分の思い出をこの博物館に預けたいと言った。彼女は、自分が忘れられてしまうことを恐れていたのではない。むしろ、自分がいなくなったあとも、息子のリクが前を向いて歩けるようにしたいのだと言った』
「お母さんが……僕のために?」
リクの声が震えた。
ソラがそっと隣に立つ。
「リクくん。きっと、君のことを大切に思っていたんだね」
リクはうなずいた。
悠真がさらにページをめくると、最後のほうに、別の文字が書かれていた。
『私はエマと約束した。彼女の思い出を大時計に預け、いつかリクが成長したときに、自分の力でその思い出を見つけられるようにしようと』
そして、その下には、文字を消したような跡があった。
「ここだけ、何かが消されている……」
ナナが指でそっと示した。
ミオが手帳を光にかざすと、消された部分に薄い文字が浮かび上がった。
『だが、私は約束を守れなかった。私は恐れてしまったのだ。大時計が持つ力を』
その瞬間、部屋の奥からカタン、と音がした。
壁の一部が動き、細い通路が現れた。
「こんなところに隠し通路が!」
ハルが目を丸くした。
通路の入口には、小さなプレートが取り付けられていた。
**【館長室――最後の記憶】**
「行ってみよう」
悠真の言葉に、全員がうなずいた。
通路の先には、古い机と本棚が並ぶ部屋があった。
机の上には、銀色の小箱が置かれている。
リクが近づくと、小箱のふたに刻まれた文字が淡く光った。
**『エマからリクへ』**
「これ……僕への贈り物だ」
リクは小箱を手に取った。
しかし、ふたは開かなかった。
箱の側面には、短い文章が刻まれていた。
**『大切な人の言葉を思い出したとき、箱は開く』**
「大切な人の言葉……」
リクは目を閉じた。
星空の下で聞いた歌。
博物館で迷子になったときのこと。
帰り道に手をつないで歩いたこと。
いろいろな思い出が浮かんでは消えていく。
「お母さんは、いつも僕に何かを言ってくれていた。でも……最後の言葉が思い出せないんだ」
「ゆっくりでいいよ」
アヤが優しく声をかけた。
「みんなで一緒に思い出そう」
そのとき、悠真は、先ほど大時計に映し出された光景を思い出した。
「リクくん! お母さんは、こう言っていなかった?」
悠真は、覚えている言葉をゆっくりと口にした。
「『もし、いつか大切なことを忘れてしまっても、心配しないでね』って」
リクは目を見開いた。
「そうだ……! そのあと、お母さんは……!」
彼の脳裏に、懐かしい光景がよみがえった。
幼いリクが、エマの手を握っている。
エマはしゃがみ込み、リクの目を見て微笑んでいた。
『リク。思い出せない日があっても、あなたが誰かを大切にしたことまで、なくなるわけじゃないのよ』
『本当?』
『本当よ。だから、忘れることを怖がらないで。新しい思い出を、たくさん作っていってね』
リクの頬を涙が伝った。
「お母さん……!」
カチリ。
銀色の小箱が開いた。
中に入っていたのは、一枚の手紙と、小さな星形のペンダントだった。
リクは震える手で手紙を広げた。
『リクへ。
この手紙を読んでいるあなたは、きっと大きくなったのでしょうね。
私は、あなたがどんな大人になっているのか、想像するだけでうれしくなります。
もし私のことを忘れてしまっても、自分を責めないでね。
あなたが笑った日も、泣いた日も、誰かを助けた日も、その一つ一つがあなたの人生を作っていくのだから。
どうか、これからもたくさんの人と出会い、あなた自身の物語を歩いていってください。
いつでも、あなたの幸せを願っています。
エマより』
手紙を読み終えたリクは、しばらく何も言えなかった。
やがて、彼は顔を上げた。
「僕、お母さんのことを全部思い出せなくても……大丈夫なんだね」
「うん」
悠真がうなずいた。
「思い出せたことも、これから作る思い出も、どっちも大切なんだよ」
その言葉に、リクは笑顔を見せた。
すると、星形のペンダントが光り始めた。
博物館の大時計から、温かな光が部屋へと流れ込んでくる。
壁に、最後の文字が浮かび上がった。
**【第三の記憶、解放】**
博物館のあちこちで鐘の音が響き、展示品の説明書きが次々と元に戻っていった。
人々は自分の思い出を取り戻し、互いに笑顔で語り合っている。
リクはペンダントを胸に抱いた。
「ありがとう、みんな。僕、これからもお母さんとの思い出を大切にしながら、新しい思い出を作っていくよ」
「それがいいね!」
ハルがにっこり笑った。
ところが、そのときだった。
大時計の文字盤に、見たことのない文字が浮かび上がった。
**【警告――博物館の外に、まだ戻っていない記憶が一つあります】**
「えっ? まだ終わっていないの?」
ミオが驚く。
続いて、博物館の入口にある扉がひとりでに開いた。
外から、一羽の白い鳥が飛び込んできた。
鳥はリクの肩にとまり、足に結ばれた小さな紙片を落とした。
そこには、たった一行だけ書かれていた。
**『館長は、まだ自分の名前を思い出していない』**
リクは顔を上げた。
「館長……。あの写真の男性のことだ!」
悠真たちは、もう一度、机の上の写真を見つめた。
エマの隣に立つ男性。
彼はいったい誰で、なぜ自分の記憶を失ってしまったのだろうか。
思い出博物館の最後の謎は、まだ解けていなかった。




