音のない世界
新しい門をくぐった瞬間――。
悠真たちは、音のない世界に立っていた。
空は真っ白。
大地も真っ白。
太陽も月もなく、遠くまで何も見えない。
ミチが周囲を見回す。
「……本当に、何もないね」
ソラが空を指差した。
「名前もない」
そこには、文字すら存在していなかった。
記録者が本を開く。
しかし、ページは真っ白だった。
「記録できません」
キオクも目を閉じる。
「過去が……ない」
イマが静かに言う。
「現在も、まだ始まってない」
トキの時計も止まったままだ。
アスが前を見る。
「未来も……見えない」
ハジメが一歩前に出た。
「じゃあ、この世界には何があるの?」
その瞬間。
足元から、小さな音がした。
――コツン。
白い地面に、小さな黒い点が現れた。
そして、その点から一本の線が伸びる。
線は道になった。
道の先に、文字が一つだけ浮かぶ。
【?】
ミチが笑った。
「また質問だ」
悠真も頷く。
「第∞+3世界は、質問から始まった」
ハジメが言う。
「じゃあ、この世界も……」
そのとき、白い空間に声が響いた。
「名前がないから、何もないんじゃない」
「まだ、誰も名前をつけていないだけ」
全員が振り返る。
しかし、誰もいない。
悠真が尋ねる。
「君は誰?」
声は答えなかった。
代わりに、地面に文字が浮かぶ。
【誰でもない】
さらに文字が続く。
【だから、誰にでもなれる】
アオが驚く。
「それって……名前がないことと同じなの?」
記録者が首を振る。
「違います」
「これは、名前を持つ前の状態です」
ミオが言った。
「じゃあ、まだ未来が決まってないってこと?」
今度は空に文字が浮かんだ。
【未来も、まだない】
そして――
【だから、これから作れる】
悠真たちは顔を見合わせる。
すると、少年の胸の【名前――これから】が光った。
「僕と同じだ……」
少年は白い世界を見つめる。
「僕もまだ名前を決めてない」
「この世界も、まだ名前がない」
「だったら……」
少年は一歩進んだ。
「僕が、この世界の最初の友達になってもいい?」
その瞬間、白い地面に小さな草が一本生えた。
続いて二本。
三本。
やがて緑の草原が広がっていく。
ソラが笑う。
「世界が生まれてる!」
アオも走り出す。
「こっちには道ができた!」
ミチが振り返る。
「道を作ったのは……僕たち?」
記録者の本に、初めて文字が浮かぶ。
【第十四の歴史――名前のない世界】
【世界は、名前を持つことで始まるのではない】
【誰かが「ここにいたい」と思った瞬間、世界は始まる】
その瞬間、空に巨大な文字が浮かんだ。
【この世界に、最初の名前をつけますか?】
全員が少年を見る。
少年はしばらく考えた。
そして――
「……まだ、つけない」
悠真が笑う。
「どうして?」
少年は新しく生まれた草原を見ながら答えた。
「この世界が、自分で名前を見つけるところを見たいから」
すると、空の文字が変わった。
【名前――未定】
【世界――未定】
そして最後に――
【歴史――開始】
白い世界に、初めて青い空が広がった。
遠くに山が生まれ、川が流れ始める。
そして地平線の向こうに、巨大な門が姿を現した。
その門には、まだ誰にも読めない文字が刻まれていた。
記録者が目を凝らす。
「……これは、今までの文字とは違います」
悠真が尋ねる。
「何て書いてあるの?」
記録者は首を振った。
「まだ……読めません」
そのとき、門の向こうから声がした。
「名前のない世界へ、ようこそ」
「ここから先には――」
「まだ存在していない未来があります」




