第七の歴史ーー名前を持たない者たち
空に浮かんだ文字。
【第七の歴史――名前を持たない者たち】
その文字を見上げながら、悠真たちは立ち止まっていた。
「名前を持たない者たち……」
ミチがつぶやく。
すると、二人の少年の胸元にある紋章が同時に光った。
「わっ!」
光は二人の周囲を包み込み、町の景色を変えていく。
家が消え、道が消え、広場も消える。
代わりに現れたのは――。
無数の扉だった。
白い空間いっぱいに、大小さまざまな扉が並んでいる。
「これは……名前のない扉?」
アカリが近づく。
扉には何も書かれていない。
キオクが一枚の紙を拾った。
「記録があります」
紙には、
『この場所には、まだ名前を持たない住民がいる』
と書かれていた。
「まだ他にもいるの?」
悠真が尋ねる。
記録者は周囲を見回した。
「確認できません。しかし……」
「しかし?」
「存在の反応だけは、たくさんあります」
その瞬間。
一つの扉が開いた。
中から、小さな光が飛び出してくる。
光は空中で止まり、声を発した。
「名前……ほしい」
二人の少年が顔を見合わせる。
「僕たちと同じだ」
次々と扉が開き始めた。
「名前がほしい」
「自分が誰なのか知りたい」
「未来を見つけたい」
「誰かに呼んでほしい」
たくさんの声が重なった。
ミチが驚く。
「こんなにたくさん……」
トキが時計を見る。
「まだ時間の外側にいる存在もいる」
イマが言った。
「今に存在していない子もいるんだ」
オボロが続ける。
「過去を持っていない子もいる」
アスが空を指差した。
「未来だけがある子もいる」
悠真は静かに周囲を見た。
「つまり……」
記録者が言葉を続ける。
「第∞+3世界には、まだ名前を持っていない存在が数多くいる」
そして、空に新しい文字が浮かんだ。
【名前を持たないことは、存在しないことではない】
悠真はうなずいた。
「そうだね」
最初の少年が白いペンを握る。
「じゃあ、みんなに名前をつけてあげればいいの?」
しかしミチは首を振った。
「それは違うと思う」
「え?」
「名前は、誰かが勝手につけるものじゃないよ」
少年は考える。
「じゃあ、どうすればいい?」
悠真が答える。
「自分で決められるように、手伝うんだ」
その言葉に反応して、すべての扉が淡く輝いた。
一つの大きな広場が現れる。
広場の中央には、巨大な本が置かれていた。
表紙には、
【名前を探す場所】
と書かれている。
二人の少年が本を開く。
最初のページには――。
『名前とは、過去を表すものではない』
次のページ。
『名前とは、現在を縛るものでもない』
さらに次のページ。
『名前とは、未来を閉じるものでもない』
最後のページには、大きな文字。
『名前とは、自分が自分を呼ぶための最初の言葉』
二人はじっとその言葉を見つめた。
「自分を……呼ぶための言葉」
その瞬間、最初の少年の手にあった白い紙が光った。
そこには一文字。
【未】
もう一人の少年の紙にも、文字が浮かぶ。
【??】
二人ともまだ名前ではない。
けれど、完全な空白ではなくなっていた。
記録者が微笑む。
「二人とも、自分自身を探し始めています」
ミチが言った。
「だったら、急がなくていいね」
少年たちは頷いた。
すると、広場の奥に新しい道が現れる。
その道の先には巨大な門。
門にはこう書かれていた。
【第七の歴史――最初の名前】
「最初の名前……」
二人の少年が門を見る。
すると門がゆっくり開き――。
その向こうから、たくさんの声が聞こえてきた。
「僕は、どう呼ばれたい?」
「私は、何と呼ばれたい?」
「自分の名前を、自分で決めてもいい?」
悠真はみんなを見渡した。
「もちろんだよ」
その瞬間。
第∞+3世界中の名前のない存在たちに、小さな光が灯った。
第七の歴史が――。
本当の意味で始まった。




