呼ばれることから始まる未来
門の向こうには、広い草原が広がっていた。
しかし――誰もいない。
悠真が辺りを見回す。
「声は聞こえたのに……」
ユイも耳を澄ませる。
「どこにいるんだろう?」
すると、草原のあちこちから小さな光が現れた。
一つ。
二つ。
十。
百。
無数の光が、少し離れたところで揺れている。
「……いる」
名前を探し続けている影が呟いた。
「でも、みんな隠れてる」
悠真がゆっくり声をかけた。
「そこにいる人たち、聞こえる?」
光が揺れた。
返事はない。
「僕たちは、君たちを探しに来たんだ」
すると、一つの光から声がした。
「……僕たちには、呼ばれる言葉がない」
別の光が続ける。
「だから、誰かが呼んでくれるまで、ここにいる」
ユイが尋ねた。
「じゃあ、自分から呼んでみたら?」
「誰を?」
「自分を」
光たちが静かになった。
悠真は少し考えてから言った。
「名前じゃなくてもいいと思う」
「名前じゃなくても?」
「うん。『ここにいる』でもいい」
最初の光が小さく震えた。
そして――
「……ここにいる」
その瞬間、光が少しだけ大きくなった。
二つ目の光も続く。
「ここにいる」
三つ目。
「ここにいる」
次々と声が重なっていく。
「ここにいる」
「ここにいる」
「ここにいる!」
草原に、無数の声が響いた。
すると、何もなかった場所に道が生まれた。
その道の両側に、小さな灯りが一つずつともっていく。
ユイが笑う。
「自分で自分を呼んだら、道ができた!」
記録者の声が響く。
「記録を開始します」
【第三十九の歴史――呼び方から始まる世界】
さらに続けて、文字が浮かんだ。
【誰かに呼ばれるのを待つだけではない】
【自分が自分を呼ぶことから、未来は始まる】
名前を探し続けている影は、その文字を見つめていた。
「……僕もやってみようかな」
悠真が頷く。
「うん」
影は胸に手を当てた。
「僕は……ここにいる」
何も起こらなかった。
影は少し残念そうにする。
「やっぱり、僕にはまだ名前が――」
その瞬間。
胸の光が強く輝いた。
そして空中に、一文字だけ浮かぶ。
【僕】
影は驚いた。
「……『僕』?」
ユイが笑う。
「それも、君が自分を呼ぶための言葉だよ」
影はその文字をじっと見つめた。
「……うん」
しかし、そのとき――
草原の奥から、別の声が聞こえた。
「それなら……僕は『僕』じゃない」
悠真たちが振り返る。
一つの光が近づいてくる。
「僕は……『私』って呼びたい」
「もちろん」
すると、その光にも文字が浮かんだ。
【私】
さらに別の光。
【自分】
また別の光。
【わたしたち】
それぞれ違う呼び方だった。
でも、どの光も確かに存在していた。
悠真はその光景を見て思った。
「呼び方は、一つじゃないんだ」
ユイが頷く。
「だから未来も、一つじゃない」
その瞬間、空に巨大な文字が浮かび上がった。
【未来は、誰かに呼ばれて始まることもある】
【自分で自分を呼んで始まることもある】
そして最後に――
【呼び方は、未来への最初の橋】
と刻まれた。
草原の向こうに、新しい町が現れ始める。
まだ建物はない。
道もない。
けれど、無数の灯りだけが先に集まっていく。
「町ができる……」
悠真が呟いた。
すると、町の入口に一本の柱が立った。
そこには、
【第四十の歴史――自分を呼ぶ町】
と書かれていた。
ユイが嬉しそうに言う。
「また新しい歴史だね」
名前を探し続けている影は、町を見つめた。
「僕、この町で自分の名前も探してみたい」
悠真は頷いた。
「じゃあ、まずは町を歩いてみよう」
三人が町へ向かう。
しかし――
まだ誰も知らなかった。
この町には、
「自分で自分を呼べなくなった者」
が一人だけ存在していることを。
そして、その存在が待つ場所には――
【呼ばれなくなった未来】
という文字が刻まれていた。




