帰る未来がない世界
亀裂の向こう側へ足を踏み入れた瞬間、悠真たちは言葉を失った。
そこには――何もなかった。
道もない。
家もない。
町もない。
空さえない。
ただ、どこまでも続く白い空間が広がっている。
「……ここが、帰る未来がない世界?」
ユイが小さな声で尋ねる。
悠真は頷いた。
「みたいだね」
名前を探し続けている影が、足元を見つめる。
「帰る場所どころか、行く場所もない」
すると、後ろから声がした。
「だから、僕はずっと歩いている」
四人が振り返る。
そこには、一人の小さな存在が立っていた。
「君は誰?」
悠真が尋ねる。
存在は首を横に振った。
「分からない」
「名前は?」
「ない」
「帰る場所は?」
「ない」
ユイが心配そうに聞く。
「じゃあ、ずっと一人だったの?」
「うん」
存在は静かに答えた。
「僕は、どこかへ行こうとしていた。でも、どこへ行っても『そこは帰る場所じゃない』って言われた」
悠真は周囲を見回した。
「じゃあ、帰る未来を探しているの?」
「違う」
存在は首を振った。
「僕は……帰る未来を作りたい」
悠真たちは驚いた。
「作る?」
「うん」
存在は白い地面にしゃがみ込んだ。
そして指先で一本の線を引いた。
ただの線だった。
けれど、その線の先に小さな光がともる。
「これが道」
次に、小さな丸を描く。
「ここが家」
さらに、その周囲に小さな点をいくつも描いた。
「ここに、誰かがいる」
すると――
線が本物の道になった。
丸は小さな家になった。
点は小さな灯りへ変わった。
ユイが目を輝かせる。
「未来ができた!」
存在自身も驚いている。
「……僕が作った?」
悠真が笑う。
「うん」
その瞬間、白い空間に風が吹いた。
初めて、この世界に風が生まれた。
そして空に青い色が広がっていく。
「空……」
存在が呟く。
しかし、突然その空が消えた。
家も消える。
道も消える。
「えっ?」
ユイが驚く。
存在は俯いた。
「やっぱり……僕には未来を作れない」
悠真は首を横に振った。
「違うよ」
「え?」
「未来が消えたんじゃない」
悠真は地面を指差した。
そこには、小さな一本の線が残っていた。
「最初の一歩だけは、残ってる」
名前を探し続けている影も、その線の隣に一本の線を引いた。
「じゃあ、二歩目は僕が作る」
ユイも線を引く。
「三歩目は私」
帰る場所を作った光も続く。
「四歩目は僕」
四本の線がつながった。
すると――
消えたはずの道が、再び現れた。
今度は前よりも長い。
その先には、小さな町が生まれていた。
存在は驚いた。
「みんなで作れば……未来は残るんだ」
記録者の声が響く。
【第四十四の歴史――帰る未来がない世界】
そして、新しい記録が刻まれる。
【帰る未来がないなら、帰れる未来を作ればいい】
存在は町を見つめた。
「ここを……僕の帰る場所にしてもいい?」
悠真は頷いた。
「もちろん」
存在は町の入口へ歩いていく。
その瞬間、入口に看板が現れた。
【まだ名前のない町】
存在は看板を見つめた。
「名前……」
名前を探し続けている影が笑う。
「急がなくていいよ」
「うん」
存在も笑った。
「いつか、自分で決める」
そのとき――
町のさらに奥から、鐘の音が聞こえた。
カーン……。
そして空に、新しい扉が浮かぶ。
【第四十五の歴史――帰る未来をつくる者】
悠真が扉を見上げる。
「また新しい歴史だ」
ユイが頷く。
「でも、今度は少し違うね」
「何が?」
「未来を探すんじゃなくて、未来を一緒につくってる」
悠真は笑った。
「そうだね」
四人は、新しく生まれた町を振り返った。
そして――
まだ名前のない町に、最初の朝が訪れた。




