最初の日
第∞+2世界の古代都市。
悠真たちは、図書館の奥に現れた扉の前に立っていた。
扉には、
『記録者の最初の日』
と刻まれている。
記録者は扉を見つめたまま、動かなかった。
「……ここに、私の過去があるのでしょうか」
悠真がうなずく。
「たぶん」
「ですが……少し怖いですね」
ノノが言った。
「怖かったら、みんなで一緒に見ればいいよ」
記録者は少し驚いたあと、微笑んだ。
「……そうですね」
悠真たち全員で扉に触れる。
ギィィィ……。
扉が開いた。
そこには、一つの小さな部屋があった。
机。
椅子。
そして、机の上に一冊の本。
表紙には名前がない。
カイが近づく。
「この本……魔導書とは違う」
ページを開く。
最初のページには、一行だけ書かれていた。
『私は、まだ記録者ではなかった』
記録者が息をのむ。
次のページ。
『この世界には、まだ名前がなかった』
さらに次のページ。
『そして私は、一人だった』
その瞬間、部屋の景色が変わった。
白い空間。
何もない場所に、一人の小さな存在が立っている。
それは、今の記録者よりずっと小さかった。
「これが……私?」
記録者がつぶやく。
映像の中の小さな存在は、何もない空間を歩いていた。
歩くたびに、小さな光が生まれる。
一つ。
二つ。
三つ。
やがて、それらは星になった。
「世界を作ったの?」
悠真が尋ねる。
記録者は首を横に振った。
「いいえ。私は作っていません」
映像の中の小さな存在は、星を作るのではなく、ただ見つめていた。
そして、星が生まれるたびに本へ書き込んでいく。
『星が生まれた』
『風が生まれた』
『水が生まれた』
『生命が生まれた』
「……記録していたんだ」
カイが言った。
記録者はうなずく。
「そうだったのですね」
しかし、映像には続きがあった。
ある日、一つの星が消えた。
記録者は本を開いたまま、何も書けずに立ち尽くしている。
「どうして書かないの?」
ノノが尋ねる。
記録者は答えた。
「……悲しかったからでしょう」
映像の中の小さな記録者は、初めて泣いた。
そして本を閉じる。
その瞬間、消えた星の光が一つだけ残った。
それは小さな光となって、記録者の前に浮かんだ。
『記録して』
記録者が驚く。
『消えたことも、なくなったことも、忘れないで』
小さな光はそう言った。
すると記録者の手に、白い羽根が現れた。
「これは……」
オボロが羽根を見つめる。
「思い出に似ている」
記録者が羽根を手に取る。
その瞬間、すべての星が輝き始めた。
『記録することは、未来を決めることではない』
『存在したことを、忘れないこと』
映像が消える。
静かな部屋に戻った。
記録者は長い間、何も言わなかった。
やがて――。
「私は、世界を作った存在ではありませんでした」
悠真が答える。
「うん」
「私は、存在したものを忘れないために生まれた」
キオクがうなずく。
「だから、僕ともつながっている」
「ええ」
記録者はキオクを見る。
「あなたは過去を覚える存在。私は、その過去を記録する存在」
イマが笑った。
「じゃあ、私とは?」
記録者はイマを見る。
「あなたは現在を生きる存在」
アスが続ける。
「僕は未来を探す存在」
ミライも笑う。
「私は未来を選ぶ存在」
悠真は周囲を見る。
過去。
現在。
未来。
そして、それらを記録する者。
すべてがつながっていた。
そのとき――。
ゴォォォン……!
古代都市の時計塔が鳴った。
カイの魔導書が開く。
『第∞+2世界――時間構造を確定』
『過去――キオク』
『現在――イマ』
『未来――アス』
『未来選択――ミライ』
『記録――記録者』
そして最後に、新しい一行が浮かぶ。
『世界は、時間を得た』
窓の外を見る。
白かった空に、夕焼けが生まれていた。
太陽が沈み始める。
初めての「今日」が終わろうとしている。
イマが空を見上げる。
「これが……昨日になるの?」
キオクが笑う。
「うん」
アスが言う。
「そして明日は、まだ決まっていない」
ミライがうなずく。
「だから、明日は選べる」
悠真は笑った。
「じゃあ、今日は大切にしよう」
その瞬間。
古代都市の中央に、新しい建物が現れた。
巨大な白い塔。
その名前は――。
『時間の塔』
塔の最上階から、声が響く。
「過去、現在、未来がそろったなら――」
「次は、時間そのものを選んでください」
悠真たちは顔を見合わせる。
第∞+2世界に、初めて夜が訪れる。
そして、時間を選ぶ新たな冒険が始まろうとしていた。




