第∞+1世界の記録者の正体
時計塔の鐘が鳴った。
ゴーン……。
「第一住民が生まれるまで、あと二十二時間……」
悠真は記憶樹を見上げた。
その幹には、さっきまでなかった一本の道が浮かび上がっている。
「道……?」
ノノが近づく。
木の根元から伸びた道は、町を抜け、遠くの森へ続いていた。
そして道の入口には、小さな石碑が立っている。
『記録者を探す者へ』
カイが石碑を調べる。
「文字が古い……。でも、この世界には過去がなかったはずだ」
「つまり、この石碑そのものが記録者の残したものってこと?」
アカリが尋ねる。
「その可能性が高い」
悠真は道の先を見る。
「行ってみよう」
ユラとホシも一緒についていく。
森へ入ると、奇妙なことが起こった。
一歩進むたびに、木々の姿が変わっていく。
小さな苗木だったものが大木になり、大木だったものが消えていく。
「森の時間が安定してない!」
シンが言う。
レインが空から確認する。
「上から見ると、森が何度も生まれて、消えてる!」
オボロが気づいた。
「過去が決まっていないからだ」
「過去がないって……こんな状態になるんだ」
ミオが驚く。
そのとき――。
森の奥から、カチッ、カチッ、と音が聞こえた。
悠真たちは音のする方向へ進んだ。
そこにあったのは、小さな建物だった。
扉には時計の紋章。
カイが扉を開ける。
中には大量の本が並んでいた。
しかし、どの本も白紙だった。
「全部、空っぽ……」
ノノが本を一冊手に取る。
すると表紙に文字が浮かんだ。
『第∞+1世界・記録帳』
「これが記録者の本?」
悠真が開く。
最初のページには、一行だけ書かれていた。
『私は、この世界が生まれる前から、この世界を見ていた。』
次のページ。
『私は、この世界を作ってはいない。』
さらに次。
『私は、ただ待っている。』
悠真は眉をひそめた。
「誰を?」
その瞬間、部屋の奥から声がした。
「あなたたちを」
全員が振り向く。
そこには、一人の人物が立っていた。
長い白い服。
顔は影に隠れていて見えない。
ホシが悠真の後ろに隠れる。
「あなたが……記録者?」
人物は頷いた。
「そう呼ばれている」
「名前は?」
悠真が尋ねる。
少しの沈黙。
「名前は、まだない」
ユラが驚く。
「私と同じ……」
「そう。私は名前を持たないまま、この世界を見続けていた」
カイが尋ねる。
「なぜ?」
記録者は、白紙の本を一冊取り出した。
「この世界が、誰かによって決められるのではなく、自分自身で未来を選ぶ世界になるかどうかを確かめるためだ」
悠真は考える。
「じゃあ、僕たちが来ることも最初から知っていたの?」
「正確には違う」
記録者は首を横に振った。
「あなたたちが来る未来と、来ない未来。その両方を記録していた」
「……!」
ミオが目を見開く。
「つまり、私たちがここに来たのは……」
「無数にある可能性の一つです」
記録者は答えた。
その瞬間、部屋いっぱいの白紙の本が一斉に開いた。
ページには無数の未来が映し出される。
悠真たちが町を作る未来。
旅に出る未来。
世界を離れる未来。
そして――
第∞+1世界そのものが消えてしまう未来。
ホシが震える。
「こんな未来も……あるの?」
「あります」
記録者は静かに答えた。
「ですが、未来はまだ決定されていません」
悠真は一冊の本を閉じた。
「なら、まだ大丈夫だ」
「なぜ?」
「未来が決まってないなら、僕たちは選べるから」
記録者は初めて、少しだけ笑った。
「……その答えを待っていました」
すると建物全体が光り始める。
『記録者による観測――完了』
『過去の第一段階を確定します』
森が静かになった。
そして白紙だった本の一冊に、新しい文字が刻まれる。
『第∞+1世界には、未来を自分で選ぶ存在が訪れた』
悠真はその文字を見つめた。
「これが……この世界の最初の過去?」
「はい」
記録者が答える。
しかし、その直後――。
時計塔の鐘が激しく鳴り響いた。
ゴーン! ゴーン! ゴーン!
『第一住民誕生まで――12時間』
「十二時間!?」
悠真たちは驚く。
そして空に巨大な文字が浮かび上がった。
『第一住民誕生条件――変更』
『記録者の観測により、第一住民は「一つの未来」を選択して生まれます』
ホシが空を見上げる。
「一つの未来を……選ぶ?」
悠真は記録者を見る。
記録者は何も言わない。
ただ、森のさらに奥を指差した。
そこには、今まで存在しなかった巨大な門が立っていた。
門には――
『第一住民の選択』
と刻まれていた。
悠真たちは、その門へ向かって歩き始める。
第∞+1世界の最初の住民。
その誕生を決めるのは――
一体、どんな「選択」なのだろうか。




