まだ何者でもない者
新しく生まれた世界の中央にある大きな木。
その枝から伸びた道を、悠真たちは歩いていた。
先頭には、まだ名前のない小さな光。
「僕は……何になればいいんだろう?」
光が何度も呟く。
悠真は答えを急がなかった。
「何者かにならなくてもいいんじゃない?」
「え?」
「今はまだ、分からないままでいい」
光は少し考える。
「分からないままでも……ここにいていい?」
「もちろん」
すると光が、ほんの少し明るくなった。
道の先には、三つの大きな門があった。
一つ目には、
【なる】
二つ目には、
【探す】
三つ目には、
【まだ決めない】
と書かれている。
子どもが言った。
「三つから選ぶの?」
悠真は首を横に振った。
「たぶん、選ばなくてもいい」
すると四つ目の小さな門が現れた。
そこには――
【ただ、いる】
と書かれている。
光が驚いた。
「そんな道もあるんだ」
「うん」
悠真が答える。
「何者かになる前に、まず『ここにいる』ことも大切だから」
光は四つの門を見つめた。
やがて三つの門の前を通り過ぎ、四つ目の門へ進んだ。
「僕は……今は、ただここにいたい」
門が静かに開く。
その向こうには、何もない広場があった。
光が中央に立つと、地面に小さな円が現れる。
【ここにいる】
その文字を見た光は、嬉しそうに揺れた。
「これだけなのに……なんだか安心する」
すると広場の外から、一つの声が聞こえた。
「そこにいてもいい?」
振り返ると、別の小さな光がいた。
「もちろん」
「じゃあ、僕もここにいる」
二つの光が並ぶ。
すると円が少し広がった。
さらに別の光がやって来る。
「僕も……」
「私も……」
「ここにいていい?」
「うん」
いつの間にか、広場にはたくさんの光が集まっていた。
誰も名前を持っていない。
誰も役割を決めていない。
それでも、みんながそこにいる。
ユイが静かに言った。
「何者かになる前に、一緒にいられる場所ができたね」
悠真は頷いた。
「ここから、それぞれの物語が始まるんだと思う」
そのとき、空から文字が降りてきた。
【まだ何者でもない者たちは】
一文字ずつ、続きが刻まれる。
【何者にでもなれる】
しかし、その文字はすぐに消えた。
代わりに、新しい言葉が浮かぶ。
【何者にもならなくてもいい】
悠真はその言葉を見つめた。
「どちらも未来なんだ」
すると広場の中央に、一本の道が現れた。
道は四方向へ分かれている。
【なる】
【探す】
【待つ】
【旅立つ】
そして、その隣には――
【戻る】
という道も生まれた。
子どもが驚く。
「こんなにいっぱい!」
光たちは、それぞれ違う道を見つめている。
誰も急いでいない。
誰も他の光に道を決めさせようとはしない。
やがて、一つの光が【探す】の道へ進む。
別の光は【待つ】。
また別の光は【旅立つ】。
そして、最初の光は――
「僕は、もう少しここにいる」
そう言って、広場に残った。
その瞬間、空に大きな文字が浮かんだ。
【第七十一の歴史――まだ何者でもない者】
そして、その下に新しい扉が現れる。
【第七十二の歴史――何者にもならない未来】
悠真は扉を見つめた。
「次は……何者にもならないことを選んだ未来か」
扉の向こうから、穏やかな風が吹いてくる。
悠真たちは、まだ名前のない光たちとともに、その先へ進んだ。




