存在しないはずの過去
第∞+2世界。
白い空の下、悠真たちはキズナ号を古代都市へ向けて進めていた。
まだ存在していないはずの都市。
けれど、遠くから見えるその姿は、何百年も前からそこにあったようだった。
「変だね……」
ノノが窓の外を見る。
「さっきまで何もなかったのに」
「この世界では、過去が存在していないからだと思う」
記録者が答えた。
「『過去が必要だ』と認識されたことで、過去になる可能性のあるものが現れ始めているのでしょう」
アスが都市を指差した。
「あれも、誰かの記憶なのかな?」
キオクが首を振る。
「まだ分からない」
その隣で、イマは黙って都市を見つめていた。
「……あそこ、知ってる気がする」
「行ったことがあるの?」
悠真が尋ねる。
「ううん。でも……懐かしい」
イマ自身も不思議そうだった。
◆
古代都市に入ると、道の両側に巨大な建物が並んでいた。
広場。
図書館。
学校。
工房。
そして中央には、巨大な時計塔。
しかし、すべてが静まり返っている。
人は誰もいない。
「誰もいないのに、街だけがある……」
アカリがつぶやく。
カイが魔導書を開く。
『古代都市』
『建設時期――不明』
『住民――0』
『記録――存在せず』
「やっぱり過去がない」
そのとき。
イマが一軒の建物を指差した。
「あそこ」
「何かある?」
「呼ばれてる」
悠真たちは建物へ入った。
そこは図書館だった。
何千冊もの本が棚に並んでいる。
だが、すべて白紙。
ノノが一冊を開く。
何も書かれていない。
カイも別の本を開く。
やはり白紙。
「記録がない……」
すると、イマが一冊の本を手に取った。
表紙には文字が刻まれていた。
『昨日』
「昨日……」
イマが本を開く。
すると、白紙だったページに一文字ずつ文字が浮かび上がる。
『この世界には、最初の日があった』
「!」
全員が息をのむ。
さらに文章が続いていく。
『最初の日、この世界には何もなかった』
『空も、大地も、時間もなかった』
『ただ一つだけ――』
そこで文章が途切れた。
「続きは?」
アスがページをめくる。
しかし、次のページも白紙。
キオクが本を見つめる。
「何かが抜けている」
「何が?」
悠真が尋ねる。
キオクは胸に手を当てた。
「最初の日に、誰かがいた」
その瞬間――。
図書館の奥から、足音が聞こえた。
コツ……。
コツ……。
全員が振り返る。
誰もいない。
けれど、床には濡れた足跡が続いている。
「足跡……?」
ミライがつぶやく。
足跡は図書館の奥へ向かっている。
悠真たちは慎重に進んだ。
すると、巨大な扉にたどり着いた。
扉にはこう書かれている。
『最初の日』
悠真が扉に手を触れる。
ゴゴゴゴ……。
扉が開く。
その先にあったのは――何もない部屋。
ただ中央に、小さな椅子が一つ置かれている。
そして椅子の上には、一枚の紙。
イマが拾う。
紙には、たった一行だけ書かれていた。
『最初の日、私はここで「今」を選んだ』
イマが目を見開く。
「私……?」
記録者が紙を見つめる。
「この筆跡は……」
「知ってるの?」
悠真が尋ねる。
記録者は首を横に振った。
「いいえ。ですが、この記録は私より古い」
その瞬間。
部屋の壁に、映像が浮かび上がった。
真っ白な世界。
そこに、一つの小さな光が生まれる。
光はゆっくり動き――。
『今』
という文字を選んだ。
すると世界が始まった。
大地が生まれ。
空が生まれ。
時間が動き始める。
そして最後に――。
光が一人の少女になった。
それは、イマだった。
「私……?」
イマは驚いて映像を見つめる。
しかし、映像の最後に一つだけ違う場面が現れた。
イマが生まれた直後。
誰かが彼女の前に立っていた。
白い服。
顔は見えない。
その人物はイマに何かを渡している。
それは――小さな時計だった。
そして声が響く。
『いつか、過去を探す者が来る』
『そのとき、この時計を渡してください』
映像が消えた。
悠真たちは黙り込む。
「誰なんだ……?」
悠真がつぶやく。
するとイマの手の中に、突然、小さな時計が現れた。
カチ。
カチ。
時計が動き始める。
そして文字盤に、一つの名前が浮かんだ。
『記録者』
全員が記録者を見る。
記録者は驚いた表情をしていた。
「……私?」
その瞬間、時計の針が逆回転を始める。
カチカチカチカチ――。
そして、時計から声が響いた。
『記録者へ』
『あなたにも、まだ思い出していない最初の日があります』
記録者の表情が変わる。
「私の……過去?」
時計の針が止まった。
そして扉の向こうに、さらに新しい道が現れる。
『記録者の最初の日』
悠真は記録者を見る。
「行こう」
記録者はしばらく黙っていた。
やがて、小さくうなずいた。
「……はい」
こうして一行は、第∞+2世界だけではなく――。
記録者自身の失われた過去を探す旅へ進むことになった。




