存在しない差出人
「この手紙の差出人は、空の郵便町には存在しない……」
悠真は、郵便局の記録帳に書かれた一文を見つめていた。
「存在しないって、どういうこと?」とアヤ。
郵便配達員のピピは、古い記録帳をめくった。
「実は、この町には特別な決まりがあるんです。どんな手紙にも、差出人と届け先が必要です。でも、この手紙だけは、何百年も前から記録がありません」
「何百年も!?」ハルが目を丸くした。
ナナは封筒の星形の印を指で示した。
「でも、この印には何か意味がありそうだよ」
その瞬間、星形の印が青く光った。
すると、封筒から一枚の小さな紙片が飛び出した。
紙片には、見知らぬ住所が書かれていた。
【雲の果て 第七番地】
「雲の果てって、どこなの?」とミオ。
ピピの表情が変わった。
「そんな場所があるなんて……。郵便局の地図にも載っていません」
ソラが窓の外を指さした。
「でも、あそこを見て!」
町の向こうに広がる雲海。その遥か彼方に、小さな黒い点が浮かんでいた。
点は次第に大きくなり、やがて古びた家の姿になった。
屋根には小さな郵便受け。
玄関には、星形の飾り。
そして、窓には一人の老人が立っていた。
老人は六人に気づくと、ゆっくり手を振った。
「もしかして、あの人が差出人なのかな?」と悠真。
「行ってみよう!」とアヤが元気よく答えた。
ピピは空飛ぶ郵便船を用意してくれた。
六人は手紙を大切に持ち、雲の果てへ向かった。
しばらくして、郵便船は古い家の前に着陸した。
老人が玄関の扉を開ける。
「よく来てくれたね」
「こんにちは! この手紙について何か知っていますか?」悠真が尋ねた。
老人は封筒を見ると、懐かしそうに目を細めた。
「その手紙は、ずっと待っていたものだよ」
「えっ! じゃあ、あなたが差出人なんですか?」
老人は首を横に振った。
「いや。私は、この手紙を届けてもらうのを待っていたんだ」
六人は驚いた。
「でも、宛先も差出人もないんですよ?」とナナ。
老人は家の中へ案内した。
部屋の壁には、たくさんの写真が飾られていた。
そこには、若いころの老人と、小さな女の子が写っている。
二人は並んで笑っていた。
「この子は、私の孫のユイだよ」
老人は一枚の写真を手に取った。
「ユイは昔、私に手紙を書いてくれたんだ。でも、恥ずかしくなって、渡せないまま遠くの町へ引っ越してしまった」
「それが、この手紙?」とハル。
「そうかもしれないね。でも、封筒を見ても、ユイの字かどうか分からないんだ」
悠真は、そっと手紙を差し出した。
「開けてみませんか?」
老人はうなずき、封筒を開いた。
中には、短い文章が書かれていた。
【おじいちゃんへ。
あの日、いっしょに星を見てくれてありがとう。
わたしが困ったとき、いつも話を聞いてくれてありがとう。
大きくなったら、今度はわたしがおじいちゃんを笑顔にするね。
いつまでも元気でいてね。】
老人は、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと笑った。
「そうか……。あの子は、こんなことを思ってくれていたんだね」
「ユイさんは、今どこにいるんですか?」とミオ。
老人は窓の外を見た。
「遠い町で暮らしていると聞いたよ。もう長いこと会っていないけれど、元気にしているだろう」
そのとき、手紙の最後に新しい文字が浮かび上がった。
【ありがとうを伝えたかった人へ、手紙は届きました】
家の中が、星のような光で満たされた。
郵便局の巨大な時計が、遠くで鐘を鳴らした。
ゴーン……。
「間に合ったんだ!」とソラ。
ピピから預かった時計の知らせによると、残り時間はあと数分だった。
老人は手紙を胸に抱き、六人に深く頭を下げた。
「ありがとう。これで、私もあの子に伝えられる気がするよ。私からも、ありがとうとね」
その瞬間、手紙の封筒に新しい文字が刻まれた。
【配達完了】
郵便船で町へ戻る途中、悠真は不思議そうに封筒を見つめていた。
「でも、結局、差出人は誰だったんだろう?」
ピピが微笑んだ。
「もしかしたら、手紙を書いた人だけが差出人とは限らないのかもしれませんね」
「どういうこと?」とアヤ。
「受け取る人が、その言葉を大切にしてくれたとき、手紙は初めて完成するのかもしれません」
ハルは大きくうなずいた。
「手紙って、ただ届けるだけじゃないんだね!」
郵便局へ戻ると、巨大な時計の針が正常な向きに動き始めていた。
そして、郵便局の奥に、新しい扉が現れた。
扉には、こう書かれていた。
【次の物語――「思い出をなくした博物館」】
悠真たちは顔を見合わせた。
「今度は博物館か……!」
ナナが笑った。
「どんな思い出が待っているんだろうね」
六人はピピに別れを告げ、新しい扉へと歩き始めた。
そのころ、雲の果ての家では、老人がもう一度手紙を読み返していた。
そして、机の引き出しから一枚の白い便箋を取り出した。
「今度は、私から手紙を書こう」
老人はペンを手に取り、ゆっくりと書き始めた。
宛先には、はっきりと名前が記されていた。
ユイへ。
こうして、一通の宛先のない手紙が、新しい手紙を生み出したのだった。




