自分で自分を呼ぶ
巨大な扉が開いた。
その向こうには、これまでの第∞+3世界とは違う景色が広がっていた。
そこは、空だった。
空も、大地も、海もない。
ただ無数の白い光が浮かび、その一つ一つに小さな文字が刻まれている。
【ソラ】
【未】
【??】
そして、まだ何も書かれていない無数の光。
「ここが……第八の歴史?」
ハジメが辺りを見回す。
記録者が本を開いた。
「はい。しかし、この場所には少し変わった規則があります」
「どんな規則?」
悠真が尋ねる。
記録者は一行を読み上げた。
【自分で自分を呼んだ者だけが、ここに存在できる】
「自分で……自分を呼ぶ?」
ミチが首をかしげた。
すると、空間の奥から声がした。
「そうだよ」
ソラだった。
ソラは自分の胸に手を当てる。
「僕は、ソラって呼んだとき、自分がここにいるって分かったんだ」
「じゃあ、名前を決めることは、自分の存在を確かめることでもあるんだね」
イマが言った。
そのとき――。
一つの白い光が震え始めた。
「……ぼくは……」
光から、小さな声が聞こえる。
「ぼくは、まだ名前が分からない」
光の前に白い紙が現れた。
そこには何も書かれていない。
「無理に決めなくていいよ」
悠真が言う。
「うん……」
光はしばらく考えた。
そして、小さな声で言った。
「じゃあ……今は、ぼくって呼ぶ」
白い紙に文字が浮かぶ。
【ぼく】
記録者が驚く。
「これは……正式な名前ではありません」
「でも、自分で自分を呼んだ」
キオクが言った。
すると光が大きく輝いた。
【存在――確認】
【自己認識――確認】
【名前――未定】
【未来――継続】
光は嬉しそうに言った。
「ぼく……ここにいる」
その瞬間、無数の光から声が上がった。
「私も!」
「僕も、自分を呼んでみる!」
「私もここにいる!」
次々と光が輝いていく。
【わたし】
【ぼく】
【ここ】
【まだ】
【これから】
どれも正式な名前ではない。
けれど、それぞれが自分自身を呼ぶための言葉だった。
トキの時計が動き始める。
「時間が進んでいる」
アスが空を見上げる。
「未来も増えてる」
ミライが微笑んだ。
「名前が決まっていなくても、未来は始められるんだね」
二人の仮住民も、自分たちの紙を見る。
【未】
【??】
最初の少年が小さくつぶやいた。
「……僕も、自分を呼んでみようかな」
もう一人が頷く。
「うん」
最初の少年は目を閉じた。
「僕は……僕」
紙の【未】が淡く光った。
だが、名前には変わらない。
代わりに、新しい文字がその下に現れた。
【自分――確認】
もう一人も言った。
「僕も……僕」
【自分――確認】
二人の紋章が光る。
ミチは嬉しそうに笑った。
「名前がなくても、自分は見つけられるんだね」
悠真も頷いた。
「そして、自分を見つけたあとで、いつか名前を選べばいい」
すると、空間の中央に巨大な本が現れた。
表紙には、
【第八の歴史――自分で自分を呼ぶ】
と書かれている。
本がゆっくり開く。
最初のページには、こう記されていた。
【名前は、存在の終点ではない】
【名前は、存在の始まりでもある】
【そして――】
最後の一文が浮かび上がる。
【自分を呼ぶ声が、未来への最初の一歩になる】
その瞬間。
遠くに、一つの巨大な扉が現れた。
しかし、その扉には名前がない。
文字もない。
ただ、中央に一つだけ空白の場所がある。
記録者が言った。
「この扉……名前がないのではありません」
悠真が近づく。
「じゃあ、何なの?」
記録者は静かに答えた。
「誰かが、自分で名前をつけるのを待っているのです」
ハジメが扉を見る。
ミチも見る。
ソラも見る。
そして、まだ名前を持たない二人の少年も見る。
扉の空白が、ゆっくりと輝いた。
そこに文字が現れる。
【第九の歴史――名前を選ぶ者】
悠真はみんなを見る。
「行こう」
扉の向こうには、まだ誰も知らない未来が待っていた。
そして――。
二人の仮住民の胸にも、小さな光が灯った。
名前は、まだない。
けれど、自分自身を呼ぶ声は、もう生まれていた。




