過去から来た住民
「ゴゴゴゴゴ……」
鐘楼の地下から響く音は、少しずつ大きくなっていた。
悠真たちは階段を下りていく。
アオとミライも、その後をついてくる。
「この下に、何があるんだろう?」
アオが不安そうに尋ねた。
「分からない。でも、確かめよう」
悠真が答える。
地下深くまで進むと、そこには巨大な扉があった。
扉には古い文字が刻まれている。
『存在しなかった過去』
カイが魔導書を開いた。
「やっぱり……この世界には存在しなかったはずの『過去』が、ここにある」
「どうして?」
ノノが尋ねる。
記録者が答えた。
「あなたたちが、この世界に歴史を与えたからです」
「僕たちが?」
「はい。最初の選択、アオの誕生、ミライの選択……それらが積み重なり、過去が生まれました」
すると扉が開いた。
その向こうには、巨大な部屋が広がっていた。
壁一面に映像が浮かんでいる。
最初の大地。
最初の海。
最初の星。
そして――誰もいなかった世界。
「これが……第∞+1世界の過去?」
ミオがつぶやく。
しかし、その映像の中央だけが黒く塗りつぶされていた。
カイが近づく。
「ここだけ記録がない」
その瞬間。
黒い部分から、声が聞こえた。
「……僕は、ここにいた」
全員が振り返る。
黒い影がゆっくりと人の姿になっていく。
少年だった。
髪も服も、影のように黒い。
けれど、その瞳だけは優しい光を宿している。
「君は誰?」
悠真が尋ねる。
少年は答えた。
「分からない」
「名前は?」
「それも、分からない」
ミライが少年を見る。
「あなたは……いつからここにいたの?」
少年は少し考えた。
「この世界が、まだ世界になる前から」
記録者が驚いた。
「そんな存在は、私の記録にはありません」
「だから僕は『過去』なんだと思う」
少年が笑う。
「誰にも記録されていないけれど、確かにここにいた」
悠真は少年の言葉を聞いて、あることに気づいた。
「もしかして……君は、この世界ができる前の『最初の記憶』?」
少年はうなずいた。
「たぶん」
その瞬間、壁に文字が浮かんだ。
『第四住民――存在を確認』
『発生源:過去』
『名前:未定』
『役割:未定』
アオが嬉しそうに近づく。
「じゃあ、君もこの世界の住民なんだ!」
少年は驚いた。
「僕が?」
「うん!」
アオの笑顔を見て、少年の表情が少し明るくなる。
しかし、記録者は静かに言った。
「一つ問題があります」
「何?」
「彼が存在すると、この世界には『過去が現在に影響する』という法則が生まれます」
シンが考え込む。
「つまり、過去の出来事によって、今の世界が変わる?」
「そうです」
すると突然、地下室の景色が変わった。
先ほどまで緑だった地上の森が、一瞬で砂漠になる。
町も消えた。
時計塔も消えた。
アオが驚く。
「世界が変わった!」
少年が苦しそうに頭を抱える。
「ごめん……僕が思い出すたびに……過去が決まってしまう」
悠真は少年の肩に手を置く。
「謝らなくていい」
「でも……」
「過去を決めることも、君一人の責任じゃない」
悠真は仲間たちを見る。
「この世界は、みんなの選択でできている」
そして少年に尋ねた。
「君はどうしたい?」
少年はしばらく黙っていた。
やがて、初めて自分から言葉を選んだ。
「……僕も、この世界の未来を見たい」
その瞬間。
砂漠が消えた。
森が戻る。
町も戻る。
そして空に、巨大な文字が浮かんだ。
『第四住民――未来を選択』
『過去と未来の接続――成立』
少年の胸に、小さな星が灯る。
「……名前も、自分で決めたい」
悠真が笑う。
「もちろん」
少年は空を見上げた。
過去を抱えながら、それでも未来へ進むための名前。
「僕は……」
長い沈黙のあと、少年は微笑んだ。
「キオク」
その名前が地下室いっぱいに響いた。
『第四住民――キオク』
『過去の記憶――正式登録』
『第∞+1世界――歴史、安定』
しかし、安堵したその瞬間。
カイの魔導書が勝手に開いた。
ページには、これまで存在しなかった一文が刻まれていた。
『第五住民――未来から到着』
悠真が目を見開く。
「未来から……?」
ミライが空を見上げた。
すると世界の空に、まだ存在していないはずの巨大な月が現れた。
そして、その月から――
「……やっと、ここまで来た」
誰かの声が響いた。
第∞+1世界に、過去だけではなく――
未来からも住民がやって来ようとしていた。




