時計塔に隠された笑顔
「……助けて」
時計塔のてっぺんから聞こえた小さな声に、悠真たちは顔を見合わせた。
「今の声、子どもの声だったよね?」とナナ。
「うん。急いで助けに行こう!」とアヤが時計塔の扉に手をかけた。
ハルが金色の鍵を差し込むと、カチリと音がして扉が開いた。
中には、上へと続く螺旋階段があった。壁には、この街の昔の様子を描いた絵が並んでいる。
花を売る人。広場で遊ぶ子どもたち。パンを焼く職人。そして、大勢の人々が笑い合っている絵。
「昔は、みんな本当に楽しそうだったんだね」とミオ。
「この街にも、たくさんの物語があったんだ」とハルは絵を見つめた。
六人は階段を上り続けた。
やがて、一番上の部屋にたどり着いた。
そこには、古びた大時計と、小さな男の子がいた。男の子は時計の歯車のそばに座り、うつむいていた。
「君が助けを呼んだの?」とソラが尋ねた。
男の子は小さくうなずいた。
「ぼくは、この時計塔の番人なんだ。でも、みんなの笑顔を守ろうとしていたら、時計を止めてしまったんだ……」
「どうして、笑顔を守ることが時計を止めることにつながったの?」と悠真。
男の子は、胸元から小さな銀色の歯車を取り出した。
「この時計は、街の人たちの笑顔で動いているんだ。でも、悲しんでいる人がいると、ぼくはその悲しみをなくそうとした。誰にも悲しい思いをしてほしくなかったから」
「それで、悲しいことが起きないように、時計を止めたの?」とナナ。
「うん。時計が止まれば、街の時間も止まる。そうすれば、誰も悲しい思いをしないと思ったんだ……」
男の子の目には涙が浮かんでいた。
アヤは、そっと男の子の隣に座った。
「誰にも悲しい思いをしてほしくないって気持ちは、よく分かるよ。でもね、悲しいときに誰かがそばにいてくれることも、大切なんじゃないかな」
ナナもうなずいた。
「悲しい気持ちを、無理に消さなくてもいいんだよ。話を聞いてもらうだけで、少し安心できることもあるから」
ミオは、窓の外に広がる街を指さした。
「見て。さっき、花屋のおばあさんが子どもたちに花を渡しているよ。パン屋さんも、焼きたてのパンをみんなに配っている」
ソラは、街から聞こえてくる人々の声に耳を澄ませた。
「笑い声だけじゃない。話し声も、歌声も、いろんな音が聞こえる。どれも、この街に必要な音だよ」
ハルは男の子の手を取った。
「悲しい日があっても、うれしい日があっても、みんなで一緒に暮らしていこうよ。ひだまり町も、そうやって少しずつできていったんだ」
男の子は、窓の外を見た。
広場では、さっきまで笑えなかった人たちが、互いに声をかけ合っている。
花屋のおばあさんは、子どもたちに昔の思い出を話していた。
パン屋の主人は、失敗して形が崩れたパンを見せて、みんなを笑わせていた。
その光景を見て、男の子の口元が少しだけ緩んだ。
「……ぼくも、みんなと話してみたい」
その瞬間だった。
銀色の歯車が、男の子の手の中で輝き始めた。
大時計の内部から、カチリ、カチリと音が響く。
「動き始めた!」とミオが叫んだ。
長い針がゆっくりと進み、時計塔の鐘が鳴り響いた。
ゴーン……。
その音は街全体に広がり、人々が一斉に空を見上げた。
止まっていた時間が、再び動き始めたのだ。
男の子は涙をぬぐい、今度ははっきりと笑った。
「ありがとう。ぼく、やっと分かったよ。街で一番大切な笑顔は、誰かを悲しませないために作る笑顔じゃない。みんなと一緒にいられるって思えたときに生まれる笑顔なんだね」
時計塔の壁に、金色の文字が浮かび上がった。
【第二の世界――第三の物語、笑顔】
さらに、大時計の下から一枚の地図が現れた。
地図には街の外れにある大きな湖が描かれ、その中央には小さな島が記されていた。
島の名前は――【忘れられた約束の島】。
その下には、こう書かれていた。
【次の物語を始めるには、誰かが忘れてしまった約束を見つけなければならない】
「また新しい冒険が始まるんだね」と悠真。
「今度は、どんな約束なんだろう?」とナナが首をかしげた。
ハルは地図を大切そうに抱えた。
「忘れられた約束か……。きっと、誰かがずっと待っているんだ」
アヤは笑顔でうなずいた。
「よし、みんなで湖へ行こう!」
六人は時計塔を降り、笑顔を取り戻した街の人々に見送られながら、湖への道を歩き始めた。
そのころ、湖の中央にある島では、誰もいないはずの古い灯台に、小さな明かりがともっていた。
そして、暗い水面に、誰かの声が響いた。
「……約束、覚えているよね?」
――忘れられた約束の島で、次の物語が待っている。




